20. 月に輝く花〈後編〉
《果たして、この生物の正体は何か?》
「俺は電熱コートも着てないし、諦めて帰ろうっ」
「凛ちゃんっ、何かヒントはない?」
凛子はライオンを見つめた。
《これは、21世紀の初め頃に、ほぼ絶滅した》
「だから押本と折原も、見たことはあるはずだぞっ」
「いや、俺は知らんて」
「凛ちゃんっ、ヒントおかわりっ」
凛子はまたライオンを見つめた。随分と気前がいいようだ。
《いずれも、家や建物の遺跡と一緒に見つかっている》
「だから押本と折原の家にも、あるかもしれないぞっ」
「あるかも? 〝いるかも〟じゃないのか?」
「凛ちゃんっ、ヒント大盛りでお願い!」
凛子はまたライオンを見つめた。しかしこんなにサービスが良ければ試練にならないのではないか。どうやら、凛子の目的は別にあるらしい。
「二人ともよく聞けよっ」
《見つかったのは化石ではなく、金属の骨組みだ。そして、この事件は科学界の黒い歴史であり、当の悪戯好きの学者は追放された》
「だから押本と折原は、この発見を疑わないとダメだぞっ」
「なんだそれ、つまりこんな生き物はいなかったって話じゃないか」
目の前で疑惑の塊が揺れている。
「あ……もしかして俺知ってるかも……」
折原が目を大きく開いた。
「田舎の爺様の家に、屋根に残ってたんだ……これ、テレビのアンテナだ……」
《正解だ》
ライオンが笑うと、目の前の〝何か〟の肉の部分が消えて、骨格だけになった。
「折原っ、正解だっ」
「テレビのアンテナって、皿みたいなパラボラだろ?」
「違うんだよ、昔はこんな金属の棒を組み合わせたアンテナだったんだ。アナログ放送を受信するのに使われてな、古い家なら今でも撤去されずに残ってるんだ」
「アナログ放送って……何だ? 俺はそんなの知らんぞ」
《それでは、次が最後の試練だ》
ライオンの尻尾が三つに分かれた。それぞれの先に、花畑ではなく月の光を反射する扉がある。
《それぞれ、尻尾が指し示す扉を開け》
「よしっ、ここからは一人ずつに分かれて進むぞ。私が一番乗りだっ」
凛子は走ってレンガの道を行くと、扉を開けて中に消えた。すると、尻尾が二本になった。
「おい、凛ちゃんて、普段は何やってんだ? 武器とか魔法の薬とか作ってんのか?」
「いや、いつもは飯食って風呂入って、飯食ってTVゲームやって、飯食ってアニメ見て、飯食って漫画読んで……今年の夏は近所の子供たちと一緒に飯食って、虫取りやってたな」
〝ミーーーーーンミミミミーーーーーーーンッ! ジジジッ! ジワワワワーーーーーンンンッ! ミンミンミンミンミンミンミンミーーーーーーンミンミンミンミンミンミンッ!〟
『見ろ見ろ押本っ、こんなにセミが取れたぞっ』
『家の中で逃すんじゃないっ!』
『ほらほらカブトムシとクワガタもいるぞーーっ!』
〝ミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミッ!〟
「今は寒いから、ずっと家に引きこもって飯食ってるけど、あとは寝てるな」
「えっと、マジユニの運営だよな?」
「たぶんな……」
たぶん、宇宙船の方が頑張っているんだと思うが、よくは分からない。せめて屋敷の掃除でも手伝ってくれると助かるんだが。
しかし、折原の質問によって、この〝天月草の花〟イベントのつまりは凛子の本当の目的が分かった。
「それじゃあ、俺も行くわ、後でな」
折原が剣を抜いて、ライオンの尻尾に続く道を進んだ。その先に何が待っているのか、予想がついたのだろう。
残っている尻尾は一本だ。
空を見上げると、満月が少し傾いていた。
「熱いコーヒーでも持って来るんだったな」
夜の公園はもの静かで寒いが、少し名残惜しい。帰ったら温泉で暖まるとしよう。
