9 祈りと一筋の眩い光
サイクロンが通過した双子島、深夜3時
ホールケーキ型の高台の夜空はサイクロン一過で星々は瞬いてはいたが、新月のため双子島は闇に覆われていた。辺りには水たまりが多くあり、切り立った断崖から海面に雨水が滴り落ちていた。断崖の下は、高波でうねる黒い海面の砕ける音だけが絶え間なく繰り返されていた。
魔族兵は手にした松明の灯りを掲げていた。
「やはり移動用の魔法陣が壊されていたか」
「生贄のティタンもいないぞ。今回は受胎の刻印持ちだと聞いていたのに」
「この事を六羅刹筆頭、呪祭のジューグ様にお知らせせねば」
双子島の中央に位置する険しく小高い山の山頂付近にある洞窟内で魔族5人が話している。フリュートが鎖で繋がれていた壁の手前にある魔法陣は、魔族がラゴン大陸からこの島に移動するための魔法陣であった。しかし、ラゴン大陸側からの魔法陣が作動しないことを不審に思い、双子島の様子を探るために六羅刹、呪祭のジューグが魔族兵数十人を率い、魔法による飛行によってここまで来ていた。
魔族兵の1人が洞窟から姿を現し、
「六羅刹、呪祭のジューグ様、魔法陣が壊されています。生贄のティタ・・」
洞窟から炎が噴き出した。その直後に凄まじい爆発音がすると、振動が山の下で待機していた呪祭のジューグと残りの魔族兵の足裏にも伝わって来た。サイクロンの去った水たまりのは振動でさざ波が立った。洞窟の奥にハフが火薬を仕込んだトラップを仕掛けておいたのだ。
台地の中央に待機していた魔族兵たちに、マナツの範囲重力魔法グラビティが飛んだ。魔族兵は飛行する間もなく激しい重力によって地面に固定される。範囲重力魔法グラビティの第2段が魔族兵に撃たれた。魔族兵たちの真ん中にテラが突然現れる。斬魔刀飛願丸を1振り、2振りする。松明を持った魔族兵は上半身と下半身に両断される。
松明の灯りに映った長い刀を持ったテラを見て魔族が叫ぶ。
「此奴に魔法を撃て」
テラが3振り目をすると、その姿が消えた。魔族兵は左右に両断されていた。
「・・・奴はどこに・・・」
離れた場所でテラが更に2振りするとまた消えた。
「松明を捨てろ。松明の灯が狙われるぞ。魔法で辺り一面を照らすのだ」
呪祭のジューグの叫ぶと、魔族兵は松明を捨て、魔法の灯りを方々に上げた。台地一面が魔法で明るくなった。
「あそこに魔力を感じるぞ」
魔族兵がフリュートの潜んでいた場所を指さした。その瞬間には、フリュートから放たれた炎が口を開けた大蛇の様に地面をくねりながら、次々に魔族兵たちを飲み込んでいく。
「な、何だあの炎魔法の威力は」
フリュートの生み出す炎魔法の威力は凄まじさに、魔族兵も度肝を抜かれていた。
「フリュート、1ヵ所に留まり過ぎよ。動いて」
ハフが叫ぶ。
フリュートの死角から、フリュートを狙い魔法を詠唱する魔族兵たちにハフの雷魔法が直撃した。死角にいた魔族兵たちが吹き飛ぶ姿を見て、フリュートはハフに視線を向けた。
「・・・・俺に助けはいらない。俺は好きなように戦う」
「・・・・」
フリュートは岩陰を伝い移動する。
強大な戦闘力を持つ魔族兵であったが、女神の祝福の奇襲によって、冷静な判断力を失っていた。
『テラ、飛願丸の柄を見ろ』
「あ、柄の上に透明な数字5が浮かんでいる」
『その数字は所有者にしか見えない。飛願丸の蓄積した魔力だ。射程5倍の虹魚が撃てる』
「どれくらいの射程なの」
『1.4m×5。 7mだ』
テラは魔族兵の位置を確かめる。テラは魔法攻撃の間隙をついて、魔族兵の中に現れると、身を屈め、
「虹魚」
