Session 1
春。世間の空気が『新たな出会い』『スタート』『希望』などの言葉に則ったものへ変わり始めた頃――
祐一
「いや~。アレと付き合えるなんて、真司くんってばマジ聖人だよな」
亮太
「やめろよー、人の彼女を笑うなんて良くないぞー」
海斗
「……」
かれこれ数時間。グループ通話はこの場にいない友人、真司とその彼女の悪口で盛り上がっている。
最初こそ適当に相槌を打っていたものの、無限ループする会話を前に、だんだんそれすらも面倒になっていた。
祐一
「海斗―?」
亮太
「おーい、起きてるかー?」
海斗
「ごめん、寝落ちしかけてた」
祐一
「はは。ま、こんな時間だもんな」
会話に興味がないことを誤魔化すための方便だったものの、深夜を回っていることもあって2人は俺の言葉を信じたようだ。
祐一
「っていうか明日から仕事だっけ?」
海斗
「あー……うん。輝かしい社畜人生の始まり」
自慢せず、卑屈になりすぎず。言葉のバランスを図りながら返事をする。
亮太
「働いても地獄、働けなくても地獄。世知辛いよなぁ」
亮太
「頑張れよー。無職の世界から応援してるぜ」
海斗
「ん、ありがと」
通話を終えた瞬間、疲労感がどっと押し寄せる。
海斗
「頑張れよー……か」
海斗
(今頃、『調子乗んな社畜』とか言われてるんだろうな)
海斗
(……サクッと抜いて寝るか)
俺はタブレットに搭載されたAI『ソフィア』を開き、おすすめ動画を再生する。
天井とベッドの間の空間に映像が映し出された後、寝転びながらしばし没頭し……
俺の趣味・趣向が完璧に取り入れられた動画のおかげで、体ほどとはいかないものの、心もスッキリした状態で眠りにつくことができたのだった。
――翌日。
海斗
(ここ……だよな?)
目的地と思しき場所に辿り着いた俺は、タブレットに表示されたマップと周囲の景色を交互に見比べた。
政府が内々に進めているプロジェクトとあって、会社名などが書かれた看板はかかっておらず……建物の周囲もよく言えばのどか、率直に言うと閑散としている。
俺がソフィアを起動し、どうすべきか尋ねようとしたその時だった。
???
「いらっしゃーい!」
海斗
「!?」
建物の扉が開くのとほぼ同時に元気な女の子が飛び出してきて、思わずビクッとしてしまう。
海斗
(関係者か? けど、それにしては……)
整った顔に、細くて長い手足。
その輝くような姿は地味な風景と不釣り合いだった。
???
「こっち! 案内するね!」
海斗
「ちょ、ちょっと待って――」
突然の出来事に戸惑う俺の手を、女の子がぐいぐい引っ張っていく。
……
…………
そうして促されるまま建物の一室へ足を踏み入れると、そこにはプロジェクトの責任者である館花 結望の姿があった。
???
「結望ー、連れてきたよ~」
結望
「ありがとうございます、アリス。それから……」
結望
「確か、お会いするのは面接の時以来でしたか」
海斗
「はい。本日からお世話になりま――」
結望
「挨拶は結構です。座ってください」
海斗
「あ……はい」
海斗
(……怖)
館花さんのクールな目つきやそっけなさには人を委縮させる力がある。
思えば面接の時も、他の職員たちが彼女と会話する時だけ居心地悪そうにしていた。
結望
「では業務内容を説明します」
政府がとある理由により制作、開発を進めているAI。
ここではそのAIをさらに進化させるための研究と開発が行われていて、俺は館花さんの直下で働くことになる。
政府発案のプロジェクトということもあり、今日までに知らされていた業務内容はここまでだった。
海斗
(給料に見合った仕事ならいいけど。どうなんだろうな)
結望
「まず、こちらは仕事用のタブレットです。館内ではこちらを使用し、私物の電源は落とすように」
海斗
「わかりました」
結望
「それから貴方にお願いする作業ですが」
結望
「こちらにいるアリスと、男女の触れ合いをしてください」
海斗
「……は?」