「そろそろ行くか……」
催促をするように動く尻尾の先を目指して、俺はレンガの道に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー!」
扉を抜けると、色とりどりの花が並ぶ建物の前に、エプロンをした一人の若い女性が立っていた。
「押本様ですね。今宵は亥子丑生花店へようこそ!」
そこは花屋だった。
「えっと……」
「天月草の花はこちらになります。たった今咲いたところなんですよっ」
店員は嬉しそうに笑うと、植木鉢を差し出した。一輪の白い花が、満月のように輝いている。
「では、これをもらえますか」
「はい、ありがとうございますっ。税込で300万円になります」
「はっ!?」
「300万円になりますっ」
店員の笑顔が眩しい。
「これはおまけに差し上げますので読んでください。増やすのは難しくないですよっ」
サービスなのか、育て方が書かれたパンフレットをもらった。
俺はしぶしぶ管理パネルを開くと【購入】ボタンを押した。300万円は銀行口座から自動で引き落とされる。
「遅いぞ押本っ」
超絶ぼったくり生花店を後にすると、真夜中の公園で凛子が一人待っていた。
「折原はまだなのか?」
「あいつはもう少しかかるな」
レンガのライオンはどこにもいない。
「なんだ、押本は一本だけか」
凛子はたくさんの天月草を花束のように抱えている。
「よくそんなに買えたな」
「何言ってる、これはタダだぞ。あたり一面に咲いてたからちぎって集めたんだ」
「俺のは300万円だぞ……」
「押本はお金持ちだからな仕方がないな。植木鉢も付いてるし、パンフレットももらったんだろ?」
「それはそうだが……」
どうやら立場によって入手方法が違うらしい。
「ハァ、ハァ……」
しばらくすると、折原が疲れた様子でどこからか帰ってきた。手には一本の天月草が握られている。
「押本と折原でたったの二本か」
「いや、宝箱にはこれしか入ってなかったんだよ」
「どこで何やってたんだ?」
「それがな、動く木の群れに囲まれてな、最後は鯨みたいなでっかい花に襲われたんだ。なんとか退治できたけど、キツかったなぁ~」
「折原は騎士だから仕方がないな。公園の森に隠された宝箱を見つけたんだろ」
「そうだけど、凛ちゃんはたくさん集めてくれたんだな」
「全部やるから《万葉の祠》の主人に渡してくれ」
「ありがとう、助かるよ」
「俺は300万円で買わされたぞ。植木鉢とパンフレット付きでな」
「いや、さすがにそれは……持って帰って鑑賞用にでもしてくれ」
「よしっ、二人とも帰るぞっ」
凛子は目的が達成できたようで嬉しそうだった。
「おい凛子、実は魔法薬を生成するのが面倒になって、天月草を配るイベントを開いたな」
「え、そうなの凛ちゃん?」
「よく分かったな。最近はユーザーが増えてきたんでな、私も忙しくて手が回らないんだ。錬金術師や道具屋には案内状を出しといたから、今夜はあちこちの公園でみんな頑張ってるぞ」
どうりで気前よくヒントを出すわけだ。
翌日、持ち帰った天月草を屋敷の庭に植え替えようとしたが、やせた月では見えなくなったため、鉢ごと土に埋めてしまった。増やす方法はいたって簡単で、花が枯れた後に落ちるタネを適当に土に埋めて、これまた適当に水を撒くだけでいいとのこと。やがて月の光に反応して芽が出るので、そのまま放置するだけである。あまりに難しいと、運営の仕事が増えるのだろう。
「押本っ、お団子を食べようっ」
凛子は満月の夜になると、街にある老舗の和菓子屋で買った団子を食べるのが習慣になってしまった。
《月見》の風習を誤解しているきらいもあるが、今思えばこれも計画の内だったのかもしれない。
「美味しいなっ、押本っ」




