第32話 強襲!
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この世界の人間というものは、夜になれば規則正しい生活サイクルに沿って夕食を済ませ、簡単に汗を流した後、床について朝日が昇るのを待つのが、基本的な習慣となっている。理由は単純明快に、昼に比べて夜の危険は圧倒的に多い、ということだ。
まず、俺のいた世界には一般的に存在する街灯という物が、この世界の町々にはぽつぽつとしか存在しない。そうなれば当然、夜道は暗闇に閉ざされて視界は効かなくなるし、行動だってしづらくなる。
それに、夜というのは狩りをする野生動物や、血の匂いに飢えた魔物たちが目を光らせ、世界各地を闊歩する時間帯。それゆえ、リスクとリターンが釣り合わない夜間に行動する人間という物は、特別な目的――たとえば夜にしか出現しない夜行性の野生動物の狩猟や、夜間にしか咲かない花の採集などと言った、夜でないと達成できないこと意外の目的以外には、ほとんど行動することは無いのだ。
むろん、例外の街もあるらしい。だが、今俺たちが滞在しているファリアムに関しては、エルフラムの常識の範疇に入り、夜になると眠りに落ちる街だった。
「……だからって、まさかこんな簡単に見つかるとはなぁ」
「エイジ殿、お静かに。拙者らの存在がばれれば、この作戦は水泡に帰します故」
はいはい、と動きだけで肯定して、俺は身を隠していた物陰から、人気の消えたメインストリートを見やる。
そこにいたのは、白地に赤のワンポイントを入れ、性別や体格をある程度隠蔽できるゆとりを出し、顔を隠せるフードを縫い付けたローブを身にまとう、いかにもな感じの人影だった。
「……こんな時間にやったらきょろきょろして、怪しいわねー」
ジト目のユレナが言う通り、そいつは夜にもかかわらずしきりに周囲を警戒して、俺たちには気づくそぶりさえ見せずにそそくさと歩き始める。まるで、自分が何か後ろめたいことをしようとしていることを、誰かに感づかれたくないとでも言わんばかりの怪しい動作は、しかし俺の中に疑念をもたらしていた。
「でも、あれほど警戒心が強いんなら、俺たちの視線にも気づいてるんじゃないか?」
「おそらく、気づかれている可能性は高いでしょう。拙者も一度尾行した際、似たような手口を使ったところ、別の者に後ろから切りかかられ、あわやと言うことがあった故」
「怖いこと言わないでくれよ……」
ヴィエの言葉にげんなりしつつ、俺は再びローブの人影へと視線を移す。目的はもちろん、相手のアジトの位置を割り出すためだ。
この時間帯、ファリアムの硬い門は閉ざされているため、並の人間が街の外へと出ることはかなわない。相手がその並の人間ではない可能性もあるが、街の真ん中を突っ切るように歩いていることから、その可能性は低いとみていいだろう。
となると、この時間帯に紅白ローブを身にまとっている奴が街の中にいることを考えても、奴らの根城がこの街の中にあると考えるのが妥当だ。ゆえに俺たちは、眼前を足早に歩くローブ姿をずっと追いかけていたのである。
「どうして、直接ヴィエを狙わないの?」
「たぶん、前に逃げられた経験があるからこそ、搦め手を使って手の内に、とか思ってるんだろ……っと、あそこ曲がったな、行こう」
建物の角に身を投げ込み、暗がりへと姿を消したローブ姿を追いかけて、俺たちは索敵能力に長けるヴィエを先頭にして、夜のストリートを駆け抜ける。
やがて、路地の手前で停止した俺たちは、揃ってその路地の奥へと視界を向けた。そこにあったのは変わり映えのしない裏路地と――
「……扉と、明かり」
チルの言う通り、煌々と光を放つ窓と、そのぼんやりとした光を受けて控え目に光る木製の扉が、路地の最奥近くに鎮座していたのである。
「罠」
「罠ね」
「罠でしょう」
「罠、だなぁ」
満場一致、議論の余地なし。あそこにわざわざ飛び込んで痛い目を見るのは御免である……が。
「けどま、相手様がわざわざ待ち構えてくれてるんだ。痛い目見せてやるには、好都合なんじゃないかな」
路地裏の小さな店らしき場所。周囲の建物からしても敷地の狭いそこでできることなんて、たかが知れている。仮に俺が想定している、ヴィエを追うのに最大限割ける人数であろう2,30人をあの中に配置したとしても、おそらくは窮屈過ぎて動くことはともかく、得物を振るうことはできないだろう。
「でも、流石に正面からってのは無謀だと思うけど?」
「って言っても、ほかに侵入できるとこなんて煙突くらいだしなぁ」
なお、その煙突からはわずかながら煙が噴き出ていた。……俺嫌だよ、燃えてる暖炉に突っこんでススだらけのままファイヤーしちゃうなんて。
「正面突破?」
「しかないだろうな。……けど、そのまま扉を蹴破るだけじゃ、ちょっとお行儀良すぎるな」
にやりと口元をゆがめて、俺は策を練る。さぁて、どうやって相手がたの戦力を削ってやろうか?
