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大正ロマネスク事件簿  作者: もののめ明
五、壁の中

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25/25

※ 前話に説明図を追加しました

 尾邑家の屋敷を後にし、杏樹たちは再び一丁倫敦のアパートメントに戻る。

 アパートメントの部屋に入るなり、佐々喜が声を上げた。

「お嬢!なんだって新聞に乗せるべきだなんてぇ言うんだよ!」

「ええ?新聞のネタになるやん?」

「本気で言ってんのか?……あの子の力、本物だと?」

「辰五郎さんは違うと思うん?」

 いたずらっ子のような笑みで杏樹が問えば、佐々喜は難しい顔になった。

 腕を組み、首を傾ける。

「うーん……正直、よくわからん……。二回目の、長い髪の鬘を被せた件。あれ、当てたっちゃ当てたよな?ちょっとゾクッとした」

「だから、お梅ちゃんの力は本物だって言ってんじゃん!」

 キヨシが横で口を尖らせる。

 富久が三人の前に茶を並べながら、それぞれの顔を見比べた。そして、にこっと笑う。

「あらあら。杏樹さまは、もうタネがわかってはるんですね」

「えっ?!」

 富久の言葉に、佐々喜とキヨシが驚いたように動きを停止させる。

 しばらくして、それぞれに身を乗り出した。

「タネって……!やっぱり仕掛けがあるのか!」

「お嬢さま、なんであのとき言わなかったんだよ!」

 杏樹はふっくらした桜色の唇に指を当てた。

「ふふ、当たり前やん。あの場で暴いたらアカン。信じたフリをしておかんと!」

 富久もソファに腰を下ろし、興味深そうに尋ねる。

「信じたフリをせな、あきませんの?」

「うん。何故、あんなことを始めたのかが、分からへんかったからね。お梅ちゃんは、千里眼の力でお金儲けしようと考えてる様子はないし、あんな内気な子がそういうことをするには……何か、特別な意味があるはずやと思うねん」

「特別な意味」

 佐々喜が小さく繰り返す。そして顎に手を当て、考え込んだ。

「つまり、そのためにまずは新聞沙汰にしたいっていうか……世間で話題になって欲しいって感じか?」

「うん、たぶんね。そやけど、今はまだホンマに記事にせんでいいよ。新聞社が取材に来たっていうだけで充分かも知れへんし」

「なんだよー、千里眼の力が本物ってことより、そっちの場合の方が謎が深いじゃねぇかよー」

 うがーっ!と唸って頭を搔きむしり、佐々喜は杏樹を見据えた。

「で。……千里眼の仕掛けは?」

「んふふ~、それは全部わかってから言うわ。辰五郎さんもちょっとは自分で考えてみ?うちと同じものを見てるんやから」

「俺ぁ、それが出来ねぇからお嬢さまを誘ったんじゃねぇか。意地悪なこと言わずに、教えてくれよー」

 情けない声で杏樹に縋りつく佐々喜。

 その様子を見たキヨシと富久は、我慢できなくて声を上げて笑った。


 翌日。

 杏樹は学校を出たところでキヨシに声を掛けられた。いつものごとく、環と一緒である。

「キヨシくん、どないしたん?」

「杏樹お嬢さま!今朝、尾邑家に豆腐を届けに行ったら……あの、あの……お梅ちゃんが……!」

 オロオロとした様子でキヨシは言葉を濁す。

 周囲の女子学生たちが物珍しそうにキヨシと杏樹たちを見ている。その視線に、言葉を止めたようだ。

 気を利かした環が、「キヨ坊、車の中で話しましょう」と迎えの車を指した。

 ―――車に乗り込むなり、キヨシが勢い込んで杏樹に訴える。

「杏樹お嬢さま!お梅ちゃん、納屋に閉じ込められちまった!」

 話についていけない環はポカンとした顔になったが、杏樹の方も目をぱちくりさせた。

「へ?なんで?」

「壁ん中にネコがいるって言ったらしくて」

「……壁の中に猫」

 さっぱり意味が分からない。

 環と目を合わせてから、杏樹は「最初っからちゃんと話してくれへん?」とキヨシに要望した。


 キヨシの説明は、以下の通りだ。

 朝、豆腐を届けに行ったら、いつも受け取りをしてくれるマサが青い顔をしていた。

 理由を聞いたところ、昨日、問屋の取り引き先の一人がお梅の千里眼の噂を聞いて、ぜひ見せて欲しいと主人に言ったらしい。

 千里眼のことを知らなかった主人は、お梅を呼び出して話を聞く。

 お梅は素直に、"分厚い壁の向こうがなんとなく分かる"と説明し、主人が感心したところ、「そういえば、蔵の壁の中にネコがいるみたいで……」と言い出したのだとか。

 すると、番台の一人が何を馬鹿なことを言うのだ、お前は虚言で人を惑わせて楽しんでいるのだと怒り、お梅を納屋に閉じ込めてしまったらしい。

「えぇ?その番台さん、ヒドない?」

 杏樹が啞然とする。キヨシは力一杯、頷いた。

「ヒドいっすよね?!店のご主人も驚いたらしいけど、番台さんが言うには、"この子は前から、人に構って欲しくて虚言を言うクセがある"って。お梅ちゃん、そんなことないのに!」

 キヨシは悔しそうに唇を噛む。

 一方、杏樹は不意に真剣な顔となって、人差し指を噛みつつ考え込み始めた。

 環がそんな二人を交互に見て、眉を寄せる。

「ごめんなさい、そもそも、千里眼ってなんの話なのかしら?」

 ハッ!とキヨシが我に返った。

「あ……えと、白喜久屋で奉公しているお梅ちゃんって子が、分厚い壁の向こうに誰がいるか、当てられるんスよ。それで、それが本当の千里眼なのか、何か仕掛けがあるのか、この間、杏樹お嬢さまに見てもらって……」

