3 ファームダンジョン1111
『主、ここの魔物は雑魚ばかりだ。戦う気もせん』
ダイチたちは、1層の最深部のボス部屋の前まで来ていた。
『ダイチ、あれがこの階層のボス部屋だ。あれは、ジャイアントミミックだな』
『今度は、大きなびっくり箱ですね』
ダイチたちは、カミューに乗ったままスピードを緩めずにボス部屋に入ると、ルーナがジャイアントミミックを氷塊で潰した。
ジャイアントミミックが消えると宝箱が出て来た。
「カミュー止まれ。宝箱だ。開けて見よう」
ルーナが、カミューから降りて、宝箱を開けた。30ダルと木の棍棒1本が入っていた。
「これは、目標の経営権ではなさそうだが、宝箱から初のアイテムゲットだ」
ダイチは、物の価値はともかく素直に喜び、それらをアイテムケンテイナーへしまった。
階層ボスを倒したので、次の下階へと続く扉が開いた。ダイチたちは、そこから階段を降って行った。
「赤信号だ。カミューとまれ」
後ろから魔物の群れが追い付いて来た。
『主の元いた世界とは、この様な規則ばかりなのか』
「まあ、そうだな」
『まどろっこしい』
バリバリバリと、カミューの雷魔法が雷鳴を響かせ、追ってくる魔物の群れに直撃した。黒い残骸と青白い煙だけが立ち込めていた。
「青に変わった。進め」
「あ、この通路中央にひかれた黄色の線は、追い越し禁止だ。魔物に出会っても決して追い越すな。全て倒して進む」
『ダイチ殿、オーガの群れです』
ルーナが指をさした瞬間、
バリバリバリと、カミューの雷魔法が前方に向けて宙を走る。通路には、黒い残骸だけが転がっていた。
「・・・カミュー。落ち着け」
『我は、この様な不自由さは初めてだ。我慢にも限界がある』
『カミュー、心拍数と血圧が上昇し過ぎているぞ』
クローが、カミューへ冷静に指摘した。
『分かっておるわい。いちいちうるさい』
「あ、止まれ!」
ダイチが、突然叫んだ。
『クロー、お主は、そもそもだな・・』
「カミュー、止まれ!」
『なぬ』
ダイチたちを乗せたカミューは、停止線を越えてから止まった。
「あー、停止線を越えてしまった」
『ダイチ殿、皆の数字が4に減っています』
『ぐ、ぐごおぉぉぉー!』
カミューは、怒り心頭で吠えた。
『カミュー、不自由なのは我慢しろ。このままでは、全員が退場になり、1年間の入場禁止になる』
クローは、カミューの行動がもたらす結果を指摘する。
『ぐぬぬ・・・クロー、お主は我に乗っているだけではないか。ごちゃごちゃ言うな!』
『冷静になれと言っているのだ』
「クロー、言い過ぎだぞ。
カミュー、お前の気持ちは分かる。ここの規則はお前にとっては、過度なストレスになるのだな」
『主、その通りだ』
カミューは、プイと首を横に振った。
「なあ、カミュー、我々は、それぞれに得手不得手がある。このダンジョンは、お前の並外れた戦闘力だけでは、クリアできない様だ。お前の出番はボス戦だ。
カミュー、深く息を吐け」
ダイチは、カミューの背に跨ったまま、横腹をゆっくりとしたリズムでトントンと叩いた。
『・・・ふぅーーーーーーっ』
カミューの吐く息で、ダンジョン内に風が抜けた。
「ここは、ゆっくりと行くぞ。
幸いにも、この不自由さに、俺は慣れている。俺にも出番をつくってくれ」
『・・・ふぅーーっ、あい分かった』
ルーナは、カミューとやり取りするダイチを感心しながら眺めていた。
それから、カミューに跨るダイチから交通標識対応の指示を受け、ダイチ一行の快進撃は続いた。瞬く間に10層になった。
「ストップだ。ここからは重量100㎏制限だ。カミューは、槍の装飾になって重量を減らそう」
『承知した』
カミューは30㎝程に縮むと黒の双槍十文字の穂の下に巻き付いて装飾に擬態した。
ダイチが、ルーナを頭の先からつま先まで見る。
『・・・ダイチ殿、失礼ですよ。わたくしは、100㎏もありません・・・見た目通りの体重です』
「ルーナ、ごめん。そんなつもりはないのだけれども・・・雪乙女も神獣だから、重さが分からなくて・・・」
ルーナは、ぷいと頬を膨らませた。
これってセクハラになるのかと、ダイチは困惑していた。
『ダイチ、この10層は、ハンターミノタウルスとソルジャーミノタウルス、シルバーウルフがいるな。ダイチが、この世界に来て河原で見たのがハンターミノタウルスだ』
