人魔大戦編 第1章 約束の地ローレライの森 1 プロローグ 頑ななミラディ
ANOTHER EARTH
― 魔力がわずか1の魔法使い ―
人 魔 大 戦 編
花 野 井 京
蹄が枯葉や草を蹴散らし、砂塵を舞い上げる。馬蹄の音が森の樹々にこだまする。
「くそっ、何てことだ! まさかこんなところにアカフチブラックドラゴンが棲んでいたとは、・・・略奪品はすべて捨てて、馬を軽くしろ。急げー!」
バーム皇国の東の寒村を根城にしていた「ジャッカルの爪」を名乗る盗賊の頭アガが、馬を走らせながら叫んだ。
盗賊たちは、馬上から次々に略奪品を捨てていく。
1人の盗賊が、手にした翡翠の女神像を未練がましく見ている。
「くっ・・・いや、これくらいはいいだろう」
と、きょろきょろと周りを気にしながら懐に押し込んだ。
森から飛び出して来た盗賊団は、頭アガを先頭に十数騎が緑の草原を駆け抜ける。
* * * * * * * * * * * *
ジャッカルの爪は、金品目当てで商人の馬車を襲撃するだけではなく、村々を襲い女子供まで手にかける極悪の盗賊集団であった。
先ほども1つの集落を襲い、金品やこれから冬を越すために蓄えていた食糧を強奪してきたばかりであった。
意気揚々と帰路についたジャッカルの爪は、森の中でアカフチブラックドラゴンに遭遇したのであった。
* * * * * * * * * * * *
「お頭、もうだめです。追いつかれます」
「待ってくだせー」
「お前ら、ごちゃごちゃ言うな。相手はドラゴンでも最強種のドラゴンだ。命が欲しければ、振り向かずに逃げろ!」
アカフチブラックドラゴンから逃げるジャッカルの爪盗賊団が、必死で馬に鞭を打つ。馬は喘ぎ、既にその数頭の口からは、白い泡を噴き出していた。
青く澄んだ空に、1点の黒い影が映る。
「お頭、空に黒い影がー!」
盗賊が振り返って、頭のアガに向かって悲鳴に近い声を上げた。
盗賊団の頭上から降下してくるアカフチブラックドラゴンの目には、絶好の獲物の群れに映っていた。
陽を浴びて疾駆する盗賊団十数騎が、巨大な影に包まれた。
「ひぃー」
「うあぁぁぁ」
アカフチブラックドラゴンは、盗賊団を追い越すと、盗賊団の行く手を塞ぐ様に着地した。黒い両翼を広げ、グギァァァーと身も凍る雄叫びを上げる。アカフチブラックドラゴンは、通常のブラックドラゴンより二回り大きく、全身を覆う鱗の縁が赤くなっていた。この鱗は、ミスリルの剣をも弾き、強力な魔法耐性をもっていた。
魔物の頂点に君臨するアカフチブラックドラゴンの圧倒的な存在感を前に、盗賊たちに死の恐怖が走った。
盗賊団の馬は、棹立ちになってヒヒィーンと嘶く。盗賊団の多くが馬から放り出された。
「うあぁ、ひー、ひー」
「お頭ー、助けてくだせー」
乗り手のいなくなった馬たちが、パニックとなって四方へ走り出した。
「ま、待てー、置いて行くな」
グシャッと、アカフチブラックドラゴンの巨大な顎が、駆ける馬の背骨を噛み砕く。断末魔を上げる馬を咥えたまま、長い首で宙に持ち上げる。アカフチブラックドラゴンは、天を見上げる様にして屈強な牙の並ぶ口を開くと、馬はその口へと吸いこまれる。
グシャッ、バキバキ、グシャグシャッと不快な咀嚼音が響く。
恐怖で声も出ず、放心状態で目と口を見開いたままの盗賊たちの瞳には、この世のものとは思えぬ醜悪な光景だけが映る。
盗賊たちの遥か後ろの森の中から、静かにこの光景を眺めている生物が1匹いた。正確には神獣が1柱いた。
