別れの宴
申し訳ありません。遅くなりました。
「ごめんください」
カスパールさんが我が家の門を叩き、そう言った。
その一言で、私は悟った。私が旅立つ日が来たことを。
「あら、いらっしゃい。……いよいよね」
「そうですね。準備はお済ですか?」
「レーヌ?」
「あ、うん。終わってるよ」
「だそうよ? 出発は明日よね?」
「そうですね。明日の朝出発です」
「なら、今夜はごちそうね! さーて、作るわよー!」
お母さんが気合を入れて台所へ向かおうとするとカスパールさんがお母さんを呼び止めた。
「すいません。その前に紹介したい人がいるんです」
「あら? そうなの?」
紹介したい人がいると聞いて、一瞬、結婚かな? と思ったけど、流石にそれはないとわかった。
だって、……ねぇ?
カスパールさんの後に続いて外へ出ると一人の商人が立っていた。
物腰の柔らかそうな笑みに青い髪と瞳。ダリウスさんの様に笑みを浮かべてはいるが、剥げてはいない。
「あら、ヴァーノンじゃない! どうしたの!?」
どうやらお母さんの知っている人らしい。
「えぇ、お久しぶりです。カスパールさんに頼まれましてね」
「そう。あなたがいるなら安心ね」
「ははは。買い被り過ぎですよ」
「レオには会ったの?」
「はい。ここへ来る途中にちょうど」
「そう。あ、ごめんなさい。さあ、中に入って」
「えーと、ヴァーノンさん?」
「はい、ヴァーノンです」
お母さんが台所へ行ってしまったので、私が二人の相手をすることになった。
料理を作るのを手伝うと言ったら、主役は待ってなさいと言われてしまったので何もすることができない。
私は気になっていたことを聞いてみることにした。
「ヴァーノンさんはお母さんと知り合いなんですか?」
「そうですね。昔一緒に旅をしてました」
「旅?」
「はい。レオナールさんも、ローヌさんも頼りになるお人でした」
二人は昔旅をしてたのか。知らなかったなぁ。だからあんなに強いのかな?
そう言えば、二人とも、自分の過去の事はあんまり話さない気がする。
「カスパールさんも一緒だったんですか?」
「僕かい? そうだね。短い間だったけど、一緒に旅をしたこともあったかな」
「そうですね。あの時は楽しかったです」
「なんの旅だったんですか?」
「なんの、ですか。そうですね……。特に目的はなかったんだと思います、少なくとも私は。面白そうだからついて行こうと、そんな感じでした。他の皆さんはどうだったのか、はっきりとはわかりませんが……、各々目的があったんだと思います。ですよね? カスパールさん?」
「ああ、そうだね。僕は修行と布教が目的だったかな」
「そうなんですね」
「まぁ、今と何にも変わっちゃいないけどね」
「お父さんとお母さんにも目的はあったんですかね?」
「うーん、どうでしょう? それこそ本人に聞いたらいいかもしれないですね。まぁ、レオナールさんは惚けるかもしれませんが」
「そうなんですか?」
「はい。とは言え、これ以上私の口からは言えません」
「えーー。あ、そうだ! カスパールさん?」
「僕には何の事だかさっぱり。レーヌが直接訊いたらいいじゃないか」
「うーん、それもそうですね」
でも、結局お父さんも答えてくれない気がする。となると、お母さんかな?
「お母さんの旅の目的は何だったんですか?」
「それは私もわかりませんね。私が旅団に入るよりも前に居ましたから」
「もちろん僕も知らない。何せ、僕は一番最後だったからね」
「あれ? でもお父さんの目的は知ってるんですよね?」
「知っているかどうかはさておき、予想は出来ます。旅団に入る時が入る時でしたから」
「えっと? お母さんが旅をしていて、ヴァーノンさんが入って、お父さんが入って、最後にカスパールさん? でも、お母さんは旅団に居て? 四人じゃないんですか?」
「ああ、そうですね。すいません。四人ではないです。もっと大勢いました」
「他にはどんな人が?」
「そうですね……。旅団の方針を決めていた二人の戦士、赤髪の鳥人族に、お転婆な獣人族。この二人が面白くてですね? そりが合わないのに、息がぴったりで……。ああ、そう言えばパトリツィオさんはこちらの街にいるんでしたね」
赤髪の鳥人族って言ってたからもしやとは思ったけど、やっぱりパトリツィオさんだった。
「おや? 会ってこなかったのかい?」
「はい。すっかり失念しておりました」
「ふむ、君しては珍しい」
「やはり年ですかね?」
「まだまだ現役だろう、君は。でなければ困る」
「いやー、ははは」
置いてけぼりだ。昔ながらの友人となると、赤の他人の私だと、やっぱりついて行けない。
私の知らないお父さんたちの話を聞けるのは新鮮で、楽しいけれど、ちょっと寂しくもある。
その後も楽しくもあり、寂しくもある、そんな談笑をして過ごした。
夕食になり、宣言通りごちそうが出てきた。一人でこれだけの物を作っちゃうんだもん、お母さんはすごい。
見れば、食材はいつも食べているものとさほど変わりはなかったけれど、にもかかわらず豪勢な食卓に見えた。
チーズもハムもベーコンも何だかいつもと違う。たぶん、私の心も関係しているんだと思う。
今日でお別れ。そういう、寂しい気持ちが料理をより豪勢に見せているんだと思う。
「しかしヴァーノン、どうしたんだ?」
一通りの自己紹介をした後、皆で食卓を囲んだ。
「レーヌさんの護衛を頼まれまして」
「そうなのか、レーヌ?」
「え! 私じゃないよ?」
「僕が頼んだんだ」
「おお、そうか。ヴァーノンがいるならレーヌも安心だな」
「ははは、買い被り過ぎですよ」
お母さんも、お父さんもヴァーノンさんがいれば安心だと言う。ヴァーノンさんってそんなにすごいのかな?
