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「色々と騒がしくてすみませんでした……」
「いいのいいの、こっちこそデザートなんて我儘言ってごめんなさいね。ランチ、凄く美味しかったからまた来るわ」
「はい、有難うございます!」
またね、と満足そうに帰っていく女性客を笑顔で見送ったチロは、テーブルの上の食器たちを片付けに厨房へと向かう。
ひょいと中を覗き込むと、厨房ではファズとシェイム、パルマの三人が集まって何やら難しい顔をしていた。
「ど……どうしたんですか?」
「あ、チロさん。すみません、店の方を任せてしまって」
「いえ、それは大丈夫ですけど……」
大の男三人がこうして険しい顔を突き合わせている光景はなかなか迫力がある。
チロが食器を洗い場に置きながら覗うように首を傾げれば、顔を顰めたままのパルマが溜息をついてから言った。
「チロちゃんも俺の店が牛乳も扱ってるのは知ってるよな?」
「え? はい、何度か買わせてもらいましたし。パルマさんのお店で売ってる牛乳、美味しいですよね」
他の店で買う牛乳も不味くは無いのだが、パルマの店で買った牛乳は濃厚で、そのまま飲んでも料理に使っても美味い事を思い出す。
思わず笑みを浮かべて答えると、パルマは両腕を組んでうんうんと頷いた。
「おう、俺の店で売る牛乳はちっとばかし特別なんだ。だから毎回は出せないんだけどよ、その買ってる先で問題が起きたらしくってなぁ」
「問題、ですか?」
チロが首を傾げると、パルマは「ああ……」と力無く相槌を打って会話を続けた。
「その仕入先の村で、牛が牛乳を出さなくなっちまったらしいんだ」
「ええっ! 病気とか?」
「いや、それがどうにも魔物の仕業みたいなんだ。だからファズに心当たりが無いか聞きに来たんだが……」
そう言ってパルマの視線はファズに向く。
が、視線を受けたファズは小さく溜息を吐くと、眉間を寄せたまま首を左右に振った。
「力になれず、申し訳ありません」
「僕もピンと来ないなぁ。牛を襲う魔物ならダークウルフとかオークとか沢山いるけど」
シェイムもそう言って肩を竦める。
二人が知らない魔物の知識を知る筈も無く、チロは力になれない歯痒さを覚えながら話を聞くしか出来ない。
「実際にその牛や環境を見たら、何か分かるかもしれませんが……」
ファズの呟いた言葉を最後に、三人はまた険しい顔で考え込む。
しかし、チロは不思議そうに首を傾げた。
「じゃあ、実際に見に行ったらどうです?」
そう何気なく言ってみれば、三人の視線が一斉にチロの方を向いた。
数秒の間を置いた後、最初にパルマが口を開く。
「そりゃ……それが手っ取り早いだろうけど、ファズ達にも店があるだろう?」
次に口を開いたのはシェイムだった。
「でもさ、パルマさんから牛乳を買えないとこの店だって困るわけだよね」
「確かに……」
シェイムの言葉にチロが同意する。
そして、三人の視線がファズに向く。
三人の視線を受けたファズは目を瞑り、暫し考える素振りを見せた後、ゆっくりと紅の瞳を覗かせて口を開いた。
「そうですね。力になれるかは分かりませんが、その村に行ってみましょう」
「良いのか? いや、俺としては有難い事この上無いんだが……」
「シェイムさんの言う通り、このままあの牛乳が買えないのは困りますから。パルマさん、向こうの方と連絡を取って頂けますか?」
「お、おお……分かった! 任せろ!」
急展開に戸惑いながらも頷いたパルマは急いで厨房を出て行った。
そうして、固かった空気が漸く緩まる。
シェイムはふーっと息を吐くと、丸めていた背中を反らして大きく伸びをした。
「はー……あんなに真面目に考えたの、久しぶりだよ」
「良かったですね、脳味噌に蜘蛛の巣が張る前に活用出来て」
「そこまでだらけてねーよ! ま、留守は僕とチロちゃんで預かるから、お前はしっかり原因を──」
「何を言ってるんですか? 貴方もチロさんも連れて行きますよ」
「……は?」
「ふへ?」
ぽかんと口を開けるシェイムに、ファズは「何ですかそのアホ面」と言い捨ててから、同じく唖然としているチロに言う。
「そういう訳ですので、チロさんも遠出の荷物を纏めておいて下さいね」
「え、あのでも、私なんかついて行っても、また迷惑を掛けてしまうんじゃ……」
『デビルツリー』と遭遇した森での事を思い出す。
あの時は運良く果実を手に入れられたが、それ以上に何かと世話を焼かせてしまったのを今でも覚えている。
チロが不安げに返すと、ファズは僅かに眉間を寄せた。
「私はあれを迷惑だったとは思ってません。それに、目の届かない所で貴女とアホ羊を二人きりにする方がずっと気に掛かります」
「えっ?」
「どんな悪影響があるか分かりませんしね。そういう訳なので、チロさんさえ良いなら今回もついて来てもらえませんか?」
「は、はい、勿論! ついて行きます!」
深紅の瞳で見つめられながらそう言われては断る理由が無い。ほぼ反射的に即答すれば、ファズは眉間を緩めて何処か満足そうに頷いた。
と、怪訝そうな表情をしたシェイムが、その肩をガシッと掴んだ。
「おい、何で僕もなんだよ?」
「お前一人置いてくと、店に女性を連れ込まれそうなので。それだったら、何かあった時の為に身代わりとして連れて行った方がマシです」
「ふざけんな! 絶対ついて行かな──」
「借金があるのは何処の誰でしたっけ? 契約書もきちんと書いたのをお忘れで?」
「う、ぐぅ……」
──そんなやり取りしてたんだ……。
会話を聞いていたチロは何とも言えない気持ちになりながら、ひとまず昼食を取ろうとスープを器によそい始めたのだった。




