第6話 外堀りはもうない
うちの母親は古谷さんのことをかなり気に入ったようで、あれやこれやと質問を次々投げかけた。
姉貴も同じように次々質問するものだから、古谷さんはそれに答えるのに精一杯。これが終わって入る隙間などなく、気がつけば蚊帳の外になっていた。
そうしているうちに結構いい時間になってしまっていた。
でも、母はまったく話し足りないらしい。
「よかったら今日はこのままうちで晩ご飯食べていかない?」
「ちょっと、母さん! いくらなんでも迷惑でしょ。古谷さんも、今の気にしなくていいから」
「えー、いいじゃないの。お互いのことを知るには一緒に食事をするのが一番よ」
「たとしても、夕食に誘うのは早すぎるよ。そういうのは前々から決めておいて、ちゃんとした料理を作ったりとかさ、準備がいるでしょ」
「たしかに今日はごく普通の料理のつもりだったからね。息子の初彼女を招待するには、ちょっと物足りないか。よし、外食にしよう」
お母さんがどんどん話を進めていく。
こうなると簡単には止められない。
「もしよかったら、恋湖愛ちゃんのご家族も一緒にどうかしら? みんなで一緒にどこかに食べに行くのはどうかしら?」
「え、えっと……訊いてみないとなんとも」
「そうよね。じゃあ訊いてみて」
「は、はい……」
お母さんの勢いに押され、古谷さんはスマホを取り出し、家族に通話をかける。
「あ、お母さん? うん、今ちょっと友達の――彼氏の家に来てるんだけど……うん、そう。えっと、今日出会ったばかりなんだけど――うん、その話はまた後でゆっくりするから。でね、彼氏の小野寺さんのお母さんから、一緒に食事をしないかって誘われて。お母さんとお父さんも一緒にって…………うん、わかった」
古谷さんは、うちのお母さんにスマホを差し出した。
「ちょっと換わってほしいそうです」
母さんはスマホに受け取り、いつもよりワントーン高い声で電話に向かって話した。
「どうも始めまして。小野寺冬馬の母です。うちの子ども同士が付き合うことになったらしいので、せっかくなので、みんなで一緒に食事をして交流を深めてはどうかなと思いまして。もちろん、費用はすべてうちが持ちますので」
最初はそういう感じで話していたが、途中でちょっと流れが変わった。
「あれ? その声聞いたことがある。もしかして、愛衣ちゃん? 私よ、倫。冬木倫!」
冬木は母さんの旧姓だ。
その名前が出るってことは、もしかして昔の知り合いか?
「久しぶりねぇ。私は結婚してすぐに県外に引っ越しちゃったから同窓会とかにも行けなかったけど、そういえばうちのと同い年の子どもがいるって聞いたことがあったわね。そっか、それが恋湖愛ちゃん。まさかこんな形で再開するなんて、世の中狭いわねぇ。ってことで、積もる話もあることだし、これから会いましょうよ。場所はどこにする?」
母親たちはずいぶん盛り上がっているようで、話はとんとん拍子に進み、駅前の焼肉屋で会うことになった。
それから少ししてうちの父さんが帰って来て、古谷さんのお父さんも帰って来て、焼肉屋の前で合流した。
そこで、また驚きの事実が発覚した。
「古谷? お前、古谷か?」
「小野寺じゃないか、久しぶりだな!」
父親同士が肩を叩き始めたのだ。遠慮のない力で、バンバンと大きな音を立てて叩き合う。
高校生の子供を持つ父親同士ではなく、子ども同士でじゃれあっているような、そんな表情をしている。
「父さん、これは……?」
「古谷と俺とは小学校から高校まで一緒でな。中高では一緒にバレー部にいたんだ。懐かしいなぁ」
「最近はなかなか会えなかったけど、まさか嫁同士も友達で、子ども同士が付き合うとはなぁ。ずいぶんと深い縁じゃないか、おい」
「そうだなぁ、子どもも手がかからない年になってきたことだし、これからはまた昔みたいに遊ぼうじゃないか」
そして盛り上がる父親たちの横では、母親たちも昔話に花を咲かせている。
本来の主役のはずの俺と古谷さんが、場違いに思えてしまうほどだ。
いや、一番場違いなのは姉貴か。
「ねぇ話をするのもいいけど、さっさと店に入ろうよ」
姉貴はうんざりした様子でそう言って、店の中に入って行った。
俺たちもそれに続き、小野寺家四人、古谷家三人、合計七人での夕食が始まった。
★★★
奥の個室に通された。そこにはテーブルが二つあったので、二組に分かれて座った。
一つのテーブルには大人組、もう一つのテーブルは子ども組。
大人組は酒を飲みながらちびちびと肉をつまみ、「どっちも一目惚れなんですってよ」「運命的だねぇ」「直感で恋ができるのも若さの特権だね」なんて話をしている。
自分たちのことだけに、恥ずかしくて聞いていられない。
「よく考えたらあたし以外はパートナーいるのかよ。急にさみしくなってきたな」
この七人が、二人組×3+1であることに気が付いた姉貴は、ぶつぶつと言い始め、網の上にある肉をごそっと自分のところに持って行った。
「姉ちゃんも彼氏作ったら? 明日から学校始まるんでしょ?」
「簡単に言うな。っていうか、ただでさえ受験生で忙しいのに、彼氏なんて作っていられるか。あたしは大学背生活に賭けてるんだから、今はいなくていいのよ!」
姉貴は肉をまとめて口に入れ、幸せそうに咀嚼し、話を変えた。
「で、あたしが外に出てる間にあんたらどこまで進んだの? キスくらいはした?」
なにを言い出すんだ、この姉は。
家族にそんな話できるか⁉
「今日会ったばっかりだぞ」
「まぁそれはそうだけど。出会っていきなり付き合い始めて、家に連れ込んで……このペースを考えたら、キスくらいしててもおかしくないじゃん。ねぇ、実際どうなの、恋湖愛ちゃん?」
姉貴に話を振られると、古谷さんは首を大きく横に振った。
「いえいえいえいえ、とんでもない。そんな、いきなり、き、き…………キスだなんて……はしたない」
「はしたないかなぁ? どうせするんだし、早かろうが遅かろうが一緒じゃない?」
「長い目で見ればそうですが、やはり少しずつ関係を進展させていくのがいいかと……」
「名前も知らないうちに告白したのに少しずつとは……面白いこと言うね」
「それを言われると弱いのですが……うぅ……」
「いいねいいね、そういう初々しい反応。あたしもあんたらくらいの頃は………………なんもなかったなぁ。男子との絡みはほとんどなくて、女子の友達とばっかり遊んでたっけ。あれはあれで楽しかったけど、もうちょいなんかあってもよかったきがするなぁ」
姉貴がため息を吐き、また肉をごそっと持って行く。
やさぐれたら肉を総取りしていいルールとかないからな?