盗賊団の頭アガが、手にしていた剣をアカフチブラックドラゴンめがけて、力任せに投げつけた。その剣がアカフチブラックドラゴンの脛に命中すると、キンという金属音と共に弾かれる。
アカフチブラックドラゴンの濁った瞳が、ギョロリと動き、アガを捉えた。
「ぐあぁ、た、た、助けてくれー。あっちへ行けー」
アガは、その生涯で最後となる恐怖の叫び声を上げた。
アカフチブラックドラゴンは天を見上げ、その長い首を左右に振りながらグギァァァーと雄叫びを上げた。鋭い牙の並ぶ口を上下に開くと、深く息を吸い込み、腹を膨らませていく。喉に橙色の光が点る。
「お頭―」
「い、嫌だ。死にたくねー」
「あ、わ、わわ・・・」
恐怖で震える盗賊たちの顎がガチガチと鳴った。
アカフチブラックドラゴンの開かれた口から、白い息吹がゴゴゴォォォーという轟音と共に放射された。このドラゴンブレスは、盗賊たちを飲み込み、遥か後ろの森まで一直線に延びていった。
森の半ばまで達したドラゴンブレスが、弾かれた様にその軌道が変わった。これを目にしたアカフチブラックドラゴンは、森のある1点を見つめる。
やがて、アカフチブラックドラゴンは、首を縮め、ブルブルと体を振るわせながら、その巨躯を反転させた。すると、巨大な翼を広げ、バサッ、バサッと羽ばたき、大空へ逃げる様に飛んで行った。
澄み渡る空は高く、幾筋もの流れる様な白いすじ雲が、天の高さを際立たせていた。広大な草原に吹く秋風が、頬をなでていく。
「爽やかな天気だ」
ダイチは、アルベルト王子から贈られた葦毛の馬「北斗」に跨り、深く青い天を眺め呟いた。
『ええ、とても清々しいです。後ろにそびえるマイゼク山脈の連峰が、青く、白く、険しく、そして美しいです。わたくしの故郷とは、これでしばらくお別れです』
慈愛神獣雪乙女のルーナは、その緑と青のヘテロクロミアの瞳に、その景色を焼き付ける様に、マイゼク山脈のアディア山を眺めていた。
ルーナの騎乗する愛馬「雪風」が、ブロロッと嘶き、まるでルーナと言葉を交わしている様であった。
* * * * * * * * * * * *
800年前の人魔大戦で、召喚術士と6つの召喚神獣が封印した魔王ゼクザールは、その封印から解き放たれた。そして、魔王ゼクザールは何処かの地に潜み、人魔大戦で負った傷の完全回復を図っている。この危機的状況を前神龍の記憶を受け継いだカミューから告げられたダイチは、召喚術士として魔王ゼクザールの討伐を決意する。
ダイチは、まず大陸各地に潜む6つの神獣を召喚神獣とすべく、神龍のカミューと黒の神書のクローを従えて、ローデン王国から旅に出た。
最初の目的地のナギ王国で慈愛神獣雪乙女のルーナを召喚神獣とすることができた。召喚術師となったダイチは、次なる豊穣神獣を召喚神獣とするためグリュードベル王国に入国した。
グリュードベル王国中央に位置する首都オーエを目指し、妖精が住むと言われているローレライの森を目指していた。
* * * * * * * * * * * *
『主、今、この先に神獣の気配を感じた』
宙に浮かぶ破魔神獣神龍のカミューは、その蛇のように長く伸びた白い胴をクネクネと蛇行させ、前足で北東を指した。
「神獣がこの近くにいるのか?」
『分からん。気配を一瞬だけ感じた。今は完全に消している』
じっと遠くを眺めるカミューの頭や背中に生えた金毛が、サラサラと風に揺らいでいる。
『ダイチ、私には神獣の気配を察知できなかった。恐らく、あちらもこちらに気づいていないはずだ』
智神獣黒の神書のクローが、ハードカバーをカタカタと振るわせて思念会話で告げた。黒の神書クローは、音声会話が出来ず、思念会話でしか会話ができなかった。
