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7 時空を超えた再会

 ダイチたちが食事を終えると、森の妖精たちが手を取り合い、いくつもの輪を作り、歌いながら踊り始めた。ハフが妖精の歌声に合わせて、即興でピッコロを奏でる。妖精たちの視線が一斉にハフに集まるが、ハフとアイコンタクトをすると笑みを浮かべて軽やかに舞い続けた。

 炎祭神獣イフリートのイフは、宙で輪になって踊る妖精の下で、楽しげに踊り出した。イフが手招きをすると、女神の祝福メンバーも飛び出し一緒に踊り始めた。

 「ちっ、しょうがないな」

デューンは舌打ちをすると輪に飛び込んでいった。

 それを見ていた神獣たちも、やんや、やんやと歓声を送る。神獣たちは、元々歌や踊り、祭を好む習性があったのだろう。手拍子や掛け声も飛んでいる。

 『妖精さんたちは、私の子どもの頃からの夢の通りでしたわ。これはエルフのルーナの夢の話です。

 宙に浮きながらダンスなんて、幻想的で心が躍ります』

 「俺もワクワクするよ。妖精は神秘と美の象徴なのだと改めて思う」

ダイチも手拍子をしながら、そう呟いた。

 「ダイチさんも一緒に踊りましょう」

踊っていたテラがダイチの手を引く。

 ダイチは腰を上げたところに、ローレライが遠くを指さす。

 「ダイチ、あの人よ」

ダイチがローレライの示す方向に顔を向けると、そこには、森の小道を歩いて来る1人の人影が見えた。

 ダイチは、刺すような視線をその人影に向ける。かなりの距離があったが、ダイチの非友好的な視線を感じ取り、その人影は背にしている大剣の柄に手をかけたまま立ち止まった。

 『ダイチ、あの者は、凄まじく腕が立つ』

クローの指摘に、ダイチは首を縦に振った。

 テラがダイチの脇に立って、陽気にその人影に手を振る。

 「マナツ母さーん! 私は、神託の男性に会えたのよー。早く来てー!!」

 マナツは、大剣を(さや)ごと外すと、それを地面にそっと置く。テラの誘いに応じ、無言のまま片手を上げると、また歩みを進め出した。

 妖精たちの踊りは続いている。ダイチは立ち上がったまま微動だにせず、マナツをじっと眺めている。その瞳には、セミロングの黒髪、黒い瞳をもった40前後の女性が映っていた。

 マナツが、ダイチの瞳を見つめ、ゆっくり歩み寄って来る。ダイチは、無表情のままマナツの顔を凝視(ぎょうし)する。ダイチは、ハッとした。マナツの目には涙が(あふ)れ出ていたからだ。

