第2章 神獣のジパニア大陸巡幸 8 神獣の天啓
ひつじ雲から見え隠れしながら、秋の空を飛ぶ白龍がいた。陽の光に照らされて、時折銀色に瞬いて見える。ダイチは、白い仮面を被り、肩掛け鞄にクローを入れてカミューの背に跨っている。
「それぞれのグループは、上手く話ができるかな」
『主、皆に任せたのであろう。信じるしかなかろう』
「そうなんだけれどもなぁ。国を動かすとなるとなぁ」
『ダイチ、各グループには、神獣をつけてあるから問題ない。それに、つい先ほども、ヘッドセットで連絡を取り合ったばかりではないか』
「うーん、まあねー」
『ダイチは、優柔不断で心配性。先ずは、自分の分担国の心配をした方が良い』
「俺の第1番目の訪問国は、ローデン王国だから気は楽だ。フリードリヒ・ローデン国王には、謁見したこともあるから」
『その次の国もあるだろうが。我らは機動力があるから、回る国も多いし、その後には、魔王ゼクザールの潜む地を突き止める任もある』
「カミューは、機動力も魔力探知、気配感知もずば抜けているからな」
『当たり前の事だ。我のその能力は神獣の中でも随一だ』
カミューがドヤ顔になってニヤリとした。
「はいはい。分かっていますよ」
『ダイチ、あと30分ほどで、フリードリヒ・ローデン国王の居城に着くぞ』
「カミュー、少し高度を落としてくれ。ここからは、民にカミューの姿を見せたい」
『了解した』
ローデン王国
街や村に住む民が、カミュー姿を目撃し始めた。ある者は驚き狼狽え、ある者は祈りを捧げる様に両手を合わせて拝んでいる。
「第1段階は成功だな」
『あそこに城が見えるぞ』
「カミュー、フリードリヒ・ローデン国王の居城だ。もっと高度を落として、王都ガイゼルの上空と居城の周りを2回ずつ旋回だ。それから降りるぞ」
カミューが王都を旋回し始めると、人々が道々に出ては歓声を上げている。
「見ろ、カミュー様だ」
「カミュー様が降臨なされたぞ」
「何と神々しい」
人々は跪き祈りを捧げている。
「カミュー様に跨っているのは人か?」
「恐れ多い事だ。カミュー様の背に人が乗るなんて・・・」
カミューが仮面を被ったダイチに囁く。
『主、4匹だ。街中に2匹。城の中に2匹だ』
「街中の2匹を殺れ。くれぐれも他の人に被害を出すなよ」
『分かっておる』
カミューの眼が光った。
ピカッと電光一閃。バキバキと稲妻が走った。
街中でカミューたちを見上げていた男女に直撃した。
「ひー、カミュー様の怒りだ」
人々が頭を押さえて、悲鳴を上げる。
雷が直撃して黒焦げになった男女からは、青白い煙が立ち上る。やがて、その亡骸から翼と角が現れた。
「見ろ! 雷に撃たれた者・・・あ、あれは魔族だ」
「魔族が人間に化けて、この街に入り込んでいたのか」
「おぉー、ありがたや、ありがたや。カミュー様が、我らをお守りくださったのだ。カミュー様、ありがとうございます」
街中の悲鳴が、祈りの声と歓声に変わった。
祈りと歓声に包まれる街中で、カミューは宙で止まった。
『我は、破魔神獣神龍のカミュー。ローデンの民よ、我の言葉を聴け』
王都の上空から聞こえてきたカミューの声に人々は驚く。仰け反り尻もちをついてしまう者もいる。
「・・・・カ、カミュー様の声が・・・我々にお言葉をくださるとは・・・」
「静かにしろ・・・カミュー様のお言葉を拝聴しろ」
人々は、拝む様な姿のまま、カミューの言葉を待った。
『800年前に、我ら神獣と人によって封印した魔王ゼクザールの復活が迫っておる。
早晩、ジパニア大陸は戦火に包まれるであろう。
人の子たちよ、我らと共に戦え。汝の隣の者を信じ、共に戦え。そして、平和を掴み取れ!
