7 胎動
現在停泊しているゲルドリッチ王国首都オーブル港からローデン王国南岸までは、ジパニア大陸東岸にあるゲルドリッチ王国から、ザーガード帝国東岸を抜け南岸を辿るようにしてローデン王国南岸まで航海をする必要があった。
ゲルドリッチ王国とザーカード帝国の遥か東の海には魔大陸と呼ばれている魔族の住むラゴン大陸があった。ラゴン大陸を避けてジパニア大陸沿岸を航海していく予定である。通常は補給のために2回の寄港が必要となる3週間の航路であったが、ザーカード帝国への寄港を避けて、そのままローデン王国南岸まで向かう13日間の計画とした。無補給の航海となるため、予備の食料や水、船体の応急措置のための物資などは、マナツとテラの無限の容量と言えるアイテムケンテイナーに格納した。
女神の船首象と2本の三角帆をもつキャラベル船ヘッドウインド号は、交易・冒険者チーム「女神の祝福」と地質学者カイト・キータを乗せて、ゲルドリッチ王国首都オーブル港から出港した。港からは、ジムとビンセントが手を振りながら見送っていた。甲板からテラがボーとしながらオーブル港を眺めていた。
「テラ、寂しそうね」
「ハフ姉さん、そんなことないわ」
「この街では、テラにとって良い友達と巡り会わなかったものね」
「・・・母さんを悲しませた。でも、いろいろと経験できた」
「そうね。転んで初めて見える景色もあるわ」
「転んで?」
「ふふっ」
ハフはテラの肩を優しく撫でた。
「ぐわははははっ」
舵を取るファンゼムの笑い声が響いて来た。傍らで角帽に眼鏡の薬学者ダンと地質学者カイト・キータがファンゼムと一緒に笑っている。学者カイトは、各地を見てきたファンゼムと学者のダンとは意気投合し、出合ってまだ数時間だが旧知の仲のように打ち解けていた。
カイト・キータはホモ・サピエンス年齢38歳のエルフ男性で、日焼けした肌、中背太めの体型、銀髪青瞳で、ぼさぼさの髪型と口ひげを生やしていた。方眼鏡をかけ、ベージュ色の探検家帽子であるトピーを被り、ベージュ色のハーフマントを肩から掛けていた。
「何と愉快で興味深い話だ。天と地を照らす石が存在しているとは、エネルギーは何であろうか」
カイトが子供の様に目を輝かせて言うと、ファンゼムは、
「ああ、儂は見たんじゃよ。ローデン王国で、カミュー様がその輝く石をもって夜空を飛び立つ姿をな。人智を越えた力としか思えんわ」
ダンも頷きながら、
「本当に興味深い話ですね。私も噂では聞いたことがあります」
「早く彼の地ローデン王国へ参ろうぞ」
「そう焦るでないわ。そこまでの航路が厳しいのや」
それを眺めていた白熊獣人のリッキが、
「学者とは、勇敢なのか、楽天的なのか、都合のよいゴールしか見えていない。危険で捨てられた航路を航海している時だと言うのに、俺には理解できんな」
「リッキ、そう言うな。我々が命を賭けて冒険をするように。学者たちは命を削りながら研究に没頭する。その成果を多くの民が享受できるのだ」
「キャプテン、そうなのだがな・・・ジパニア大陸沿岸に寄り過ぎるとザーカード帝国に拿捕される危険があり、沿岸を避けて海洋に出るとラゴン大陸の魔族に見つかり攻撃される危険がある。この航路で・・・」
「同じ空気を吸っていても、見える世界が違うのだよ。それを職や専門と呼べばいいのか分からないが、それぞれがそれを持ち寄ることで新しい世界が描かれる」
「確かに、人種でも獣人、エルフ、サピエンス、ドワーフなどがいて世界が成り立ち、発展していくからな」
「あと3日もすればラゴン大陸近海になる。そこを抜けるまでの4日間は・・・。まあ、それまでは気楽に行こう」
リッキとマナツが3人を見て話していた。
ヘッドウインド号は海洋から大陸に向かって吹く風を受けて順調な航海をしていた。
翌日、赤道を超えると大粒の雨に見舞われた。
「うあー、あんな大きな虹は初めて見た」
テラが卵を抱きかかえたまま思わず声を出す。