『わたくしも気配には気づきませんでした。気配を消す事によほど長けているのでしょう』
「カミュー、豊穣神獣なのか」
『神獣の種類までは分からん・・・ただ、奴とは違う感じだった』
「俺たちの目的は、魔王ゼクザール討伐だ。それに必要な6神獣を探し、召喚神獣にする。今回の目標は、カミューに匹敵する力のある豊穣神獣だったが、別の神獣がこの近くにいるのなら、まずはそこに行こう」
『主、北東10㎞といったところだ』
『ダイチ、その神獣は、完璧に神獣の気配を絶ち、隠遁している。そもそも神獣は、最強だ。その気配を消す必要などない。隠遁には、何らかの理由があるのかもしれない』
「隠遁の理由?」
『理由は分からぬが、こちらの気配を察知すれば、どこかに姿を眩ます可能性もある。カミューとルーナも神獣の気配を絶った方が良い』
『クロー、分かった。我は気配を消して、主の十文字槍の装飾に擬態する』
『わたくしは、エルフのルーナの姿に戻ります』
「分かった」
カミューの体は縮み、黒の双槍十文字の穂の下に巻き付くと、龍の装飾に擬態した。ルーナは、王族エルフの特徴である金色の髪に変わり、緑と青のヘテロクロミアの瞳でダイチに微笑んだ。
「よし、急ぐぞ」
『はい』
ダイチとルーナは、北東に向かって、北斗と雪風を走らせた。
『ダイチ様、ドラゴンがこちらに来ます』
ルーナが、淡々とした口調でダイチに言った。
「な、何だって」
『ドラゴンごときで慌てる事もありません』
ルーナが、上空に目をやった。
「待て、ルーナ。雪乙女に変身したり、力を使ったりするなよ」
『え・・・あ、神獣に気配を察知されないためですね。そうなると、生身の人間の力ではダイチ様をお守りできませんが・・・』
北東へ馬を走らせるダイチとルーナの上空から、黒い点が降下して来る。
「それでも、何とかするしかない」
陽を浴びて疾駆する馬は、黒い影に包まれた。ダイチは、馬を駆けさせながら、影の主へと目をやる。
「え、でか過ぎる・・・」
アカフチブラックドラゴンの獲物を狙う目が、ダイチを捉えている。急降下するアカフチブラックドラゴンの爪が、馬上のダイチに迫る。
「ルーナ、離れろ!」
ダイチは身を屈めて寸でのところでこれを躱す。ダイチの背中に風が吹き抜ける。
アカフチブラックドラゴンは、ダイチたちを追い越すと、バタバタと翼を動かし行く手を遮る様に着地した。黒い両翼を広げ、グギァァァーと身も凍る雄叫びを上げた。
アカフチブラックドラゴンの圧倒的な存在感に、ダイチの背筋にゾクゾクした感覚が突き抜けた。
「・・・俺が、港町ポポイで倒したグリーンドラゴンの3倍の大きさはあるな」
ルーナは、ダイチが鍛造したミスリル製のサーベル「雪姫」を抜いた。そのサーベルには、慈愛と気高さを象徴するような緩やかな波紋と鋭い波紋、その輪郭に雪の結晶が漂うように輝いている。
ルーナはためらうことなく、愛馬雪風の横腹を両足で叩き、馬を走らせた。エルフの姿のまま、アカフチブラックドラゴンに突撃を開始したのだ。
「待て、ルーナ! その姿のままでの戦闘は無茶だ」
闘争本能に火のついたルーナの緑と青のヘテロクロミアの瞳には、もはやアカフチブラックドラゴンの姿しか映っていなかった。
ルーナは、疾走する雪風の背に足を乗せ、そのまま高く跳んだ。驚くほどの跳躍力であった。
『はーっ!』
という気合を込めて、アカフチブラックドラゴンの下腹部へサーベル雪姫を突き出す。
アカフチブラックドラゴンは、まるで目の前を飛ぶ蠅を追い払うかの様に、手でルーナを叩いた。
