【配信】最上層攻略配信 Ⅰ
「ルカ、ゴブそっち」
「ん」
『きひ子ちゃんがきひらないw』
『ゴブ如きじゃ物足りないと仰せなのだ』
『信者みたいなのいて草』
『やっぱ最上層じゃ相手にならねぇんだな』
『相変わらず凄いんだよなぁ……音が、ぐしゃ、っと』
流れるコメントを見ながら、奏星は今日の目的を改めて頭の中で思い返していた。
今日のダンジョンアタックの目的は、怪我を負ったせいで戦えなくなったのではと奏星のことを不安に思う視聴者への復帰アピール。それに、〝金銀花〟の結成報告と、きひ子ちゃんことルカのお披露目でもあった。
ただ、流霞が大人し過ぎる。
あの特徴的な「きひっ」という笑い方もすっかりと鳴りを潜めてしまっている。
もっとも、流霞にとってみればそれは当然と言えば当然だ。
アレは流霞が興奮状態に陥ったことで出てくる笑いであり、ソロで大量のゴブリンを討伐するならまだしも、ペアで、しかも数も少ない以上は半ば作業めいた行動に近い。
要するに、興奮する要素がないのである。
奏星や雅たちにとってみれば、今日の配信の目的はすでに達していると言ってもいい。
だが、きひ子ちゃんと呼ばれる流霞を見ようとやってきた視聴者にとっては退屈な配信になってしまうだろうことは想像に難くない。
実際にコメントでは、上層に行くように促すようなコメントが流れ始めていた。
『そろそろ上層トライしてもいいんじゃない?』
『いや、その前に装備だろ』
『さすがにこの前のことを考えると装備はしっかりしたものを揃えてほしい』
『上層は最上層とは比べ物にならない程負傷のリスクが高まる。ジャージで無傷で倒せるなんて、そんなこと……あったわ』
『常識マンの心折れてるコメントあって草』
「あー、そっか。そろそろ上層トライも考えて防具選びに力を入れた方がいいのかな」
「防具?」
「そー。あーしもルカも、魔装が武器系じゃん? だから防具はちゃんとしたの用意しなきゃねって」
「……カナっち、ち、ちなみにそれ、いくらぐらい……?」
「んー、ピンキリだって聞くけど? でも、ルカっちもあーしも攻撃を受け止める戦い方じゃないし、あんまガッツリ高めにはならないんじゃね? みんな、そこんとこどうなん?」
『安けりゃ上下3万ぐらい?』
『装備品の値段は分からんけど、推しが30万ぐらいかけて揃えてた』
『実際カナっちが言う通りピンキリよ。ただ、安いプラスチックとか使ってるのはヤバい』
『魔物素材使ってるヤツにしないとすぐ壊れるらしいよ』
『実際、鉄製の甲冑とかつけたヤツいたけど、上層ゴブリンのパンチで割れてたぞ』
『魔力がない素材は通用しないっつーアレね』
「んー、なるほどねー。ルカ、やっぱピンキリっぽいよ。3万から30万とかもいるらしい」
「ぇ、無理……」
「まあさすがに30は無理っしょ。あ、それと、魔物素材じゃないとすぐ壊れるんだって」
「あ、あれって本当なの?」
「っぽいねー」
緊張してしまうからという理由でコメントが見れない流霞に代わって、奏星がコメントを拾い上げて流霞へと伝える。
魔物素材とそうではないものの違いというのは、流霞も聞いたことはあった。
武器にも言えることではあるのだが、どういう訳か既存の一般的な素材で作ったものだけでは、身体にぶつかる前に自壊するように消えてしまう、という謎の原理が発生する。
実のところ、これはレベルアップした人間にも同じことが発生するようになるため、「数値化はできないものの、魔物は不可視の魔力の障壁を有しており、それを貫通するためには魔力が必要なのではないか。そして人間もレベルアップによって魔力の障壁を得ることになるのではないか」という仮説が立てられ、実際に実証されて広く知られている。
ならば魔物素材を利用したものならばどうか。
魔物と同じように魔力による障壁を発生させるのではないか、という分野が着目されたのは、当然の流れとも言えるだろう。
最上層の魔物は魔石しか落とさないが、上層以降の魔物はその魔物の部位の一部が手に入ることが多い。
それらを活用すれば、人間が知る既存の素材とはまた異なる法則によって、強度のある服や軍、警察の装備、探索用の服が作れるのではないか、と。
しかし、結果は失敗に終わった。
魔物素材をふんだんに使ったとしても、何も変わらなかったのである。
