3
煎茶と和菓子を囲んで、女子三人が座布団に座る。
八重の部屋は、片隅に文机と本棚、箪笥があるだけのすっきりとした部屋だ。ただ、本棚の一部に可愛いこけしが並んでいたり、文机の上にお洒落な髪飾りが幾つか置かれている辺りに、年頃の少女らしさが表れている。
「やっぱり怪異ではなさそうですか?」
幾ばくかの期待を乗せて、八重がお茶を飲む杏珠に尋ねる。
杏珠は茶器を置き、首を傾げた。
「少しだけ、質問しても構へん?」
「はい、どうぞ」
「最初の怪異のとき。足音が聞こえたのは何時頃やったか覚えてる?」
八重は首を傾げ、やや上方を見ながら考え込む。
「正確な時間は分かりませんね……ただ、深夜は回っていたと思います。最近、少女画報を読み耽って遅くまで起きていることが多いんです」
「なるほど。……あの奥の物置き部屋とお父さまの書斎には、何か大事な物が置いてあったりするのん?」
「いわく付きの壺とか掛け軸とか」
「環!」
要らぬ合いの手をいれる環に、杏珠が鋭く窘める。環は薄い唇を小さく尖らせた。
八重は笑いながら、杏珠の質問に答える。
「えーと……物置きには、父が道楽で集めた地方のお面や玩具ばかりで大したものはありませんね。書斎の方は、一応、大きな金庫があるんですけど。中は、ほぼ空ですわ」
「へえ?その金庫、中身が空ってこと、使用人はみんな知っているん?」
「え?……別にわざわざ言ってませんのでどうかしら。でも、ほとんどが知っていると思います。父が一度、金庫の鍵を失くした!と大騒ぎして。そのときから、その金庫は使わなくなったので。だから、最近入った二、三人は知らないかもしれませんね」
「わたくしの家にはダイヤル式の金庫があるわ。だけれど、父が番号を紙に書いて貼っているのよ!正直、全然意味がないと思わない?」
「滅多に使わないと、番号なんて忘れそうですもんねえ」
んん!と杏珠が咳払いした。
話がズレてしまったので、修正する。
「それで、最後の確認なんやけど。怪異って、一晩中起きてる訳やないよね?ちなみに最後の生首は何時頃?」
「ああ……そういえば、そうですね。深夜までには収まっていますね……。生首のときは、わたしが風呂を終えて、部屋に帰ってきてすぐくらいでした」
八重は目を細め、ゆっくりと思い出しながら答える。
ふんふんと満足そうに頷く杏珠へ、環が我慢できなくなったようにつつく。
「杏珠!そろそろ答えを教えてくれないかしら」
「もう!まだ全部分かってへんよぉ」
「えええ?そうなの?」
残念そうな口振りで言われ、杏珠はややムッとしたように眉を寄せた。
「だって怪異が人為的に起こされたものやったら、犯人がいるってことやん。つまり犯人が誰か分からへんと全部分かったとは言えへん」
「えっ」
環が固まる。しばらくそのまま固まっていたが、やがて恐る恐る口を開いた。
「犯人って……つまり、生きている人間がやったってこと?」
「ええっ?!そりゃそうやん。妖怪や幽霊の仕業やなかったら、あとは人間やろ。まあ、自然現象の可能性もあるけどさ」
「あ、そうか」
ここに至っても、いまだ“妖怪か幽霊の仕業”という思い込みから抜けていなかったらしい。環は拍子抜けしたように頷いてから、首を傾げた。
「でも、どうして怪奇現象を起こそうとするの?」
当然の質問だ。
杏珠はなんでもない口調でさらりと答えた。
「それは……“こっそり書斎へ行きたかったから”やろね」
「ん?」
環の眉が寄る。杏珠は部屋の前の廊下を指した。
「最初は、真夜中にそうっと行けば大丈夫やろうとこっそりここへ来たんやと思う。でも、遅くまで起きていた八重さまに気付かれてしまった。そして翌日には、見回り。だから色々と怖がらせて止めさせようとしてみた。箒の先に糸で吊るした白い布きれを振り回してみたり、隠れて唸ってみたり。そうすれば、みんなが部屋に籠って出てこなくなるのでは?と考えたんちゃうかなぁ。……という訳で、八重さま」
環から八重に視線を移して、杏珠が問う。
「最近雇ったという二、三人のうち、女性の方は?」
杏珠から聞かれ、その質問が意図する部分を理解し───八重は、ハァ……と溜め息をついた。
肩を落とし、小さく答える。