うーん、失礼だけど、とてもそうは見えない。優しそうな男の人って感じがするだけだ。
まぁ、でも、お父さん達が安心っていうんだから安心なんだろう。
「しかし、いよいよ明日か。寂しくなるな……」
「そう、だね……」
「うん……」
「ちょっと、今日はしんみりするの話って決めたでしょ? レーヌを笑顔で見送りましょう?」
「そうよ~。レーヌは帰ってくるんだから~」
「そうだな、悪い」
「うん……」
「お! レーヌ! このベーコンうまいぞ!」
「え? あ、うん! おいしいね!」
「こっちのサラダも!」
「ありがとう」
「こっち、こっちも!」
「うん、ありがとう」
「ほら、レーヌも困ってるじゃない」
「そんなことないよ? 私うれしいよ」
「あらそう? それじゃあ私からも……。はいこれ。この前のお返し」
「え?」
そう言ってお母さんに紙袋を渡された。大きさの割には重くない袋だ。何が入っているんだろう?
「ね! 開けてもいい?」
「もちろんよ。さ、開けて頂戴」
「うん!」
ワクワクしながら袋を開けると、中には薄茶色の布が入っていた。その布は少し厚く、けれど肌触りはいい。
広げてみると、それはフード付の外套だとわかった。
「わぁ! ありがとう!」
「ふふ、いいのよ。どう? 気に入ってくれたかしら?」
「うん! とっても! どう、似合う?」
早速着てみた。すっぽりと身体が入るほど大きい。けれど、ぶかぶかというわけではない。長旅にはちょうどいいんじゃないかな?
「とっても似合ってるわ」
「えへへ、ありがとう」
お母さんは言わなかったけれど、フードがデカい。きっと、私の髪の色の事を気にしているんだと思う。
このフードで、髪を、顔を隠して、旅をしなさいって、そういう事なんだと思う。
「似合ってるぞ、レーヌ。しかし、ローヌ。いつこんなものを用意したんだ?」
「この前街に行ったときよ」
えーと、この前っていうと……、アントンさん達を送って行った時か。
なるほど、このためにお母さんは街へ行ったのか。
旅の準備って言われてたのに、髪とか、目の色とか、全然気にしてなかったなぁ……。
「それじゃあ~、私からはこれを~」
そう言ってベル姉に渡されたのはモコモコの手袋だった。
「王都は~ここより寒いらしいから~」
「え! そうなの?」
「そうよね~? お父さん~?」
「ああ、そうだな」
「そうなんだ……。ベル姉、ありがとう」
「いえいえ~」
全然知らなかった……。防寒具、もっと用意した方がよかったかな……。
「じゃあ俺からはこれな」
「シモン兄もあるんだ」
「おう! 妹の門出だからな。ほれ」
「え! いいの?」
シモン兄から貰ったのは、一本の長剣だった。
これはシモン兄のお気に入りのはずだ。よく手入れをしている所を見かける。
日課の素振りだって、これでやっている。
肌身離さず大切にしてきた一振りのはずだ。
「ありがとう! 大切にするね!」
「ああ!」
「じゃあ、俺からは……」
「ロワもあるの?」
「うん……。これ……」
ロワから手渡されたのは紐のついた小さな袋だった。
「これは?」
「……お守り。皆みたいにすごいものじゃないけど、俺、これくらいしか用意できなくて。……ごめん」
「そんな、うれしいよ! ありがとう!」
「うん……」
首にかけるのにちょうどいい大きさだったので、ロワのお守りを首にかけた。
皆用意してくれてたのかな? 嬉しいなぁ。えーと、最後はお父さん。何かな?
期待を胸にお父さんを見つめていると、お父さんは気まずそうに言った。
「あー、レーヌ。すまん、俺は何にも用意してないんだが……」
「え? あ、うん。いいよ! 頼んでたわけじゃないし、そういうのって請求するものじゃないし」
「あー、本当にすまん……。あ! いや! ちょっと待っててくれ!」
そう言って、お父さんは部屋から飛び出していった。そして、すぐに戻ってくると、私にロワのお守りよりは少し大きめの袋の手に握らせた。
「えっと?」
「昔拾ったものなんだがな、レーヌなら何かに使えるだろう」
袋の中を覗いてみると、大小様々な大きさの歯車が入っていた。金属でできているようだったけれど、錆びてはいない。
「何に使うかさっぱりわからなくてなぁ。ずっと放置してたんだが、大丈夫だったか?」
「うん、特に問題はない様だけど」
「悪いな、こんなものしか渡せなくて」
「ううん。ありがとう」
ずっと放置されていてもこの状態となると、特別な金属で作られているのかもしれない。うーん、まさかステンレス? ……そんなわけないよね。
それからも私たちの宴会は続いた。
別れを惜しむように、長く続いた宴会だったけれど、みんな笑顔だった。
別れは寂しいけれど、絶対戻ってくるんだもん。悲しくはないんだ。
私はそう自分に言い聞かせた。
アイデアが尽きはじめたので、更新速度を落とします。申し訳ありません。