「あれか、トラウマになっているよ」
ダイチとルーナは、徒歩で10層を歩き始めた。
『ダイチ、ハンターミノタウルスが5匹来るぞ』
「ああ、嫌だな。ハンターミノタウルスと熊の魔物には、恐怖が染みついている」
『ダイチ殿、それならここで克服なさってはいかがですか』
「いや、ルーナそんな事は克服しなくてもいいよ。見るのも嫌なのだし」
『ふふっ、今のダイチ殿なら、きっと容易く倒しますよ』
「それでもね・・・」
そう話していると、ハンターミノタウルス5匹が弓を引き絞り、連射で10本の矢を射た。ダイチは、この矢を躱しながら、黒の双槍十文字で、飛んでくる矢を1本、2本と切り裂く。
ダイチはハンターミノタウルスめがけて走り出す。ハンターミノタウルスは、また連射した。ダイチの顔めがけて飛ぶ何本かの矢を躱し、2本を槍で切った。矢の1本がダイチの腹に当たるが、弾け飛んだ。
『主、神龍の加護があるから心配はいらん』
「だろうと、思っていたよ」
ダイチはそう言うと、黒の双槍十文字を左右に振り、ハンターミノタウルス3匹を両断した。至近距離からの矢を躱し、槍で突き、払い上げて2匹を倒した。
「俺って、あの夢にまで見た恐怖の象徴だったミノタウルスを倒せるようになったのか。これなら、あの熊もやれるかもしれない」
『ふふっ、お見事です』
10層は、ダイチが倒しながらボス部屋まで来た。ボス部屋には、ハンターミノタウルスとソルジャーミノタウルスが1匹ずついた。
「クロー、あれはハンターミノタウルスとソルジャーミノタウルスだよな」
『概ねそうだな』
「さっきまでのミノタウルスと比べると、明らかにサイズが大きい。それに鎧を着ている」
『ジェネラルハンターミノタウルスとジェネラルソルジャーミノタウルスだな』
ジェネラルハンターミノタウルスは大弓を左手に持っていた。ジェネラルソルジャーミノタウルスは大斧を2本構えていた。
「まあ、なんとかなるか」
そう言うと、ダイチは、階層ボス部屋へと駆けこんだ。
ビーチボール
「エクスティンクション」
魔力がわずか1の魔法使いであるダイチは召喚術士である。
召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。
ジェネラルハンターミノタウルスの頭部1点から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。球形が目に見えた訳ではない。ダイチの想定した効果範囲であるビーチボール大の直径30㎝の透き通った球が存在を示すかのように、球形の輪郭内で背景が歪んだのだ。その刹那、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。
同時に、ジェネラルハンターミノタウルスの頭部半分は一瞬にして消滅していた。
エクスティンクションは、術者の最大量の魔力全てを消費するため、最大魔力量1の魔法使いダイチは、その魔力を回復するまで9秒を要する。
ダイチは、エクスティンクションのリキャスト9秒を心でカウントを開始する。
ダイチにとって9秒は果てしなく長く、それは時が止まり、永遠に続く時のような感覚になる。全てがスローモーションのように見える。
9
ジェネラルハンターミノタウルスは、静かに崩れ落ち始める。
ジェネラルソルジャーミノタウルスは、ダイチを睨み雄叫びを上げる。
8
ジェネラルソルジャーミノタウルスは、ダイチを睨み突進して来る。
ダイチは、黒の双槍十文字を構えて走り出す。
7
ジェネラルソルジャーミノタウルスの眼は、黄色に黒と茶色の瞳で殺気を放つ。
ダイチは、加速していく。
6
ジェネラルソルジャーミノタウルスが、口から鋭い牙を見せ、雄叫びを上げて2本の大斧を振り上げる。
ダイチは、黒の双槍十文字を下段に構える。
5
ジェネラルソルジャーミノタウルスが、両手に握った大斧を振り下ろす。
ダイチは、その2本の大斧を見ながら黒の双槍十文字を振り上げる。
4
ジェネラルソルジャーミノタウルスの左手の大斧は、ダイチの槍の中央に伸びた穂で両断される。
ダイチは、右手の大斧を、体を翻して避ける。
3
ジェネラルソルジャーミノタウルスの両断された大斧が床に刺さる。