800年前の先人たちが成しえた事だ。其方たちにできぬ訳がない。
先ずは、勝利の祈願をするのだ。我を崇め、祈りを捧げるのだ。
我は其方たちの祈りによって無限の力を得る』
「・・・魔族たちが、攻めて来るのか」
「怖いわー」
「カミュー様が、我らと一緒に戦ってくださると言っておられた」
「カミュー様を崇め、祈りを捧げるのだ」
隣りにいるドワーフの顔を見た獣人が、ホモ・サピエンスたちが、互いの目を合わせて頷き合う。
「ああ~、カミュー様・・・我らにご加護を」
魔族との戦いに不安が募る者、勇気づけられる者、跪いたまま感激で涙を流す者もいた。
カミューは、民に言葉を告げた後に城を旋回し始めた。それから、城門前に降下すると、ダイチはカミューから飛び降りた。
城門からは白い鎧の近衛兵数十人が、駆け出して来る。カミューの前で頭を下げ、片膝をつく。
随分遅れ、王妃に支えられたフリードリヒ・ローデン国王が城門から、よたよたと走り出て来た。大臣たちも後に続いて来た。
『左から7番目の近衛兵1匹、王の右2番目の文官1匹』
「魔族の事だな。カミューの攻撃で国王にもしものことがあってはいけない。国王に近い文官は俺が殺る。カミューは近衛兵の方を・・」
ダイチの思念会話が終わらない内に、ピカッ、バリバリバリと近衛兵に雷が落ちた。
「うあー」
「きゃーー」
「ひぃぃぃー」
国王や王妃、大臣たちが悲鳴を上げた。
これを目の当たりにした王の右に控えていた文官らしき男が、1歩2歩と後ずさりした。
ソフトボール
「エクスティンクション」
後ずさりした国王の右から2番目の文官らしき男が、突然崩れる様に倒れた。
雷に撃たれた近衛兵と文官の亡骸は、魔族へと変化していった。
「うあ、・・・この近衛兵といきなり倒れた男は魔族だ」
王の脇に控える大臣たちから声が漏れる。
「この男は、城塞都市ベンゼから異動してきた補佐官ゲルチだ。まさか魔族であったとは・・・」
『安心せよ。この街に潜む魔族は、全て屠った』
カミューがそう言葉を発すると、その口から白い牙が見え隠れしていた。
フリードリヒ・ローデン国王は、片膝をつく。これに続き、国王の脇に控える大臣らの高官も片膝をつき、頭を下げた。周りにいる近衛兵、民も波紋が広がる様に次々と片膝をついていく。
城の前には頭を垂れた人々に埋め尽くされ、静寂が訪れた。
「私は、ローデン王国国王フリードリヒ・ローデンと申します。
このローデン王国の守護神、破魔神獣神龍のカミュー様のご尊顔を拝します栄誉に心が震えております」
『人の王、フリードリヒ・ローデンよ。我は其方に託宣を与える』
ローデン国王は、カミューに祈りの言葉を捧げてから、
「ローデンの民にカミュー様のご加護を・・・カミュー様自らお姿をお示し下さり、託宣を下さるとは、このフリードリヒ・ローデン、至上の喜びであります」
と深々と頭を垂れた。
『この白い仮面を被った者と話をするのだ』
ローデン国王は、恭しく拝命する。
「ははっ、では、ここでは人目もございますので、粗城ではありますが、ご来城ください」
『むう』
ダイチは、ローデン国王に近づくと、軽く会釈をしてから耳打ちをした。
「・・・・」
「分かった。では、グスマン内務大臣とミゲル軍務大臣を同席させよう」
ローデン国王は、2人に目配せをした。
カミューと白い仮面を被ったダイチは、ローデン国王とグスマン内務大臣、ミゲル軍務大臣と共に城に入って行った。残された近衛兵たちは、カミューと国王のため、誇らしげに城の守備についた。
ダイチらは、ローデン王国ガイゼル城の祭壇の間の椅子に腰かけていた。
中央の祭壇には、カミューの彫像、その側面には、白い布地に黄色い獅子2頭が互いに背を向けながら後ろ足で立ち、その間には麦が三本実る意匠のローデン王国の国旗があった。
『ローデンよ。我は、この人間世界の平和と繁栄のために来た』
カミューの言葉に、ローデン国王と2人の大臣が「ははーっ」と頭を下げる。
