情報の濁流
「――だから、こうしてスキル使う時みたいに魔力をぎゅってすると、ちょっと眩しいぐらいだねー。ほら、これがその状態で入れたヤツね」
「おぉー」
「でね、こうやってもっと強くぎゅんってしたのがこっちー」
「いや、眩し……。青白い光で綺麗だけど、この光量はちょっと眩しすぎじゃんね」
「だよねー。で、逆にこうやってきゅーって絞ったのがこれ」
「そそ、こんぐらいがいい感じ」
廊下で何が起こっていたのかを説明してほしい。
流霞に美佳里と雅が頼んだところ、「じゃあ見やすいように空っぽのペットボトルに移し替えて試そう」などと言われて、部室ゴミ箱のペットボトルをゆすいでからアーティファクト経由で水を入れたものを3種類用意し、改めて流霞が説明していた。
おそらく流霞が言いたいのは、魔力を多く込めれば光量が増した水が、絞ってから注いだものであれば光量が落ちた水が、という意味なのだろう。
唯一反応している奏星は、ただただ感想を口にしているというようなものばかりだが、美佳里、雪乃、そして雅は目の前で玩具で遊ぶような二人とは違い、戦慄していた。
「ガチか……ガチだわ……」
「魔力そのもの、それに強弱の可視化。魔力の出し入れはアーティファクト越しじゃなくてもできるのは、スキルがあれば聞いたことはあるけど……」
「……なんであの二人、なんか玩具で遊んでるみたいに――」
「――ねね、奏星もやってみて!」
「おっ、りょー。スキル使うみたいに……んん? あれ、入らない?」
奏星が手に取ったのは、すでに流霞が魔力を込めて青白く光っているペットボトルだ。早速とばかりに魔力を注いでみたが、しかし上手く作用してくれないようである。
そんな奏星の姿に気が付いて、流霞が口を開いた。
「なんかね、一回魔力を注いだら変化しなくなるっぽいんだよねー。私もさっきアーティファクトの中身水道で流しながら試してたんだけど、一回アーティファクトに入った水に魔力を注いじゃうと、もう変わらなくなっちゃうみたい。だから、このアーティファクトに水入れてきて試してー」
「ん、りょー。ちょっと入れてくる」
「はーい」
「……ミカミカ、なんか新しい情報出た」
「……さっきから録画してるからとりあえずだいじょぶ」
「ないすぅ……」
ARグラスで目の当たりにしている光景を動画で撮影する。
美佳里が反射的に始めたそれだが、この情報が外に出たら一体どれだけの騒ぎになるだろうかという事実に気が付き、背筋に冷たい何かが走って身体が震える。
「ただいまー。ほら、るかち、見て。色違い」
「わー、オレンジっぽいっていうか赤っぽいっていうか……、人によって色が違うんだ」
目の前で行われていることが、一体どれだけ凄いことなのか。
そんなことを戦慄しつつも現実をどうにか認識しようとしているところへ聞こえてきた、さらなる声と、夕方になって薄暗くなっていた部室の一部から漏れた暖かい光の色。
そちらを見て美佳里が頭を抱え、雪乃は天を仰ぐようにして、雅が遠い目をした。
「まって、ねえまって……」
「……あれ、つまり色は属性判別、みたいなやーつ……?」
「……あは、あははは……」
無邪気に光らせて遊んでいる流霞と奏星の二人がやって見せた行動、そして目の前に現れた反応の意味を推察してしまった三人は、もはや言葉にすらならない途轍もない疲労感すら味わっていた。
これまで、『可視化することはできないし確認はできないが、存在しているであろう』とされてきた魔力。さらにそんな存在を『魔力の量による分かりやすい変化で観測できるようになる』代物なんてものは、どこにもない。
そこに加えて『注がれた魔力によって光り方――あるいは性質?――が変化する』のは間違いない上に、先程の流霞と奏星のやり取りを聞く限り、『性質はアーティファクトに水を入れた段階で行われる可能性もある』なんていう情報まで突き付けられた状況だ。
情報の大洪水も甚だしい。
なんならちょっと楽しそうな流霞と奏星にイラッとするレベルですらある。
もちろん、悪気はないのだろうが、とにかく色々自覚してくれというのが三人の本音であった。
そんな三人の変化にようやく気が付いたらしい流霞が、ふと一番近くにいた雪乃を見て、再び思いつきの行動を始めた。