飛願丸を横に1振り薙ぎ払う。7m以内にいた魔族兵3人がその1振りで両断されていた。テラが再び消えると、ファンゼムとリッキ、ダンの投げ込んだ小型火薬筒が炸裂する。魔族兵が爆風に巻き込まれて飛び散る。ファンゼムとリッキ、ダンは顔を見合わせて、握った拳から親指を立てる。
フリュートに迫って来た魔族兵をマナツが大剣で切り裂く。ハフが雷魔法で背後からテラを援護する。
ファンゼムとリッキ、ダンを目がけ魔族兵たちの火弾が跳ぶ。リッキは身を隠していた岩の上に立ち、この火弾を手にした盾で次々に弾き飛ばす。
「範囲魔法で彼奴諸とも焼き尽くせ」
業を煮やした呪祭のジューグが叫ぶ。
魔族兵たちは炎魔法極炎を詠唱し始める。この極炎は高火力広範囲であるが、詠唱時間が長いというデメリットがある。
「走れ」
と、ファンゼムの指示の元に、ファンゼムとリッキ、ダンは走って別の岩陰に飛び込む。凄ましい極炎の炎が岩陰を焼くが、ターゲットたちは既に回避していた。
「残り15人だ」
マナツが叫んだ。
凄まじい爆音と共に岩陰に隠れていたハフが飛ばされた。
「ハフーーー」
ファンゼムが絶叫し、ハフを目がけて回復魔法を飛ばした。しかし、ハフには効果がなかった。既に絶命していたのだ。呪祭のジューグが手に持った長い杖を掲げ、顔の深い皺の中から笑みが漏れていた。
六羅刹筆頭、呪祭のジューグはホモ・サピエンスの形をしており、褐色の肌に白髪、細身の老人のような風貌で、顔には無数の皺があった。黒に赤い縁取りのされたフード付きのマントを羽織り、手に持った長い杖を掲げる度に、風魔法爆裂が起こった。風魔法爆裂に詠唱時間は必要なかった。
2度目の爆音がすると隠れていた大岩が粉々に砕けた。ファンゼムの胸は岩の破片に押しつぶされ、爆風で飛ばされたリッキとダンも倒れていた。
リッキは倒れたまま、腕を伸ばしミスリル製のウォーメイスを握った。そして、よろよろと立ち上がると、ファンゼムの上にある岩を押し退けた。
「ファンゼム、しっかりしろ」
リッキがファンゼムの肩を揺すって叫ぶが、既に絶命していた。リッキはダンの元へふらつきながら歩いて行くと、
「ダン、おいダン、ダーーーン!」
と、ダンの体を揺するが反応はなかった。ダンの命もこと切れていた。
ウガァァァァァァァァァー!
白熊獣人リッキは座り込んだまま夜空に向かい轟音を発した。それは言葉にならない心の悲鳴であった。
マナツとテラがリッキの叫ぶ方を見て、ただならぬ事態を理解した。
「嫌ーーーッ!」
テラが悲鳴とも泣き声とも分からぬ叫び声を上げた。
呪祭のジューグはテラを見て、その長い杖を動かす。マナツは駆け出し、テラを抱えるとそのまま跳んだ。風魔法爆裂が炸裂した爆風で小石がマナツとテラに撥ねてくる。マナツはテラの頭を手で庇いながら地に伏せた。
リッキに目を向けると、リッキは押し寄せる魔族兵たちをウォーメイスで薙ぎ払っていた。頭部が潰れた魔族兵が宙に飛ぶ、胸に打撃をくらった魔族兵が仲間の魔族を巻き込み転がっていく。近くで魔法を唱えている魔族兵へウォーメイスが振り下ろされる。魔族兵はそのまま潰れるように地面に衝突する。
リッキの胸から剣先が現れた。リッキは、自分の胸から出た赤く染まった剣先を見た。振り向き様に、リッキの背後から剣を刺した魔族兵をウォーメイスで叩き潰した。土魔法による鋭利な岩柱や刃先が、リッキの胴体に食い込む。首にたてがみのような白い毛を生やしたリッキがゆっくりと顔を動かし、魔族兵たちを睨む。その眼は正に魔人の眼と化していた。リッキを囲んだ魔族兵たちがたじろぐ。リッキはウォーメイスを振り回したが、それはスローモーションのような動きだった。リッキの手からぽろりとウォーメイスが落ちた。魔族兵は一斉に剣、槍、斧をリッキの体に食い込ませた。リッキは素手のまま魔族兵1人を鷲掴みにすると、両手で持ち上げ、魔族兵の首を折った。魔族兵たちが食い込む刃を抜くと、リッキは静かに崩れ落ちた。
