第8章 科学の力
第8章 科学の力
歌劇奉納の儀の翌日。
ナギ王国首脳部は大変な衝撃を受けていた。歌劇奉納の儀に参加していた軍務大臣アレックス・フォン・フォール侯爵と王子護衛カヒライス・フォン・ザイド男爵がホール内で相次いで亡くなったのだ。捜査の結果、フォール侯爵は、コージス侯爵がたしなめても食べ続けたオリーブの実の塩漬けに毒が混入されていたことによる中毒死であることが判明した。しかし、このオリーブの実の塩漬けは、フォール侯爵が持参したお気に入りの瓶詰めの物であったことから、実行犯が絞り切れないまま捜査範囲は拡大して、難航していた。また、王の盾の最高峰と称され、大勲位雷鳥章を授与されたザイド男爵の謀反とボックス内での白龍については、かん口令が敷かれた。速報の発表では、ザイド男爵が護衛任務中に体調不良のため急死とされた。
フォール侯爵の子であるローズ第2王妃は憔悴し、離宮グリーンフォレストの自室から外に出なくなった。心配した侍女たちが声をかけても応じることはなかった。
ドリゥーン王子は、政治的な駆け引きに長けた叔父のフォール侯爵の急死によって、第2王妃派はその勢力を急激に弱めていることへの苛立ちと、アルベルト王子が戴冠にまた1歩近づいたことへの焦燥感を覚えていた。王位継承権2位のドリゥーン王子を擁立させようとする第2王妃派は、家名の七光りと言われている外務大臣コージス侯爵のみとなった。
アルベルト王子派にとっても、衝撃的な事件であった。アルベルト王子の信任も厚く、王子の両翼とさえ目されていたうちの1翼ザイド男爵の謀反は、王子派のみならず事実を知る重臣たちにも不信感という大きな禍根を残していた。誰が信頼すべき仲間なのか、誰の言葉を信じるべきなのか、疑心暗鬼にさせるには十分であった。
また、アルベルト王子とルーナ王女、ザイドを父と尊敬していたリリーの受けた衝撃と拭いようのない失意は計り知れないものがあった。
アルベルト王子個人でいえば、剣技の師でもあり全幅の信頼を寄せていたザイドの翻意の原因となったバーム皇国との友好条約締結も、その信念に重荷を課す結果となった。
王宮グレートフォレスト、アルベルト王子執務室。
「王子の生命に最も危険なザイド男爵を排除できたことが最大の成果だったと考えるべきだ」
クローとの思念会話をダイチが言葉にした。頭では分かっていても、感情は拒絶して沈黙する。
ダイチが慌てて、
「皆様、申し訳ありません。クローは合理的で、感情を汲み取らすに発言してしまいます」
「ダイチ殿、我々も分かっております。身近で最大の危険がザイドであったことも、それを疑い歌劇奉納の儀で我々の意思で罠をかけて、排除できたことも。でも、感情が追いつかないのです」
ルーナ王女が言う。
『最大の危険を排除できたことを喜ぶべきかと思うが、人間の感情は理解し難いものだ』
クローが思念会話でダイチに言った。
アルベルト王子がクローに、
「クロー様、我が父が他界した後、父とも思える存在のザイドの翻意は、受け止めきれない心の痛みとなっているのです」
と、言った。
『クローの言っていることを全面的に支持したい。其方たちが望んでいることは、アルベルト王子の即位と民のための友好条約であろう。その障害が1つ取り除けたのだ』
カミューが意見を述べた。
「クロー、カミュー、ザイドに対する敬愛という感情が、割り切れなさを感じさせるのだ。お前たちの意見が正しいのは承知しているが、今は感情が受け入れるための時間が必要なのだ」
『人間の心とは、美しくとも儚いものだ』
カミューが呟いた。
「では、ザイドの事は触れずに、今回の成果と問題点、現状などの整理しておこう」
「それは大事ですね。情報の共有にもなる」
アルベルト王子が言った。
リリーが、
