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ロスアクス家は、王家に関わりを持ちたかった。
丁度殿下と同じ年齢のビヴが、婚約者になれるように、ロスアクス家は動いていた。
でも、ベルデ家という、王家に対して強い影響力がある家に、やはり殿下と同じ年齢のわたしが居た。
ロスアクス家とベルデ家では、ベルデのほうが家格が上だし、今まで王家と縁付いたこともある。財力で云ってもベルデ家が上だった。
ロスアクス家ができることは、わたしの〈力〉が顕現しないように動くことだけだった。
〈力〉を封じる〈力〉は、とてもめずらしい。
〈力〉を完全につかえなくする、という、実に迷惑な能力である。普通は、〈力〉を悪用した人間につかい、〈力〉をつかえなくした上で労役などにつかせる。
そういうふうにつかうのなら、いい〈力〉なのだろう。
だが、ロスアクス家はそれを悪用した。
わたしはまったく覚えていないが、はじめて宮廷へ参じた時に、ビヴの兄がわたしの〈力〉を封じたらしい。年齢がそんなに離れていないから、わたしに近付いても怪しまれなかったそう。
そして、わたしは〈力〉を封じられた。
僧にみてもらう度に、〈力〉はすでに顕現していてもおかしくない、と云われていたのは、だから正しかったのだ。正確には、わたしの〈力〉は顕現していたけれど、封じられていたのだから。
〈力〉を封じる〈力〉には、それを解く方法が幾つかある。
もう一度同じ人間が〈力〉を封じようとすると、解けるのだ。
不思議なかまどはでっぱりをおしたら火がつき、もう一度おしたら火が消える。それと同じだ。
この、〈力〉を封じる〈力〉、というのは、重ねてもいけないものらしい。〈力〉を封じる道具でも、反発して、解けてしまうのだ。
ビヴはなにも知らないと強硬にいいはったけれど、あの場に居た生徒達、そして殿下までもが、わたしが縄をかけられようとした時にビヴが停めたことを証言した。
それを突きつけられると、ビヴは観念して、家族から聴いたことを話した。
ロスアクス家が王妃を輩出することを強く望んでいたこと。
折角ビヴが王太子妃になったのに、アル卿が次の王になる可能性が出てきたので、アル卿をおとしいれようとしたこと。
ビヴは素直に喋ったし、父や母に強く云われていて逆らえる状態ではなかったと、宮廷内での幽閉でゆるされた。
アシャンテ王国の結婚に、離別はない。王太子妃に労役を課すこともできないので、幽閉になったのだろう。
それに、離別できたとしても、殿下はビヴと別れなかったと思う。彼女になにもないように、殿下は奔走した。ベルデ家に直に赴いて頭を下げ、アル卿にもわびをいれ、勿論わたしにも、誠意を持って謝ってくれた。
わたしとアル卿は、ビヴの立場もわかるので、厳しい刑は望まないと意見書をさしあげた。ベルデ家も、わたしが納得しているならと、なにも云わないでくれた。
ロスアクス家はおそらく、潰れるだろう。他人の〈力〉を不当に封じ、王家に損失を与えたことにはかわりはないのだ。
ビヴが納得するかどうかわからないがと、殿下は不安そうだったが、それに関してはわたし達はなにもできない。お前がきちんとまもってやればいいと、アル卿は殿下をはげまし、殿下はもう一度謝って帰っていった。
アル卿の家族から、会いたい、と連絡があった。
でも、アル卿が断ってしまった。
「どうしてですの?」
「〈力〉があるとわかった途端に、会いたいなんて、我が妻をばかにしているからだ。俺が一目惚れして、王太子から奪いとった妻なのだぞ」
アル卿は草をむしりながら、淡々と云う。夫は、入学の時にわたしを見て、一目惚れしていたのだそうだ。でも、殿下の婚約者だからと諦めていた。
わたしは庭に出した椅子に、腰掛けていた。今日は、〈力〉をうまく操る為に、カン嬢とザヴィー卿が来て、いろいろと教えてくれる。教授達もわたしに謝罪の文書をくれたのだが、わたしとアル卿はそれを無視したのだ。感情の問題ではなく、〈力〉をうまく扱えないわたしが、授業棟へ行ったら、緊張でとんでもない事故を起こす可能性がある。
アル卿が立ち上がって、腰を伸ばした。わたしは傍のテーブルの水差しをとり、おおばこと杉の葉でつくったお茶を、ゴブレットへ注ぐ。
「我が妻よ、液肥の発酵はうまくいっているのか?」
「はい。ぷくぷくしていましたわ。ぶどうのお酒も、いい香りがしていましてよ」
アル卿がにやっとした。傷跡は痛々しいが、いたずらを企む可愛い子どもの顔だ。
「〈力〉を扱う勉強なんてつまらないことはやめて、堆肥の切り返しをザヴィーにやらせるというのはどうだ? 丁度いい具合に匂いがしているんだ」
わたしはふきだして笑い、それも宜しいかもしれませんわね、と答えた。