「えええ?!」

 話の途中で、環が大袈裟に叫んだ。そして、ヨヨヨと泣き崩れる(真似をする)。

「酷い、酷いわ!そんな面白そうな話に、わたくしを誘ってくれなかったのね?!わたくしは怪談奇談が大好きだと知っているのに!」

「ご、ごめんなさい」

「いいのよ……キヨ坊にとって、わたくしは道端の雑草くらいの存在だって分かっているもの。そうよね、わたくしなんて邪魔者よね、杏樹さえいればいいのよね……」

「そんなことないっす、環お嬢さま!オレ、環お嬢さまもすごく頼りにしてます!ホントです!!」

 キヨシは慌てて環に取り縋った。

 謎の解明に杏樹の力は必要不可欠だが、その相棒は絶対に環だ。キヨシは、二人の息の合ったやり取りが大好きなのだ。

 ただ、先日は佐々喜がいた。

 佐々喜と環は折り合いが悪い。

 というか、環が佐々喜を毛嫌いしている。野暮ったくて胡散臭いおっさんが、杏樹に近付くことを非常に警戒している。

 なので、気遣いの出来るキヨシ少年は、環に声を掛けられなかったのだ。環がこういった不可思議な現象を愛していることは知っているけれども。

 キヨシの必死の取り成しに、環は曲げた臍を直した。元より、これは環流の冗談である。

「わかったわ、許してあげる。でも、これっきりですからね?次から、必ずわたくしも呼ぶのよ?」

「はい!」

 満足そうに環は頷き、そして杏樹に視線を向けた。

 考え込んでいる親友の姿に、首を傾げる。

「杏樹?」

 声を掛けられ、杏樹はゆるりと俯いていた顔を上げた。

「キヨシくん。辰五郎さんを呼んできてくれへん?白喜久屋へ行くように、て。うちらも行くから」

「え、あ……はい!」

 せっかく環と佐々喜が顔を合わせないようにしたのに、残念ながらそれは無駄だったようだ。佐々喜の名を聞いた途端、鼻の頭に皺を寄せた環に気付かぬ振りをして……キヨシは急いで車を降り、帝都萬新聞社へ向かって走り始めた。


 白喜久屋近くに車を止め、杏樹はこの間と同じく屋敷の裏口から中に入る。環は物珍しそうに周りを見渡しつつ、その後に続いた。

「ごめんくださいまし」

「へい……あ、この間のお嬢さま」

 出て来たのは、先日の千里眼実験で鬘を被らされた男性だ。宇兵衛という名だっただろうか。

「一体、どうされました?」

「お梅ちゃんが納屋に入れられたと聞いたのだけど」

 杏樹が言うなり、宇兵衛はギョッとして慌ただしく杏樹たちを外へ連れ出した。

「キヨ坊ですかい、その話をお嬢さまにしたのは。……どうか、その話はここでしないでくだせぇ」

「あら、どうして?」

「番頭さんがくだらないことで騒ぐなと……」

「ふぅん?」

 杏樹が不満そうに鼻を鳴らした。

 宇兵衛は拝むように両手を合わせる。

「すんません、お嬢さま。とにかく千里眼の話は忘れて、今日はもう帰ってくだせぇ」

「でも、お梅ちゃんは……」

「さっき、納屋から出してもらいやした。もう、虚言は言わねぇって約束して、それで丸く収まったところなんです」

「そう……分かったわ」

 杏樹は溜め息をついて、環を振り返った。

「帰りましょう、環」

「え……ええ」

 あっさり引き下がった杏樹に、環は思わず片眉を上げたが……問い返すことはせず、二人はおとなしく車へ戻った。


 それからしばらくして、佐々喜とキヨシが来た。自動二輪車オートバイに二人乗りしている。

 屋敷から少し離れたところに車を止め、そのそばで環とお喋りしながら待っていた杏樹は、佐々喜の自動二輪車に気付いて手を振った。

 車の後ろに自動二輪車が止まる。

「よう!お梅ちゃんが納屋に閉じ込められたって聞いたが……」

 ゴーグルを外しながら、佐々喜が先に口を開く。

 杏樹は頷いた。

「うん。そやけど、もう出してもろたみたい」

「なんだ、じゃあ、解決じゃねぇか」

 環がしかめっ面をした。

「わざわざ呼ぶ必要あったの?この男を」

 すると佐々喜も歯を剥き出しにする。

「おうおう、言ってくれるじゃねぇか。この件は俺が先に関わって、杏樹お嬢さまを呼んだんだよ。あんたは関係ねぇ」

「あんたなんて、言われたくありませんわ!わたくしの名は、環!嶋津森環よ!」

「ぎゃんぎゃんうるせぇって。がならなくても、聞こえるっつーの」

 杏樹は軽く息を吐いて、二人の前に手を出した。

 一体、何が気に食わないのか、環と佐々喜は顔を合わせるたびにこの調子である。

「はいはい、終わり!今はそんなことやってる時間やないの。辰五郎さん、うちと一緒に店の主人と会うてくれる?」

 その途端、ぴたっと二人は止まり、佐々喜は笑顔になった。

「もちろん!そのために俺を呼んだんだろ」

 こう言ってはなんだが、胡散臭い笑顔である。

 杏樹は苦笑しながら、白喜久屋の表玄関の方へと向かった。

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