「それでは私から、成果としては、ローズ第2王妃派の勢力が削がれた事です。軍務大臣フォール侯爵の政治的な力も大きかったので、これがなくなったことと、一時的であるかもしれませんが、ローズ第2王妃の活力が減退したことで、我々アルベルト王子にとっては順風となります」
と言うと、ルーナ王女は、
「確かにそうね。言い辛いことも含めて指摘してくれてありがとう。リリー」
ダイチが続けた。
「別の角度からの成果としては、魔族の力の発生源、つまり操作されている人間の探索は、人物を特定するまでには至らなかったのですが、3人に絞れました。当日、護衛を担当した兵はルーナ王女のお力添えで、全員が魔族の力の発生源ではないことをクローが確認済です。残る候補者は、ローズ第2王妃とドリゥーン王子、それに外務大臣コージス侯爵です。
それから女忍者、くノ一と呼べばいいのかな、宝珠を強奪した実行犯を捕まえたので、宝珠強奪の目的が分かるかもしれません。
デメリットとなることは、魔族の力の発生源がその3人の誰かだとしたら、歌劇奉納の儀において、アルベルト王子の対面のボックス席に座っていたのですから、カミューを見られた可能性もあります。つまり、こちらは魔族の存在を知り、魔族もこちらの存在を知るに変わったことです。
追い詰められていることを自覚して、そうそう尻尾は出さないと思います。恐らく、フォール侯爵の喪に服するなどの理由で我々との接触を回避してくるでしょう。
それからザイド男爵から黒幕の名を聞き出せなかったことです。
アドバンテージは、魔封結界の源をまだ知られてない事です。これは大きいです。
今後の懸念は、追い詰められた魔族が、どう出るのか。魔封結界の源を探るために、恐らくもっと積極的に出てくるでしょう。そして、我々が全く把握していない魔族の手足となる協力者がいると考えることは自然です。この協力者の割り出しです。
また、捕らえたくノ一に仲間がいましたので、くノ一を取り返しに来るか、暗殺に来る可能性も高いと思います」
『ダイチに同意だ』
『主の意見に同意だ』
ルーナ王女が、思い出したように発言した。
「そう言えば、国王緊急脱出通路を知っていた残りの2人は、特に不審な点はなかったと報告を聞いています。ですが、歌劇奉納の儀の護衛が、気になることがあったと報告しています」
「それは、どのような事ですか」
ダイチが尋ねる。
「それは・・・・」
ルーナ王女は、護衛兼監視のパープル男爵からの報告をそのまま伝えた。
「取るに足らないことですが、少し気になりますね」
ダイチがルーナ王女からの話を聞いて感想を述べた。
『主、其奴は魔族の力の発信源の手足となっている協力者の可能性があるな』
「まさか」
ルーナ王女は異を唱えた。
クローは黙ったまま、カタカタと机の上で動いている。
『よし。ダイチ、魔族の力の発生源、つまり魔族に操作されている人間の特定。上手くいけば、魔族に操作されている人間の指令を受けて、手足となって行動している協力者も特定できる可能性が高い策がある。そして、それは王位継承権争いを収束へと導く策ともなる』
「クロー、一石三鳥・・・そんな上策があるのか」
『ああ、ただし、少しの危険と大きな勇気が必要だ。全ての判断はダイチに任せる。その策とは・・・』
クローから思念会話で、策を聞いたダイチが、
「皆さん聞いてください。我々の軍師、クローに策があります」
ダイチが悪い笑みを浮かべながら言った。
王宮グレートフォレスト 地下牢。
「こ・・・モゴモゴ、モゴモゴ・・晴らす。・ろ・・」
「殺せー。私の無念は仲間が晴らす。殺せー。と言っているのですか」
ダイチは、地下牢で両手両足を拘束され、猿ぐつわを噛ませられたくノ一の前で片膝をつきながら言った。
「ひどい仕打ちと思うかもしれませんが、自害されることは、こちらの本意ではないのです。生き抜いてほしいと願っています。私自身もこの過酷な世界で逞しく生き抜きたいと思っています」
「ムグムグ・・モゴモゴ、・・せ」
「私の名は、ダイチ・ノミチ。たった1つの質問に答えていただければ開放します。これはお約束します」