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「主殿、彼奴等が引っかかりました」
エイジたちがあれやこれやと話し合っているころ。目的の建物の扉の奥では、目の前で立派な椅子に腰かけ、魔方陣を練り上げている男に向けて、エイジたちが尾行していた人影が傅いていた。
「んふふ、ご苦労様です。これでようやく、私たちの本懐を成し遂げられますねぇ」
魔方陣を練る男は、近くのテーブルに置いてあったバスケットの中から小さな人形をつかみだし、それに向けて魔方陣を織り込み始める。直後、作業を続けながら綻んだ表情と共に、にやりと口角を釣り上げた。
「あのクソ生意気な紫娘には、本当に何度も辛酸を舐めされられました。ですが、彼のお方より賜ったこの力があれば、あのような矮躯程度、瞬時に捕らえることが可能……んっふふふ、今から笑いが収まりませんねぇ」
エイジが聞いていれば「なんだあの小物みたいなセリフ」と突っ込まれそうなセリフを吐きながら、ローブの男は立ち上がり、大仰に両手を振り上げる。
「さあ、わが可愛い人形たちよ、今宵は宴です! 私らを撒いてきたあのクソ生意気な小娘を、今こそブチ転がして――」
しかし、男の口からはそれ以上の言葉が紡がれなかった。男たちが陣取っている家屋の壁が粉みじんに吹き飛び、土煙と爆音で強引に言葉を遮ったのである。
「……っち、思ったより早いですね、リューズヴィエ・イニートリア?」
もうもうと立ち込める煙の中、男と他の人影たちは一糸乱れぬ動きと共に陣形を組みなおす。忌々しげに吐き捨てる男の目にはしかし、彼の探している紫髪の少女とは違う、別の人影が映り込んだ。
「どーでもいいけど、俺らのこと忘れないで欲しいな。これでも一応、ヴィエの協力者なんだから」
片手に持つ剣をそのままに腕を組み、黒髪緑目の少年が――エイジが、呆れ気味に口を開く。
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結局、俺たちが採った手段はチルの魔法で扉をふっとばし、大穴を作って堂々侵入するという、扉蹴破るのと特段変わりのない脳筋な戦法だった。
それでも、扉や壁に何かしらの細工が施されていないとも限らないのが現状。ならばいっそ、相手の作戦にハマる前に作戦の根本からぶっ潰してしまえばいい……と、ヴィエが言っていた。彼女も何度か搦め手にハマった時、たいがい力技で脱出していたらしい。連中は数こそ多いが非力らしいので、それでも問題なく突破できたそうだ。
「…………あぁ、どなたかと思えば遺跡で私手ずからくみ上げたゴーレムをブチ壊してくれやがったクソムカつく小生意気なガキンチョですか。はっ、私にわざわざ殺されに来るとは殊勝な心掛けですねぇ?」
「ほざけ、誰がお前みたいな小悪党にやられるかっての。ゴーレムに頼って高みの見物する奴なんて、その辺の冒険者より弱いって相場が決まってるんだよ」
忌々しげな皮肉に皮肉を返してやると、ローブに隠れた男の口元がピキッとひきつる。あぁ、これどう見ても煽り体勢ゼロなプライド高い奴だ。
「……んふっ、減らず口を。まぁいいでしょう、私の力を知らないうちに、せいぜいほえ面をかいてください」
そう言うと、ローブの男は左手で仰々しくローブを振り払い、その顔をさらけ出す。赤と白のローブの裏から出てきたのは、骨ばった顔立ちの壮年の男だった。爬虫類を想起させるぎょろりとした金壺眼が俺、ユレナとチル、そしてヴィエを順繰りに睥睨する。
「こうして私に関わったが運の尽きです! ……そこのクソガキはいいとして、後ろの小娘たちは良い買い手が付きそうですね。私の昇進のため、資金になっていただきましょうか」
ちっ、どいつもこいつもこういうことしか考えやがらない。人権を何だと思ってるんだと怒鳴りたい気持ちをぐっとこらえて、俺は音高く片刃の剣を鞘から引き抜いた。
「お前にくれてやれるのは獄中のショボい飯だけだ。ヴィエの為にもユレナたちの為にも、大人しくお縄についてもらうぞ!」
怨嗟の気持ちを啖呵に変えて、俺は突きつけた切っ先の向こう側へと吼える。対する壮年のローブ男は、不意に身体を苦の字に折り曲げたかと思うと高く哄笑を始めた。
「んふっ、んふふははははは! いいですよその威勢、クソ食らえです! ――この「ハデス」幹部が一人たる私、「人形遣いのガイウス」にたてついたこと、後悔しやがってください!!」
そう言って男、ことガイウスが高らかに宣言すると同時に、周囲に展開していた2,30ほどの人影たちが、一斉に纏っていたローブを脱ぎ捨てる。
「さあ、我が可愛い人形たちよ――やってしまえ!!」
そこから飛び出してきたのは、思い思いの得物をその手に携えた、木製とも鋼鉄製ともつかない不思議な材質で構成された、等身大の人間をかたどった「人形」だった。
また2週間超えた…本当に申し訳ありません……。