 マナツは端正(たんせい)な顔立ちではあるが、それを(つぶ)したような表情をして、ポツリ、ポツリ言葉を発した。

 「・・・せ・・せい、先生・・・ダイチ先生」

 「え?」

 マナツはダイチに抱き着いた。歴戦の冒険者マナツの神速の動きに、ダイチは為す術もなく抱き着かれた。

 「ダイチ先生ー!」

マナツが大泣きする。

 「・・・ちょ、ちょ、・・・ちょっと・・・」

ダイチはマナツの顔をもう一度よく見ようとして、マナツの肩を握り、体から引き離そうとするが、歴戦の冒険者マナツの腕力は強く離れない。

 「痛っ・・・誰ですか。どこかでお会いしていますか」

 「ダイチ先生、1年2組の教室で会っています」

 「え? えええええーっ!」

 「私のことを覚えていますか」

 「もう一度、か、顔を、もう一度よーく見せてくれ」

ダイチは、試されるようなマナツの問いに、心臓が飛び出しそうになるくらいに動揺していた。

 ドクン、ドクン、ドクン

 もし、この女性が俺の教え子であって、俺が思い出せなかったら・・・(あせ)るな、教え子だぞ、きっと思い出せる、そう念じながらマナツの顔を再び見た。

 マナツは期待する瞳で、ダイチの瞳を(のぞ)いている。

 ダイチは・・・くっ、だ、誰だ、誰なんだ、と困惑していたが、天使は舞い降りた。一瞬にして(ひらめ)いた。

 「・・・あっ、ああぁ、マナツか、タカオ・マナツだ。

 初めての給食で、カレーライスが辛いと言って泣き出したマナツだ」

 「はい! タカオ・マナツです!! 覚えていてくれたのですね。ありがとうございます。

 でもダイチ先生、私がカレーで泣いた? 覚えていません。確かに、子どもの頃は、辛いものが苦手で大嫌いでした」

 「くくくっ、大泣きだったよ」

 マナツは、子どもの様に(ほお)(ふく)らませて、ダイチを(にら)んだ。

 ダイチは、1年生のマナツの生き生きとした姿が、(せき)を切った水の様に次々と頭に(あふ)れ出て来た。

 「・・・なあ、ダンジョンのはやぶさ2の問題は、マナツが作成したのか」

 「はい、テラの夢で、テラの探す男性と私は、出会うなり抱き合い、親しげに話をしていたという事だったので、元いた世界の人間の可能性もあると試してみました」

 「俺が解けずに、ダンジョンの養分になるとは考えなかったのか」

 「だって、ダイチ先生はクイズが得意だし、はやぶさ2の偉業を、当時1年生の私たちに誇らしげに教えてくれたのは、ダイチ先生ですよ」

 「え、そんな話をしたのか・・・忘れていた」

 「・・・・私にとっては、元の世界で出会った、唯一の担任の先生ですから」

 「唯一?・・・マナツは、何歳でこの世界に来たんだ」

 「6歳です」

 「6歳? ・・・よく、よく無事で生きていてくれた。ありがとう」

ダイチは、マナツをきつく抱きしめた。

 「私がこの世界に飛ばされ、元いた世界では騒ぎになりましたか」

 「いや。残念だが・・・マナツは7歳を過ぎても元の世界に存在していた。何も変わった様子はなかった。

 恐らく俺と同じで、元の世界には別のマナツが、これまでと変わりなく生きているんだ。

 それがパラレルの境界を越えるということらしい」

 マナツは空を見上げて(つぶや)いた。

 「・・・・そうですか。・・・・・でも、私を生んだ両親が寂しい思いをしていなかったのであれば、それが唯一救われる事です」

 「マナツは、相変わらず優しい子だな・・・いや、多くの辛い思いを乗り越え、(たくま)しくなったのだな」

 「不思議なのですが、私はもう40歳を超えています。なぜダイチ先生は、まだ20代半ば位の歳なのですか」

 「そのことか、本当に不思議だよな。考えられることは、時空の()じれだ」

 「時空の捻じれ?」

 「ああ、そうだ。つい先日まで、俺はナギ王国にいたのだけれども、その国には、今から400年前にヒーデキ・オチャノミズという科学者が住んでいたらしい。そのオチャノミズ氏は、我々が元いた世界の未来から、この世界の400年前へ飛ばされて来たとしか思えない」

