【プラベ配信】上層探索 Ⅰ
部室で雅らがそんな話をしている一方で、流霞と奏星は順調にダンジョン上層へと歩みを進めていた。
第1階層から3階層まではレッドハウンドが主体であったものの、4階層からは武装ゴブリン、つまりは剣や盾、槍、短剣などを装備し、使ってくるゴブリンたちが出てくる。
3階層の終盤で休憩をしながら、流霞は奏星から調べた情報を共有してもらっていた。
「――じゃあ、その中でも一番厄介なのが、弓持ちってこと?」
「そそ。遠距離攻撃ってやっぱ意識の外から来っから。それに何より結構な速度で飛んでくるかんね」
「なるほど……」
「まっ、ルカならぶん殴って矢落とせそうだけど」
「うーん、どうだろ。レベルアップしたらできるようになるかもだけど」
「ウチらまだレベル1だしね」
ここ数日をかけてダンジョン上層で様子見し、浅い階層で無理のない探索を繰り返してきたおかげで、レッドハウンドぐらいならば余裕で対処しきれるようになった二人だが、まだレベルは上がっていない。
一般的に、レベル2になるには相応の危険な戦いを強いられ、生き残る必要があると言う。
その点、イレギュラーで現れたグレーホブゴブリンを屠った流霞ならば、あの時にレベルアップしていてもおかしくはなかったはずだが、実際には上がっていないというのだから、レベルアップの法則もなかなかに謎が多い。
とは言え奏星にしてみれば、流霞があまり早くレベル2になってしまうと自分が足を引っ張る形となってしまうため、上がらずにいてくれたのは嬉しいようなそうでもないような、なんとも複雑な気分ではあるのだが。
ちなみに、ダンジョンでは配信はしていなくても配信上の呼び名でお互いを呼び合っている。これはいざという時に間違えないように、ということではあるのだが、如何せん両方とも本名であるため、効果の程は微妙なところではある。
「私の【朧帳】で隙を突いて弓持ちを先に倒すっていうのはどう?」
「それしてくれるとマジ助かる。弓持ちがいる時は他のゴブはなるべくあーしが引き受けるから」
「分かった」
なんだかんだでそれなりに一緒にダンジョンに通うようになり、流霞も言葉に詰まらずに意思疎通できるようになってきた。密かに「普通に喋れた!」と、自分で自分を褒めてやりたい何かの偉業を達したアスリートのような感覚に浸っている流霞だ。
もちろん、奏星からは流霞が普通に話せるようになったからと言って、何か思うところがある訳でもないのだが。
それでもコミュ障の流霞には大きな一歩なのである。
「んじゃ、いこっか」
「うん。あ、プラベ配信は?」
「ん、つけとく」
「3階層までは何も採取できなかったもんね」
「それなー。でも、4階層の武装ゴブからは色々ドロップするんよね」
「……腰巻きとか?」
「……臭そうじゃね? 絶対触りたくないし。つか武装ゴブリンは革鎧とか武器とかも落とすから。最上層の裸族もどきとは違って色々持ってんし」
そもそも最上層の無手ゴブリンとは違って装備があったり、腰に革袋をつけていて珍しい植物が手に入ったりということも有り得るのだ。この期に及んで腰巻きなんてものが落ちたら、塵も残さず燃やし尽くしてやろうと奏星は強く誓った。
そんな会話をしながら4階層へと続く階段を降りていく。
だが、ここで予想外なアクシデントが起こった。
4階層の階段を降りてすぐ、少々広めの部屋のようになっている空間。
その唯一の出入り口となっている通路から、武装ゴブリンがちょうど入ってきて、お互いに距離のある空間で睨み合う形になった。
さらに、その最後尾には矢筒らしきものを背にしている、弓持ちがいることに気が付いて、流霞は即座に魔装を展開した。
階段を降りていきなりのエンカウント。
ドローンの設定をARレンズ越しに行っていた奏星の反応が遅れ、操作が完了すると同時に魔装の細剣を抜くが、すでに流霞がまっすぐ4匹の武装ゴブリンへと肉薄すべく駆けていた。
「――ルカっ!?」
「剣盾1、剣1、槍1、弓1! 弓は先にやる!」
「分かった!」
ドローンを飛ばして奏星も駆け出し、魔装を引き抜く。