ダイチは、右上に振り上げた槍をそのまま振り下ろす。
2
ジェネラルソルジャーミノタウルスは右手の大斧を持ち上げる。
ダイチの黒の双槍十文字の左に伸びた刃が、ソルジャーミノタウルスの肩に当たる。
1
ジェネラルソルジャーミノタウルスは右手の大斧をダイチめがけて振り下ろそうとするが、ダイチの刃は、肩から脇腹に抜ける。
0
ジェネラルソルジャーミノタウルスは両断されて倒れる。
「ふー、これでミノタウルスへの恐怖はなくなったかもしれないな」
ダイチは、床に眼を落すと大箱の宝箱が湧いていた。ルーナがそれを開けると、中からジェネラルハンターミノタウルスの弓と金貨10枚が出て来た。
「この弓の素材は、何だろうか。かなり強靭な弓のようだ。しかし、こんなに大きな弓は、人間には扱えないよな」
ダイチは、とりあえずアイテムケンテイナーへとしまった。
ダイチたちは、11階層に続く階段を下りて行った。
11層は、ダンジョンの通路が、直線ではなく曲がりくねっていた。
『主、どうやらここが最下層だ』
カミューは、宙に浮きながら言った。
『ダインジョンは、もうお終いなのですか。まだ、入ったばかりなのに・・・ふーっ』
ルーナは、残念そうに白い吐息を吐いた。
ルーナは、お嬢様気質で能天気なところが目立つが、意外にも好戦的なのかもしれないとダイチは考えた。
「これで妖精たちの願いが叶えられるのだから良い事だ」
ダイチは、新しい標識を見つけた。青い丸の標識に白の縁取り、横を向いたキノコから稲妻が2本八の字に出ている。
「これは、警笛鳴らせだな。全員で叫ぶぞ」
『主、いきなりどうした』
「いいから、全員で叫べ」
「おーい!」
『グオォォー!』
『やー!』
『・・・・!』
『ダイチ殿、クロー様の頭の上の数字が、3点に減っています』
「そうだった。クロー、悪かった。クローは、発声ができないのだった・・・」
『まあ、このルールでは、仕方ない。気にするな、ダイチ』
クローが、思念会話でそう言った。
曲がった通路から足音が近づいて来る。それも多数だ。叫び声を聞いた周辺にいた魔物たちが、全て集まって来たのだ。
『主、魔物が来るぞ。およそ50匹』
「なんだって! 警笛鳴らせが呼び水になるのか・・・何という規則だ」
『主、我が迎え打とう。曲がった道では雷魔法は難しいが、風魔法なら通路掃除ができる』
「カミュー、待て。空気を動かすと俺たちも引き込まれないか」
『多少は、あるかもしれんな』
「それは、ダメじゃないか。ルーナ、前面だけ凍らせて」
『はい』
ルーナは、左手を真っ直ぐに伸ばした。前面のダンジョンの床と壁、天井が白く凍り付いていく。前面から聞こえていた無数の足音が止まり、静寂が訪れた。
ダイチたちが、通路を進んで行くと、目の前には無数のスノーモンスターが立ち並んでいた。
「氷魔法は凄いな。広範囲の敵を瞬殺できる」
ダイチが、スノーモンスターに触れようとした瞬間、スノーモンスターは消え、骨や牙、布、肉、鉱石などに変わっていった。その戦利品も1秒ほどで消えた。
「あの、ドロップした戦利品は、拾えないのかな」
『ダイチ、あれらはダイチのアイテムケンテイナーに自動的に入っている。我らは召喚神獣なので、ドロップした戦利品の全てが、主であるダイチの物になるからな』
「そうなのか。それは便利だ。アイテムケンテイナー様、様だな」
『主、これが階層ボス、つまり、ここのダンジョンボスの部屋だ』
石造りの扉に注意書きが張ってあった。
「ダンジョンボスの部屋、1111号室へようこそ。
この1111号室には、1人1日1回、1人ずつ挑戦できます。
ダンジョンボスを倒すと、貴重なアイテムが出ます。稀にレアアイテムも落とします。
もし、激レアアイテムが出れば、このダンジョンやダンジョンの経営もできます。
Now, let’s challenge the dungeon boss.」
「やはり、ダンジョン経営権はこのボスのドロップ品なのか」
『主、我から行こう』
カミューがそう言うと、石の扉を押し開き、ボス部屋の1111号室へと入って行った。
カミューが入室すると、ガリガリガリと音を立て、石の扉が閉まっていく。
1111号室は、ドーム型の屋根をしていた。辺りには濃淡のある霧が漂っている。床は石造りではなく焦げ茶色の湿った土であった。