 「そんな事があるのですか」

 「確かにあった。オチャノミズ氏が残した映像と、今なお伝承する科学技術から推測できる。だから、マナツは6歳の時に、この世界の30数年前に飛ばされて来た。

 俺は、マナツが飛ばされてから数年後に、この世界の数か月前に飛ばされて来たんだと思う」

 「・・・・ダイチ先生の歳を追い抜いてしまい、恥ずかしいわ」

 「ナイスミドルで、素敵な女性になったね」

 「ふふっ、もう人生経験は私の方が上ね」

 「ああ、その通りだ」

 マナツはテラを呼んだ。

 「このテラは、まだ幼少の頃に、私たちと同じく異世界から、この世界に飛ばされて来ました。24歳になります」

 「何だって」

 「もぉ、マナツ母さん、私の歳はいらない情報よ。ダイチ様は鑑定スキルをお持ちですよね。どうぞ私を確認してください」

 「・・・・・・確かに、パラレルの境界を越えたホモ・サピエンスとある。テラは、このマナツに育てられたのか」

 「はい。私にはこの世界での記憶しかありません」

 「この過酷(かこく)な世界で・・・マナツ、テラ、2人とも苦労をしたんだな」

 マナツとテラは、微笑んだ。


 ダイチと女神の祝福メンバー、神獣たちが集い、車座になっていた。魔王ゼクザールを討伐についての戦略的な意見交換のためである。

 腕を組んで話を聞いていたダイチが口を開いた。

 「皆の話をまとめると、魔王ゼクザールや魔族の六羅刹よりも、魔王ゼクザールを守護する魔神8柱が脅威になるというのだな」

 カミューが(あき)れ顔でダイチに告げる。

 『主、その通りだ。魔神は我らと同等の力を持っている。その事は、我が、以前から言っておる事だろう。

 ナギ王国の絵画に描かれていた様に、人魔大戦は、神獣と人間対魔王と魔神、魔人、魔族らとの戦いだ』

 ダイチは、ナギ王国の王立歌劇場のエントランスにあった絵画を思い出した。重厚な黒雲に稲光と竜巻、地が裂けそこから()き上がる炎、凍る森、競り上が大地、6柱の神々しい神獣、エルフやホモ・サピエンス、ドワーフ、獣人、見たこともない姿の人類。それに対峙(たいじ)するかの様に、禍々(まがまが)しい8人の魔人、おびただしい魔族や魔物と思われる軍勢。

 「・・・あの8人の魔人は魔神だったのか。魔神は、人間が恐怖の対象としている魔人よりも強いのか?」

 『比較にならん。最初に魔がついても、神と人の違いほどある』

 カミューの言葉に、ルーナが魔神について補足する。

 『ダイチ殿、800年前の人魔大戦では、魔王ゼクザールを守護する八魔神の武力と暗躍によって、キッポウシがその命を投げ出しても、魔王ゼクザールを封印することがやっとでした』

