スクールカーストトップはギャル Ⅱ
「おっす、姫屋! なあ、これ知ってる!? こんなのつけてんだぜ、八咫島」
教室に入ってきた、見るからにギャルといった見た目をしている、サンコーのスクールカースト、そのトップに君臨するギャルこと姫屋 奏星。
彼女は教室に入ってくるなり唐突に声をかけられたことで、じっと声をかけた男子、三枝という男子の手に持った流霞の鞄、そしてその手に握られた缶バッジを見た。
三枝にとってみれば、そこに悪意なんてものはない。
ただ、高嶺の花とも言える奏星に話しかけるネタとして利用した、というのが正直なところでしかなく、流霞を貶めていることに対する自覚なぞ、これっぽっちも存在していなかった。
そうして、その騒ぎを見ている教室の者たちもまた同様だった。
三枝を止めることのない三田と呼ばれた男子も、そんな二人に気が付き、また男子が馬鹿やってると遠巻きに見る者も、馬鹿騒ぎが気になって顔を向けただけの者もいる。
だが、被害者となった流霞にとってみれば、これは地獄へのカウントダウンだった。
この騒動を機に小馬鹿にされ、そういう相手なら何をやってもいいと勝手な解釈をした子供じみたルールの押し付けが始まる。
得てして、学生の、子供のいじめの始まりというのは、そんな些細なことがきっかけになることが多いのだから。
もっとも、流霞はそんなことには気が付いておらず。
――ひぃぃっ、私と住む世界が違うスクールカーストトップクラスのギャル!
私みたいなのとは交わっちゃいけない相手の代表格!
そんな姫屋さんに声をかけたものだから、なんだかこっちに集まる視線が増えてきた……!?
と、困惑のままに頭を抱えたい気分になっていたのだが。
そうして三者三様の思惑がそれぞれにぶつかり合う中、件の奏星は――不愉快さを滲ませて鼻を鳴らした。
「――ダッサ」
「ははっ、だよなぁ!」
冷たく、言い切る。
嫌悪し、軽蔑すべきものを見て吐き捨てるように、奏星は断言し、それを聞いて三枝という男子は、共有できたことが嬉しいのか、大仰に騒ぎ立てた。
――うぐぅ、ひどい……。
いや、ギャルでキラキラしてる人が、私みたいなのとかヲタ文化を理解しているなんて夢のまた夢であるのは当然だけどぉ……!
でも、私の大事なグッズなのにそんなこと言わなくても――っていうか、いい加減に……!
何もしていないのにそんなことまで言われるなんて、と怒りと悲しみ、悔しさを噛み締めていた流霞が、立ち上がって鞄を強引にでも取り返そうと力を入れた、その時だ。
「――は? 勘違いしないでくんない? ダサいのはアンタだし、三枝」
奏星の口から続いてきた言葉に、教室内は水を打ったような静けさに包まれ、そんな中で奏星は堂々と続けた。
「手、離しなよ。それ、八咫島さんのっしょ。つか、人のモノを小馬鹿にして笑いものにしようとか、マジでないから。そんなのの片棒担がせようとか、最悪なんだけど」
その一言で、クラスの空気が変わった。
流霞の推しグッズを小馬鹿にするような空気から一転、奏星に同調するかのように「確かに」とか「マジでない」と口々に声をあげ始めたのだ。
――え、さっきまでみんなちょっと私の缶バッジ見て引いてたじゃん!
ギャルは正義か!?
まさかのクラスカーストトップが私の名前覚えてくれてて嬉しいけど!
なんて、そんな流霞の憤りと喜びというか、複雑に入り混じってしまった心の声は相変わらず出ることもなかった。
「な、なんだよ、冗談じゃん! そんなマジになんなよ! なあ! みんなだって笑ってたじゃん! こんなのちょっとしたノリで……!」
「そーゆーノリがどうのとか、ホントないわ。ノリって言えばなんでも許されるとでも思ってるわけ? ただの勘違い野郎過ぎてマジでムリ。つか言い訳とかどーでもいいし。八咫島さんに謝んなよ」
「えっ、あ、その、わ、わわわ、私は別に……」
「っ、ほら! 八咫島だって別に気にしてないって!」
――ぎゃーっ、ちっがーーう!
私に変に注目されたくないからさっさと終わってほしいだけー! 気にはしてるしなんならハゲろ!
姫屋さんは私を助けてくれたんだもん! クソ男子を庇うつもりなんてないから!
流霞は相変わらず頭の中だけは騒がしいものの、それらが口から出ることなく。
その一方で、奏星は苛立ちを顕に三枝を冷たく睨みつけた。
「はぁ? 八咫島さんに謝りもしないし、責めてぶん殴ったっていいのに許してくれてるってことにも気付けないわけ? ほんっとそーゆーヤツムリだから。二度と話しかけてくんな」
「え……、ぁ……」
奏星はつかつかと歩み寄ってくると、三枝の手から流霞のバッグを乱暴に取り返し、睨みつけてから流霞の机にそっとバッグを置いた。
「八咫島さん、鞄、だいじょぶそ?」
「えっ、あ、うん……」
「そか。なんか壊れてたりとかしたら弁償させなね」
短くそれだけ流霞へと告げると、流霞のお礼の言葉を受け取ることもなく、さっさと自分の席まで進み、苛立った様子で自分の鞄を机に置いて乱暴に椅子を下ろすと、彼女の友達が一斉に近寄り、奏星へと話しかけ始めた。
――……お、オタクに優しいギャルはいた!?
「……八咫島」
「ふぁい!?」
「その、ごめんな。ちょっと調子乗ったわ」
「あっ、え、っと、はい……」
――今更謝られたって遅いからなーっ!
フェルディナンド様に土下座してグッズ買って貢げー!
なんて、相変わらず頭の中だけではボロクソ言う流霞であったが、改めて自分の鞄を見てからちらりと奏星に視線を送ると、奏星も流霞を気にしていたようで、二人の視線がぶつかり合う。
――ぉゎー……ホント綺麗で、眩しいひと。
そんなことを、同じ女子としてのプライドだとかを全部どこかへ置き去りにしたまま思う流霞が、はっと我に返って口を開く。
「あ、あの、ありが……――」
そうして自分の声を遮るようにチャイムの音が学校中に鳴り響き、流霞のか細い声はあっさりと塗り潰されるように掻き消えていく。
だが、奏星には流霞がお礼を口にしたのだと口の動きから察したのだろう。
にぃっ、と無邪気な男子の少年を思わせるような、からっとした笑みを向けて、小さく流霞へと手を振ってくれた。
――……ほ、惚れるやろがーー!
思わず顔を赤くしてしまう流霞であったが、彼女は別に同性が好きというわけではないことは、ここに明言しておこう。




