記者会見 Ⅰ
その日は夕方を過ぎるまで、誰にとってもただの日常が、ただ当たり前に流れているような、そんな一日だった。
些細な幸せも不幸も、不運な事故に巻き込まれることも、決意のままに行動して報われた者もそうではない者にとっても。
結局のところ、それらは世界を変えるには至らない、ただの一幕でしかなく、どこまでいってもただの日常だ。
けれど、午後7時。
日本有数の探索者クラン、『明鏡止水』から重大発表が行われるという情報が流れていたものの、その内容を知る者はいなかった。
――先代にして創始者の死ではないか。
――ダンジョンの攻略記録突破を宣言し、中層突破に挑むのではないか。
――あの二人の娘に代表を譲るのではないか。
様々な憶測がSNS上にて、町を行き交う人の口から投げられ、電子の海へと消え、雑踏に消えていった。
さて、記者会見とは言っても、それは一昔前のようなテレビやラジオ、雑誌という、いわゆる限られた者だけが質問の権利を許され、限られた者だけが招かれ、限られた者だけが発表するばかりの時代は疾うに過ぎたものだ。
今ではインターネットを媒体に、好きな時に発表や会見などは可能であるし、〝記者会見〟と言っても、その記者はかつてのいわゆる〝4大マスメディア〟に関係する者たちではない。ネットニュースなどを手掛ける記者たちを相手にしたものである。
一昔前までは「そういうところから発表される情報は事実か分からない」だのなんだのと言われていたが、今ではこのやり方が世間一般に広まり、認知されている。
もちろん、心ない誤情報をさも正しいものであるかのように広げようとする者もいるが、それはさて置き。
ともあれ、『明鏡止水』の公式配信チャンネルから、『明鏡止水』のクランリーダーが発表するとは、即ち『明鏡止水』がその情報を事実として公表するということに他ならない。
さらに言えば、そんな重大発表の配信概要記載欄には、協賛の中に『探索者協会』という名前までもが明記されているとなれば、これはもう大きな発表があるに違いないと期待する者が多かった。
故に、配信開始時間前のチャンネル待機人数は、最初からすでに7万人近くもいた。
これは『明鏡止水』という、この日本という国を代表する探索者クランの代表格とは言え、通常のお知らせ配信などでも見れない数字である。
『期待』
『待機』
『明鏡止水が重大発表なんて銘打って配信するなんて珍しい』
『さすがに〝ECHO〟でも話題になったからな』
『待機人数えぐい』
『傑パパンだいじょぶそ? 笑顔引き攣らない?』
『傑パパンの笑顔は暗黒微笑だろうが』
『あの人、目だけ笑ってなかったりするから怖い』
『家族が出てる配信にセクハラコメント送ると翌日には確定ブロックされるらしい。なお、ソースは俺』
『馬鹿がおるw』
『自白で草』
『しゃーなかったんや。バルンバルンしてたんだもの』
『わかる』
『ほなしゃーないか。ブロックされても』
『そっちかよw』
インターネット配信特有の緩い空気の中でコメントが流れる。
あとで絶対こいつブロックしよ、と傑はちらりとコメントを一瞥して心に決めると、スタッフのキューサインに気が付き、カメラに顔を向けた。
「――皆さんこんばんは。私は探索者クラン『明鏡止水』のクランリーダーを務めさせていただいております、矢ノ沢 傑と申します。さて、早速ですが、家族にセクハラコメントをした方はもちろんブロックさせていただくことを、改めてここに宣言させていただきますね。あぁ、もちろん今日の配信はそれが主題ではありませんのでご安心を」
こうして、配信は始まった。
掴みは上々といったところか。
堅苦しい空気にならないようにと敢えてネタになるような流れで話し始めた傑は、コメント欄が大草原もかくやと言わんばかりに草が生い茂ったことを確認すると、まずは人を増やすために、本来ならば前置きをしっかりと置いてから話し始める内容を、冒頭にぶち込んだ。
「さて、皆様。これ、なんだと思います? ――まあアーティファクトなんですけど。あぁ、こちらはつい先日、ウチで手に入れたものですので、表舞台に出すのは初めてですよ」
『は?』
『え』
『ガチ!?』
『いやいやいや嘘だろ!?』
類似のコメントをAIで弾き、抽出するという機能を使ってコメントをARレンズ――要するにコンタクトレンズ型のデバイス――で確認して、傑はにこやかな笑みを浮かべたまま続けた。
「実はこれ、どこで見つけたかっていうと、都内ダンジョンの上層4階層、なんですよ。いや、まさかそんなところにあると思わなかったんですけどね。まさかの天井に蜘蛛の巣みたいなので貼り付けられていて。しかも隠し通路でもなんでもない場所で。ほら、画像出てますよね、見えます?」
そう言いながら、さも自分たちが見つけたかのように流霞と奏星が配信していた際に天井にドローンを向けた際の画像を表示させ、傑が苦笑しながら告げる。
コメント欄は阿鼻叫喚となっているが、それもしょうがないことだろう。
現状、踏破済みの階層で新しい宝箱が発見された事例はほぼ皆無だ。
時折、何かのきっかけで見つかる隠し通路などで発見されるような事例もあるにはあるのだが、見つかった場所が普通の通路の天井だったというのが問題だ。
――これはつまり、近くのダンジョンにも天井に何かがある可能性はあるのでは?