ダイチは壁に立てかけて置いた黒の双槍十文字を手に取った。
女はその槍で殴られるのではないかと、覚悟を決めたようだ。
「宝珠奪還の時に戦った白龍は、ローデン王国の破魔神獣神龍のカミューです。カミューここへ」
カミューが黒の双槍十文字の装飾擬態を解いて、目の前に現れた。4メートルの白龍である。
くノ一は目をパチクリさせながら、
「か・・・ごモゴモゴ・・・モゴモゴ・び・・・す」
「では、こうします。貴方の拘束は全て解きます。望むなら無条件で解放します。ですから自害だけはしないでください」
そう言うと、ダイチはくノ一の猿ぐつわと手足の拘束を解いた。
その途端、くノ一はカミューの前に片膝をつき頭を下げた。
「カミュー様、ご無礼を働いたことをお許しください。死をもってお詫び致します」
「おい、だから自害するなと言っているだろう」
ダイチの言葉にカガリは敵意のある目で睨んだ。
『くノ一よ。宝珠強奪には、何らかの事情や信念があったことは分かっておる。それを話してほしいのだ』
「はい。恐れながらカミュー様に申し上げます。宝珠は、元は我ら白狐衆の物、我らが住む富岳の里の祖ヒーデキ・オチャノミズが創り出した我が里の宝です。それを取り戻しに来たのです」
「ヒーデキ・オチャノミズ? 俺と同じ日本の出身か」
「黙れ、私はカミュー様に申し上げている。口を挟むな」
くノ一は鋭い目つきでダイチを刺す。
『まあ、そう言うでない。その男は我が主だ』
くノ一は振り向きダイチを見ると、
「・・・・・」
目を丸くしていた。
『其方、名は何と申す』
「はっ、白狐衆下忍、カガリと申します」
「カガリ、宝珠強奪の理由は聞けた。約束だ。開放する。どこへなりと行くがよい」
「そうもいきませぬ。宝珠をカミュー様がお守りになっているとなると、取り戻すことは最早不可能。そこでお願いがあります。我が白狐衆とこの国、そして宝珠のことを詳細にお話し致しますゆえ、ご助力を願えればと考えます」
と、カガリは、ダイチとカミューに頭を下げた。
『約束はできんが、申してみよ』
「我が白狐衆は、420年前に開祖ヒーデキ・オチャノミズが十尾白狐に導かれ富岳の里をつくりました。それ以来忍術を極め、比類なき忍者集団「白狐衆」を名乗りました。開祖オチャノミズは、国王アベイスと10年間に渡り親交を深めました。そして、培ってきた信頼の証として宝珠をアベイスに贈りました。
宝珠を手に入れたアベイスは、軍を派遣し富岳の里を襲いました。辛うじて生き残った数家族が、細々と白狐衆の技を受け継いできました。これが我々に語り継がれてきた話です。現在の白狐衆は私と兄タジの2人のみです。私と兄タジの望みは、白狐衆から騙し取った宝珠を取り返したいだけです。既にアベイスは亡くなりました。今後は無益な殺生は致しません。宝珠をお返し願えませんか」
『主、どうだ』
「カガリ、この国のことは、異国人の私には判断できませんので、アルベルト王子とルーナ王女にお伝えします」
ダイチはカガリを見て丁寧に答えた。そして更に、
「質問があります。白狐衆は、なぜそこまで宝珠にこだわるのですか」
「宝珠は、410年前に開祖オチャノミズが、その技術を駆使して自らつくり上げたと伝わっているからです」
「開祖オチャノミズ氏は、高い彫金技術をお持ちだったのですか」
「そうかもしれませんが、白狐衆の使う全ての忍術は開祖ヒーデキ・オチャノミズが開発したものです。開祖オチャノミズが書いた書物が保存されております。その忍術の技術がきっと隠されているに違いありません」
「忍術を開発するとは、素晴らしい表現ですね。その書物の名はなんと」
「科学大百科 忍術編 です。王国軍の襲撃で多くは焼失したと伝えられています」
「科学大百科。間違いなく俺の世界から来た日本人だ。420年前にそんな人がいたのか」