『きゃぁぁー』
と、ルーナは声を上げて宙に飛ばされた。
「ルーナ!」
ダイチは名を叫ぶと、アカフチブラックドラゴンの頭部を鋭く睨み、その眉間の奥をイメージしてロックオンした。
ゾーブ
「エクスティンクション」
ダイチの召喚無属性魔法エクスティンクションは、目標の1点に反発エネルギーであり、負の圧力を持つダークエネルギーを召喚する。
アカフチブラックドラゴン眉間深部の1点から透き通った球が膨張した。それは瞬きよりも短い出来事だった。アカフチブラックドラゴン頭部内で、ダイチの想定した効果範囲であるゾーブ(人が中に入って転がる球形の遊具)大の直径3mにまで膨張すると、球形の輪郭が1点に収縮し消滅した。
アカフチブラックドラゴンの巨体は、地響きをあげて、その場に崩れ落ちていった。
ダイチは、アカフチブラックドラゴンの最後を見届ける前に、ルーナの元に走り出していた。
「ルーナ、大丈夫か」
ダイチは、そう叫びながらルーナの華奢な体を揺する。
『大丈夫です。わたくしの姿はエルフでも、体の強度は神獣です』
「無茶をするなよ。驚くじゃないか」
『はい。わたくしは、神獣の気配を消したまま戦いましたので、ご心配なさらないでください』
「あのなぁ、そういう事ではなく・・・まあ、無事なら良いか。さあ、神獣を探しに行くぞ」
『ダイチ様、少し待ってください。あのアカフチブラックドラゴンの死骸をアイテムケンテイナーに収納してください』
「え、あのドラゴンをか?」
『ドラゴンの肉を神獣は好みます。あれを神獣の宴用に振舞ってはいかがですか。
それから硬度、魔法耐性に優れるドラゴンです。人間にとっては、希少な素材となります。武器や防具としての利用、そしてこれから必要となる莫大な軍資金に当てることができます。
ましてや、あれは、アカフチブラックドラゴン。その希少性と実用的価値は計り知れません。恐らく、小さな国の1か月分の予算にも匹敵するはずです』
「アカフチブラックドラゴンは、そんなに希少なのか。知らないとは恐ろしいものだ。軍資金か、国の経営を任されていた女王ルーナならではの発想だ。
魔王ゼクザール討伐には莫大な軍資金が必要となるとは・・・俺には、そういう発想はなかった」
ダイチは、アイテムケンテイナーを開くと、無数に並ぶ扉のうちの1つを引き出す。その扉を開けると、巨大なアカフチブラックドラゴンをスルスルと収納していった。
「このドラゴンの鱗は綺麗だな。黒の鱗に赤い縁取りがされている・・・しかし、でかい。笑いが出そうだ」
「アカフチブラックドラゴンは、素材としても食料としても大変有用ですが、1つだけ気を付けてください。それは、命が尽きた後は、劣化が激しいと言われています」
「そうなのか。つまり消費期限が短いということか。
俺のアイテムケンテイナー内は、時間経過がないようなので、取り出しには注意する」
ダイチたちは、森の端で北斗と雪風から降りると、神獣を求め、徒歩で森を慎重に探索していた。
「ルーナ、この辺りだと思うが・・・神獣の気配はあるか」
ダイチが、身を屈めながら囁いた。
『実に巧妙に気配を絶っています・・・探知できません』
「探知をカミューに任せたいところだが、カミューが実体を現わせば、向こうも気づくだろう。もう少し2人で探してみよう」
そう言って、ダイチが藪を掻き分けると、目の前には焼き払われた一直線の道が延びていた。
「何だ、この森が焼かれたような跡は・・・あ、カミューが使った神龍の息吹の跡に似ているな。さっきのドラゴンがブレスを吐いたのか」