そんな風に考える者も非常に多かったのである。
もっとも、傑がそれを考えなかった訳ではないので、もちろん『明鏡止水』ではこの数日の内にメンバーを日本各地のダンジョンに派遣し、上層の天井をライトまで持って行って調査させているのだが。
残念ながら空振りで終わったことを、傑は敢えて口にはしなかった。
「まあ皆様、どうか落ち着いてください。コメントにもあるような、アーティファクトを拾った自慢をするのが配信の主題だったなどということもありませんので、どうかご安心を。というよりも、この配信は観ている皆様自身にとっても実りのあるものになる可能性が高いと、この場で宣言しておきましょう」
『どういうこと?』
『なにそれ気になる』
『探索者仲間と一緒に観てる』
『友達に配信見ろってチャットした』
「はい、広めていただいてありがとうございます。――さて、皆様。ダンジョンが出現して半世紀とちょっと。ダンジョンはまだまだ分からないことだらけですね。ダンジョン因子、魔力という存在、そして、レベルアップによる強化効果などなど。調べようにも既存の方法が全く通用しないような、未知で溢れていると言えましょう」
『それはそう』
『まだまだ分からんことだらけ過ぎる』
『ぶっちゃけ魔力ってのも謎過ぎる』
『実は超能力説、あると思います』
「えぇ、我々も皆様と同様、まだまだ未知の世界であると考えています。それでもダンジョンを探索するのは、ダンジョン内の植物、素材、魔石といったものの使い道が徐々に広がり、それそのものが産業に繋がっているからです。今も分からないまま、未知を既知にしようという研究者の方々の努力には頭が上がりません。あ、これは愛しい妻と私の可愛い娘もそうなんですけど――え、あ、いえ、すみません。ちょっと脱線しそうになりました」
『草』
『相変わらず親バカというか家族バカ過ぎるw』
『皆のためになるって言っておきながら惚気話はタメにならんのよw』
『テメーの家族とか知るか、バカかよ』
『くだらねぇこと言ってねぇでさっさと言えよ!』
『今どきの配信界隈で調子乗るバカ久しぶりに見るわ』
『完全匿名性なんてもうないから、開示請求とかもう直通よ?w』
さすがに重大発表と銘打っているだけあって、配信界隈に慣れていない者も視聴しに来ているようであった。
一昔前までなら、こういう発言をブロックして通報したところで実害なんてものはほぼほぼ存在しなかったが、今の時代は違うのだ。
通報ボタンを一つ押せば、それが明確に他者を愚弄するようなレベルであるかをAIで判定し、確定となった瞬間に開示請求が行われるような時代である。
いつまで昔のインターネット文化を引きずっているのやら、と冷笑しつつ、傑は改めて続けた。
「話を戻しましょう。さて、私たちが手に入れたこちらのアーティファクトなのですが、こういったアーティファクトは発見者に命名権が渡されるのをご存知ですか? あぁ、有名ですものね、『ダーリンスレイブ事件』は。気になる方はあとで調べてみてくださいね」
『やめーやw』
『ダーwwリンwwスレwイwブwww』
『剣姫さんがアーティファクト命名で恐妻さんと呼ばれるようになった事件の話はやめてさしあげろw』
『堂々と間違えたせいでなw』
『恐妻さん未婚で綺麗な人なのになw』
「まあまあ。それでですね、私は今回、こちらのアーティファクトを『魔力水の水差し』と名付けることにしました」
『まりょくすい?』
『魔力水……?』
『え、どういうこと?』
『ちょっと待て、それまさかマジで?』
『おいおいおいおい、その名前がマジならそれってつまり』
察しの良いものであれば、このアーティファクト名だけでも可能性に辿り着くだろう。
流れるコメントが、AIで選別しているにもかかわらずに凄まじい早さで流れていくということは、それだけ色々な意見が投げかけられているということだ。
そんなコメントの数々が投げられていることを知りながら、傑はしばし微笑んだまま動きを止めていたかと思えば、一つ咳払いをしてカメラを見つめた。
「――察しの良い方は気が付いていらっしゃるようですね。えぇ、その通りです。このアーティファクトは、内部に入った水を持ち手の魔力によって魔力水という魔力を帯びた水に変えてしまうのです。つまり、魔力という存在をスキル以外の形で可視化させる、世界初のアーティファクト、ということになりますね」
その瞬間、世界全体、この配信を観ているどこであっても、例外なく、一瞬時間が止まったかのように動きが止まった。




