華のJKによる所業
ダンジョンの最上層は基本、どこのダンジョンであっても洞窟型だ。
照明がついていない代わりに淡く青緑色に光る苔が生えた空間は、視界の確保はできる一方で、慣れない内は遠近感が掴みにくい。
ただそれだけで戦いの難易度というものは跳ね上がり、初心者はこの環境に慣れるまでに苦労する、というのが通例だ。
そのため、一般的にはダンジョンで戦うということを理解させるための、一種の登竜門とでも言うべきか、入門編、チュートリアルとも言われている。
だが、そんな一般的な常識というものが通用しない者が、時折現れる。
夜目を持つような因子に覚醒した者や、魔法攻撃系を獲得した者たちである。
彼ら彼女らは強引にそれらを突破できるため、早急に最上層を突破することが多い。
――――さて、【月】という珍しくも特異な因子を手に入れた少女、流霞はと言えば。
「ぃよいしょー!」
重いものが風を切って振るわれる、特有の鈍い風切音。
その直後、べちゃんっ、と水気のある何かが潰されたような音が響いて、遅れて重く硬いものが硬い壁に当たったような、ごつん、という音を奏でた。
水音の正体は魔物。
ダンジョン最弱の魔物としてお馴染みである、多少粘性のある水の球体であり、身動きすらしない魔物であるレッサースライム。
そんな魔物を魔装である銀の棒でぶん殴り、爆散させた。
――うーん、相変わらず私の軽い感覚と音の凶暴性のギャップがひどい。
自分でやっておきながらそんなことを思いつつ、流霞は極小魔石を拾って顔をあげる。
レッサースライムは壁や地面、時には天井に張り付き、水鉄砲のようにぴゅーっと水をかけてくる魔物である。
殺傷能力は皆無。しかも立ち止まっていなければ水鉄砲にすら当たらずに逃げ切ることもできてしまうような、そんな相手である。そのため、基本的には誰もいちいち倒したりはしない。
しかし流霞は、自分の魔装の扱い、間合いに慣れ、動きを止めずに戦う方法を学ぶために、わざわざこのレッサースライムを倒しながら進む。
危険性もなく、一つあたり10円という超極小魔石を集めれば、おにぎりや飲み物を買える程度には稼げるというのだから、最低限の推し活であろうともしっかりとお布施をしたいタイプの流霞にとっては、非常にありがたい相手という感覚であった。
ちなみに流霞に夜目はない。
ただ、間接照明風に設置した青色のライトに照らされた、薄ぼんやりとした暗い自宅で過ごしているため、こうした環境に慣れているのだ。
オシャレ風な部屋に憧れた成果がここで活きている。
ひゅおんひゅおん、と音を立てながら魔装の銀の棒を振り回し、動画で見たなんちゃら拳法だかなんだかの棒術の扱いを真似る。さながら学校の箒を振り回してみせる小学生男子である。
けれどその実、その魔装の重さは尋常ではないため、下手にぶつかれば骨が折れる程でもあったりするのだが。
ステップを踏んで魔物に接近し、身体を回転させ、腕の力だけじゃなく体重移動を意識しながら突き。あるいは、身体を回転させながらくるくると回し、遠心力を乗せた横薙ぎや振り下ろし。
学校の備品クラスのスカスカの箒感覚で振り回せるおかげで、この一ヶ月弱でずいぶんと器用に扱えるようになってきている。
――もしかして私、強い……!?