『ダイチ様、200m先でブレスの跡が消えています。ほら、あそこからは、樹が茂っています』
「いかにも不自然だな。あそこへ行ってみるか・・・こちらの茂みの中を通って、身を潜めて行こう」
ダイチは、焼き払われた道のすぐ脇にある茂みに沿って慎重に進んで行った。
『ダイチ様、あそこに』
身を屈めたまま、ルーナがそっと葉を掻き分け、掠れるような小声で指さした。
ダイチも息を殺して、小枝を指で下げて覗き見る。
「・・・鳥だ。ルーナ、あれが神獣か」
『はい、人魔大戦で一緒に戦った聖神獣鳳凰』
「・・・尾が長くて孔雀に似ている。朱色に黄と緑の模様がある美しい鳥だ。あれが神獣とは・・・」
『聖神獣鳳凰は、魔力や気配の探知、隠遁に優れた神獣です。我々の事は既に気づいているはずです』
ダイチは、ルーナの言葉に頷くと、静かに立ち上がる。
「聖神獣鳳凰様に申し上げます。私は、ダイチ・ノミチといいます。お願いがあって参りました」
鳳凰は首をダイチに向けた。
『其方はダイチと申すのか。まだそこに隠れておる者・・・この気配は、慈愛神獣雪乙女ですか』
ルーナもすっと立ち上がり、視線を交わす。
『聖神獣鳳凰ミラディ、800年ぶりですね』
『・・・ミラディ。その名で呼ばれたのは久しぶりです・・・雪乙女、容姿が少し変わった様ですが、健勝で何よりです』
『わたくしは、転生しました』
『ほう、して、人の子、ダイチとやらは、私に何用ですか』
そう言葉にすると、鳳凰は、三十前後の女性へと姿を変えていった。
「俺の願いは、この人間社会の平和と繁栄です。その脅威となる魔王ゼクザールを討伐するために、6神獣のお力をお借りしたいと考えております」
『其方がか』
「はい。鳳凰様のお力を是非お貸しください」
『断ります』
「・・・そ、即答で・・・」
『ミラディ、なぜですか。800年前には、共に戦ったではないですか。いえ、人間たちのために、ミラディが6神獣を集めたのではないですか』
『あれは、私の誤りでした。この世における生も死も、その盛衰も自然の理。私は、この理にもう干渉する事はありません』
「魔族によって、多くの血が流れ、幾多の命が失われる。いえ、人類が滅亡の危機に瀕します。それでも、静観するという事ですか」
ダイチの口調が強くなった。
『その通りです。今の私から見れば、人間も魔族も他の生き物の命も等しい。ただその営みの仕方が異なるだけです。互いに覇を競い、一方が滅亡する事も自然の理』
『それでも、人間のために魔族と戦ったではないですか』
『敬愛と畏敬の念を失った人間には失望しました』
『・・・キッポウシの事を、まだ気に病んでいるのですか』
『・・・雪乙女には関係のない事』
「・・・キッポウシ? それは、どの様な方なのですか」
『・・・それは、ダイチ、其方にも関係のない事』
『ダイチ様・・・キッポウシとは、800年前の人魔大戦で、人間のために6神獣を率いて戦い、その命を賭して魔王ゼクザールを封印した英雄です』
『・・・人間には、その偉業も名さえも、疾の昔に忘れられています』
『共に戦ったエルフは、はっきりと覚えています・・・キッポウシの平和を愛する心を最も知る貴方が、なぜ拒むのですか』
『・・・雪乙女、知った風な口は慎みなさい・・・人魔大戦に勝利した人間たちは、キッポウシの願いであった平和を手に入れ、安寧の日々を心より喜び合っていました。
しかし、人間たちのその後の営みを見てみなさい。今度は、嬉々として人間同士で戦をしているではないですか。キッポウシの魂は嘆き悲しんでいる事でしょう』