「守護神カミュー様、ありがたきお言葉です」
『そこの仮面をつけた男は我の主だ』
カミューは、仮面をつけたダイチに視線を向けた。
「・・・な、な、なんと、我が国の守護神カミュー様に主が・・・・」
「「・・・・・」」
動揺するローデン国王の脇で、目を丸くした2人の大臣たちの視線がダイチに集まった。
『まずは、我が主ダイチの話を聞け』
ダイチは、被っていた白い仮面をはずして、その黒い瞳でローデン国王の目を見た。
「私はダイチ・ノミチです。ローデン国王にお会いするのはこれで2度目となります」
「なんと、我はダイチ殿と面識があると・・・」
ダイチの顔をじっと見つめていたグスマン内務大臣が、はっとした表情を浮かべると、国王に耳打ちした。
「ダイチ殿は、先の麦イナゴ来襲の時に、カミュー様へ龍神白石を届けた方です。その功に、ローデン国王が自ら恩賞と騎士の爵位を与えました」
「おお、あの者であったか」
国王はその事を思い出し、大きく頷いた。
「もう1度言います。私たちは、人類の平和と繁栄を願います。
そして、人類存亡の危機となる魔王ゼクザールの復活の時が迫っています。
そこで、カミューを召喚神獣とした私は、他の仲間とその召喚神獣たちと共に、これと戦う決心をしました。
そこで、ローデン国王に2つ提案があります」
「なんと、800年の時を経て、魔王ゼクザールが復活するとは・・・誠か」
『ローデン、我が主の言葉を疑うのか』
「いえ、とんでもございません・・・言葉のあやとは言え、失礼しました。
・・・ダイチ殿、ご提案の続きを」
「私は、人魔大戦は、今後も繰り返し起こっていくと考えています」
ローデン国王と大臣たちの表情が強張った。
ダイチは、少し間をおいてから話を続ける。
「例えそうであっても、平和な時代が少しでも長く続く事を願っています。
そこで、1つ目の提案です。ローデン王国の民もこれに参戦してほしいのです。
参戦すれば、その犠牲は甚大なものになるかもしれません。それでも、平和は神獣から与えられたり、譲られたりするものではなく、自らが魔王ゼクザールと戦い、そこから勝ち取ったものであれば、平和の意義を実感できるはずだと考えます。
そして、民たちは、平和が何ものにも代えがたく、尊いものだという価値観を共有して、生きていってほしいのです」
「自らの幸福を、自らの手で守る事に異論はない。ローデン王国は必ず参戦する」
「提案の2つ目は、魔族に付け入る隙を与えない事です。
魔族の最も恐ろしいところは、その戦闘力ではありません。人間の持つ負の心に忍び寄り、巧みにそれを利用する狡猾さです」
「人間同士を互いに憎しみ合わせ、争わせるという事だな」
ローデン国王が静かな口調で言った。
「はい、私がこれまで見聞きしてきたことから、価値観の違いや理解できない者への恐れから、偏見や差別などの心が芽生え、迫害やテロ、争いの原因へと繋がっていると推測できます。例に挙げた迫害やテロ、争いには、魔族の積極的な関与を裏付ける証拠さえあります」
「むう、人間の持つ心の闇が、魔族に付け入る隙を与えてきたという事か」
ローデン国王は、渋い表情をして首を傾けた。
「はい、その心を増幅させ、人を離反させることが、魔族の策略の1つです」
グスマン内務大臣が率直にダイチに問う。
「ダイチ殿には、その対応について、お考えがあるのですか」
「人間の持つ負の心への迅速な対応は難しいです。行動として現れなければ、それを確認する事ができないからです。
しかも、何を負の心と定義するかも・・・俺にはできません。
しかし、負の心を増幅するであろう1部の原因を抑え、遠い未来にも起こる魔族の侵攻を遅らせる事はできるかもしれません」
ローデン国王が身を乗り出す。
「ダイチ殿、それはいかにして」
「相互理解です」
「相互理解とは?」
「多くの人間が集まる社会や国には、多様な人種や価値観があります。それを互いに理解し、認め合う事だと考えます」