 サクが紫の有色透明な瞳に光を浮かべて、一同を見渡たして言う。

 『魔王ゼクザールがいれば、八魔神は脅威となる。逆に、魔王ゼクザールを封印すれば、八魔神も封印できる。魔王ゼクザールを倒せば良いだけの事』

 一寿が、目を(つむ)りながら呟く。

 『グルルル、その通りだが、守護する魔神は我らと同等の能力。特に魔界神ディアキュルスと戦魔神ウラースは、頭一つずつ飛び抜けている』

 「魔界神ディアキュルスって、・・・魔族の手先となり、ナギ王国でテロを起こしたあのダキュルス教の神のことなのか。発音が似ている」

 ダイチの言葉に、ルーナが首を(かし)げて答える。

 『人間の信仰の事なので、はっきりとは分かりません』

 デューンが口を開いた。

 「もしも、そうだとしたら、人間には呆れるな。

 俺たちティタンの民は、人魔大戦で抜群の戦果を上げた事によって、平和の訪れた世では脅威とみなされ、隣国に侵略された。

 その挙句(あげく)の果てに、敵の魔神を神として(あが)めるか・・・」

 ガイも怒気を(あら)わにして強い口調で声を上げた。

 「ダキュルス教だけではない。俺たちルカの民を差別し、迫害を続けているルクゼレ教という宗教団体もある」

 「デューン、ガイ、貴方たちの辛い気持ちは分かるわ。でも、今は魔王ゼクザール討伐に集中しましょう」

テラが2人をたしなめた。

 クローがカタカタとハードカバーを揺らす。

 『デューンとガイは、感情が高ぶる故の発言だが、人間の持つ心の一面を(とら)えている。参考とすべきだ。

 ダイチ、魔族のこれまでの手口は、人間の持つ心の闇に入り込み、その本能を刺激し、これを操る。

 もっと抜本的な戦略を立てなければ、仮に第2次人魔大戦に勝利したとしても、その後は、前回と同じことを繰り返すだけだ。

 人間同士の差別と分離、その隙をついて暗躍する魔族、やがて、第3次人魔大戦へと続く』

 マウマウも思念会話で話しかけて来た。

 『私もクローに賛成だわ。我らの目的は大戦の勝利だけではなく、この世の平和と人類の繁栄』

 イフが、立ち上がり熱い心をたぎらせている。

 『だが、我らは、魔王ゼクザールを倒さねばならぬ。小難しい事より、まずは、勝利だ。その為の議論であろう』

 『22年前の先代の神龍との戦いに負った傷がまだ()えていない魔王ゼクザールを、一刻も早く倒すべきだ。主、我々にすぐ戦えと命じろ』

 『カミュー、聞いていなかったのか。抜本的な戦略の見直しが先だ』

 『ぐぬぬぬ、クロー、何を呑気(のんき)なことを言っている』

 「・・・・・・」

ダイチは、黙ったままイフやカミュー、クローたちのやり取りを聞いていた。

 『カミューに、我は賛成だ』

イフが拳を突き上げた。

 『グルルルル、カミューに異議なし』

一寿も立ち上がった。

 『主、どうなのだ! ・・・いつもの事とは言え、決断が遅いな』

 一斉にダイチへ視線が集まる。

 「・・・・・・・・」

 「ダイチさん、どうしますか」

テラが心配そうに、ダイチの顔を(のぞ)き込んだ。

 「・・・よし、決めた! ・・・本日の会議はこれまで。解散」

 「「「「「え!」」」」」

 『『『『『何―!』』』』』

 『ダイチらしい決断だ・・・』

 ダイチは、席を立ち森の中へと歩いて行った。マナツはダイチの後ろ姿をじっと見つめていた。


 ダイチの元へ、マナツとテラがやって来た。

 「ダイチ先生、悩みが大きいですね」

 「皆の意見を聞き、俺の中で方向性は決まっているのだが、その手段の難しさと、残された時間が大きな障害となっている」

 「ダイチ先生は、やはり考えていたようですね。一人で抱え込まないでください」

 「マナツ・・・ありがとう」

 「ダイチ様、マナツ母さん、何の事を言っているの?」

 「少し歩かないか」

ダイチは、2人を誘い森の中を歩き始めた。

 「テラ、俺の最大の悩みは、クローとマウマウが言い当てた事だ」

 「?」

 「俺たちの旅の目的は、この世の平和と人類の繁栄。しかし、勝利したとしても、また同じことを繰り返すだろう」

 「繰り返すとは、クロー様が言っていた人魔大戦の事ですか」

 「まぁ、それも含むな。それだけではなく、もっと広い意味での人間同士の争いも含めてだ。魔族の脅威が取り除かれると、今度は人間同士で差別や迫害、戦争を始める。

 争いは、人間の本能と断じてしまえばそれまでだが、それでは平和と繁栄は続かない。別の道はないものかと・・・」

 「それを変えたいのですか」

 「あぁ・・・まあ、俺の願いは、平和で自由、平等な世の中が、例え、ほんの少しの期間のであっても良いから、延命したいという、実に謙虚(けんきょ)な願いだ」

 「・・・それが、謙虚な願いなの・・・」

テラは、1つ息を吐いた。

 「ふふっ、ダイチ先生らしく、理想は高く、夢は壮大ですね」

 「人間は過ちを犯す。だが、そこから学ぶ。そう信じたいね」

 ダイチとマナツ、テラは緑豊かな森の散策を楽しむように、ゆっくりと歩いている。

 「なあ、マナツ。俺はこの世界に来て一般の民や王族、貴族など、多くの人と接してきて感じている事がある」

 「何ですか」

 「この世界の人々は、元いた世界と比べ、純粋で誠実だと感じている」

ダイチは、ローデン王国で出会ったバイカルやミリヤ、ガリム、鍛冶屋の仲間、メルファーレン侯爵、ナギ王国のアルベルト王子やリリー、ホワイト侯爵、侍女のキャメル、クミン、タジ、カガリなどの顔が次々に浮かんでいた。