「ダイチ様と同郷なのかは分かりませんが、開祖オチャノミズは、トーキョ出身だと伝わっています」
「本当ですか。きっと、トーキョは東京のことだな。やはり日本人だったのだ。」
ダイチは、ハーミゼ高原の河原で孤独と絶望で嗚咽した自分の姿とオチャノミズ氏の姿とが重なり、目頭が熱くなった。
「ダイチ様は同じご出身なのですか」
「間違いなく同じ国です。アルベルト国王とルーナ王女に宝珠のことを伝えてきます。お待ちください。まだ開祖オチャノミズ氏のことでお聞きしたいこともあります」
「はい。ただ場合によっては。兄タジが私を奪回に来る可能性もあります」
「無駄な殺生があっても困る。カガリさんはすぐお戻りください。小袋は返します。ただ小刀は2本とも折れてしまいましたので、護身用に必要なら用意します」
「心配無用です、小袋の中にも予備が1本あります」
ダイチはカガリの小袋を取りに地下牢から出た。
その小袋を取りに行く通路で、ダイチはクローに言った。
「クロー、俺と同じようにこの世界に飛ばされた人がいたのだな」
『そう言うことだな』
「開祖オチャノミズ氏は、この世界で生き抜くために忍術を開発したのだと思う」
『黒装束タジとカガリが使っていた忍術は、鍛錬と科学とこの世界の道具の組み合わせだった』
「ほう、例えばどんな」
『例えば、変わり身の術と微塵の術、影縫いの術。変わり身の術は、予め手頃な木の幹に装束を着せてアイテムケンテイナーに格納しておく。術の時にそれを出す。微塵の術ならそれに火薬を仕込む。発火後、光学迷彩布を頭から被ってその場から離れる』
「こ、光学迷彩布だって。俺のいた世界でも透明に見える光学迷彩ガラスや布が発明されたばかりなのに、すごい科学力だ。420年前だよな」
『開祖オチャノミズは、この世界に420年前に来たとしても、前の世界の420年前から旅立ったとは限らない。時空が捻じれていれば、ダイチより先の未来からこの世界の過去へ来た可能性もある』
「・・・その可能性もあるな。影縫いが、催眠術を応用していることは理解できた」
『ダイチはしっかり術にはまっていたがな』
「自力で術を破っただろう」
『術者の女を消滅させろと教えたのに、ダイチはクナイの鈴を消滅させたよな。あれは賭けだったぞ。まあ、その選択はダイチらしいけれども』
「当然だよ。相手は人間だよ。暗示が解けるならそれでいい」
『オチャノミズ氏は、自分のもっている科学の知識や技術を忍術に応用して、自衛の手段に用いるとは、その発想は私でも感心する』
「忍術は科学か素晴らしい」
『ダイチ、話を半分しか聞いていないな。鍛錬と科学とこの世界の道具だ。特に鍛錬は大事だ』
「科学大百科 忍術編と言っていたから、まだ科学大百科には続きがあったのだろうな。焼失していない書が他にあるなら見てみたいな」
『ダイチ風に言えば、この過酷な世界を科学の力によって、逞しく生き抜こうとしていたのだな』
「ああ、自分の知識や技術、能力を最大限に発揮して、それを生きる術としたのだから、素晴らしい生き方だ。その生き方を見出す前には、底知れない孤独と絶望があったのだろうな」
ダイチは、歩きながらゆっくりと視線を落とした。
ダイチはカガリの小袋を地下牢の衛兵から受け取ると、
「この小袋は、アイテムケンテイナーのような性能をもっていたよな。クナイとか小刀を引き出していた」
『そうだな。大物や緊急性の低いものはアイテムケンテイナー、クナイや火薬、小刀は小袋と、大きさや重量、素早く出し入れが必要な物など、その用途によって使い分けていたのだろう』
「この小袋がアイテムケンテイナーの代わりをするのかすごいな」
地下牢に着くとカガリに小袋を返した。
「では、タジさんに早く会って、安心させてあげてください。それから早まってはいけない、しばし待つようにと」
「はい」
「明日の午後6時にまたこの地下牢でお会いしましょう。その時は門を通ってここにきますか。連絡を入れておきますが」
