第2話 よろしくおねがいします
高校入学初日。
俺は朝からがんばって髪をセットしていた。
見た目を整える時に一番重要なのは、たぶん髪型だから。
高校生になったら……中学時代は一切縁がなかった女子と友達になれるかもしれない。
それどころか、もしかしたら彼女ができる可能性だって。
もちろんそんな簡単に女子と仲良くなれるとは思っていないが、だからこそ第一印象で失敗するわけにはいかない。
髪型のセットには、どれだけ時間をかけても惜しくはないのだ。
「色気づいてるなぁ、少年」
ようやく髪型に納得したタイミングで姉が現れ、俺の髪をくしゃくしゃとかき乱した。
三十分の努力がたった三秒で水の泡。
姉じゃなかったらぶん殴ってるところだ。
「何しやがんだクソ姉貴!」
「怒らないでよ、こんなのちょっとしたスキンシップじゃん」
「何がスキンシップだ。俺の睡眠時間を返せ!」
「まぁまぁ、初日からそんなにがんばっても続かないよ。毎日三十分かけてセットするわけにはいかないでしょ」
たしかに今日は全力でがんばったが、これをずっと続けられる自信はない。そのうち自然と手を抜くようになり、結局は普段の自分で登校するようになるだろう。
だが、それはそれ。これはこれ。
今日の努力を不意にされたのを許す理由にはならない。
「まぁ気合い入れるのもわかるけどね。中学校は男子校、高校は共学。そりゃ色気出しちゃうよね」
そういう露骨な言い方をされるのはイヤだが、たしかにその通りだ。
周囲に女子が一切いない中学時代を過ごして来たから、高校ではぜひとも女子とお近づきに……という下心は間違いなくある。
だからこそ全力を出したのに。
それをこのクソ姉貴め……全部わかっていてぐしゃぐしゃにするなんて。
悪魔!
今から再セットするのは時間的に不可能なので、最低限整えるだけで家を出る。
このせいで女子と仲良くなれなかったらどうしてくれるんだ⁉
★★★
これから一年間を過ごす教室に入ると、人だかりができていた。
誰かを囲んでいるようだ。中心にいるのは女子のようだが、周りに人が多すぎて、どんな人なのか全然見えない。
きっとすごい美人に違いない。
俺も見てみたいけれど、中に入って行く勇気がない。
俺は中学までは別の県に住んでいて、親の仕事の都合で最近こっちに来たばかり。クラスには知ってる人は誰もいない。
そんな状況で、この盛り上がりに加わるほどの度胸は持ち合わせていない。
なので、しばらくは人混みを避けて、輪の外側で待機する。輪のすぐ隣が俺の席で、彼らのせいで座れないからだ。
しばらくして担任の教師が入ってくると輪が解散し、ようやく自分の席に座れた。
さて隣はどんな人なんだろう。
チラッと視線を向けると……うわっ、なんだこれ。信じられないくらいかわいい。
セミロングの髪は定規で引いたみたいに綺麗なストレート。
目は夜空のようにキラキラと輝いていて、たぶん一生見ていられる。
あと、胸が大きい。クラスの女子で一番大きいんじゃないだろうか。
あまりジロジロ見ると失礼なので、視線を前に向ける。
しかし、こんなにかわいい人が隣にいるのでは、おちおち教壇なんて見ていられない。
気が付けば、ちらちらと隣を見ていた。
こんな子が隣の席なんて、俺はなんて運が良いんだろう。
できれば話をしてみたいが、しかし、何と言って話しかければいい?
中学校の三年間、一度も家族以外の女性と話していない。いや、なんなら小学校の頃もあんまり話していない。
女子とは縁のない人生を送ってきた。なのにいきなりこんなかわいい子を前にして、どうしろと言うんだ?
練習試合にも出たことがないやつが、いきなり全国チャンピオンと試合をするようなものだ。
落ち着け。今すぐに話しかける必要はない。隣の席だからきっとチャンスはある。
今はこの高鳴る心臓を抑えよう。
慌ててなにか話そうとして、おかしなことを言ってしまうのが一番最悪だ。
ふぅ……と小さく深呼吸して、とりあえず先生の話に耳を傾ける。
でも……あれ、おかしいな。なんか視線を感じるぞ。
どこから? ……横から?
まさかそんなはずはない。あんなかわいい子が、俺のことを見ているなんて、そんなはずが……。
「じ~っ……」
いや、見てる!
それもこのすごい勢いで。
瞬き一つせず、俺の横顔をじーっと見ている。
一体どうして?
「あの……俺の顔に何かついてますか?」
とりあえずそれくらいしか理由が思いつかない。
俺の問いに、彼女はなぜか顔を真っ赤にしていた。
そして、数秒の沈黙の後、突然大きな声で言った。
「好きです。付き合ってください。結婚を前提に」
………………。
え? 今なんて言った?
結婚を前提に付き合ってください?
告白というか、プロポーズ?
なんでいきなりそんなことを?
突然過ぎてさっぱりわからない。
「あの……」
なにか言わなければ。そう思い、とりあえず声を出した。
次になにを言うつもりなのかはまだはっきりとは決まっていない。
――からかっているんですか? それともドッキリですか?
たぶんそんな質問をするはずだった。
でも……理由はわからない。ただの直感だが、彼女と目が合った瞬間、その質問は絶対にしてはいけないと思った。
その質問をしてしまったら、もう取り返しがつかない。一生後悔することになる――そんな気がした。
だから、代わりにこう言った。
「よろしくおねがいします」




