#4 ゴーレムと進化
親父殿のことを知っている狼、実はこの森の守り神で、この世界最強の神の使い魔的存在だったとのことだった。そんな事実を事後報告されて、報復活動でもされたらどうしようと多少は心配した物の、そんなことはなかった。ただ、この森の中心から、昨日までは感じなかった力の波動のようなものを感じるようにはなった。
「はぁ、メンドくさ。俺が原因だけど…いつか卸す。その前に、この状況をどうにかしないといけないよな」
「…ふふっ、オニイチャァン」
「…今日は逃がさないよ」
「グラム‼親父殿‼助けてくれ!?」
精霊二名が力を使いすぎたということでダウンし、母様は料理の作りすぎで汗をかいたため汗を流しに湖へ、残っているのは親父殿と世界最強の神の使い魔のグラムの二人しかいないのだが…。
「うひひひひ、いやぁ、グラムもよく喰うなぁ」
「いやいや、クロゼもだいぶ食ってると思うぜぇ」
「「あひゃひゃひゃひゃ」」
「駄目だ、この酔っ払いども…早く何とかしないと」
「「おにぃぃぃぃちゃぁぁぁん」」
「その前にこいつらをどうにかしないと!」
さて、逃げよう。全力で逃げよう。久しぶりに精霊の力を使って本調子ではないが、逃げることぐらいはできるだろう。どの程度で逃げ切ることができるかな。二人とも母親の血液を濃く受け継いでいるから、丁度半々くらいの俺よりも『血壊』状態の身体能力だけなら高いんだよな。秒単位で進化していなかったら簡単に掴まるくらいにはね。
「『血壊』。逃がさないよ、お兄ちゃん」
「『血壊』。お兄ちゃんを私だけのものにしてあげるからね」
「『獣神モード』。そういうの前世で経験済みなんでね。今度こそ、逃げ切ってやるよ。妹達」
合図なんてない。何か物音が聞こえた瞬間に、俺たちは走り出す。ただの鬼ごっこ。目的地なんて特に決めてないけど、しいて上げるとするのであれば母様のいるだろう湖だろうか。この状態の妹達を止めることができるのは母様くらいだから。
だからこそ、全力で向かっているのだが…。見つかんねえ。嗅覚と聴覚と触覚を頼りに探しているのだが、途中までは汗の匂いを頼りにこの場所まで来たのだが…ここ、森の中心の波動が強い場所じゃん。なんだよ、この森ってここにしか湖がないのかよ。
「…ってか、今のセリフ…俺、変態じゃん」
「駄目よ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはシスコンにならないと」
「お母さんに手をかけようだなんて…飛んだ変態さんね」
「誤解だ‼」
いつの間にか俺の背後にいる二人の妹。あれ?こんなに早かったっけ?もしかして、この二人も進化してる?俺の進化の力って、もしかして俺自身にだけじゃなく、気を許した人にも進化の力の一部が流れて行ってるんじゃないか?
そんなことを考えていると、今まで追ってきていたはずの妹たちが足を止めていた。地面に足をつけ、『血壊』も解いていた。…なんか、心なしか顔が赤いような気がしなくもないが。
――――――あれ?発情してない?
