閑話 コンペのお話
「――は? 俺らが高校でコンペに参加する?」
最愛の妹である結花とダンジョンに行き、ちょっと上層も体験させてあげつつお兄ちゃん的フォローをして満たされた翌日。
隆二はクラン『神風』が有するビルの一室で、パーティメンバーの有紗、徠人の二人と共にパーティマネージャーというパーティの支援を行うサポートメンバーからの話を聞いていた。
そこで聞かされたのが、この話であった。
「そうです。下層進出が進もうとしている中、『第3世代』の生産系因子に注目が集まっています。そこで、現在はクランとしても『第3世代』探索者の獲得に乗り出そうと考えています。ですが、『第3世代』の因子持ちの多くは探索者として芽が出る前に探索者を諦めてしまっているのはご存知ですか?」
「あぁ、そりゃあニュースにもなってたからな」
パーティマネージャーの中西という二十代後半の女性が、真剣な表情を浮かべて頷いた。
隆二だけではなく、徠人や有紗もそれは知っていたようで、二人も頷いている。
今年20歳になる世代から急激に増えた『第3世代』因子。
ダンジョン因子が分かりにくいこと、ダンジョンで戦っても芽が出ずに生活の見通しが立たないことから、探索者を諦めてしまった人は多い。
一部では若者のダンジョン離れがどうのと騒ぎ立てていたりもするようだが、そういう問題ではない。
ダンジョン因子がしっかりと働いてくれないことには、ダンジョンの中で魔物に勝つことはできないという、ただそれだけの話だ。
「現状、『第3世代』のダンジョン因子を手に入れた者の多くが、高校時代にすでに他の道を志して活動してしまいます。人によってはすでに自身の生活基盤を構築している状況ですので、その世代や高校3年生の世代の獲得はなかなかに難しいのです」
「まあ、そりゃそうだわな」
「余程破格の条件でもない限り、いきなり方向転換とはいかないだろうね」
「それに、方向転換させるにしても、よ。クランとしてはある程度の生活を保障してあげなきゃいけないでしょう? でも、クラン側でもスキルとかの使い方を上手く導けるっていう確証もないもの。正直、ウチのクランは『第3世代』を招き入れて成功した事例すらないものね」
隆二に徠人、そして有紗が言う。
以前までは敬語で、いかにも聖女と呼ばれるに相応しい空気で会話に応じていた有紗だが、酒カスっぷりを世間に知らしめて以来、随分と態度もあっけらかんとしたものになり、言葉遣いも普通になってしまった。
そのせいで一部界隈では「闇落ち聖女さま」だの「ドS感あって好き」だのという人気を博しつつあるのだが、一部の清楚大好き勢からは批判も増えている。
もっとも、本人は今更身内にまで聖女ムーブをしようとはこれっぽっちも思っていないが。
それはともかくとして、そんな有紗の言はもっともだ。
現に『神風』は『第3世代』の探索者を招き入れておらず、下部組織とも言えるクランでも基本的には『第3世代』とは関係のない、一般的な因子持ちを採用しているという状況だった。
ノウハウも実績もないとなってしまうと、当然『第3世代』の引き入れには慎重にならざるを得ない。
「実際んとこ、俺の妹が『第3世代』の因子だからな。そっちも『明鏡止水』が出してくれたレポートを見て色々やってんだわ。けど、さすがにまだまともに使えないって愚痴ってたしなぁ」
「結花ちゃんよね? 探索者志望なの?」
「あー、なんか憧れてる探索者がいるって言っててな。高校も探索高校に入ったんだわ」
「へぇ、そうなんだ? 憧れてるって、誰にだい?」
「徠人、おまえは結花のことを知るな、聞くな、興味を持つな」
「えぇー、パーティメンバーなのに酷くない?」
がるるるる、と唸り声をあげる隆二に徠人が苦笑する。
実のところ、徠人がこういうようなことを言われるのは、あまり珍しい話ではない。
同じ『神風』のクランにいる者たちの親族に若い女性がいる場合、徠人と合わせると面倒なことになることを知っているからだ。
徠人は見た目も良く、性格も穏やかで優しく、それでいて強く芯のある男だ。
要するに、非の打ち所がない人間、というような存在――《《だった》》。
そんな男に変に優しくされて勘違いしてしまったら、ちょっと可哀想なことになるし面倒臭いことになる、と皆が徠人を避けているのである。
特に若い女子中学生や高校生ともなると、徠人なんて理想のイケメンとして映ってしまうため、なおさら簡単には紹介したくないのである。
隆二が重度のシスコンでなかったとしても、さすがに抵抗を覚えるほどだ。
ともあれ、そんなやり取りを前にして中西が咳払いをすると、話題を戻して改めて説明を始めた。
「そこで今回のコンペです。『第3世代』の方々を対象にしているという意味でも、我々『神風』にとってもいい話なのですが、実は今回、『明鏡止水』だけではなく、『ガチ攻略女子のダンジョン研究所』が参加してくれることになっており、『第3世代』のダンジョン因子の活性方法の講習も開いてくれる、とのことです」