 「私は、6歳でこの世界に来たから、比べることはできないけれども、確かにこの世界の人は純粋で誠実な人が多いと思う。だから・・・」

 「だから?」

 「だから、心が純粋な故に、心に不信感が芽生えると、その不信感が不安へと変わり、やがて恐怖となる。また、憎しみともなる。

 そして、純粋な心が(あお)るようにして、過激な行動へと走らせている気がしています」

 マナツの言葉に、ダイチの脳裏には、王子暗殺未遂事件で湧き出たルーナの攻撃性、ザイド男爵の憎しみ、ローズ第2王妃の陰謀などが重なっていた。

 「そこだよ。俺もそう感じていたところだ。人生経験が豊富なナイスミドルのマナツが、そう言っているなら間違いない」

 「まあ、ミドルは余計だわ」

 「失敬。・・・この世界の人々は、まるで幼児の様な純粋な心を失わずに持っている。それ故に、子供が、遊びで(あり)を踏み潰す様な残酷な行為もしてしまう。

 自分の心に正直な分、本能的な欲求への衝動性が高いのかもしれないな」

 2人の話を聞いていたテラも頷くと、ダイチに語る。

 「以前に、私たちも港で、異教徒と(ののし)られて石を投げつけられました。デューンなんかはザーガード帝国から魔族への生贄(いけにえ)にされていたし、ルカの民も迫害を受けていたわ」

 ダイチは、テラを見つめて話に耳を傾けていた。ダイチは、何か(ひらめ)いたかの様に一つ手を打つと、独り言の様に呟いた。

 「ローレライの森で犯した、妖精への先入観と偏見による俺の過ちにも通じるものがあるな・・・未知(ゆえ)の恐れと嫌悪・・・」

 「え、ダイチ様、どうしましたか」

 「マウマウにも相談したい。テラのその(かばん)から出してもらっても良いかな」

 「はい」

 ダイチは手にしているクローとマウマウに、音声会話で話しかける。

 「クロー、マウマウ、話は聞いていただろう」

 クローとマウマウがカタカタと動いた。

 「俺の願いに沿った戦略を立ててほしい。先ずは俺の考えた全体図を紹介する」

 ダイチは、丁寧に説明をした。

 クローは、思念会話ではなく、白紙のページに文字で回答し始めた。

 

