23. 湯乃原山の頂上決戦 その1~カレーの香り~
その日、我々《湯乃高ギルド》の三人は、授業が終わると校門に集合した。
「よしっ、出発!」
はやる気を抑えるつもりのない夏菜は早速ログインをして剣を腰にぶら下げ、荷物にしかならない盾を背負って元気に笑った。
「なっちゃん気ー早過ぎっ」
「えらい気合い入ってるなーっ」
「いいじゃん別にっ!」
チェーンメイルだってそれなりに重いだろうに、まるで小学生の男の子のようで可笑しかった。下校する他の生徒たちの生暖かい目が少し痛かったが。
校門からダラダラと続く坂道をしばらく歩いて登ると、山の頂にある空き地に到着した。かつてそこには、我々が学ぶ湯乃原高校の学生寮があったそうだが、少子化と建物の老朽化によって既に取り壊され、跡地は自然の姿を取り戻しつつあった。時々、天文部が真夜中に観望会をやっているそうだが、実は街を一望できる夜景スポットであることはほとんど誰にも知られていない。おそらく、山の上は学校の関係者でなければ立ち入り禁止である、と勘違いされているのだろう。
そして、そこで我々は宿敵ともいえる存在に出会ったのだ。
「あれっ? 誰かいるみたいだぞ。カレーのいい匂いがするっ」
「ほんまや、キャンプやろか。あそこで焚き火やってるやん」
「でも、テントは見当たらないよ。なんか変な旗が立ってるけど」
空き地の真ん中で、一人の男が座って暖を取っていた。奥には小さな自動車が停めてある。また、どう言う意味か分かららないが、三角形の青い旗が焚き火の横に立てられていた。
〝カアーーーーッ〟
カラスが飛び立った。
「おい見ろっ、あいつ魔物だっ!」
「小夜ちゃんっ、ログインするでっ!」
「魔物ってカレー食べるのっ!?」
私と恋紋がログインすると、男は焚き火から顔を上げた。手にはカレーが入っているらしいカップを持ち、黒いコートを着てはいるものの、明らかに人ではなかった。
我々は、彼を〝落書き魔人〟と呼んでいる。
落書き魔人の姿はまるで冗談か罰ゲームのようで、緑色の顔に赤い目、剥き出しの牙、髪のない頭には二本のアンテナのようなツノが生えている。しかも、長い尻尾が後ろで揺れて、先に付いた矢印が背中に見え隠れするのだった。
「やっぱりここに来て正解だったなっ!」
夏菜が教科書の入ったリュックを投げ捨てると、炎の剣を握りしめ盾を構えた。
「嬉しそうだねー……」
「まあ、気持ちは分かるけどなっ」
落書き魔人は静かに立ち上がり、焚き火の横の青い旗を不思議そうに見つめた。
「あの旗、武器やろか?」
「それより、誰が一番に仕掛けるっ?」
「そりゃなっちゃんでしょっ!」
強く冷たい風が流れた。
落書き魔人は足元の箱から小さな水晶玉を取り出すと、おもむろに焚き火に落とした。
〝ボボンッ!〟
すると、焚き火の炎が急に膨らんで、紫色の煙が吹き出し始めた。亀の宝箱とは様子が違う。
「毒ガスやろかっ?!」
「それじゃーあの魔人が死ぬよねっ」
「それは困るっ!」
紫の煙が風で流されると、夏菜の杞憂は吹き飛んだ。いつのまにか焚き火の中に、一体の骸骨が立っているのだ。しかも、それは理科室の標本とは違い剣を握っている。眼窩の奥で揺れる蒼い炎が我々を睨んでいるようだった。
「やったーっっっ! これを待ってたっっっ!」
夏菜が弾けるように走り出すと、件の骸骨も剣を抜いて焚き火を飛び出した。
「デヤッッ!!」
〝ガキンッ!〟
二つの剣がぶつかると、大きな音が草原に響いた。
「うちらも行くでっ!」
「う、うんっ」
私は仕方なく恋紋の後について走った。
「アイスニードル!」
〝ガチンッ!〟
恋紋の攻撃が肋骨で跳ね返された。
「えいっ! えいっ!」
果たして硬い骨に効果があるとは思えなかったので、私は筆蜂を骸骨の眼の中に突入させた。
「小夜っ! ナイスっっ!!」
骸骨の剣が空振りをしている。
「セイヤッッ!!」
〝ドキンッッッ!〟
夏菜の剣が骸骨の首を切断した。
「アイスロック!」
〝ガキガキンッッッ!〟
恋紋の氷魔法が背骨に当たると骸骨はバラバラになった。
「やったーっ!! 倒したーーっ!!!」
「うちらの勝ちやーーっっ!」
「まだだよっ!」
落書き魔人が落ち着いた様子で、矢印の付いた黒い棒を拾い上げた。
「よーし、それじゃ次はどうする? 一対三じゃ卑怯だよなっ」
「えっ、だって今一緒に……」
「ほんならジャンケンしよかっ」
我々が順番を決めている間、落書き魔人は我々の様子を伺うように、なぜか焚き火に枝をくべて待ってくれた。
「ジャンケンほいっ!」
「相子でしょっ!」
「相子でしょっ!」
はたから見るとのどかだが、この状況を理解できる者はいなかっただろう。
そして、こういう時の私はジャンケンに強いので安心していたのだが……。
「えっ?! 勝った私が最初に戦うのっ!?」
「そらそうやんっ、小夜ちゃんが先鋒やでっ!」
「よーし小夜っ、行ってこいっ!」
これこそまるで、冗談か罰ゲームのようだった。