しかし、その実験から7年程過ぎた頃に、【鍛冶】といった因子を得た者がレベルアップしてから魔物素材を加工してみると、なんと魔力障壁を強化する防具を作れるようになり、その情報が公開された。
それ以来、【鍛冶】の因子を持つ者の多くが探索者向け装備の制作に携わるようになった。
しかし一方で、同じような生産関連の因子を持つ者の多くはどのようにすれば因子を活かせるのか、未だ解明はされてきていない、というのが実状であった。
故に、これから〝金銀花〟の二人が得た収益や採取した素材を使いつつ、さらにはレベルアップもして、謎を解き明かしてやろうというのが〝がちけん〟の方針であり、奏星はもちろん流霞もこの動きに賛成し、協力することになったのだ。
なお、もちろん流霞は推し活を辞める気はない。
当然ながらに実際に戦う奏星と流霞の報酬というよりも取り分は、雅ら裏方組よりは多い。
もっとも、それはあくまでも裏方組の3人のレベルアップや、今後の動き次第で変わることにはなっているが。
「でもさー、とりあえずあーしも上層は覗きたいんよね。この前はそれのために来てたんだし。ねね、どうよ、ルカ。いっちゃう?」
「あ、うん。私は全然いいよ」
『強気で草』
『お!? マジ!?』
『まあ覗くぐらいならねw』
『言うてきひ子ちゃんやしw』
『カナっちもなんだかんだ対応できてたからな、グレーホブゴブリン』
『無理しないでね!』
「あはは、無理はしないって。たださ、やっぱみんなも見たいじゃん? きひ子ちゃんがきひってるところ」
「きひってる……!?」
「そりゃあね。だってきひ子ちゃんっつったら、やっぱニコニコしながら魔物ぶん殴ってなんぼっしょ?」
「え、私そんな?」
「そんな」
『物騒で草』
『ごめん、否定ができないw』
『きひ子ちゃんだもんよw』
『やっぱきひ子ちゃんだわw』
『他にイメージが……』
『ギャルにタジタジになるオタク少女って感じ?』
『オタク少女は分かりみが深い』
盛り上がるコメントを視界の隅に、奏星は雅からのメッセージを確認する。
さすがに上層に顔を出すという話は元々の予定になかったため、気にせずに引き上げていい、というような内容が書かれている。
かと思えば、「けど、二人ならいけるってウチら信じてっから、やっちゃえ」と締め括られているのが、実に雅らしい内容だ。
「一応おさらいだけど、まずは最上層ボスの討伐……なんだけど、ホブゴブリンなんよね、最上層のボス」
「え、この前の?」
「ちゃうちゃう、普通のホブゴブリン。ゴブリンがデカくなったヤツ」
「あ、そういう……武器は?」
「素手」
「あ、ハイ」
「ついでにこの前のヤツみたいに速くもない」
「あれ速かったっけ?」
「……あ、そうだわ。ルカ、一方的にボコしてたわ」
「言い方!?」
『草』
『グレーホブゴブリンに比べるのはちょっとどうかとw』
『でも、大人サイズで掴みかかってくるってやっぱ最初は怖いよ』
『ぶっちゃけゴブってクリーチャー顔ではあるしな』
『探索者になれないワイ、そういうとこやねん』
『そんなのがレベル1のJKに飛びかかるなんて普通は……あれ、きひ子ちゃんじゃん。あ、じゃあ……』
『きひ子ちゃんに飛びかかったらぶん殴られるぞw』
探索者配信は探索者が魔物に警戒して静かな時間が過ぎることも多い。
そういった性質であるためか、コメント欄でのコメント同士のちょっとしたやり取りというのも一般的ではあるが、大喜利めいたものはやめてほしい、と奏星は思う。ついつい目に入ってにやけてしまい、それを見て大喜利が加速するからだ。
ともあれ、ゴブリンを排除しながら進むこと数分。
もともと最上層の3階層、その奥に進んでいたこともあり、問題なくボス部屋と呼ばれる扉の前に二人は到着した。
「ルカ、これがボス部屋だから。いい、この中にいないのはボスじゃねーから。おっけ?」
「え、うん。……知ってるよ?」
「え?」
「えっ」
『え?w』
『イレギュラーをボスと勘違いして撲殺したのあなたですよね????』
『これが、最上層のボス……!(きひっ)』
『噴いたww』
『そこは(キリッ)じゃないんかいww』
『きひ子ちゃんだもんなww』
「んむふ……っ、ちょっ、コメントやめてよ。笑うって」
「え、こ、コメント何か言ってんの?」
「……これが、最上層のボス……きひっ、だって」
「あああぁぁぁあぁあぁ……!」
「はいはい、開けっからねー」
軽いやり取りをして笑いながら、奏星が最上層のボス部屋の扉を開けた。




