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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第1章 〝金銀花〟結成!

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〝金銀花〟は止まらない Ⅲ




 流霞の身体ほどのサイズはあろうかという棍棒を手に持ったトロール。

 ぐおぉ、と地響きを伴うような咆哮と共に目覚めたその威容に、奏星は思わず身震いしながら動きを止めた。


 人のサイズを超えた化物。

 ホブゴブリンのそれとは全く異なる、見て分かる程の圧倒的な力強さは、恐怖を掻き立てるには充分過ぎる程であった。


 だから、反応が遅れた。

 地面を蹴り、自分に向かってくるトロールの姿が酷く非現実的に思えて、奏星の反応が遅れる。

 緩慢な動き、けれど力強く振るわれる棍棒が、奏星の身体を横薙ぎに殴りつけるように振るわれる。


 雅が、美佳里が、雪乃が。

 視聴者たちが、奏星に直撃すると思っていた。


 しかし、その直前だった。

 棍棒と奏星の身体の間に入り込むようにして、くるくると身体を横に回転させながら流霞が遠心力を乗せた一撃で、トロールの棍棒と己のロッドをぶつけ合った。


 激しい衝突、衝撃を伴うような音。

 その直後、トロールの棍棒の動きが止まったものの、腕力で流霞が、奏星が吹き飛ばされるように転がった。



「ぐ……、る、かち……!?」



 ようやく我に返った奏星は、自分と一緒になって転がった流霞を見て、思わず目を見開いた。


 おそらくは頭を打ち付けたのであろう。

 だらりと頭から流血しながら、それでもなお歯を食い縛るようにしながら、流霞は「きひっ」と喉を鳴らしてロッドを支えに立ち上がった。



「っ、るかちー、血が……っ!」


「ねえ、カナっち」


「え……?」


「任せた」



 乱暴に袖の部分で目に入ってきた血を拭って、流霞は返事を待たずに上体を倒すようにして、トロールに向かって駆け出す。

 迎え討つように振り下ろされる巨大な棍棒を、流霞がステップを刻むようにして横に避け、飛び上がり、ロッドを打ち付ける。


 しかし、トロールの分厚い脂肪と筋肉に阻まれてしまっているせいか、いつものような破壊力を発揮しているようには見えず、僅かにトロールの身体が揺れる程度だ。


 その光景を見て唖然とする奏星とは裏腹に、流霞はそうなるであろうことを予測していた。


 流霞の戦いは、魔装による圧倒的な重量を活かす一撃必殺。

 その力が通らないような相手では、どうしたって無力になり、何もできなくなるだろうことは、他ならぬ流霞自身も予測していたことだ。


 ――私一人だったら、多分、これを乗り越えることはできなかった。けれど。


 流霞は後方に佇む友達を、仲間を、相棒を、信じている。


 自分では倒しきれないだろう相手。

 けれど、隙を作ればきっと、頼もしい相棒がその好機を逃さずに倒してくれるだろうと、信じている。


 だから戦う。

 隙を作るために、トロールに自分だけに集中してもらうために。

 たとえそれが、一撃が当たれば命を落とすかもしれない、そんな相手であっても。



「――きひっ、負けない……!」






 一方、そんな戦いを目の当たりにしていた奏星は、次々流れるコメントにも気付かず、ただただ呆然と佇んでその光景を見つめていた。


 ――変わった子だな。

 流霞に対して奏星が最初に抱いていた印象は、そんな感想だった。


 自分の窮地を救ってくれたヒーロー。

 そんな流霞と行動するようになって、なんだか人に馴れない小動物を相手にしているような気分になってみたり。


 けれど根底にはいつも、「いつかるかちーと肩を並べて戦う。あーしが救う側になれるぐらい、強くなる」という決意が胸の内で燃え上がっていた。

 しかし奏星が考える「肩を並べて戦う」というのは、どちらかと言えば「流霞と同じことができるようになること」になりつつあった。


 だから、体力が足りないのでは追いつけないと、走り込みをするようになった。

 重さはほぼないとは言っても、強く腕を振ったり引いたりというのは酷く筋肉を酷使する。

 だから、筋力トレーニングも欠かさない。

 けれど筋力だけに偏らないように。


 そうやってもまだ届かなくて、ついさっき悔しい想いを胸にしたばかりだ。


 ――――そして、今。


 強大な魔物に、その威容に呑み込まれて動けなかった奏星を他所に、流霞はそれをフォローするように動いているが、先程から頭から血を流している。

 だというのに、今も真正面からトロールという化物に、レベル1で挑んでいる。


 ――何もできずにいた自分に、〝任せた〟と言ってくれた。信じてくれた。


 己の不甲斐なさに。

 けれど、信頼されているからこそ、いっそ腹立たしい(・・・・・)