ドームの中央付近には、錆びかかった門があった。その門には、古びて斜めに傾いた2枚の鉄柵があり、1枚が開いていた。カミューが門を潜ると、中央には、蔦の絡まる大きな洋館が建ち、その玄関の扉が開いていた。
『ふん』
カミューは、いきなり洋館に向かって雷魔法を唱えた。
バリバリバリ。ドゴゴーンという雷鳴がドーム内に反響した。
洋館は大破し、残った柱数本は斜めに倒れ、そこから焦げた臭いと橙の炎が揺らめいていた。
洋館の中央に宝箱が現れた。カミューは近づき、これを鷲掴みにして開けた。中には液体の入った緑色の有色透明の瓶が1本あった。
カミューはこの瓶を掴むと、入室して来た石造りの扉が開いた。開いた石造りの扉と反対方向の壁が開き、奥には小部屋も見えた。奥の小部屋の壁には、水が湧き出ている池が見えた。
カミューは入室した石扉へと戻って行った。
「カミュー、無事だったか。流石に速いな」
『当然だ』
「どんなボスだったのだ」
『ボスは、確かに洋館に棲んでいたが、その姿を見る間もなく洋館ごと吹き飛ばした。これが宝箱からでた瓶だ』
「なんだとー! ボスの姿も見ないうちに倒したのか・・・あのな、野球に例えると、1番打者は相手投手のボールを良く見て、球速や変化球の質などの情報を後続の打者に伝える事も、大事な役割の1つなんだよ。それなのにカミューときたら・・・これでは何も情報がないじゃないか」
『野球とは何だ?・・・洋館の中にボスがいた事は間違いない』
「・・・打順を間違えたな」
『ダイチ、カミューが持ち帰って来たものは、エリクサーだ。体力と状態異常の完全回復薬だ』
「素晴らしい品だ。でも、このダンジョンでの目標は、このダンジョン経営権を奪取することだ。ダンジョンの経営に関係ある激レアアイテムではなさそうだな」
『ダイチ殿、次は、私が行きます』
「ルーナ、相手を見極めて来てくれ。些細な情報でも必要だ」
『任せてください。わたくしは、もう、ワクワクが止まりません』
「ワクワクって・・・何か履き違えている気がするな・・・」
ルーナが入口の石の扉を開けて1111号室へと入って行く。
20秒程でルーナが出て来た。
「ルーナ、速かったな。ダンジョンボスは、どんな奴だった」
『・・・見ていません。
古い洋館は、ホラーそのもので、わたくしはワクワクからゾゾゾーッ、ブルブルになり、凍り付く気持ちでした。足が竦んで一歩も動けずに、目を瞑って即、凍結の息吹で倒しました』
「・・・ホラーが苦手そうなのは雰囲気で分かるけれども、ルーナは雪乙女だろう。どんな敵でも蹴散らせるだろうに・・・」
『敵は蹴散らせても、怖いものは怖いのです』
「ルーナの敵は、自分自身の想像力や先入観なのか・・・ここも打順を間違えたな。
・・・先入観か・・・俺は、年老いた妖精のティファーを見て、ティファーに失礼な態度をとってしまった事が、ずっと心に引っかかっている。俺の想像した妖精と概ね姿が同じでも、若さや美しさが違っていただけなのに・・・。
俺の勝手な先入観で偏見を押し付け、現実の妖精を受け入れて理解しようとしなかった。その結果、妖精の存在を蔑ろにしてしまった」
『先入観と偏見ですか・・・ダイチ殿だけでは、ありません。わたくしもそうでした』
「相手を理解する・・・非常に難しい事だけれども、そう努める事が大事だと、今更ながら気づいた」
『確かにそうだ。我ら神獣と人間の主、互いに理解し合う事で信頼が生まれた』
『カミューの言う通りだ。確かに、相手を理解していく事から生まれる事もある』
ダイチは、クローの言葉に深く頷いた。
ルーナは、宝箱から出たイヤリングをダイチに渡した。そのイヤリングは銀色で細長い雫の形をした3㎝程のものであった。
『ダイチ、これは封呪のイヤリングだ。このイヤリングを付けていれば、強い呪いも封じ、身を守る事ができる』
「それは良い物だ。ルーナ、身に付けていてくれ」
『神獣は呪い耐性が極めて高いので、ダイチ殿が身に付けていてください。呪いには即死級のものまで存在していますから』
「即死級・・・ルーナ、ありがとう。俺が付けるよ」
ダイチは、左の耳に封呪のイヤリングを付けた。
「さて、次は俺が行く」
そう言うと、ダイチは石造りの扉を押して、1111号室へと入って行った。