「心配無用。では明日の午後6時に」
カガリは姿を消した。
『あれが光学迷彩布か。まるで見えない。微かに空気が動いているような感じだな』
王宮グレートフォレスト、王子の部屋。
この部屋には、アルベルト王子とルーナ王女、王女護衛のリリー、ダイチ、クロー、カミューがいた。
ダイチはカガリとのやり取りについての詳細を語った。
ルーナ王女が
「あのくノ一は、白狐衆のカガリという名の忍者でタジという兄がいて、白狐衆から騙し取った宝珠を返してほしいという望みがあるということですね。この主張には肯定できない部分もありますが、およそ410年前に信頼の証として、開祖ヒーデキ・オチャノミズから国王アベイスに宝珠を贈ったということはナギ王国の歴史書にも記されています」
と言った。
「ですが、宝珠を手に入れたアベイス国王陛下が、軍を派遣し富岳の里を殲滅したとは書かれていません。あの慈悲深いアベイス国王陛下が、そんなことをするはずがありません」
リリーが加えた。
「国王アベイスと10年間に渡り親交を深めた末の宝珠の贈呈だったと言っていました。しかし、宝珠が目的なら、国王アベイスは、そんなことをせずに奪えたはずです。この富岳の里には秘密がありそうですね」
ダイチが疑問点を指摘する。
『宝珠は大事なのか』
カミューがルーナ王女に率直な質問をした。
「宝珠は王冠、王笏と合わせて王の三聖器と呼んでいます。ナギ王国国王の権威の象徴です」
ルーナがカミューに説明した。
『宝珠は大事なのかというのは、象徴という意味で大事なのかと問うたのではなく、実用的な機能として、どうなのかということを聞きたかったのだ』
「実用的な機能については聞いたことがありません」
『人間とは不可解だな。実用性がない物を大事にし、それを奪い合うとは』
カミューが言うと、その言葉にクローも、
『王の三聖器がなくとも王は王だろう。どうしても王の権威の象徴が必要なら、レプリカや全く別の物で代用することもできるはずだ。命を賭けるものではない』
と、同意する。クローは思念会話なので、ダイチとカミュー以外には聞こえていない。
「王の権威の象徴としての宝珠、それ以外に実用性があるのか、カミューは面白い発想だな。俺には、その高い実用性から興味が湧いているものがあります。開祖ヒーデキ・オチャノミズ氏が、科学大百科 忍術編を著していたと言っていました。この科学大百科です」
「科学大百科とは、どのような書物なのですか」
アルベルト王子が尋ねた。
「科学とは、学術・学問全般を指しますが、狭義に言えば、自然の事物や事象の観察、実験等の手法で原理、法則を導き出す及びそれに関わる技術。国民の生活向上、社会の発展に寄与するものと理解しています。その科学のよろずのことが記された書物だと考えます」
「オチャノミズ氏は、国民の生活向上と社会の発展を願っていたのですか」
アルベルト王子が興味深く思い尋ねた。
「オチャノミズ氏が、最初からそう願っていたかどうかは分かりません。科学の力を使って生き抜こうとしていただけかもしれません。そして、アベイス国王陛下と出会い、互いに影響を与え合い、共に発展していこうと考えたのではないでしょうか。正にアルベルト王子の様に、アベイス国王陛下も科学に興味を持たれ、10年間の親交があったのだと思います」
『ダイチ、そうするとオチャノミズは科学者ってことだよな。科学者が権威の象徴としての宝珠を自作して贈るって不自然だろう。宝珠には科学的な技術が隠されているとは思わんか』
「クロー、そう考えると合点がいくな」
ダイチは思念会話でクローと話をすると、
「アルベルト王子、ルーナ王女にお願いがあります。宝珠を調べさせてください」
「な、なんという要望ですか。あれは、王族でもやたらに触れることもできません。正に王の権威なのです」
ルーナ王女が、美しいヘテロクロミの青と緑の瞳を丸くしながら言った。