倒れたリッキの体に、魔族たちの刃が振り下ろされた。
「リッキーー!」
マナツが絶叫した。マナツはテラの肩を抱きかかえて、
「テラ、テラ、テラーッ。しっかりして」
「・・・ファンゼムと・・ダンも・・・」
と、テラの唇が微かに動いた。
「テラ、しっかりしなさい。まだ戦いは続いている・・・戦うのよ」
マナツは茫然自失のテラを抱きかかえながら叫び続けていた。
フリュートの業火が地を這い魔族兵2人に襲い掛かる。魔族兵の放った火弾がフリュート目がけて飛んでくる。業火は向きを変え、その火弾を呑み込む。フリュートは、攻守を兼ねた業火を自在に操っていた。
呪祭のジューグは、フリュートを見てニヤリとした。
「薄い桜鼠色の肌に白藍色の髪と瞳、クククッ、お前はティタンの民だな。ここに隠れていたか。お前は生かしておいてやる・・・生贄として使うためにな。魔王ゼクザール様のお役に立つのだ、ありがたく思え」
と、長い杖を掲げた。炸裂と轟音の後、業火は消え、フリュートはその場に倒れていた。
「愚かな人間どもよ。この六羅刹筆頭、呪祭のジューグ様に刃向かうとは。彼奴はティタンの民だ取り押さえろ」
呪祭のジューグが魔族兵に命じた。その時、マナツが飛び出し、ジューグを大剣で袈裟斬りした。ジューグは左の肩口から右の脇腹にかけて両断されたかに見えたが、蜃気楼の様に消えた。
ジュークは少し離れた場所で長い杖を振り上げた。マナツは本能的に横へ跳躍した。マナツの居た場所が炸裂した。空中へ回避したマナツは、爆風で弾き飛ばされ、岩と草と水たまりの地面を転がっていく。マナツはそのまま双子島の高台から落ち、荒れ狂う海面に落ちるかに見えた。
テラはムーブメントで瞬間移動すると転がるマナツを抱きかかえ、1回転して止まった。
「母さん。ごめんなさい。もう大丈夫よ」
テラがマナツに呼びかけるが、既に失神していた。
「よくも母さんを」
テラは立ち上がりジューグを睨みつけた。
マウマウの声がした。
『テラ、落ち着け』
ジュークの後ろには魔族兵9人がテラを見て嘲笑していた。
「お前1人で我とこの魔族兵たちを相手にするというのか」
テラは辺りを見回すと、ファンゼム、リッキ、ダン、ハフ、フリュート、そしてマナツが倒れていた。交易・冒険者チーム女神の祝福は壊滅していた。
「800年前の大戦で封印された魔王ゼクザール様だが、その封印をもう少しで、もう少しで解除できる。それには魔力が必要だ。ティタンの民に潜む膨大な魔力が必要なのだ。それを邪魔しようとしたお前たちは、死を持って償え」
『テラ、落ち着いて聞きなさい。私の渾身応援があっても、ムーブメントはもう1回が限界、テラの魔力は枯渇する。今、使うべき魔法はムーブメントではない』
「・・・でも、それでは大事な家族がこのまま全員死ぬ。今なら助けられるかもしれない」
『だから、最後の魔力を有効に使いなさい。冥神獣ワルキューレを召喚するのよ』
テラはマウマウの言葉にハットした。だが、1度も召喚したことは無かったため、不安も過った。
黒翡翠の埋め込まれた導きのペンダントを左手で握る。最後のマナを拳の中のそれに込めた。
「サク様、助けて・・・」
ドドドーンと凄まじい雷が目の前の水たまりに落ちた。衝撃で空気が、地面が震動した。水たまりが蒸発して白い水蒸気が辺り一面に漂う。
