後日談
本編で全然八重がデレていないので。ちょっとだけデレてる。
大和は相変わらず。
一番長くなってしまった。
小学生のとき八重に避けられて、中学生になったらそれが終わって。八重が避けないようになってくれたのはありがたい。そして高校生の今、一つだけ問題があった。
「いつになったら八重の頭を撫でていいものだろうか」
「これで恋人じゃないのね?」
何をよく分からないことを。自分達は幼馴染だ。目の前の男、館山にも幼馴染がいたはずだ。自分達とは違って確か同性だったと思う。
「お前も幼馴染がいるだろう? しないのか?」
「絶対しないしされたらはたくよ」
「……やっぱりまだ嫌がられるか」
「待って、全国の幼馴染が普通しないからね。君たちが特殊だからね? え、嘘でしょ?」
何か言っている館山のことは無視した。避けられるのが終わったとき八重からこれは嫌だ、やめろ、と数々のことを言われたが頭を撫でるなとは言われなかった。もちろん嫌かもしれないと自分からしなかったことではあるが、あれ以来ずっと八重の髪を触っていない。頭を撫でていたのは彼女が小柄で可愛いと思ったからだけではなくあの綺麗なさらさらの髪に触りたかったからだ。他に髪を触る合理的な理由が思いつかなかった。
うんうんと考え込んでいると館山が口を開く。
「そうやって考えるくらいなら頼近に聞いてみたら? ばっさり嫌だって言ってくれるよ」
「なぜ答えが決まっているんだ」
八重のことを分かっている風なのが不快で眉を寄せたが皆分かると思う、と館山は表情を崩さない。
「頼近が身長低いこと気にしてるの知ってるのに頭を撫でたいって言う松鶴のほうが不思議だよ」
むっとしたが反論はない。実際自分でも嫌がると思ったから今までしなかったのだ。はあ、と溜め息をつく。他に触れる機会はないものだろうか。
* * *
「頭を撫でる? いやに決まっている。はたくぞ」
「そうか。やはりそちらが普通なのか」
次の日の休日。八重の家に行き将棋を指しながら聞いてみれば館山が言った通りのことを言われた。館山の言葉通りであることに少し落ち込んだが大多数の意見ということだろう。他の人間も同じことを言うはずだ、二人が合ったわけではない。
とはいってもいらいらしながら将棋を指す。すでに終盤で自分が追いやられていた。それも理由だと思う。考え込んでいると、頭上から笑い声が聞こえた。
「ふふっ」
「……なんだ?」
「ああ、すまない。君のお気に入りの表情が二つあるんだが、その一つをしていたから」
滅多にない笑顔にしばし見惚れている間に八重は無表情に戻って盤上を見つめていた。
お気に入りの表情、か。二つしかないのか。聞いていいだろうか。
「もう一つはどんなときだ」
「秘密だ」
あっさりと答えられる。眉間にしわを寄せていると八重がこちらをちらりと見る。
「意識されたら表情が固くなるからいやだ。だいたい、一つ目も分かってないだろう、君。まあ、二つ目は言っても意識できないと思うが」
「……? なら言ってもいいんじゃないのか?」
「自分だけの秘密だ」
くすりと小さく笑いながら駒を動かす。今日は珍しい。機嫌がいいのはさきほど言ったお気に入りのおかげだろうか。つまり自分のおかげか。それならいいと思う。
それにしてもお気に入りの表情、か。八重の場合はどうだろう。無表情がデフォルトだから表情と言っても正直困る。笑顔は滅多にないからいいと思うがお気に入りかと言われれば断言しがたい。無表情でも可愛いのは変わらない。ああ、泣き顔は嫌いだな。玉葱を切るときはともかく自分以外の誰かに泣かされた表情は頭に来る。泣くなら自分の胸の中で自分のためだけに泣けばいいのに、とそこまで考えて止まる。さすがにひどくないか。泣かせたいわけではない。
「大和、何を考えている。自分と対戦中に将棋以外のことを考えられるとは随分余裕だな」
