【配信】〝魔女の饗宴〟 Ⅰ
真正面に現れた魔物の群れは、蟻の大群、とでも言うべきだろうか。
体高3メートルほど、体長で9メートル程はあろうかという異常進化個体が、一回り小さな蟻――と言っても人よりもよほど大きいが――を引き連れて迫っている。
中層13階層、蠱毒の階層。
どうやらここはそこから先、14階層以降の魔物たちも犇めき合う魔窟と化しているらしく、魔物の種類が限定的ではなくなってしまっているようであった。
圧倒的な質量を誇る巨大な魔物の群れ。
そんなものを前に、巨大な悪魔の腕に腰掛けたまま、莉緒菜が告げる。
「――行きなさい、下僕たちよ」
『うええええ、でか』
『莉緒菜様堂々としてんなぁ』
『は?』
『え』
『こんな出せんの!?』
『軍勢VS軍勢やんwwww』
莉緒菜の影が墨汁を真っ直ぐ落としたように大きく広がった。
その中から先程現れた黒い異形の者たちが次々と身体を起こすように現れ、飛び出していく。
それらが一斉に蟻――ファングアントの軍勢へと襲いかかっていく姿に、コメントが沸いた。
悪魔たちに特殊な能力はないようだが、身体能力が高く、次々と飛びかかってはしがみつき、殴りかかる。
単純な暴力ではあるものの、魔物たちも嫌がるように身を捩り、群れの統率が崩れていくのが見て取れた。
「うはー、派手やなぁ」
「有象無象は私の下僕たちが処理できるけれど、異常進化個体は難しそうね。あの親玉はそっちで対処してちょうだい」
「おう。菜桜、行くで。聖奈、支援頼む」
「ん」
「えぇ、任せてちょうだい~」
涼しい顔をして指示を出した莉緒菜が告げれば、瑛里華が菜桜と聖奈に声をかけ、駆け出した。
聖奈の【支援魔法】によって二人の身体が淡く輝き、二人の身体能力が底上げされ、一斉に加速――異常進化個体、解析個体名は〝マンドラ〟――へと一直線に飛び出した。
聖奈の【支援魔法】は、これまでは手の前にしか展開できなかったが、今は魔力の操作にも慣れ、多少離れた位置であっても発動、付与が可能になった。
そんな彼女の【支援魔法】は、いわゆる補助系効果を持ったものが多く、おかげで瑛里華と菜桜がいつも以上に素早く、力強い動きを可能にしている。
そんな二人を見送りつつ、莉緒菜は昨夜のことを思い出す。
――りおなんのその【悪魔】の力って、召喚だったりしない?
昨夜、野営を行っている最中に突如として雅、雪乃たちからそんな質問が飛んできて、改めて自分の力を振り返ってみた。
莉緒菜の攻撃は、確かに召喚系とも言えるだろう。
流霞のような力とも、奏星のような力ともまた違った能力であり、どちらかと言えばスキルが自律し、命令をこなすとでも言うべきか。
そういったことが可能な存在を喚び出す、という意味では、なるほど確かに召喚系だと莉緒菜も納得した。
その瞬間、カチリと嵌まるような感覚があった。
自分の力の方向性。
漠然としていた【悪魔】という力の方向性は、確かに召喚に特化している。
それこそが、自分の進むべき道だったのだ、という確かな感覚が。
スキルの拡張というものがいまいち掴みきれなかったが、その言葉でようやく、一つの答えに辿り着いたような気がした。
今はまだ解析はしていないが、莉緒菜が感じたその感覚は正しかった。
莉緒菜に現れたのは、『拡張タイプ:接続』という、流霞の『反転』、奏星の『特化』とはまた異なるタイプのものとなっていた。
――悪魔を喚び出し、使役する。
そんな力が一気に拡張され、軍勢を生み出せるようになったのだ。
もっとも、まだまだ力は弱い。
現状、悪魔と言っても見た目だけ。黒い異形の人型で、その能力はせいぜいが身体能力が高いだけの、まだまだ弱い雑兵でしかなかったりもする。
しかし、莉緒菜はこの力の方向性に大きな可能性を見出していた。
「――私の下僕たちと雑兵たち、一対一では分が悪いみたいだけれど、私の下僕たちは死んでもすぐに蘇るのよ」
ファングアントに噛みつかれ、砕かれ、煙のように霧散していく莉緒菜が生み出した悪魔たち。
だが、それが減ったところですぐに莉緒菜の足元の黒い闇の中から這い出るように現れ、自らの死など顧みずに次々と襲いかかる。
『すげえ』
『莉緒菜様、女王様感がパネェ……!』
『なんかもう普通に強者感凄すぎて笑えてきたわw』
『周郷徠人:女王様……、ふむ』
『莉緒菜様美しくてカッコイイとか最強かよ!w』
『↑百合豚が興味示してて草』
『こっちの配信はモデレーターじゃないのによく気付いたなww』
『ふむ、じゃねえんだわwwww』
聖奈が〝魔女の饗宴〟の配信に対するコメントをARレンズで確認し、思わず小さく噴き出しつつ、ちょっと面白いので配信の設定権限を雅にも渡してあるため、雅に周郷へのモデレーター権限を譲渡するよう、密かにチャットを打った。