アルベルト王子がダイチと王女の目を交互に見て、
「ダイチ殿は、宝珠に象徴ではない、科学の力が秘められているのではないかと考えているのですね。分かりました。ナギ王国と富岳の里との真実を解明するためにも、学術的な調査として宝珠を調べてみましょう。責任は私がとります」
と、調査許可を出した。
これにルーナ王女も賛同し、
「アルベルト、逞しくなりましたね。それなら、内務大臣ラングエッジ侯爵と教育文化大臣マザーン子爵に話して、協力者になってもらいましょう」
リリーも賛同して、
「新たな事実が出てきて、アベイス国王陛下の汚名が晴れるならすばらしいことです」
と言う。
「カガリさんにも立ち会ってもらうのはいかがでしょうか」
ダイチの提案にリリーが、
「え、カガリは宝珠を狙っていたのではないですか。危険です」
「クローとカミューがその場にいれば問題ないかと」
「重臣たちが反対をするでしょうね」
ルーナ王女が言う。
ダイチは、
「カガリさんのことなら大丈夫です。見えないのです」
「見えないとは、どういうことですか」
アルベルト王子が不思議そうに尋ねると、
ダイチは、
「科学の力で消えるのです」
と、不敵に微笑んだ。
真夜中の一室。
窓のない一室には、黒いテーブルと燭台に1本の蝋燭。奥にいる1人は椅子に座り、テーブル越しに1人は床に片膝をついて座っている。壁に映る2人の影は、ゆらゆらと動き、室内の薄暗さを際立たせていた。
揺らめく蝋燭の小さな灯りが椅子に座る1人の男の顔だけを橙色に照らしていた。その男は額から後頭部までが禿げ上がった外務大臣ルーレン・フォン・コージス侯爵であった。
片膝を着いた男が、
「傀儡師ホージュス様、フォール侯爵の死によって王位継承争いは決着がついたと思われます」
と言うと、
「フォール侯爵は、音楽を嗜む教養もない人間だった。王位継承争いはどうでもよいこと。それよりも、アルベルト王子を神獣が守っておる。これは予期せぬ事態だ」
「神獣が手を貸していると、・・・神獣雪乙女とやらですか」
「違う。破魔神獣神龍だ。神龍は、800年前の人魔大戦でも人間の召喚術士に従う6神獣として、魔王ゼクザール様が率いる我ら六羅刹と魔族軍に挑み、魔王ゼクザール様を封印した」
「封印の解けた魔王ゼクザール様が、報復に神龍を殺したとホージュス様から聞きましたが」
「その報復の際に傷を負った魔王ゼクザール様は体を癒している最中だが、神龍は世代交代をしたようだ。だから、あの神龍はまだ幼い」
「その神龍がなぜアルベルト王子を守るのですか」
「神龍が特定の人間に手を貸すとは思えん。あの神龍の影には、人間の召喚術士がいるはずだ」
「召喚術士とは一体・・・」
「人魔大戦では、神獣6体を意のままに操る術を持った人間だった。侮ることはできない」
「そう言えば、宝珠奪還で手助けしたというダイチという男が、この王都ロドに参りました。その後もルーナ王女の覚えもめでたく、王宮に出入りしております」
「あの男のことか・・・。宝珠奪還の際に謁見の間で奴を見た。ごく普通の優男に見えたがな」
「ダイチを探ってみます。必要とあらばこの手で・・・」
「それもよかろう。だが、召喚術士を侮るでないぞ。奴には神龍が付いておる。それに神龍がいるということは、我が魔力の力を感じ取っていることだろう。同じホール内にいたのだ、我が席周辺にいた数人にまで絞れていても不思議はない。
だが、ダイチが我らに攻撃を仕掛けてこないところを見ると、まだ我がこのコージスの体を支配していることまでは掴めていないということだ。そして簡単には踏み込めないローズ第2王妃かドリゥーン王子もその候補なのだろう。今後、我はダイチとの接触を避けることにする。其方は、どのような手を使ってでも封魔結界の源を掴め。もう時間がない」
「はっ、では、ダキュルス教信者を使いとうございます。既に準備は整っております」
「構わん。好きにやれ」