「えっと、なんて?」
「ですから、活性方法の講習――」
「いや、その前。クラン名でなんか変なの聞こえたけど?」
「……『ガチ攻略女子のダンジョン研究所』です」
「……えぇ? それ、クラン名なの?」
「はい」
「なにそれ、聞いたことないのだけれど」
有紗に訊ね返され、なんだか自分がおかしなことを言っているような気分になりながらも中西が改めて〝がちけん〟の正式名称を口にし、有紗が軽くドン引きする。
しかしその一方、ガタッと椅子を足で押し退けながら立ち上がった徠人がキリッとした表情を浮かべた。
「――その仕事、絶対受けよう。受けなきゃダメだ」
「ちょっと、徠人? いきなり何よ?」
「ご存知ないのかい!?」
「え、うざ」
くわっと目を見開いた徠人の言い方に、有紗が素で呟いた。
有紗にはイケメンだとかそういうのはプラス要素に働かないようである。
だが、この百合豚、止まる気配がない。
「いいかい? 『ガチ攻略女子のダンジョン研究所』って言えば、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟を擁する新興クランで、『第3世代』のダンジョン因子持ちが集まった新進気鋭のパーティと共に大躍進を行っているクランなんだ。かの『明鏡止水』のトップ、あの矢ノ沢氏の末娘が起ち上げたクランでね。『第3世代』の魔力による因子活性化理論は、その末娘が提唱したものを『明鏡止水』が実際に実験し、実証してみせたんだ」
「そ、そう……」
「仰る通りです」
「――けれど、そんなことはどうでもいい」
「どうでもいい!?」
「どうでも良くありませんが?」
突然早口になって語り出した徠人に軽く引きながら、有紗、それに中西の二人が軽く引きながらも反応していれば、百合豚がとんでもないことを言い出した。
思わず二人のツッコミが冴え渡る中、さらに百合豚は続けた。
「〝金銀花〟からは上質な、無駄に接触したりベタベタしたりはしないものの、絶対的な信頼関係という名の美しい百合の花が。そして、〝魔女の饗宴〟からは特殊な演技を挟んではいるものの、時折垣間見える素のやり取り。そこにそっと姿を見せる、さりげないフォローと助かったというアイコンタクト。育まれた可憐な花が見えるんだッッ!」
「くわっとしないでちょうだい。暑苦しいし、力説されても分からないわよ」
「しかも! 〝金銀花〟の配信では時々裏方をやっているらしい仲間が、彼女たちを守るように表に立つ時がある。僕には分かる。あれは間違いなく、〝金銀花〟を支える『ガチ攻略女子のダンジョン研究所』の代表、矢ノ沢氏の末娘によるものだ。――ここまで言えば、分かるね?」
「何も分からないわね」
「つまり、そのコンペに『ガチ攻略女子のダンジョン研究所』が来るということは、〝金銀花〟や〝魔女の饗宴〟の美しい花の一部でも生で見れるかもしれない、ということなんだ。僕は壁になってそれを眺めたい」
「無駄にキリッとした顔でとんでもないこと言ってるわよ、この百合豚」
「壁にならないでください。登壇してください」
言い切った、とでも言いたげに満足げな顔をする百合豚にちょっとイラッとしながら、有紗は深く嘆息した。
気が乗らない、とでも言いたげな有紗の態度を見て、ここで百合豚は引く訳にはいかないとばかりに口を開いた。
「有紗、もしもキミが参加してくれるなら、僕が以前、とある仕事の付き合いで酒蔵から進呈された幻の一本をキミにあげ――」
「――いいわ、やりましょう。未来ある子供たちのために」
「そう言ってくれると思ったよ」
一瞬で買収された有紗になんとも言えない顔をしたのは隆二だ。
ここでこの3人が受けてくれるのであれば、『神風』として『第3世代』の育成に力を入れていることのアピールになる。
さらに3人の見た目の良さと人気の高さからも、若い世代を取り込みやすいと思われる。
そういった計算をしている中西は、有紗もやる気になってくれるのは有難いのは間違いないので、気持ち的にはちょっと色々思うところはあるものの沈黙することにしている。
そうして、最後の関門でもある隆二を見やる。
「俺はそういうの別に興味ねぇからなぁ。コイツらが行くんなら行かなくて良くねぇか?」
「そう言うなよ、隆二。僕と一緒に、百合の花を見に――」
「いや、俺をそっちに巻き込むんじゃねぇよ。妹に引かれたらどうすんだよ」
「隆二、行きましょうよ。仕事は大切よ」
「酒で買収された女がどの面下げて言ってやがる……!」
残念ながら百合豚も酒カスも、隆二に対して有効な手札は持ち合わせていないようであった。
だから、中西は口を開いた。
「隆二さん」
「なんだよ」
「会場、東京第三探索高校でして。当然、そこの生徒が対象に――」
「行くわ」
重度のシスコンであることは、とっくに中西にも知られているのである。