  細部を修正する。

  先ず・・・・。次に・・・・。


 マウマウも文字で回答する。


 補足すれば・・・・・・。


 「・・・なるほど。そうすれば対応できるか・・・」

 「ダイチ様、これならいけるかも。今よりは、ほんの少しだけ長い平和と自由、平等という謙虚な願いが・・・」

 「ダイチ先生、現実的な戦略に近づいてきましたね」

 ダイチは、森の葉の間から見え隠れする、透き通る様な青空を見上げていた。


 翌日

 昨日と同じ様に、ダイチと女神の祝福メンバー、神獣たちが集い、車座になっていた。

 『ダイチ、考えはまとまったのか』

イフが先に切り出した。

 『グルルル、そうだとも。昨日は無駄な時間となった』

 『主、早急に魔王ゼクザールを討伐する決断はついたのであろうな』

 『待て。先ずは、ダイチの話を聞こうではないか』

サクが(はや)る神獣たちを制して、ダイチに意見を求めた。

 「我らの目的は、この人間社会の平和と繁栄に資することだ。

 そうなると、人間の戦うものは、魔王ゼクザールが率いる魔神と魔族だけではない」

 『・・・主、何を言っているのだ。魔王ゼクザール以外にも敵がおるのか』

 『グルルルル、新たな敵が生まれたのか』

 『・・・・ダイチよ。詳しく説明してもらいたい』

サクが、ダイチに鋭い眼と向けて言った。

 「魔王ゼクザールを封印した後の世界には、何がもたらされたか考えてほしい。

 ひと時の平和だ。その後、人間は、偏見や差別による迫害をはじめ、人間同士で戦を繰り返してきた。

 これは、人間の持つ負の心が起こしてきたものだ。

 しかし、その陰には、魔族の存在が見え隠れする。例を挙げれば、ザーガード帝国の魔族への生贄の習慣、ロスリカ王国のルクゼレ教、ナギ王国の王位継承問題とテロなどで暗躍したダキュルス教などだ。

 魔族の真に恐ろしいところは、人間の持つこの負の心を巧妙(こうみょう)に利用し、つけ入るところだ。

 よって、戦いは、人間の負の心との戦いでもある」

 『負の心との戦い? ・・・ダイチは何を言っているのだ』

イフは、(いぶか)しげな視線をダイチに送った。

 『グルルルルル・・・我らは、その人間の負の心とやらと、どうやって戦うのだ』

 「負の心と戦うのは、我々ではない。人間自身だ」

 『主、ますます分からん。我らは、戦わんのか』

 「我々は、魔王ゼクザール軍と戦い、これを打ち破る。

 そして、魔族の心に人間の強さを刻み込む。

 人間には、平和の尊さをその心に刻み込んでもらう。同時に、魔族にはない他者への慈しみの心が自由と平等を支え、それが人類を繁栄へと導くという事を実感してもらう」

 『それで、平和と繁栄が続くというのか』

 「それでも、永遠の平和はありえないだろう。だが、平和の期間を長くすることは、期待できる」

 『ダイチ殿、その限られた平和に意味があるのですか』

 「例え、一世代分の平和の延命であったとしても、魔族の侵攻を打ち払い続ける功績よりも価値が高いと俺は考える。

 人の英知によって、互いを慈しみ、自由で平等、平和な世を築いてほしいだけだ」

 『主の考えは、分かった。人間の世が平和となり、繁栄するのであれば、神獣の務めと同じだ。了解した』

 カミューが宙でくねりながら、手に持った龍神白石を突き出した。

 『了解した』

サクは、大剣を天に掲げてそう答えると、愛馬黒雲が(いなな)いた。

 『・・・グルルル、了解。グオォォォォ!』

一寿が雄叫びを上げた。

 『了解』

イフは、拳を天に向かって突き上げた。

 『わたくしは、勿論ダイチ殿に従います』

ルーナが微笑むと、雪の結晶が1粒舞い落ち、ダイチの鼻先に着いた。

 「女神の祝福の皆さんはいかがですか」

 「勿論、了解です」

テラが頷いた。

 「「「「了解」」」」

女神の祝福メンバーがサムズアップした。

 「では、クロー、具体的な戦略を説明してくれ」

 『目的は、この人間社会の平和と繁栄に資することだ。

 そこで、この戦略目標は、魔王ゼクザール軍への勝利及び、人間たちが平和の尊さ、慈しみの心を再認識する事だ。

 そのためには・・』

クローは思念会話しかできないため、テラが女神の祝福メンバーに話し聞かせている。


 クローからの説明が終わると、ダイチはアイテムケンテイナーからカガリから贈られた「未来からの遺産」の1つであるヘッドセットを取り出し、女神の祝福メンバーに手渡していった。

 ローレライは、妖精たちが作った白に赤線がデザインされた木製の仮面をダイチと女神の祝福メンバーに1枚ずつ配った。潜伏(せんぷく)しなくてはならない状況に(おちい)ることも考えられるので、メンバーの素顔を隠しておくためである。

 「では、このローレライの森での再会まで」

ダイチがそう言った。

 女神の祝福メンバーと神獣たちも(うなず)く。

 「1年後、約束の地ローレライの森で」

 テラが応じた。

 ダイチたちは、神獣を従えてそれぞれの地へ(おもむ)いて行った。


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