落雷の跡には、馬に乗る黒い騎士の背中があった。全身が漆黒の鎧に包まれ、兜の左右からは曲がった角が前に向かって伸びていた。鎧の首裏辺りから紫色の布が6本放射線状に伸びていて宙に伸びている。漆黒で裏地が紫のマントが風に靡いている。騎士の背負う剣は長剣と言うよりも元幅の太い剛剣であった。跨る馬も全身が漆黒で、黒い長いたてがみが炎のように揺らいでいた。人のアキレス腱に当たる部分、蹄の上にも黒い毛が生えていた。
「サク様・・・」
冥神獣ワルキューレのサクは辺りを見回すと、振り向いてテラを見た。有色透明の紫の瞳が輝いていた。
呪祭のジューグは顔の皺で表情が読みにくい。身動きもせずに冥神獣ワルキューレを睨みつけている様にも見えるが、右手の指が、左腕が、肩が、両の脚がブルブルと震えていた。後ろの9人の魔族兵は強大な存在感で圧倒する冥神獣ワルキューレを見て、恐怖に震えることさえ許されぬ。瞬きもせずにただ固まっていた。
「・・・お、お前は・・め、冥神獣ワルキューレ」
呪祭のジューグが振り絞って発した言葉は、それだけだった。
およそ800年前の人魔大戦に魔族の将軍として参戦していた呪祭のジューグは、魔族軍を蹴散らす六神獣の記憶を鮮明に思い出していた。冥神獣ワルキューレが剛剣を手に縦横無尽に戦場を駆け抜ける姿、群を抜くその武力、漆黒の兜の下から光る紫の冷徹な眼、戦慄と共に記憶が甦って来た。呪祭のジューグにとって、冥神獣ワルキューレは、正に死と恐怖の対象以外の何者でもなかった。呪祭のジューグは震える手で長い杖を上げようとした。
『凪』
冥神獣ワルキューレのサクは、低い声で特異スキル凪を発動した。
テラは、目の前で起こっていることが理解できなかった。夜空に瞬いていた星は消え、立っていた高台の地面も消え、荒波の音さえも消えている。全てが漆黒の闇と静寂に包まれ、前も後ろも、左も右も、天と地すらない。どこにいるのかさえ自覚できない。底のない漆黒の闇に浮いているとしか知覚できなかったのだ。目に見えるものは、冥神獣ワルキューレとその愛馬黒雲、呪祭のジューグ、魔族兵9人とその遺体、倒れた女神の祝福のメンバーとフリュートのみであった。
呪祭のジューグは、長い杖を掲げた。風魔法が炸裂するはずだった。しかし、何も起こらず、何も聴こえない。何も変化が起こらないと表現することが正しいかもしれなかった。
『凪は我の闇の世界。凪の中に招かれた者は、全ての魔法とスキルが打ち消される』
呪祭のジューグの顔の皺が更に濃くなり、唇を噛んだ。ジューグの唇から血が滴り落ちた。
「な、何をしている。彼奴に斬りかかれ」
呪祭のジューグが魔族兵に命じた。しかし、魔族兵は武器を構えたまま震えていた。この間にテラは交易・冒険者メンバーの倒れる場所へ駆けだした。生死の確認と応急措置をするためだった。
「えーい、何をしている。一斉に斬りかかるのだ」
呪祭のジューグの叱責で、魔族兵5人が冥神獣ワルキューレに襲い掛かって行った。
ワルキューレは、背負った剛剣を抜き両手で持った。魔族兵は、馬上のワルキューレに正面と左右から跳びかかった。
ワルキューレの右へ一閃。剛剣の軌跡を目で追うことも許される速さであった。魔族兵は、飛び上がった宙で上半身と下半身に両断された。返す剛剣の一閃で左と正面から飛び掛かって来た魔族の首と胴を切り離した。
宙で斬られた魔族の死体5つが、ワルキューレの乗る黒雲の足元に落ちた。瞬き程の間に起きた出来事だった。
魔族兵4人は、呪祭のジューグを残して逃走しようと翼を広げたが、凪の効果で飛行魔法が使えなかった。魔族兵は走って四散していった。