「――しっかりしろよ、あーし……ッ! ビビってんじゃねぇよ……!」


『カナっち……!』

『そりゃビビって当然、なんだけどな』

『きひ子ちゃんが善戦してることが奇跡』

『うおっ』

『すげえ炎……』

『これ、カナっちも燃えてね……?』

『トロールは耐久力の化物だから、一撃でやれるだけの威力をしっかり込めた方がいい!』

『がんばれ!』

『すご』

『ホント二人とも、これがレベル1JKの見せる顔かよ……』



 ギリィッ、と奏星は奥歯を噛み締めて、魔装の細剣に力を、魔力を集めていく。


 燃え盛る炎が、魔装だけではなく奏星の身体にまで伝わってくる。

 けれど、不思議と熱さは感じなかった。

 それが集中しているせいなのか、それとも、【太陽】たる所以であるのかは奏星にも、視聴者にも分からない。


 けれど、その姿を――流霞は一瞥して口角をあげた。


 トロールが再び動く。

 棍棒を使った、凄まじく重い一撃が流霞を叩き潰そうと迫る。

 対して、流霞はロッドをくるりと回して遠心力を活かして威力を底上げさせて、棍棒の軌道を僅かに逸らし、その下を掻い潜るように身を伏せる。


 続いた一撃は、空いている左手での掴み。

 けれど流霞は、この極限の場面で意識を集中させていた。



「――【朧帳】……!」



 トロールの腕が流霞の残影を握り締め、虚空を掴む。

 その間に流霞は腕の下を抜けるようにしてトロールの斜め後ろに回り込み、その場で足を踏みして、身体を横に回転させながら一撃を左膝に入れて距離を取る。


 分厚い脂肪と筋肉に守られた身体とは言え、人間に似た姿である以上、それらが薄くなる関節部分は衝撃に弱い。

 トロールがここにきて初めて痛みに呻くような声をあげて、慌てて流霞を殴りつけるように腕を振るった。


 それを咄嗟に下がって避けて、またロッドを振るう。

 狙いは今しがた打ち付けた左足の膝のみ。

 他には目もくれず、ただただ、片膝を破壊することだけに集中して流霞は立ち回っていた。


 だが、数度目かのカウンターを入れようとした、その時。

 流霞の攻撃が当たったその瞬間、痛みを堪えるようにトロールが突然、棍棒を持ったまま大きく周囲を薙ぎ払うように振って流霞を巻き込む。


 流霞も咄嗟に回避する余裕はなく、ロッドを差し込んで直撃を避けつつも、しかし重たい一撃に吹き飛ばされ、地面を滑って転がった。



「ぐ……っ、うぅ……! はぁ……っ、はあ……!」



 身体がバラバラに崩れたような、酷い痛み。

 魔物の群れを相手に戦っていた、常に最高速度を意識したような動きによる、体力の消耗。

 筋力の疲労感。

 どれを取っても、ハッキリ言って後がない。


 流霞はぼんやりとした頭でそんなことを考えながら、それでも立つ。


 トロールはすでに流霞を標的と定め、脅威と認定していた。

 まっすぐ流霞を睨みつけ、この機会に流霞を確実に仕留めるべく、流霞を追いかけるようにして棍棒を振り上げながら、ずんずんと地面を踏みしめて迫ってきている。


 もう、避けるのも無理かな、と。

 流霞はぼんやりとした頭でそんなことを考えながら、血の滴る目元を拭ってトロールを見やる。


 諦めたように身動ぎ一つしない流霞を、トロールは確実に殺せると喜びながら、けれど、流霞の攻撃が確実に効いていたようで、ひょこひょことぎこちない歩き方で、ついに迫ってきた。


 そうして流霞の前にやってきて、流霞を叩き潰すべく棍棒をあげたところで、流霞は――けれど獰猛に口角をあげて、笑った。



「――私たちの勝ち(・・・・・・)だよ」


「――あああぁぁぁッ!」



 炎を纏った奏星がトロールへと肉薄する。

 その姿に、鬼気迫る勢いにトロールが僅かに身動ぎし、どうにか避けようと身体を捩る。

 だが、流霞が執拗に左膝に強烈な打撃を入れ続けたおかげもあって、踏ん張りが利かず、体勢が傾いた。

 だが、それでも直線的に突っ込んでくる奏星の行動をどうにか避けることはできるだろう。


 そう思われたその時、流霞がなけなしの力を振り絞り、右足の踵をロッドで殴りつけ、トロールの体勢を崩した。

 唖然とした表情のトロールの驚愕に剥いた目が、血に染まりながらも獰猛に口角をつり上げた流霞の視線と交錯する。



「――きひっ、逃さないよ?」


「――燃やし尽くせぇぇッ!」



 ずん、と音を立てて魔法陣内が不可視の何かに圧し潰されるようにトロールが両膝と両手を地面につき、動きを縫い止めた。

 そこへ、奏星が真っ直ぐに細剣を突き出しながら、突っ込み、トロールへと直撃した炎が分厚い身体を貫き、渦巻く炎がトロールの身体を完全に呑み込んだ。



《――レベルが上がりました》



 未だ消えない火柱をぼんやりと見守る流霞と奏星の脳内に、無機質な声が響いた――――。



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