鮮やかな虹がかかっていた。甲板で虹を眺めているテラに向かいカイトが言った。
「テラ、虹がきれいだね。外側から色をいってごらん」
「うーん、赤橙黄緑・・緑青と藍色かな」
「そうだね。ではなぜ虹は生まれるのかわかるかい」
「太陽が出ていて雨が降っているからでしょう」
「そうだね。太陽の光のスペクトルが並んでいるからなのだよ」
「スペク・・トル・・・」
「簡単に言えば、太陽の光が空気中の水滴によって、光が分解されて七色の帯に見えるのだよ」
「光が分解・・・」
「難しいね・・・水滴がプリズムの役割をしているから虹は見えるのだよ」
「難しいね。でも太陽と反対の方角に出ることは知っている。大きさもその時によって違うことも」
「テラはよく見ているね。賢い子だ。気象条件によって大きさは違うのだよ。虹が2個でることもあるのだよ」
「虹が2個もでるの! なんて素敵なのでしょう。でもね、カイトさん。レディに向かって賢い子は失礼だわ」
「テラはいくつなんだい」
「12歳、もうすぐ13歳のレディよ」
「そうか。それは失礼した。思春期の入口にいるのだね」
「大人の入口に入ったのよ」
「あははは、比喩表現を主観的に言い換えて論破しようとする興味深い回答だ。賢い子・・いや、聡明なレディだ」
「分かってくれればいいわ。カイトさん」
「実は私は、思春期とか偉そうに言っているが、鉱石しか分からない偏った変人だ。人間としてはまだまだ子供なのだ。私の評価を気にするよりも、その歳で女神の祝福の欠かせないメンバーとなっていることに誇りをもちなさい」
「自分に誇りを持つ・・・」
カイトは、目じりを下げて黙って頷いた。
「あ、トビウオだ」
テラは大声を上げると、甲板から海面を飛ぶトビウオの群れに目をやった。トビウオはヘッドウインド号のすぐ脇の海面から飛び上がると、胸鰭を翼の様に広げて、正に海鳥の様に海面を飛ぶ。うねる波の遥か上を飛んでいた。
「キャプテン、トビウオを追っているのはカジキマグロの群れです。魔物は見えないわ」
マストの上の見張り台からハフが叫んだ。
「了解。ハフ、警戒は怠るな」
マナツの声が飛んだ。
カイトは興奮気味に、
「これがトビウオか。素晴らしい。胸鰭を翼の様に広げて200mは超える飛距離だ。きっと水中では尾鰭を使って加速しているのだろうな」
カイトも夢中になってトビウオの群れを眺めている。
トビウオは尾鰭を振って加速し、海面から勢いよく飛び出すと黒い背に鮮やかな左右の白い胸鰭を広げ、その胸鰭を左右に振りながら空中でバランスをとっていた。高度が上がれば銀色に輝く腹を見せ、左右に広がった胸鰭はグライダーの翼の様に固定したまま滑空している。テラやカイトの目線の上を銀色の腹を見せ、トビウオの群れが船を次々に追い越していく。
トビウオの群れの速度は速く、瞬く間に船を追い抜き遠くまで飛び去って行った。その後ろには、大型のカジキマグロの様な魚影の群れが追尾していた。
「素晴らしい。鉱石の輝きとは違い、一瞬の煌めき。これが生命のもつ躍動なのですね」
カイトは遠くに去って行ったトビウオの群れを目で追いながら叫んでいた。テラはカイトが子供の様に輝かせている眼を見て、微笑ましく感じた。
「ねえ、カイトさんが研究している鉱石って鉄の素材のことなの」
「そうだね。ただそれだけとは限らないよ。鉄の他にもテラさんが持っているアダマンタイト製の刀なども鉱石からつくられるからね。それに色鮮やかに輝く宝石も含まれるね」
「宝石って色々な種類があるよね。不思議だなと思っていたの」
「興味深いことだよね。美しい宝石は地球が生み出しているのだよ。青で有名なサファイアは、実は白や黄色と様々な色もある。このサファイアや赤いルビーは地表に上昇したマグマが上層部の層と接触した時に、熱と圧力で生まれる。ダイアモンドは超高温と超高圧などの条件が揃わないとできない不思議な鉱石だ。また、地中深くで高温高圧の水に溶けている物質が地下の空洞で冷やされると結晶が生まれる。それが水晶だ」