「ゆっきーもやる?」
「……え、いや、あーし、スキルなんて何もないし、そんなんできな――」
「あっ、でも大丈夫だと思う」
「は?」
「あっちの水差し、普通の水入れて触ったら、なんか魔力が抜かれるような感じでぞわぞわってしたから、スキルなくても勝手に変わると思うよ?」
「は??」
「あ、それあーしも感じた。実際、それを遮断してアーティファクト見てたら水もなんも変化しなかったし。でも、外に流しながら外に出てる水に魔力流すと、そっちは変わるっぽい」
「あ、奏星も試したの? 実は私もそれ試したんだー。多分だけど、あのアーティファクトは『水そのものを〝魔力に反応する水〟に変化させている』んじゃないかな? だから、あのぞわぞわを遮断しないとアーティファクトを持っている人の魔力に勝手に染まっちゃうんだと思う」
「あーね。それっぽい」
「は????」
哀れ、雪乃。
流霞の思いつきと奏星の肯定のせいで、突然当事者の一員に巻き込まれたせいで完全に思考が停止していた。
「……み、雅、ねぇ、雅? ちょっと今の話って、まさか……」
「っ、ゆっきー! 試そう! アーティファクトに水入れにいこ! ウチらも行くから!」
「え、あっ、りょ!」
美佳里の声に雅がはっと我に返り、叫ぶように雪乃へと指示を出す。
三人が慌てて立ち上がり、アーティファクトを持って水道へと向かう姿を見送って、流霞ははっと我に返った。
「ん? るかちどしたん?」
「へぁっ!? あ、あの、その、ちょっとテンションバカになっておかしくなっちゃったっていうか馴れ馴れしく喋りすぎたかなって……」
「なんそれ、別に誰もそんなん気にしなくない? てか、ダンジョンであーしと普通に喋れてんだし、それとあんま変わんないっしょ」
「か、変わりますがぁっ!?」
「いや、なんで敬語?」
奏星には理解できないかもしれないが、オタクとは饒舌になって引かれることに小さくないトラウマを与えられる生き物である。
要するに流霞は今、トラウマを新たに刻まれる可能性を自ら作り上げたような状態なのだ。本人的には、だが。
そんな流霞の葛藤がよく分からないと言いたげに、奏星は自らがアーティファクト経由で注いだ水の入っているペットボトルを手持ち無沙汰に手の上で振ってみたりしつつ様子を眺め、ふと思いついた。
「ねね、るかち。あーしのこのペットボトルからあーしの魔力って抜ける?」
「へ?」
「ちょっと交換して試そうよ。お互い結構光らせてさ」
「あ、うん」
流霞が青白く光らせたペットボトルを、奏星が赤みがかったオレンジ色に輝かせたペットボトルを用意して、お互いにそこから「せーの」と声をかけ合って魔力を抜き取ろうと意識を集中させる。
そうして試してみたのだが、結論から言ってしまえば、お互いにそれは不可能だった。
5分から10分程度は試していたのだが、どうしてもペットボトル内の水には上手く干渉ができないようで何かに阻害され、弾かれるような感覚だけが残る。
「……難しい……。でも、なんていうか、何かが邪魔してる……?」
「んー、るかちもそうなん? あーしも、なんかそんな感じがする……」
「なんだろ……? やっぱり一回変質しちゃったらそれ以上の変化は無理、とか?」
「んー、なんだろね」
「うーん……」
「てかさ、雅とミカミカとゆっきー、遅くね?」
「え? あ、そういえばそうだね――って、言ってる間に戻ってきた」
「おかー……――って、え、なに、どしたん? なんかあった? ケンカした?」
ようやく戻ってきたかと思えば、三人は何故か全員が全員、目を赤くしていて、つい今さっきまで泣いていたような、そんな顔をしている。
すわアーティファクト落として壊しちゃったのか、とか思った流霞であったが、アーティファクトは雅が大事そうに抱きかかえていて無事だ。
一体何があったのかとあわあわとする流霞であったが、そんな中、雅がゆっくりとアーティファクトを机の上に置くと、流霞と奏星に振り返り、泣き笑いのような笑顔を浮かべて、告げた。
「――るかち、奏星……! ウチら、第1スキル解放された……!」
「……ほへ?」
「ちょ、マ!?」
今度は驚かせる側と驚かされる側が逆転したらしかった。