ワルキューレは、馬上から黒雲の腹を両足で挟んで合図を送った。黒雲は跳躍した。そして、空中で跳躍して向きを変え、逃げる魔族兵に迫る。ワルキューレの剛剣が一閃。
黒雲が宙で向きを変えて跳躍する。逃げる魔族兵の背が迫る。一閃。黒雲が跳躍して魔族兵を前足で蹴る。魔族兵はそのまま破裂する。黒雲が更に跳躍を繰り返す。逃げる最後の魔族兵の前にワルキューレが回り込む。
「た、助けてくれー」
魔族兵が声をあげるが、黒雲の前足を上げて、踏みつぶす。ブロロッと黒雲が嘶いた。ワルキューレのサクが、呪祭のジューグの前に立った。
呪祭のジューグが顔の皺を動かしながら、震える声で言った。
「ワルキューレよ。儂らの魔法とスキルを奪ってから殺すとは、卑怯ではないか」
ワルキューレは漆黒の兜の下から光る紫色の冷徹な瞳で一瞥した。
「それはおかしい」
後ろから声がした。ジュークとサクが視線を向けると、そこには両腕で涙を拭うテラがいた。
「小娘! 何じゃ、おかしいとは」
ジューグが声を荒げた。
「おじいさん、魔族は幼い子供や武器を持たない民をも殺す」
「無論だ。弱い者は死んで当然じゃ」
「魔法を使えない民や兵も、魔族は魔法で殺す」
「無論だ。魔法を使えない人間が悪いのだ。魔族は大きな魔力を持ち、魔法に長けている。この持てる力を使って殺すだけだ」
「おじいさん、魔族は騙したり、魔法で相手を弱らせたり、焼き殺したりする。そこで眠る私の家族、4人の命を奪ったように・・・」
「当たり前だ。鍛えた魔法を使ってどこが悪い」
テラはジューグを見つめた。そしてキッと目じりを上げた。
「サク様を卑怯呼ばわりしたのは、命欲しさの苦しい言い訳だったのね」
「何を言う、小娘!」
『テラ、もう話はいいか。待ちくたびれた』
「魔族にも戦いの矜恃があるのかと思ったけれども、違ったみたいね。最後に言っておくわ。サク様は貴方の言う持てる力を使っただけよ」
テラはワルキューレに頷く。
ワルキューレは、ジューグを見た。
「ま、待て、儂は杖しかもっておらん。この呪祭のジューグ様を・・その剣で斬ることは許さんぞ」
『最後の望みを叶えよう』
ワルキューレは剛剣を背の鞘に戻した。それを見たジューグは、皺垂れて細くなった目から安堵が漏れた。テラは驚きワルキューレの目を見た。紫色の冷徹な瞳が無慈悲な瞳へと変わる。
『魔法で冥土へ送ろう』
「え」
ジューグは後ずさりした。
『デス』
呪祭のジューグはその場で崩れる様に倒れた。呪祭のジューグの体から一筋の黒いもやが立ち上っていた。
魔族は全滅した。この戦闘で、女神の祝福はファンゼム、ダン、リッキ、ハフが命を落とし、マナツとフリュートは気絶したままである。
冥神獣ワルキューレのサクは黒雲に乗ってテラの前に来た。
『我はその任を遂げたようだな』
「はい・・・いえ、お願いがあります」
『テラ、何を望む』
「サク様、お願いです。女神の祝福のメンバーの命をお救いください」
『こと切れた命をヴァルホルに運ぶことが我の使命だ』
「・・・お願いします。助けてください」
テラは涙を浮かべて懇願した。マナツとフリュートが意識を取り戻し、朦朧とした意識の中で辺りを見回している。
「・・・テ・・ラ、無事・・か」
テラはマナツの声に振り向いて叫んだ。
「私は無事よ・・・でも、でも、ファンゼム、リッキ、ダン、ハフが!」
マナツは辺りを見回し、ファンゼム、リッキ、ダン、ハフの亡骸に目をやった。一縷の望みも潰え、その死を悟った。
「ううぅ・・・・なぜ、私の命が救われ・・・うぐっ、あなたたちの命が・・・」