「へー、地球って凄いんだね」
「そうさ、地球の奥深くには、今テラさんが生きている世界とは全く別の環境がある。それが地表の我々の生活に大きな影響を与えている」
「地球の奥深くから出て来て、人の生活に役立ったり、その美しさで人を魅了したりするって不思議だね」
「全くもって不思議だ。鉱石は大きさや色、重さ、堅さ、熱への強さなど全く違う性質があるから役に立つ。これらを混ぜることで更に役立つものに生まれ変わることもある。未知の性質をもつ鉱石を見つけていくことが私の使命だと思っている」
「違うから役に立つか・・・人と似ているね」
「面白いことを言うな。私はその意見に賛成だ」
「それは母さんの意見だけれどもね。さあ、見張り交代の時間だわ」
「テラと話せて楽しかったよ。虹の話から鉱石の話、率直な疑問と意見が興味深かった。それにトビウオも見られたし」
テラはカイトに向かって右手を上げると姿が消えた。次の瞬間には、マストの見張り台の上からカイトに手を振っていた。ヒューとカイトは口笛を吹いた。
テラは見張り台の上でハフにハイタッチをした。ハフはロープを掴むとスルスルと甲板に降りて行った。テラは肩掛け鞄に手を置いて、
「マウマウ、カイトさんは物知りだね」
『ええ、地質学者だから地球については詳しいね。私も2人の会話を聞いていて楽しかったわ』
「地球って本当に凄いね。深い地面の中でいろいろな鉱石を生み出しているなんて。それに私の大好きな海も地球の一部だしね」
テラは見張り台の上から四方の海を見ながら言った。
『テラの世界が広がったわね。今、テラの見ている海の深い深い底だってそう、見えない物にも興味が広がっていくことは大事なことだわ』
テラは頷くと、狭い見張り台の上で斬魔刀飛願丸を素早く抜刀する練習を始めた。テラは飛願丸の刀身を眺めた。吸い込まれそうな黒色で、紫色に浮かぶ刀文が波と水飛沫の様な美しい刀身である。
「ねえ、マウマウ。斬魔刀飛願丸は、マナを帯び、所有者が斬りたいと願うもの全てを絶つということだけれどもマナを帯びるって何のことなの?」
『マナを持つ敵、つまり魔力を持っている敵を斬る度に斬魔刀飛願丸にマナが溜まっていくということなのよ』
「マナが溜まると願うものを斬れるということなの?」
『そうとも言えるけれども、少し違うわね』
「マナが溜まるとどうなるの?」
『敵のマナを吸い込み溜まる程強化されていく。溜まったマナを使えば飛願丸にマナは無くなり元の状態に戻る』
「飛願丸の強化って、斬りたいものを斬れるってこと?」
『飛願丸の強化は、マナが1溜まれば刀身が1倍で変わらないけれども、2溜まれば刀身が2倍に、3溜まれば刀身が3倍に伸びるイメージね。見た目では、刀身は伸びていないけれども、斬れる範囲が伸びるということなの。そこに所持者の斬りたいと願うものだけが斬れるという破格の能力が付加されるのよ』
「その破格の能力ってどんな能力なの?」
『例えばマナが10溜まっていたとすれば、刀長1.4mの10倍の距離、14m以内のものが斬れる。しかも斬りたいと願うものだけ』
「その14m先のものが斬りたい場合には、手前が大きな岩で遮られていても、斬りたいものだけが斬れるということなの?」
『そうよ。手前の大岩は斬れずに、その陰にある斬りたいものだけが斬れるのよ。でも,実際の刀身があるから、直前の物はその刀身で斬ってしまうから注意が必要ね。それにその能力を使うとマナは0に戻ることにも注意が必要ね』
「どうやってその能力を使った1振りを出せばいいの?」
『斬りたいものを願い、1振りする。そうね、必殺技の感じで名を付ければやりやすいかもしれないわね』
「必殺技・・・ワクワクするわ。私もついに必殺技持ちになるのね。名は何がよいかしら・・・」
テラは、深く息を吸い込むとゆっくりと吐き出し、額に右手を当てて黙り込んだ。
「ねえ、遠いところを斬ることができるので、遠くを表す素敵な言葉はないかな」