低い声にはっとする。八重は呆れた顔でこちらを見ていた。君の番だぞ、と言われて盤上を見ればすでに詰んでいた。余裕も何もない。
「…………ありません」
頭を下げる。まさかの二連敗だ。非常に悔しい。
「もう一局だ」
駒を並べ直していると八重が外を見つめる。
「せっかくのいい天気なのに午前中から将棋だけというのも味気ないとは思わないか。大和、次自分が勝ったら外でデートをしよう」
外? 同じように窓を見つめる。今は真夏だ、日本は暑い。外にいるよりもクーラーの効いているこの家の中にいたほうがいい。日焼けが嫌いなくせに何を言っているのか。自分だって彼女の白い肌が赤くなるのは見たくない。
「じゃあ俺が勝ったらデートは家の中でするぞ」
「……分かった」
一瞬片眉を下げて残念そうな顔をしたが了承してくれた。三連敗はしたことがないから自分が勝つ確率のほうが高い。家の中でデートとは何をすればいいのだろうかと考えながらお願いします、と礼をした。
* * * * *
三戦目は大和に負けてしまって外に出かけることはなかった。
残念に思いながら隣の男を見つめる。家の中で何かするといっても自分の家にあるのは将棋などのボードゲームか本だ。将棋をしていたから次は読書をすることにした。自分も大和も読書は好きだからいいが、昼ご飯を食べた後になると隣の男はソファーで寝てしまった。
じ、と大和の寝顔を見て頬を緩ませる。彼のお気に入りの表情が二つあることは初めて告げた。対戦中に何か考えていたようだが、きっと彼には分からないままだ。対戦中に言ったのだからそのまま対戦中の表情だと気づけばいいものを。この鈍感め。二つ目もヒントをあげたのに役に立たないに違いない。
デートと言いつつ寝ているとは何事だと怒る人もいるかもしれないが、自分は上機嫌だった。なにせ目の前で大和がお気に入りの表情をしているのだから。将棋のとき指す手を考えて集中している小難しい顔と、寝顔。眉間に思いきりしわを寄せている表情と、まったく寄せていない表情。両極端なのに、なぜか好きだ。大和に言うつもりは一生ない。寝顔は別として告げたら最後、彼は意識するに決まっている。そんな顔が見たいわけではないし将棋には集中してほしい。
将棋は対戦すれば見えるが寝顔はあまり見ることができない。普段は背が高いからか大人っぽいくせに寝顔は子どもらしい。まるで自分が年上になったようで心が満たされる。眠りが深いのを確認して、大和の頭にそっと手を伸ばした。
大和にはたくと言っておいてなんだが、自分は大和の頭を撫でるのが好きだ。起きているときは触れないこの位置。見事高校生になって180を超えた大和には苛立った。まだ成長中なのだというから本当に腹が立つ。頭を押したくなったが起きてほしくはないのでやめた。寝ていれば見上げなくて済む。これも好きな理由の一つなのかもしれない。
そういえば寝る子は育つという言葉がある。大和の背が高いのもそれが原因か。自分も寝るべきか。中学生のときから1センチも伸びていない記憶には蓋をして、ブランケットを持ってくる。両親は休日出勤、祖父も外に出かけている。風邪を引きたくはない。クーラーの温度を調節するとブランケットを大和と自分にかけて、彼にもたれるように頭を預けた。本当は外でカフェにでも行きたかったが、こういう休日も悪くはない。
先に起きた大和に頭を撫でられ、心地よくて寝たふりをしたことは誰にも言うまい。起きたときには触らせたくないのだから仕方がない。大和の満足そうな顔は、見ないふりをした。普段であればムカつくが、その顔に免じて寝たときくらいは触らせてあげよう。いつか自分のことがバレたときの保険になる、そう思ったからだ。
このまま特に自覚イベントもなくある程度の年齢になったら「そろそろ結婚するか」「そうするか」のカップルだと思っています。本人達曰く交際0日。