マナツは嗚咽した。涙が溢れ、咽るように声を上げて泣いた。涙に滲んだその瞳は、もはや生命力が尽きてしまったようにさえ見えた。
『ここは凪。私の闇の世界だ。誰を憚ることもない。主のテラが命ずることなら叶えよう』
「え・・」
智佐神獣白の神書のマウマウがテラに言う。
『テラ、命じろ。ワルキューレにメンバーの命をヴァルホルには運ばず、ここで生き返らせろと命じるのだ』
テラは黙って頷く。
「冥神獣ワルキューレのサクに命じる。ファンゼム、リッキ、ダン、ハフをこの場で蘇らせろ」
サクは紫かかった有色透明の瞳で、テラをじっと見つめた。
『承知した』
サクは左の掌を倒れているそれぞれに向けると、ファンゼム、リッキ、ダン、ハフの4人は淡い桃色の光に包まれる。負っていた傷が塞がっていく。淡い光は音もなく揺らめいていたが、渦を巻くようにしてファンゼム、リッキ、ダン、ハフの各体に浸み込むようにして消えた。
テラは胸の前で両手を合わせて握り、固唾を飲んでこの様子を見ていた。ファンゼムの胸が上下する。リッキの右手の人差し指がピクリと動く。ダンの唇が動き、息を吸い込む。ハフが瞬きをする。テラの目は瞳が飛び出す程に開かれ、口は大きく開いたままだった。
4人とも意識を取り戻すと、立ち上がり始めた。
信じがたい光景を目の当たりにしたマナツは、頬を伝う涙で顔をくしゃくしゃにしながら、
「・・・ファ、ファンゼム・・リッキ、ダン、あぁハフ・・・。ワ、ワルキューレさ・ま・・の・・お力・・に・・感・・謝・・もう・・し・・あげ・・ます」
マナツの言葉は、ワルキューレに捧げる祈りのように漆黒の凪の中で響いた。
「ありがとーぅ」
テラは満面の笑みを浮かべて、サクに飛びついた。テラはサクにしがみ付いたまま、
「サク、大好き」
と、サクの胸に顔を埋めて叫んだ。サクの漆黒の鎧が、テラの目から溢れる光で濡れた。
サクは兜の下の口元が緩んだ。テラは暫く抱き付いていたが、突然、片手で目を拭いながら、
「そうそう、サク様、卵がピクッと動いたのよ」
サクは片手をテラの頭に置くと、
『もう少しだな』
「何が生まれてくるの」
と、テラがサクの瞳を覗き込む。サクの紫かかった有色透明の瞳に深い奥行きを感じ、吸い込まれそうになる。
『きっとテラも好きになるものだ』
「・・・分かった。楽しみにする」
テラはサクから手をおろして下に降りると、サクに一礼した。そして黒雲の首を抱きしめた。
「黒雲ありがとう。黒雲も大好き」
ブロロロッと嘶いた。
『テラ、まただ』
「ありがとう」
『彼の者は炎祭の宿りし者だ』
サクはフリュートを指さした。テラは首を傾げていた。
サクが消えると、漆黒と静寂の凪も消え、夜空には星が輝き、足元には水たまりがあり、波の砕ける音が絶え間なく聴こえてきた。
東の水平線は白く明るくなり始めていた。まだ星の瞬く天には、夜明けを告げる白と青のグラデーションが広がっていた。美しい空には、東の水平線に小さな点となって飛び去るガーゴイルが1匹いた。
テラは、
「おはよーぅ」
と叫びながら、ファンゼムに跳び付いた。テラは満面の笑みを浮かべているが、目からは涙が流れては落ちていた。
「痛いところはない?」
「本当に大丈夫?」
「ああ」
ファンゼムが、テラをきつくきつく抱きしめた。
「ありがとう。テラ」
と、言葉少なに礼を述べた。
「この声はファンゼムの声。嬉しい・・・」
テラはそう声に出す。
水平線から一筋の眩い光が、ファンゼム潤んだ瞳に飛び込んで来た。
「眩しい・・・あぁ、生きているって素晴らしいな・・・儂は確かに生きとる」
「うん、生きている」