『・・・遠方、遠距離、碧落』
「なんか必殺技には向かないわね。それなら飛魚でいいかな」
『プッ・・・先ほどトビウオを見たからでしょう』
「・・・虹もみたわよ」
『それなら虹霓撃はどう。ある国では、竜を虹に例え、雄を虹、雌を霓と呼んでいるそうよ』
「ものを飛び越えて斬るイメージだからそれでいいかな・・・でも難しい名だから・・飛魚も混ぜて飛虹撃にするわ・・・うーん、やっぱり虹魚がいい。決定」
『・・・好きにしなさい』
「マウマウ、何か不満でもあるの」
『私の提案は必殺技の名には向かないと言っておきながら、ちょっと前に見たものの名を合わるなんて、呆れただけよ』
「呆れ斬り。これもいいかもね」
『プッ、はいはい、虹魚に賛成よ』
テラは胸の前で拳を握った。テラは日課である斬魔刀飛願丸を素早く抜刀する練習を始めた。時折、マストの上の見張り台からは、「虹魚、虹魚、虹魚ー」と掛け声が甲板に響いていた。
マナツは見張り台にいるテラを見上げて、
「本人はもう大人だと言っているけれども、まだまだ・・・」
「子供のうちは早く大人になりたがり、大人になれば子供に戻りたいと思う。これをない物ねだりと言えばいいのでしょうかね」
ダンは方眼鏡を指で押えながら呟いた。
「明日は魔大陸ラゴン大陸の海域に入る。今日を悔いなきように過ごせ」
マナツが叫ぶ。
「マナツさんは、凄い事を言うのですね。船の上で今日を悔いなきように過ごせとは」
カイトがそう言うと、ファンゼムが舵を取りながら、
「準備不足で死ぬより、今日やれる準備を怠るなという意味ですよ」
と、答える。
「なるほどね。明日の死に際に準備不足を悔いるより、今日できることをしろということですか。納得です」
クルーの慌ただしい点検や準備を横目に、カイトは納得していた。
テラが甲板で斬魔刀飛願丸の抜刀練習を終えると、肩掛け鞄から卵を取り出して大事そうに両手で握った。卵に何やら話しかけ始めた。カイトはその光景を見てテラに歩み寄った。
「テラさん、それは卵ですか」
「ええ、ある場所でこの卵を託されました」
「託された?・・・ちょっと見せてもらってもよろしいですか」
テラは卵をカイトに渡す。カイトは片眼鏡で薄い黄色に茶色の模様のある卵を観察し始めた。時より指先で殻を叩いていた。カイトは首を傾げて、腰に下げている鞄からハンマーを取り出して、コンコンと叩き始めた。
「ちょっと! 何をしているのですか」
テラが思わず叫んだ。
「あ、失礼。この卵は鉱石と同じ硬度をもっていたので」
「カイトさん止めてよ。私の大事なものなんだから」
テラはカイトの手から卵を奪う様に取り返した。テラは頬を膨らませて睨んでいた。
「テラさん、申し訳ありません。大変興味深い卵だったのでつい。貴方の大切な卵ですからこれからは大事にします。ところでこの卵はある場所で託されたといいましたが、どこですか」
「・・・それは言えません。業務上の秘密です」
「・・・それなら、どなたから託されたのですか」
「それも業務上の秘密です」
テラはカイトにすっかり腹を立てているようだった。
「その卵に何か思い当たることでもあるのですか」
その声に、テラが振り向くとマナツが後ろにいた。
「思い当たることと言えばないこともないのですが、私も実際に見たことはない卵ですので、確信はありません」
テラはカイトの腕を左手で掴み、
「それを教えてください」
と、詰め寄った。
「・・・鉱石の文献で見たことがある程度の知識ですが」
「是非その知識を、お願いします」
「およそ1億年から6千600万年以上前の地層から発見された卵です。つまり、太古の生物の化石と共に埋まっていたということです。文献では200年間で5個発見されています。その卵は石化されていない、鉱石に匹敵する殻をもつという特徴から奇跡の卵と呼ばれています」
「テラの持つ卵も同じ特徴をもつとおっしゃるのですか」
