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30. 桜の下の迷宮〈後編〉

 水色の魔人を倒した俺は、子供たちの輝く瞳に囲まれた。

「スゲーーーーっっっ!」

「キャーーーーーッッ!」

「かっけーーーーっっっ!」

 なぜこうも落書き魔人は子供受けがいいのか……。


「おおーーっっっ!」

「すばらしいっ!」

「素敵ねーーーっ!」

〝パシャッ〟

〝カシャッ〟

〝パシャッ〟

 何が彼らをそうさせるのか、かつて少年少女だった大人たちによる、緑の魔人撮影会が始まってしまった。

「いやー押本さんっ、さすがですねっ!」

 谷口先生はご機嫌だった。


《よくぞスライム魔王を倒してくれたっ》


 その時、どこかで見た小学生のような幻影が宙に現れた。

 何かのコスプレだろうか、着ている衣装は先週見たアニメのパクリで、背中の透明な羽はクマゼミじゃないか?


《これはご褒美だぞ。受け取りなさい》


〝チャリン、チャリンッ、チャリリンッ、チャリーーンッッッ!〟

 アニメ少女の手からコインが落ちた。


《これを持っていると、運が少し良くなるぞ。押本の分もあるからな》

 そう言うと凛子……じゃなくて少女の幻影は消えた。


『ちょっと特殊なケースになるので、押本一人で頼むぞ』

 凛子が言っていたのはこれか……これがやりたかったのか……。


 こうして、隣町の東湯乃原小学校マジックギルドの視察は無事に終わった。


「どうだった押本っ!」

「あ、いやまあ、みんな楽しそうだったかな」

「最後の女神はカッコ良かっただろっ!」

「え?」

 あれ、女神だったのか……。

「まあ、まずまずだな。谷口先生からまた連絡が来たら教えてくれ」

「了解した。それより、押本は転生しないのか?」

「転生?」

「今日の唐揚げでレベルが20になっただろ、アナウンスが流れたはずだぞ」

 子供たちと大きな子供たちに囲まれて気づかなかった。


 エアモニターで管理パネルを開くと、たしかにレベルが20になっている。

 画面の端にはいつの間にか【転 生】というボタンが追加されていた。


 ついにこの時が来た!ようやく隠していたチートキャラの出番だ。最初は遊ぶために用意したが、今なら運営サポートがずっと楽になるだろう。しかも、キャラクターデザインは登録していないので押本栄の姿のままでログインできるのだ。職業欄ももちろん空白だ。今度ピーちゃんが出てきたら、一撃で仕留めてやろう!


「フハハハハハッ! 無敵の無職が無双するっ!」

「どうした押本っ」


 おもむろに【転 生】ボタンを押すと、すかさず凛子が手を出した。

「何だ?」

「320円くれ」

「あ、手数料か……直接払うのか? え、今? ちょっと待ってくれよ……」

 財布の中にちょうど320円があった。これも強運の金貨のご利益だろう!


「まいどありーっ、お団子買ってくるーーーーっっっ!」

 魔法のように凛子が消えてしまった。

「それよりやっと転生だ!」


『fu/ui3748//38ji99/308』

 管理パネルで転生先のキャラクターを直接指定した。誰にも気づかれないように名前など付けず、複雑な番号を振って隠していたのだ。どうせ俺のままなのだから、名前は元から必要ない。


《指定したキャラクターに転生しますか?》

《YES/CANCEL/NO》


「YES!」

 俺はボタンを押した。


〜翌日。

「退会したいんだがな」

「ちょっと待てっ、また何か掛かったっ」

 リールを巻くと竿がしなった。

「地球じゃないのか?」

「いやっ、これは大きいっ」


〝バシャッ〟


 慌てず竿を強く引くと、今度はオニカサゴが高く跳ねた。残念だが針がしっかりと掛って逃げられそうにない。

「魚が食べたいなら、スーパーで買えばいいだろ?」

「で、退会の理由は?」

 タモ網ですくって針を外し、魚でいっぱいのバケツに入れた。

「何でまた()()()なんだ?」

 海を覗き込む凛子は楽しそうだ。興味はなさそうだったのにやらせてみると、ついているのかこうも大漁になるとは思わなかった。

「設定したキャラクターに姿形のデータがないからだ」


 キャラクターデザインの登録はせず、職業欄も空白にしたのが失敗だった。アップデートのせいか、足りない情報は転生前のキャラクターから引き継ぐ仕様に変わっていたのだ。


「再登録で、キャラ選択を一からやり直したい」

「やり直す?」

「シラフでな。酒は不要だ」

「帰りにビール買わないのか」

「俺にも自制心はある。今度はアカウントの取得からやり直しになるが、問題ないな?」

「あーーダメだな」

「ちょっと特殊なケースだろうけど、オーナーの頼みだぞ」

 もう少し融通が効けば、遊園地にでも連れて行ってやるものを。


 転生した今度の魔王は経験値がカンストしているため、レベルは1から上がることはない。つまり、どう頑張っても二度と転生はできないのだ。


「おーい押本、利用規約だ」

 凛子がエアモニターを広げた。

「誰もこんなもの読まないんだよ、だいたい利用規約ってもっと大きな字にならないのか?」

「伝統だからな。それより、これからは風呂に入ってる時でも狙われるから気をつけろよ」

「だから魔王専用の家を買うと言ってるんだ」


 改訂された利用規約によると、魔王を選んだユーザーが住民登録をしている家は強制的にストーリーモードに組み込まれ、経験値や魔力の大きさに合わせて見た目や機能が変化する。おまけに、公園などと同じような公共のスペースとして扱われることに承諾したと見なされてしまう。つまりそれは、持ち主がログインしていようといまいと、住んでいる家が、全てのユーザーやN.P.C.がいつでも許可なく侵入できる無法地帯になるという事だ。

 結果、全ての能力がカンストしている俺の屋敷は、どこから見ても立派な魔王城になってしまった。

「せっかく買った夢なのに……」

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