「確かに人間は、清濁を併せ持っています。だからと言って、人類が滅亡しても良いという事にはなりません。お力をお貸しください」
『戦は、人間と魔族の本能、双方にとっては、自然の営みの1つだと、私は考えを改めました。その自然の営みには干渉しません』
「・・・・・・分かりました。ルーナ、今日は諦めよう」
『ダイチ様・・・でも・・・・』
その時、カミューが槍の装飾の擬態を解いて、宙に飛び上がった。
鳳凰は、カミューの存在にも気づいており、淡々と言葉をかける。
『神龍の様ですが、私の見知った神龍とは違いますね』
『我は、先代の神龍の記憶と遺志を継いだカミューだ。我が主に従ってほしい』
『断ります』
『・・・・』
「鳳凰様のお気持ちは分かりました。では、1つだけ考えてほしい事があります。
もし、まだキッポウシが生きていれば、人類の存亡の危機を前にして、どの様に行動するでしょうか。これから起きようとしている第2次人魔大戦を、静観されるのでしょうか」
『黙れ!』
鳳凰は、孔雀の様な元の鳥の姿に変わると、翼を広げ力強く羽ばたいた。羽ばたくたびに、翼の下の空間が歪んでいた。やがて、天高く舞い上がると、鳳凰は東の空に向かって飛び去って行った。
ダイチは、鳳凰が空に消えるまで、黙って見つめていた。
『鳳凰は、キッポウシの事が忘れられない様ですね』
「そのキッポウシとは、何者なんだ」
『ダイチ様と同じく異世界から来た者でした。キッポウシが自ら言うには、焼け崩れる寺からこの世界に飛ばされて来たと、笑っていました』
「俺と同じ異世界から来た人なのか」
『キッポウシは、鳳凰のことをミラディと名付け、そう呼んでいました。伴天連の言葉だそうです』
「伴天連? ・・・まさかな」
『主、鳳凰たちの事は、もう、どうでも良いではないか』
「そうなんだが、鳳凰ミラディの心を理解し、その力を借りたいと・・・」
『ダイチ、それは、まず無理であろう。鳳凰の心は頑なだった。去る者は追わず。
ダイチ、それよりも先を急ごう』
「クローまでもか・・・」
『ダイチ様、鳳凰ミラディには、まだ時間が必要なようですね』
「・・・時間か。第2次人魔大戦が始まろうとしている今、そう何年も待てないかもしれないな」
ダイチは深い息を吐いた。
「800年前の人魔大戦に参戦した6神獣の内、現在、俺の召喚神獣としてカミューとルーナの2柱。クローを入れても3柱か。あと4柱を集めるには、だいぶ時間がかかりそうだな」
『主、今回の目標となっていたグリュードベル王国にいる豊穣神獣麒麟は、我に匹敵する戦闘力を持っている』
『豊穣神獣麒麟が召喚神獣となれば、大幅な戦力アップが期待できる。ダイチ、予定通りにローレライの森を越えて、グリュードベル王国へ行こう』
『ええ、急ぎましょう。豊穣神獣麒麟を召喚神獣としたら、その次は冥神獣ワルキューレです。ワルキューレもカミュー様と同程度の戦闘力を持っています』
「カミューと同等があと2柱もいるなんて、神獣って、ほんと神がかっているよな」
『主、何を言っている。我らは民の信仰の対象となる紛れもない神だ。
それから、奴らは、それなりにやるが・・・いや、かなりやるが、我が最も強いぞ』
カミューが、ふんと鼻息を荒くした。
「はいはい、分かりましたよ。では、ローレライの森へ急ごう」
『クロー様、ローレライの森には妖精が棲んでいるとおっしゃっていましたね』
『妖精の森だ』
『わたくしは、子どもの頃から美しい妖精に出会う事が夢でした。とても楽しみです』
「俺も同じだ」
希望を胸に、ローレライの森へと、馬を駆けさせるダイチたちであった。