「該当するのは、一人だけです。あとは男ですから。そうですか。彼女が……」
「え?え?ええっ?!待って、待って。生首の件は?そこが一番問題なんだけど?」
慌てて環が声を上げた。
「ああ、それね。みんなが怪奇現象で怖がり始めたからさ。この機会に八重さまをもっと脅せば、奥の部屋からお祖母さまの離れへ移るとか、使用人に近い部屋へ移るかも知れへん。そうしたらゆっくり書斎を調べられると思たんやろなぁ」
「……そうじゃなくて。女中はどうやって生首になったの?」
思っている答えと違うものが返ってきたので、憮然としながら環は腕を組んだ。
杏珠は「じゃ、実際にやってみよか」とにっこり笑って立ち上がった。
顔くらいの大きさの手鏡を八重から借り、杏珠は古参の女中を連れて奥の廊下へ向かう。
女中を曲がった先に立たせ、自分は突き当たりの壁に鏡をくっつける。そして、少し傾けて位置を調節し、環と八重に声を掛けた。
「見える?」
「……ええ、見えるわ」
「見えます」
二人の返事に、杏珠は満足そうに微笑んだ。曲がった廊下の先にいる女中の姿が、環達から見えるかどうかを確認したのだ。
「つまり、これが生首の正体」
途端に環が異を唱えた。
「鏡に映った人と生首は間違えないと思うんだけど?」
「でも、夜は廊下が真っ暗やったやろ。鏡と壁の境なんて見えへんわ。そっちから距離もあるしね。で、犯人は……蝋燭を手で囲って顔の辺りだけほんのり明るくなるよう照らしたはずやと思う。でないと、何も見えへんから」
「な、なるほど」
説明されて、ようやく納得したらしい。戸惑いながら、環は頷く。が、再び気になるように壁を指した。
「だけど、鏡を持つ人が必要じゃない?さすがに人が立っていたら、気付くわよ」
「この長押に、小さな釘が打ってあるねん。ここに、鏡を引っ掛けて角度を調節すれば人の手は要らんよ。たぶん、玄関にあった鏡を使うたんやろね」
それを聞いて、廊下に立っていた女中が杏珠の横に来た。長押を眺め、「まあ、本当だわ!」と憤慨する。
「こんなところに勝手に釘を打つなんて。そもそも主家で盗みを働こうと考えること自体、とんでもないですけれど……どこまでも非常識な子ですね」
「せやけど、これだけ必死に策を弄したのに、金庫の中が空っぽやったって知ったら……ガックリやろうなぁ」
肩を小さく震わせて笑いながら、杏珠が言う。女中はまだぷんぷんしつつ首を振った。
「がっかりしているのは、こちらです。率先して働く良い子だと思っていましたのに。お嬢さまが悲鳴をあげて倒れたときも真っ先に駆けつけたと思ってたら……すぐそばで脅かした本人だったんですね」
「まあ!彼女がわたしを介抱してくれたの?」
杏珠達の元へ来た八重が目を丸くする。女中は不満そうな顔で頷いた。
「そうですよ。すぐにお嬢さまを部屋へお運びして手当をしなければ!なんて殊勝なことを言って」
「きっと、鏡に気付かれないよう必死やったんやね」
はあ、と女中は溜め息をついた。
姿勢を正し、杏珠に向かって深々と礼をする。
「明後日には、旦那さまが戻られます。あたしが勝手に采配するわけにもいきませんので、あの子は奥の部屋で謹慎させておきますよ。……侯爵のお嬢さま。ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
夕闇が迫り始め、杏珠と環は慌ただしく名井藤家を辞した。
門には、八重を筆頭に多くの使用人達が見送りをしてくれる。数日悩まされた怪異の謎が解けて、みなホッとしているようでさる。大仰な見送りに、周囲の人達は何事かと興味津々だ。
「は~、生首が見れると楽しみにしていたのに!」
名井藤家が後ろで小さくなった頃、ぽつりと環がこぼした。
あまりにも意気消沈しているので、杏珠はつい、杖でバランスを取りながら手を伸ばして環の髪を撫でる。
「まあまあ。八重さまはホンマに怖かったんやから、本物やなくて良かったって思ってあげなアカン。……よし、明日はカフェーでも行こか」
「いいえ、フルーツパーラーにしましょう。わたくし、甘いものをたっぷり食べたいわ!」
「ええね。じゃ、明日はフルーツパーラーで!」
ふふ、と少女二人は笑い合い、仲良く帰路に着いた―――。