それからテラは、リッキ、ダン、ハフの1人ひとりとも熱く抱きしめ合った。ダンはおもむろに生えている野草を見止めると、それを摘んで咀嚼して、吐き出し首を傾げていた。
フリュートは腕で体を斜めに起こしたまま、固まっていた。
「フリュート、怪我はない? 大丈夫?」
「テラ、あの馬に乗った黒い女騎士・・・神様なのか・・・凄い迫力だった。それに何でテラのことを主と・・・お前の奴隷なのか?」
「違うよ。ふふっ、素敵なレディだからよ」
テラがそう言うと、
「嘘つくな」
ファンゼムの鋭い突っ込みが入った。
「さて、魔力も全快していることだし、怪我人はいるかね。儂の回復魔法でちょちょいのちょいと癒すぜよ」
ファンゼムが腕をくの字に曲げて力こぶをこしらえながら大声で言った。
「母さんとフリュートを診てあげて」
テラの声に、ファンゼムは白い歯を見せ、握った拳から親指1本を上げた。
ファンゼムはマナツの脇に来て、回復魔法を掛ける。
「私は大丈夫よ。恐らく肋骨が数本折れているだけ。それよりもフリュートを診てあげて」
「なあ、キャプテン。儂は死んでいたのじゃよなぁ」
マナツは厳しい目つきになり、頷いた。
「そうか。尋ねるのがちと怖いのじゃが、そのーぅ・・儂はゾンビになったのかのぅ」
「それは違うと思うわ。テラが冥神獣ワルキューレ様に命じて、ファンゼムたちの魂をヴァルホルに運ばせずに、その場で蘇生させたのよ」
「臨死の向こう側にちょいと行って、戻って来た感じかいな」
「プッ、ファンゼムが言うと、まるでお散歩臨死ね・・・後遺症とかはないの」
「ありゃせん。この通り元気だ。テラと仲間に感謝だぜよ」
ファンゼムは腕に力こぶをつくった。
「そうね。テラには・・私の心も救われたわ。もし、皆が死んだままだったら、私の心も・・・」
「心のお散歩臨死だな」
「フフッ、そうね、心がちょいとお散歩しそうになっただけだわ」
ファンゼムは白い歯を見せ、握った拳から親指1本を上げた。マナツも親指を上げた。ファンゼムはフリュートの所へ走って行った。マナツはファンゼムの姿を視線で追う。そして、視線をリッキとダン、ハフに移した。魔族との戦闘に勝利したことをカイトさんに知らせてくると言ってハフが走って行った。リッキとダンが笑顔でグータッチをしていた。マナツは安堵したように表情が緩んだ。断崖までゆっくりと歩いて行くと、水平線から登った朝日を眺めた。
マナツは、まず息を吐くと、朝日に向かい腕を体いっぱいに広げて深く息を吸った。横を見るとテラも腕を体いっぱいに広げて深く息を吸い込んでいた。互いに目を合わせて、微笑んだ。いつしか声が漏れて、やがて2人は腹を抱えて笑い出した。呼吸が苦しくなるほど大声で笑った。
「おはよう」
と、にこやかに挨拶を交わした。
「あれ、見て母さん」
テラが指をさす。マナツもテラの指の先を辿る。大潮が引き、双子島が1つの島になっていた。
「ああ、あれね、双子島は、大潮の時には2つの島になるけれども、普段は1つの細長い島だってダンが言っていたわ」
「へー、驚いたわ」
「大潮で別々の島に見えていても、水面の下では1つに繋がっていたのね」
「テラと私、クルーの家族たちの様にね」
「素敵ねー。ここは家族島という名でもいいわね、フフッ」
テラは、はっと思い出した様にマナツの顔を覗いた。
「母さん、フリュートをクルーのメンバーに加えたいの。どう? 皆はどう思うかな」
「どうと聞かれてもねー。本人次第だね。この家業は命がけだし、きついからね」
「ありがとう。それなら聞いてくる」
テラは、フリュートの元へ駆けだした。