「認め合う・・・」
「他者への偏見や差別、迫害などは、理解し難い者への不安、未知への恐怖が、その原因の1つであると感じています。
ですから、解決への第1歩は、互いを理解する事だと考えます」
「なるほど・・・いずれは、その法制が必要ということか?」
「法規制もその1つの手段かもしれません。私は、時間はかかりますが、教育も有効な手段の1つだと考えます。
いずれにしろ、我々は、今のところ内政干渉をするつもりはありません。その点については、国王ご自身でご判断ください」
グスマン内務大臣が、深々と頭を下げてからダイチに尋ねる。
「カミュー様たちと国王の話の途中で、私がお尋ねするご無礼をお許しください。魔王ゼクザールの復活までには、どの位の時間があるとお考えですか」
ダイチは、カミューを見る。
『我は先代のカミューの記憶と知識を受け継いでおる。その戦いの記憶では、ゼクザールの生命の核に深刻な損傷を与えておる。回復には2年。早くても1年といったところだ』
「2年とは、もう間近ではないですか」
ミゲル軍務大臣が、青ざめた顔色をして声を上げた。
ローデン国王は、やはり国王であった。ミゲルを落ち着いた口調でたしなめる。
「ミゲル、大きな声を出すでない。カミュー様の御前であるぞ。
それに先代のカミュー様が、我らに時を与えてくださったのだ。この時を生かす術を考えよ」
「ははっ」
ダイチは、鋭い目つきになって国王を見る。
「ローデン国王、魔王ゼクザールの復活には2年弱の猶予があったとしても、もう魔族の侵攻は始まっています」
ダイチの言葉に、グスマン内務大臣が表情を変える。
「ダイチ殿、それは、先程カミュー様が成敗なさった魔族の事を申しているのですね。
この王都ガイゼルにさえ、もう魔族の先兵が潜んでいると」
ダイチは、グスマン内務大臣に頷くとローデン国王に顔を向ける。
「はい。グスマン内務大臣のおっしゃる通りです。魔族侵攻は既に開始されています。
そして、魔族の大規模侵攻は1年数か月後だと想定しています。
それでも、数か月後には人類軍の主力だけでも派兵できる準備は必要だと考えています」
「1年数か月・・・数か月後に派兵可能か・・・徴兵と訓練、武器などの増産。既に潜んでいる魔族の炙り出し。魔族の情報収集と戦略立案。他国との同盟交渉・・・民の命が懸かっている。こうしてはおられん」
ミゲル軍務大臣が、現実的な思考を始めていた。
「ミゲル、頼んだぞ。グスマンは、立法と教育、他国との同盟交渉等を任せる。
すぐに貴族たちに召集をかけよ。また、対魔族省を新設せよ。人類の存亡が懸かっておる。地位や家柄ではなく、有能な人材を抜擢するのだ」
ローデン国王が、次々に指示を出した。
「私の仲間たちは神獣を伴って四方に散り、同じ話を各国王に申し上げているところです」
「なんと心強い」
「我々との緊急連絡のために、ローデン国王には、このヘッドセットをお渡しします」
「それでは、我からも各国王に向けての親書を認めよう。それを各王に見せるがよい」
「ローデン国王、お心遣いに感謝します」
グスマン内務大臣が、ローデン国王に進言した。
「国王、ダイチ殿は我が国の騎士の称号を持っております。この騎士の称号を取り止めてはいかがですか」
「グスマン、なぜじゃ」
「ダイチ殿に騎士の称号があっては、他国の王は、ダイチ殿を我が国の臣下の1人と見なし、ローデン王国の利益のために動いていると邪推することを恐れます」
「其方の申すことも一理ある。どうじゃな、ダイチ殿」
「お心遣いを感謝します」
「それから、大事を忘れてはならん。カミュー様を崇め、祈りを捧げる事が、カミュー様のお助けとなるのであれば、国民すべてで祈りを捧げよう」
こうして、ダイチたちの最初の訪問国での説得は終了した。
ダイチは、ローデン国王名の親書を受け取ると、ローデン王国の北西に位置する小国ミハエルザーク公国へと旅立った。