そもそも動かず、まともな攻撃もしてこないレッサースライムを相手にして冗談混じりにそんなことを思い、即座に「いやいや、さすがにこれはないわー」とか思ってしまうのが流霞である。
相変わらず胸の内、脳内だけはお喋りで陽気な流霞は、鼻歌混じりに1階層を抜けていった。
ダンジョン2階層になると、魔物もレッサースライムだけではなくなる。
ここからはちゃんと動き回る魔物も出てくるのだ。
魔物の名前は、誰がつけたかミニボアである。
小さい猪、という形容をされているのだが、ウリ坊よろしく可愛さがある訳ではない。ただ、成体の猪が全体的に小さくなった、といったところだろうか。可愛さだけがなくなった。
足も速くはなく、牙もそこまで鋭利ではないため、もしもぶつかられても運が悪くて青痣ができる程度だ。
ぽてぽてと走ってきたミニボアを「そぉい!」と声をあげながら掬い上げ、ぐるりと棒を半回転させて空中で殴りつけ、討伐する。
さらさらと溶けるように消えていったミニボアが、極小魔石を落としたことを見届けて流霞はふっと息を吐いた。
――私もレベルアップが近かったり……なんて。
レベルアップ。
それは因子の成長による肉体強化だとされている。
ただ、魔物との戦いを経て因子が成長すると言われるその事象は、未だ謎が多い。
少なくとも、自分にとっての糧となるような相手――つまりはそれなりに苦戦するような相手と戦わない限りは決して上がることはないというのが通説だ。
世界最高の探索者はレベル6。
もはや平和な時代のスーパーヒーローのようなことなど簡単にできてしまう、超人と化している。
そんな天才も、レベルアップという現象についてはよく分からない部分が多いと言う。
ただ我武者羅に戦って、死線を乗り越えてきた先にそれがついてきたのだと、なんだか妙にカッコイイ言い方をしていたように流霞には思えた。
もっとも、まだまだ【月】の因子の力ですら理解できていない自分が、レベルアップするとも思えない流霞である。
はあ、と深い溜息を吐いてから、流霞は探索者用の特殊タイプのスマホを手に取った。
ダンジョン内でも独自の通信を確立するスマホには、ダンジョン探索者の情報を読み取るような特別なアプリがある。
探索者はこのアプリ上で探索者情報などが更新される仕組みになっており、流霞が持っているのも当然このタイプだ。
――相変わらず【月】はさっぱりだし、何かヒントとかないかなぁ……。
そんなことを考えながら、流霞は自分の情報を確認した。
名前、八咫島 流霞。
探索者ランクは登録したての最上層探索者を示す2。なお、登録だけしてアタックを規定数こなしていない場合はランクが1のままである。
因子、【月】。
その他の記載、特になし。
相変わらず特にまともな情報も掲載されていないその情報を見て、表情一つ変えずに流霞はポケットにスマホを突っ込むと、前方から駆け寄ってきたミニボアの脳天を叩き潰した。
そこに一切の迷いも躊躇いも同情もない。
なんなら八つ当たりでちょっと力んだ。
これが今どきの華のJKの所業であった。
「……3階層到着、っと」
ダンジョンの最上層の終点であり、チュートリアルの終了を告げると言う3階層。
ここになると、魔物はまた新たに増える。
緑色の肌に尖った耳、真っ白なツリ目にギザギザとした歯を持った、子供ぐらいの背丈のあるゴブリンの登場である。
ただし、無手。
そう、武器なんてものは持っていないのだ。
ここではそれらを討伐する心を鍛えろと言わんばかりの光景が広がるのである。
――ダンジョンさん意外と親切設計……いや、人によっては心折設計……?
ここから先は命のやり取りだぞ、とでも言わんばかりの光景。
そちらが覚悟を進めて上層へと足を踏み入れたのであれば、向こうもそのつもりでやってくるんだぞという警告のようにも思える。
なお、華のJKこと流霞は迷わずゴブリンの股間に銀の棒を叩きつけたり、頭をフルスイングで打ち抜いているが。
そもそも都市部以外では外でも魔物がいるご時世である。
ちょっと思いきりが良くないと、死ぬのは自分なのだからと割り切っているのだ。
ともあれ、そんな流霞にとって、3階層はお金稼ぎと修行――という名の棒術訓練――のスポットだ。
心なしか最近は身体も引き締まり、ダイエット効果まであって推しグッズのお金も貯まるというのだから、もはや日課となりつつある。
くるくると魔装を振り回し、戦う少女――なお、服装は上下セットのジャージスタイル。
ゲギャだかギギャだかよく分からない声をあげて襲いかかってくるゴブリンたちのどこかを粉砕しては、時折蹴飛ばしたりという体術も混ぜてみる。
そうして戦いながら自分の動きを修正して、また試して、反芻する。
「――きひっ」
――あぁ、ダメ。楽しくなってきちゃった。
喉から漏れ出た笑いが、つり上がった口角が、笑みを象る。
今日は妙にゴブリンが多い。
この一ヶ月近く、毎日のようにダンジョンに入り浸っているおかげで、傾向らしいものが見えてきた流霞の目には、その僅かな違和感がしっかりと映り込んでいた。
――獲物が多いのはいいこと。お金もいっぱい、私も楽しい、Win-Winってヤツ。
魔装を振り回し、ゴブリンを砕き、掬い上げ、頭を踏み潰し、ただただ踊るように無我夢中で魔物と戦い続けながら、流霞は笑っていた。
その光景を見た初心者がドン引きしそうな絵面であるが、生憎とこのJK、そんな自覚は一切ない。
そうして次々とゴブリンを屠っていた流霞が動きを止めた、ちょうどその時。
何か不可視の弱い衝撃のようなものがダンジョン内に走ったことに気が付き、流霞は自分に向かって近づいてきたゴブリンを魔装で殴打し、口角をあげた。
「――あは……っ! 何かいる……!」