「マナツさん、2つの特徴のうちの1つ、硬度が類似しているだけです。この卵が古代の地層から発掘されたという話も証拠もないわけですから、せめて、その卵がどうやって人の手に渡ったかが分かればある程度のことは分かりますが」
「この卵が発掘されたかどうかですね」
「はい」
「これは、ある場所で神獣に託されました」
「何ですと、マナツさん、今、神獣とおっしゃいましたか」
「はい、神獣です」
「実に興味深い話です。その神獣はこの卵を何と言っていましたか」
「何も言わず、テラに預けるので孵せとだけ」
「もう一度、その神獣にこの卵の事を尋ねるしかないですね」
「ねえねえ、カイトさん。発掘された卵は5個あったんだよね。その卵は孵ったの?」
カイトはテラを見て首を横に振った。
「文献には卵が孵ったとは載っていませんでした。その後、その卵のうち3個が行方不明となっています。所在が分かっている2個は、グリュードベル王国とローデン王国の王立博物館に所蔵されているというこです」
「この卵は、絶対に私が孵してみせるわ。サク様が私にこの卵を任せてくれたのだから」
「カイトさん、ありがとうございました。この卵が大変貴重な卵の可能性があることがわかりました」
マナツが礼を述べると、テラもにこりとして頭を下げた。
「では、1つだけアドバイスを・・・この卵が古代の地層から発掘された卵だとしたら、過酷な環境にも長時間耐えられるという特徴があるはずです。少々の環境の変化では卵が孵らない可能性が大きいと思います。この卵の親にあたる種族はそれでも孵化させて、反映していた訳ですので、何らかの方法はあるはずです。親になったつもりで考えてみたら、孵化に近づくかもしれませんね」
「親か・・・卵を産んでもいないのにいきなり親の気持ちか・・・難題だわ」
「大丈夫よ。子供を産まなくても親にはなれるから・・・」
マナツはテラに優しく語りかける様な眼をした。
「母さん・・・ありがとう。大好き」
テラは満面の笑みでマナツに抱き付いた。マナツの胸の中でテラは続けた。
「私を生んだ母さんではないけれども、母さんは母さん。私は幸せ」
「私の子供がテラでよかったわ。私も幸せよ」
マナツはテラを強く抱きしめた。
「儂もテラが儂らの子供で幸せだぜよ」
「私もですよ」
「俺もだ」
「私はテラの姉で幸せよ」
女神の祝福のメンバーが私の家族だとテラは実感し、マナツの胸の中に顔を埋めながら叫んだ。
「みんな私の家族。みんな大好き!」
「テラ、今何か言ったか。よう聴こえんかったわい。もう1度叫んでくれ。がはははは」
「あはははは」
テラはマナツの胸の中でふくれっ面をして叫んだ。
「もうー。みんな・大・嫌・い」
「今のは、よう聞こえたわい。がはははは」
「ファンゼムさん、テラをからかってはだめですよ」
カイトがそう言うと、
「テラすまん。あまりにも嬉しくて、ついからかってしまったわい」
ファンゼムが目じりを下げて、気持ちを率直に言葉にした。
ククククッ、マナツの胸の中から笑い声が響いた。マナツも笑い出した。テラは、堪えきれずに声にだして笑った。その瞬間、
「あぁー。今、卵がピクッと動いたわ。たぶん・・そんな気が・・・」
テラが叫んだ。
「なんですとー」
カイトが驚きの声を上げた。そして卵を覗き込む。
「本当かい?」
「本当に?」
「これはえらいことやな」
クルーが声を返す。
「私と母さんのお腹の間に鞄に入った卵があるんだけれども、その卵が動いたような・・・そんな気がしただけ・・・かも」
テラがそう言うと、マナツが驚いた眼をして、
「な、何か動いたわよね。私もそう感じた」
「そうよね、母さん。動いたわよね」
テラは卵を肩掛け鞄から出してじっと見つめたが、薄い黄色に茶色のまだら模様のある卵は沈黙のままだった。
「やっぱり、あなたは生きているのね・・・私があなたのお母さんになって、必ず孵してあげるからね」
テラはマナツに似た優しい眼差でそう語りかけた。