流霞が触れたことによって変化した奏星の魔装である細剣は、以前よりも僅かに剣身が伸びている。それでも武器の重量バランスなどが崩れておらず、むしろ扱いやすくなったのだから不思議なものだ。
だが、それよりも大きいのが、スキル――【灼火斬】で炎を剣身に纏わせると、剣身がかなりの長さに伸びるように炎の剣が生まれるようになったことだ。
「――【灼火斬】! ルカっ!」
「いつでも! ――【朧帳】」
伸びた炎の剣が大きく横薙ぎに振るわれ、武装ゴブリンたちに襲いかかる。
その軌道上に流霞の姿があるというのに、お構いなしに振るわれた炎の剣であったが、しかし流霞の身体に当たったかと思えば、流霞の姿が風の中に溶けるように消えていく。
そんな光景を目の当たりにした、【灼火斬】の範囲外に逃れていた弓持ちのゴブリンが、思わず目を見開いた。
「――きひっ」
突然、斜め前方から聞こえてきた特徴的な笑い声。
弓持ちゴブリンが声の方向へ顔を向けるとほぼ同時に流霞の姿が浮かび上がるようにその場に現れ、ロッドを振りかぶり、その側頭部を一発で打ち抜いた。
骨が砕け、水音が混じったような音を奏でながらぐるぐると空中で横に回転しながら吹き飛ばされる弓持ちゴブリンが、地面に倒れ、ぴくりとも動かずに溶けるように消えた。
「ナイス、ルカ!」
「カナっちも、迷わず【灼火斬】してくれて良かった。ちょっと今のはタイミング悪かったから」
「それなー。いやー、まさか階段降りた瞬間に武装ゴブパーティがいるとは思わんじゃん」
「うん、びっくりした……」
と、そんな風にお互いに声を掛け合っていた、その時だ。
ピコン、と小さな電子音が鳴り、奏星が雅から送られてきたチャットに気が付いた。
「あー、雅たちも見えてる? いきなりごめん。4階層入ったら入口に武装ゴブパーティが来ててさ。……おっけー。もち無理はしないって。んじゃ、適当に何かあったらチャットよろー」
「なんて?」
「防具ないんだから無理はすんな、ってさー。でもまあ、さっきの感じなら行けそうだし、油断はしないけど緊張し過ぎないようにいこ」
「うん、分かった」
雅たちからのメッセージは流霞には見えない。
流霞はARレンズというか、そもそもコンタクトレンズを入れることさえ怖いというか、苦手というか、そういう節が否めないのである。カラコンなんて論外である。あれは苦行だ。
もっとも、奏星や雅たちはそれでいいとすら思っていた。
そもそも流霞が軽快で軽妙なトークを繰り広げることなどできないだろうことは明白であり、さらに言えば、流霞の持ち味は「きひること」。つまり、戦いの専門家と言ってもいいだろう。
先程の武装ゴブリンとの戦いでも、以前のグレーホブゴブリンとの戦いでもそうだが、流霞には躊躇というものがない。良く言えば思いきりがいいと言えるだろうが、悪く言えば、少々向こう見ずな節がある。
コメントでそんな流霞を下手に抑制しようとすれば、流霞の持ち味が消えてしまうだろう、というのが奏星や雅の行き着いた結論でもあった。
そんな流霞と奏星が、4階層を進む。
上層4階層からは採取できる素材も増えるけど、ところどころが自然に呑まれて崩壊した部屋のような場所もあり、空と思しき場所から流れる綺麗な水や、特殊な薬草などが見つかることも多い。
しかし、上層の中でも浅い層である以上、すでに調べ尽くされているというのが一般的な常識でもあった。
それ故に、何か大きな進展は得られないだろう、とも奏星は思う。
しかし、それは違った。
奏星の視界にひょこっと飛び出すように表示されたのは、その時であった。
《奏星、一般に出回っている素材じゃないものを優先して持ち帰ってくれると助かる》
「……何か、思うところがあるってこと?」
《うん、ちょっとね。できれば一般的に価値があるかどうかとか無視して、目に付くものは色々持って帰ってきてもらいたい》
「ん、おっけ。それが雅たちの為になるなら文句はないよ」
効果のあるものは絞られており、あとは無価値。
そう思い込まれているところに目をつけていたのが、今も配信を見ている雅であった。