辺り一面に立ち込める霧、半開きで壊れた鉄の門、蔦の絡まる洋館。
「ゴクッ・・・、なるほどルーナが怖がるはずだ。この雰囲気はホラー映画そのものだ」
ガスタンク
「エクスティン・・」
「お待ちください! ホーホー」
ダイチが、洋館めがけてエクスティンクションを唱えようとした時である。洋館の開かれた玄関ドアから、1匹の魔物が叫びながら駆けて来た。
魔物は、黒の上下のスーツに黒ネクタイ、黒のガウン、頭にはスクエアアカデミックキャップ(海外の卒業式に被る上が四角く、飾りが垂れ下がる帽子)といういでたちで、顔はフクロウ、右目には片眼鏡を付けていた。そのフクロウの魔物は、翼で灰色の本を抱えていた。
ダイチは、黒の双槍十文字を構えた。
「ホーホー、お待ちください。私はこのダンジョンボスのアウル。
このダンジョンをクリアしたければ、私を倒すことです。その倒し方は2種類あります。
1つ目が、戦闘での勝負です。私と戦って勝つことです。
2つ目が、知恵の勝負です。私の問題に正解を出すことです。
どちらを選ぶかは、貴方に選択権があります。
先ほどの神獣2柱は、問答無用で攻撃してきましたが、私もダンジョンボス。このままでは引き下がれません。
ホーホー、どうです、私と知恵の勝負といきましょう」
「断る」
「ホー、え・・」
サッカーボール
「エクスティンクション」
アウルは崩れるように倒れた。
「ローレライの森とそこに住む妖精たちにしてきた事には触れずに、武力で勝てないと思えば知恵の勝負だと。その魔物の本性には嫌気がさす」
ダイチが言葉を吐き捨てた。
やがて、アウルが消えて宝箱が出た。ダイチは宝箱を開けると、楕円形で白と焦げ茶の縦縞のヒマワリの種に似たものが5粒入っていた。
ダイチは、入室した石扉からダンジョンボスの部屋を出た。
「クロー、この種が宝箱から出てきた」
ダイチが、種をつまんでクローに見せると、
『ダイチ、これは珍しいものだ。ファームダンジョンの種だ』
とクローが即答した。
「ファームダンジョンの種?」
『このダンジョンは恐らく、この種が蒔かれて、それが森の生命力を養分として成長したものなのだろう。種から成長するダンジョンは、ファームダンジョンと呼ばれている。農園みたいなものだ。他の自然発生的なダンジョンとは区別されている』
「この・・・ファームダンジョンは、こんなにも小さな種からできているのか」
『ファームダンジョンは、種の種類と設計によって、ダンジョンの構造や難易度が決まると言われている』
「このダンジョンは、人工ダンジョンの可能性が高いということか・・・誰が、何のために・・・。
クロー、この種は、どんなダンジョンになんだ」
『それは、私にも分からん』
『主、このダンジョンの秘密には近づいたが、まだ目標を達成していないぞ』
『そうです。ダイチ殿、ダンジョン経営権を奪わないといけません』
「ああ、それが目標だ。激レアアイテムを取って、ダンジョン経営権を取得するしかない」
『ダイチ、このダンジョンの1111号室は、1人1日1回、1人ずつだろう。もう、3人全員が終わった。明日にもう1度再挑戦するしかないな』
「まだ、クローがいるだろう」
『主、クローは、戦闘はおろか、動く事もできないのだぞ。どうやってダンジョンボスに勝つのだ』
「ボス戦では、武力と知恵の何れかの勝負を選択できる。ふふふっ」
ダイチが不敵な笑みを浮かべた。
『なるほど。クロー様が、知恵比べに勝てば良いのですね。そんな選択肢がある事を知りませんでした』
「カミューもルーナも、ボスの姿を確認せずに瞬殺したのだからね。
知恵比べなら、我らの軍師、クローの独壇場だ」
『わたくしも、クロー様が勝つ姿しかイメージできません』
『確かにクローなら・・・』
『初の戦いを前に、気分が高揚する。これが、ルーナの言っていたワクワクという心境なのだな』
クローのページがパラパラと捲れていった。
「クロー、頼んだぞ。クローの知恵という鋭い爪で、ダンジョンボスを切り裂いてくれ」
『ダイチ、つまらぬ洒落だな。クローで切り裂くとは・・・まあ、いずれにしても、このダンジョンボスは、私の知恵で屠る』
クローが、いつになく好戦的な発言をして、本の体をカタカタと震わせた。