「はぁはぁはぁはぁ、うへへへへ」
「お兄ちゃんの力が流れこんでくりゅぅ…ハッ」
「あ、はい。俺の予想は合ってたんですね。俺の力の一部、お前らに流れていったんですね。…まぁ、進化の力だけでよかったと思うべきか。それとも残念がるべきか」
発情しているように見える妹二人を放置するとしよう。今近づいたら何をされるかわからない。二人には悪いが、今は逃げよう。
とりあえず、いずれか卸す神の下見にでも行くとしよう。ついでに母様を連れて帰ろう。さすがに母様だったら、この発情状態の妹達をどうにかすることができるだろうから。
「っと、着いたのはいい物の…こいつらを倒していかなくてはいけないのか。…めんどくせえ」
六年生きてきて、最近、堕落してきたような気がする。七つの大罪でいうところの怠惰の面が強くなってきた気がする。ほしい物はあまりなくなってきたし、性欲もなくなってきたし、見下すこともなくなってきたし、食欲もなくなってきたし、怒ることもなくなってきたし、やる気もなくなってきた。
強くなったのは羨望くらいだろうか。
――――――なんか、人としてダメになってきた気がする。…あ、人要素半分しかねえや。
今は波動の強い森の中心の近くへと来ていた。その波動の強い場所に向かうためには大きな門を潜り抜ける必要があるようだった。しかし、その門のわきには二体の金属が混ざり合ったような色をしたゴーレムのような存在があった。
【何をごちゃごちゃ言っているのだこのチビは】
【まあまあ、そんなことを言うなよ半身よ。事実を言っては可愛そうだ】
「……ア?」
チビですか。身長小さいことを気にしている人に対して、チビですか。あぁあぁ、さっきの言葉を前言撤回して、今、ブチって来てるよ。ちょっと、出さないつもりでいた全力出しちゃうよ?シリアスもギャグも一切ない、ただの殺戮を行うとしますか。
慈悲など与えぬ。
夢を見る間も与えぬ。
与えるのは永遠の消滅と、決して戻らぬ傷だ。
「チビって言ったな」
【あ?確かに言ったよ、おチビちゃん……ヘブッ】
【半身‼】
砕けちゃった、砕けちゃった。本気で殴ったら微塵も残さず消し飛ばしちゃった。まだ、モードを切り替えていないのに、俺の怒りと一緒にまた進化しちゃったみたいだねえ。身体能力も、体の中身も、質も、何もかもが進化した。その結果、本気で殴っただけで、材質『ミスリル銀』と『オリハルコン』で出来たゴーレムのようなものを消し飛ばすまでに至った。
「さて、俺を怒らせた奴らは皆殺しな」
【ま、待てよ。命だけは助けてくれ。何でもやる。お金が欲しいなら、いくらでもやる。それとも女か。お前も小さいが男だろ。女には飢えているはずだ】
このもう一つのゴーレム、自分が死ぬとわかった瞬間、急に饒舌になった。おそらく、死ぬことを少しでも先延ばししたいのだろうが、俺の怒りに触れた以上、先に延ばそうとすればするほど、先ほどのゴーレムよりも早く殺してしまうだろう。
それではつまらない。というより、俺の気が済まない。こいつ以外にもっと中に入るたびに強くなるとかならば面白いのだが。
それにしても、こいつ、また俺のことを小さいって言ったよな。
「…本当に俺は戦闘狂になったみたいだな」
【ハッ、今がチャンスじゃないか。……死ねぇ!】
「そういうのって、何も言わずに行うからこそ意味があるだろうに。不意打ちは相手に気付かれた瞬間に終わりなんだよ。そんな風に声を出して行うのであれば、敵の見えない速度で行うくらいのことをしてみろ。こんな風にな」
前日、猪を爆砕したデコピンを今度はこのゴーレム目掛けて行う。押し出された空気が不可視の弾丸となり、ゴーレムを爆砕するという点は変わらなかったが、そのゴーレムにたどり着く前にある木々や地面を大きく抉り、その弾丸の軌道を描くこととなっていた。
やはり、上空に敵がいるときにこれを使った方がいいかもしれない。直線的にしか飛ぶことができないが、何時撃ったか、その弾丸はどの程度の速さで到達するのか、その二つの要素さえばれなければまず躱わされることはないだろう。
「さて、ゴーレムも木端微塵になったことだし、先に進むとしよう。このまま素手を血塗れにするのもあれだからな。せめて木の枝くらいは持っておくとしようか」
適当にそこらへんに落ちていた木の枝(乾いた)を掴むと、適当にブンブン振る。木を伐り、岩を斬り、ゴーレムを斬り…って、ゴーレム?どうやら、門番であろうゴーレムが死んだことによって次々とゴーレムが門のようなものの中から溢れ出てくる。
あぁ、気持ち悪い。まるでゴキブリのようだ。
「…だが、あぁ、すごい。すごく楽しくて仕方がないな。進化が続き、強くなる。強くなって、強くなって、強くなって、神を卸す。でも、今日はあくまでも下見だ。どの程度の強さで、俺がどれくらいまで進化すれば叩き潰せるのか。そんなことを考えただけでも、楽しくなる」
何時だ。どれくらいの年月を掛ければ俺は世界最強を卸せる。一生かかっても無理、それだったらなお面白い。どれだけ強くなっても勝てないと感じられたなら、さらに強くなろうという気持ちを持たせてくれるだろう。
世界最強を卸す。その目的が達成されてしまったら、きっとそのころには人間という種を超越してしまっていることだろう。そのあとのことは実際にそのあとになってみないことにはわからないが、無事に倒せたなら、とりあえず、冒険者になってみたいものだ。
そんな思いを胸に、わらわらと湧き出てくるゴーレムを切り裂きながら歩いていくのだった。