19. 月に輝く花〈前編〉
冬の満月に照らされた人気のない公園は、広々として寂しく、枯れた木々がよけいに寒さを演出していた。
「折原っ、この電熱コートは人類の勝利だぞ!」
「凛ちゃんが寒さに弱いって聞いたからさ、買っといたんだよ。本当は釣りとかツーリング用なんだけどね」
「いや、どうせなら俺の分も買っといてくれよ……」
俺と凛子は、かつての同僚である折原の頼みで、深夜のユーザーサポートを引き受けることになった。本来の依頼主は、薬屋《万葉の祠》を経営しているマジユニユーザーの女性だ。
「それで、なんでわざわざこんな夜中に公園なんだ」
「ほら、あそこを見てくれ」
折原がログインをすると、広場の真ん中に立派な鬣がある巨大なライオンの像が現れた。背中には白い翼が生えている。
「あのライオンが出す質問に正解すると〝天月草の花〟が手に入るんだ」
「なんだそれ、自動生成イベントか?」
「そうらしい。三ヶ月前に始まったんだ」
「フフッ」
凛子が笑った。
「で、その花ってのは?」
「依頼主によるとだな、錬金術で錬成の成功率を上げるのに必要なんだと。最近はユーザーが増えてるだろ、魔法薬の品切れが多くてネット販売を止めてるんだ」
「それは繁盛しすぎだな」
「まあ、そう言うな。公式の通信販売でも手に入らない、オリジナルの商品は人気があるんだ」
凛子が生成するマジユニの公式アイテムは、魔法の杖に武器、防具から各種の薬品や魔導書の類まで多岐に渡っている。しかし、それでも需要を十分に満たせてはいない。そのため、運営のつまりは凛子の認証を受けた一部のユーザーや業者の出番となり、制作されたその希少なアイテムは高値で売買されることが多い。
「商機を逃したくないしな。そろそろ押本もログインしろよ」
眠っているライオンの像に近づくと、それはレンガでできていた。
「尻尾の先にレンガの道が続いてるだろ、質問に正解しないと通れないんだ」
道の先の遠くを見ると、キラキラと何かが輝いている。
「あの向こうに光ってるのが〝天月草の花〟だ。満月の光が当たらないと見えないようになってる」
「それで満月の今日なのか」
「そう言うことだ。チャンスはほぼ一ヶ月に一度しかないからな、慎重にいくぞ」
折原が前に進むと、ライオンの目が開いた。
《よく来たな、無謀な愚者どもよ》
「我ら、尾の道を通り、月の花を求めん!」
《それでは、人類未到の試練を乗り越え、その知恵と勇気を示せ》
「よしっ、いつでも来いっ」
ライオンの目が光った。
《空を登る者、東に動く者、足を止める者、その3人で手を繋ぎ、輪を作れ》
「……凛ちゃん分かる?」
「いきなり運営に聞くなよ」
「折原、三度目の正直だっ、頑張れっ」
「なんだお前、今日で三回目なのか!?」
「質問が毎度毎度変わるんだよ。頼むよ押本、なんとかしてくれ」
「錬金術師の珍しいアイテム、報酬にくれよ」
「押本っ、がんばれっ」
《空を登る者、東に動く者、足を止める者、その3人で手を繋ぎ、輪を作れ》
位置がバラバラな三人でどうやって手を繋ぐ? 確かにここには三人揃っているが……。
どうやって空を登るんだ?
東に〝歩く〟ではなく〝動く〟の意味は? どこから見て東なんだ?
足を止めて動かない者が基準なのか? いや、そもそも基準になる座標がなければ……。
もしかして。
「凛子、折原、とりあえず手を繋げ、三人で輪になるぞ」
「それはどういう……」
「いいから、繋げ」
俺と凛子、折原はそれぞれ左右の手を繋ぎ、輪になった。
《その答えは?》
「空を登る者は、地球と一緒に太陽を公転する。東に動く者は、地球と一緒に自転する。足を止める者は、地球と一緒に立っているだけだ。ここにいる三人は手を繋いでいても、見方が違えばそれぞれが別々の方向に動いている」
《正解だ》
ライオンが笑った。
「なるほど、そういうことか」
「押本っ、正解だっ」
レンガの道の向こうに花畑が見えた。
《それでは、第二問》
「えっ、凛ちゃんまだあるのっ!?」
「三人いるから試練は三つだなっ」
「折原一人なら一つだったのにな……」
《これは遠い遠い未来の話、今から1000年先の出来事だ。
一人の悪戯好きの学者が、とある遺跡から発掘された遺物を使って、誰も見たことがない生物を復元した。
それはまるで、短い足が生えたキノコのようでいて、人の背丈よりも大きく、長い胴体からは平たい腕が何本も生えていた。残っていたのは骨格だけだったので、とりあえず表面は灰色のワニに似た皮膚で覆った。
発表を受けた科学界は、生物進化の歴史を塗り替える新発見に大騒ぎとなり、ついには世界中で同じ遺物が見つかり始めると、教科書が書き換えられる結果となった》
ライオンの目が光った。すると、目の前に件の学者が復元したという生き物が現れた。
《果たして、この生物の正体は何か?》
「凛ちゃん、何これ?」
見たこともない〝何か〟が短い三本の足で立ちユラユラと揺れている。細く長い棒のような胴体からは、厚みのない腕が前後左右に生えている。一番上が頭だとしたら、顔は横に細長いソーセージのようだ。おそらく目、鼻、口は適当に配置されているに違いない。耳は見当たらない。そして、背丈は二メートルを遥かに超えている。
「フフフッ」
凛子はこの状況を楽しんでいる。
「私は答えを知っているのでな、押本と折原に任せるぞ」
「今度は折原の番だな」
「いや、俺こんな生き物知らねーし」
「俺だってこんなの知らん。第一、未来の新発見なんだぞ」
《果たして、この生物の正体は何か?》