「姉ちゃんのことは放っておいて、俺たちも肉を食べようか」
「そうですね。あ、小野寺さんの分は私が焼いてあげますよ」
「ありがとう。じゃあ俺は古谷さんの分を焼くよ」
「まぁ。ありがとうございます」
そうして二人でそれぞれ肉を焼き、お互いの皿にのせる。
「焼き加減はどうですか?」
「ちょうどいい。すごいおいしいよ」
「小野寺さんが焼いてくれたのもとてもおいしいです」
どこかから姉貴の「焼肉なんてどう焼いてもうまいでしょ」という声が聞こえてきた気がするが、それはスルーしよう。
「次は何を食べたいですか?」
「じゃあ、カルビ」
「はい。今焼きますから待っててくださいね」
古谷さんがトングで肉を網に乗せ、俺のために丹精込めて焼いてくれる。
なんだこれ……幸せすぎる。
こんな幸せが俺に起きてるなんて、まだ信じられない。
本当に現実なのか?
「朝起きたら、全部夢だったってことになってるかもね」
向かいの席で姉貴がにやりと笑う。
俺の心を読んだ? いや、この状況なら、誰もがそう考えるか。
「安心してください、小野寺さん。夢じゃなくて現実ですよ。もし夢でも、もう一度寝たら私は必ずあなたの前に現れます」
「じゃあ、もしここにいる俺が古谷さんの夢だったら、毎晩必ず夢の中に会いに行くよ」
「はい、待っていま……」
そう言ったところで、古谷さんの言葉が止まった。
どうやらさっきまで歯の浮くようなことが言えたのは、視線を焼肉に向けていたからのようだ。
でも、俺の方に視線を向けてしまうと、急に恥ずかしさがこみあげてきたらしくて、赤面して言葉を詰まらせてしまった。
なんでそんなことが手に取るようにわかるかと言うと、俺も同じだからだ。
古谷さんの顔を見ていなかったから、あんなセリフが口から出てきた。
でも、目が合ってしまったらムリ。全身が硬直してしまい、口も喉もうまく動いてくれない。
それでもなんとか声を絞り出す。
「古谷さん……これから……よろしくおねがいします。立派な彼氏になれるようがんばりますので……」
「あ、はい……私もちゃんとした彼女になれるようがんばります」
お互いに緊張した顔でそう言い、最後になんとか笑顔を作ることができた。
そしてこの一連のやり取りは、隣のテーブルにいる両家の親たちに一部始終見られていた。
うちの母親なんてスマホを構え、「視線はこっちじゃなくて恋湖愛ちゃんに向けて!」なんてことを言っている。
「母さん、ちゃんと撮影できたかい?」
「バッチリ。これは良い思い出になるわ。結婚式で上映しましょう」
なんて話までしている。
結婚式って……気が早いどころじゃないぞ。
でも、古谷さんからは“結婚を前提にしたお付き合い”と言われ、俺はそれをOKしてるんだよな。
ってことは、別に仮定の話ってわけでもないのか。
「け、結婚ですか……たしかに私からそう言いましたし、やぶさかではありませんが……さすがに高校を卒業してからですよね。って、今日が入学式だったのに、もう卒業後の話なんて」
「さ、さすがに、は、早すぎるよね、そういう話は……」
あはは……と遠慮気味に笑うが、そんな様子もずっと録画されている。
教室での公開告白でクラスメイト全員に知られただけでなく、互いの両親にまで認められてしまって……外堀が埋められているどころか、高速道路を走っているみたいだ。
だからって、油断していいわけじゃない。
周りがどれだけ認めてくれようと、結局は俺たち二人の話なのだ。
まだ出会ったばかりで、これからいろいろあるだろう。一緒に過ごす時間の中で、お互いのことをさらに知って、愛を深めていきたい。
そういう決意を込めて、古谷さんにほほ笑みかけた。