ちなみに、モデレーターとは元々は配信のチャット制限や、アンチ対策のコメント管理などの権限を与えると同時に、コメントの色が変わり、マークがついて目立つようになるというものであった。
今はそれらの権限はAIで管理されているため、編集権限については対象から除外してある。
最近では編集権限から除外することで、何度もコラボしている相手や、配信系探索者たちが自社の仲間であったり親しい配信者などのコメントを分かりやすくするために、気安くつけられるものとなっている。
モデレーターという呼び名も、当時の配信の呼び名がそのまま流用されているだけのものである。
ともあれ、そんなこんなで雅が即応し、周郷のアカウントを〝魔女の饗宴〟側でもモデレーター登録した、ちょうどその瞬間だった。
『周郷徠人〆:百合の世界にもカップリング上、どちらが積極的で受け身なのか分かれたりもする。莉緒菜様は嗜虐的な言い回しが似合う。が、それでも僕は、莉緒菜様には受けでいてもらいたい』
『ぶはwwww』
『モデレーターついて最初のコメントがそれwwww』
『くwwっwっっそwwwww』
『百合豚がよォ!wwww』
『こいつwwwwはっちゃけすぎだろwwww』
「ぶっはっ!?」
「……何かしらね。今、なんだかすごくぞわっとしたわ」
聖奈が耐え切れずに噴き出し、配信のコメントを確認しないタイプの莉緒菜は周郷のそれを見ていないにもかかわらず、何か寒気を感じたかのように右手で左腕の二の腕あたりを擦りながら呟いた。
戦いの最中、格好いい場面だというのに、どこぞのはっちゃけた周郷徠人のせいで締まらない映像が世界に向けて発信されている。色々な意味で周郷が心配になる瞬間でもあった。
ともあれ、そんな中でも戦況は動いていた。
莉緒菜が生み出した悪魔たちがファングアントを数の暴力で引き剥がして全滅させようとしているその最中にも、瑛里華と菜桜が異常進化個体〝マンドラ〟に接近し、高速機動でのヒットアンドアウェイで攻撃をぶつけている。
レベル4探索者は伊達ではない。
流霞や奏星のようなぶっ飛んだ派手さはないものの、しかし二人の身体能力は極めて高く、凄まじい速さで対応が可能だ。
ただでさえレベルも高く、それに加えて二人には聖奈の支援が届いているために、二人の動きに〝マンドラ〟が反応できていない。
しかしその一方、二人の攻撃は火力不足でもあった。
そのせいで、戦いの主導権を握っているというのに、〝マンドラ〟に対して致命傷を与えるには到れていなかった。
最前線、本気で〝マンドラ〟と戦いながら、瑛里華は思う。
――まったく。〝金銀花〟と一緒におると退屈せえへんなぁ!
新人として異例の成長を誇った〝魔女の饗宴〟。
しかし彼女たちは異常進化個体が大量にいるような中層13階層にはこれまで潜ったこともなく、基本的には大手クランが蠱毒の舞台を叩き潰した後の、比較的安定したダンジョンばかりが狩り場となっていた。
高校生の頃は、まだ無茶ができた。
人気も知名度もあまり高くなく、だからこそ戦いの技術を磨くために無茶ばかりしていた。
だが、大学生になり、大人になるにつれて、安全マージンをしっかりと取り、演技をするだけの余裕ができる限り維持できるところを選ぶようになり始めていた。
そのため、演技を続ける余裕こそあれど、こんなに本気で戦い、下手をすれば勝てないような相手との戦いなんてものは、ずいぶんと久しぶりなような気さえしていた。
――そうや。ウチは、強くなりたかったんや。
演技も好きだが、探索者として強くなっていくのも純粋に楽しかったのだ。
高校生の頃はその両立のためと我武者羅に駆け続けてきたつもりだった。
だが、大学生になって、大人になって。
段々と、大人としての在り方というべきか、そういったものを意識しなくてはならなくなってしまって。
どこか息苦しい、窮屈さを感じるようになっていった。
だが、〝金銀花〟と出会ってからというものの、そんな窮屈さなんてものを感じてる暇もないほどに、色々なことがあり過ぎて、退屈している場合も、窮屈に収まっている余裕もないなと、戦いながらに改めて思う。
――もっと。もっと強く、もっと自由に暴れたらんかいッ!
「――綺麗に収まっとる場合とちゃうやろがぁッ!」
魂の咆哮とでも呼ぶような叫びが放たれた。
刹那、瑛里華の八つ当たりめいた拳がバリバリと音を立てながら雷を纏ったまま〝マンドラ〟にぶつかり、直後に〝マンドラ〟を中心に雷撃が眩く輝き、爆発するように弾けた。
それは瑛里華のスキルが拡張した瞬間であった。




