機械娘それぞれの想い
美由紀と聖美が模擬演習に参加している間、真実とカンナは来場者の応対をしていた。それは自衛隊機兵部隊のPR活動の一環として、希望者に”制服”を着用させるものである。今も昔も行なわれているが、将来、自衛官任官試験を受験したくなるように動機付けをするため、来場者の少年少女に”レプリカ”制服を着せて記念撮影をしたり、応募書類の配布などを行なったり、活動実績などを紹介するパネル展示などがある。
二人は、そのうち機兵隊の”必須アイテム”である強化服を中高生などの若者に実際に着てもらう出展の手伝いをしていた。本来なら広報部所属の自衛官が担当するところだが、用意された強化服がサイバーテック・ロイドの製品だったので、女性用のブースにいた。ちなみに男性用は松山本社営業部所属の社員が担当していたが、女性のほうはバイト二人が担当していた。
この時、カンナが隣国のエージェントということを知っていたのは所長と薫と江藤社長の三人だけであった。しかも射撃の名手で護身術も一通りマスターしている凄腕を持っていた。しかしカンナはそういった本当の顔を見せることはなかったので、真実にはチャラチャラしたお姉さんぐらいにしか認識していなかった。その理由はいい加減な説明ぶりだったからだ。
「えー、機兵隊体験希望の女の子の皆さん、おはようございます。今日はこちたのプログラムに応募していただきありがとうございます。私は川島カンナといいます。こちらにいるのはガイノイド兵士見習いのアカネちゃんです。皆さんが強化服を着るお手伝いをします。ちなみにアカネちゃんの”中の人”はいませんので、くれぐれも中身に何が入っているのか見ないでください。見ようとしたら折檻ですよ」と、とても役所が行なうような説明ではなかったからだ。
この日は午前の部、午後の部の二部構成で、将来機兵隊に入隊するかもしれないと思う12歳から24歳までの女性に強化服を着てもらい、簡単な訓練を受けるものだった。訓練を担当するのは本職の教官だが着用を手伝うのが彼女ら二人の仕事だった。
最初の部では、希望者七人の女性が来ていた。まず私服から強化服のインナーに着替えてもらい、そこからが真実いやアカネとカンナの出番だった。なおアカネはカンナが適当に付けた名前であった。七人の体験希望者は黒いボディースーツのようなインナー姿になった。このときには下は中学二年生から上は20歳のフリーターまでいた。
体験希望者の一人が「アカネちゃんてガイノイドといったけど、こんな自衛隊の制式兵器なんか見たこと無いわ。本当は中学生のコスプレじゃないの? 」といった。真実は心の中で「私ってもうすぐ21歳なのよ。いくら背が低いっていっても中学生とは失礼よ! 」と怒っていたが、幸いフェイスマスクのおかげでバレルことはなかった。だいたい、カンナの言葉にあったように”中の人”はいないはずだから。
カンナは用意された40式練習用強化服を着るモデルに真実を使い、どうやって装着するのかを説明していた。この強化服は練習用なので着用者の体型に合わせて調整することが可能で、真実のようにガイノイドスーツを着ていても”太め”の女性のモードなら着ることができた。それにしてもパワードスーツの上にパワードスーツを着るというのも変な話ではある。
先週は真実は適応試験で旧式の強化服を着たが、今日は機械娘の外骨格の上に着用している。機械娘の性能からすれば、大型のパワードスーツを操作することも可能であるが、今日のところは役には立たない。ただ、体験希望者が悪戦苦闘しながら強化服の中に身体を潜り込ませている姿を見ていると不思議な気分になった。
体験希望者達が教官の畝に連れて行かれた後は、戻ってくるまでの間ブースの手伝いをした。カンナは小さな子供に様々な自衛官の制服を着させ記念撮影をし、真実は旗を振って呼び込みをしていた。季節は前の日が立秋だったので暦の上では秋だが、猛烈な日差しが真実を包んでいたが、強力な体温調整機能のおかげで真実は快適な気分だった。唯一の難点といえば全身が外骨格に拘束されているということであった。そのうえ日光を浴びたことで表面で目玉焼きが出来そうなほど暑くなっていた。
そのためカンナに「そこで寝そべってもらえればアカネのお盆のような胸板がホットプレート代わりになる」などと、ジョークを飛ばされてしまった。アカネいや真美の外骨格の胸は、他の四人のスーツと違い胸が控えめだった。そのためある程度コンプレックスを持っていた。
そういったときに向こうから「栗田工務店」と書いた作業服を着た集団がやってきた。その中の一人に見覚えがあった。真実の父親だった。。「もうすぐ演習が始まるというからすごい人だなあ。やっぱり遅すぎたからしかたないなあ。ここなら遠いけど座れるなあ」といいながら、真実のそばまで来たところで立ち止まってしまった。「このガイノイドって真実の奴の体型にとくにているなあ。あいつは日本アルプスのどっかの山小屋にバイトにいったはずだが。まさか機械になんかに改造された訳はないだろ」と突っ込んでいた。
真実は母親には事情を説明したが、父親が仕事で不在だったことをいいことに適当な説明をしてくれと頼んでいた。どうも母親は適当なことを言ってそれで納得していたようだ。すると真実の父はカンナに向かって「このガイノイド兵って、まさか子供のような小さなバイトが入っているわけじゃないだろう? うちの末娘がマシンガールプロレスのファンだからといってこんなことでもしているんじゃないかと思ったのよ。まさか自衛隊が民間人のバイトを雇うわけないだろうけど、そこんところどうなんだ? 」とか絡んできた。やはり姿は変わっても娘ではないだろうかという疑念が芽生えていたようだ。
するとカンナは「そんなことありませんよ社長。このアカネはメーカーのマスコットロボでして、たまたまこちらで稼動展示しているだけです。娘さんが入っているなんて事ありませんよ」と切り返し、その切り返しで納得してしまった。
すると従業員らと一緒に真実の父は演習見物に夢中になった。今日のところは機械娘にバイトが入っているのは話せないことであったが、ここで親子の名乗りをしていたら、親父に後でどんな仕打ちをうけるか想像しただけで恐ろしかった真実だった。
午前の演習が終わり少しセンチメタルな感傷に浸っていた美由紀とは対照的に、聖美は制圧側の自衛官に賞賛されていた。一時はテロリスト側のエリカの活躍で戦線崩壊の危機に陥ったものの、一挙に聖美が中心となって撃破したおかげで、初期の目的が達成したからだ。それに逆転劇という観客を入れての演習としては格好の宣伝になった。「アンジェリカはすごかったな。あいつがテロリスト側についていたら今頃上司に説教されていたところだったかも」と隊員の多くはそういっていた。
実は聖美がこのような演習に参加するのは初めてではなく、かつてはテロリスト側として参加すれば不利な条件を跳ね返して活躍したことを評価されていたから、高卒の隊員としては異例な出世をしていた、そうあの事件で義体になるまでは。そのため、身体があの時の興奮を思い出し快感と感じている一方で、あの時生身の大半を失った時を思い出して嫌悪感を感じる心のギャップに苦しんでいた。
今日は聖美は新型ガイノイド兵ということなので、薫が待つバンガーに引き上げた。大体、聖美は元自衛官とはいえ今は民間人。演習場でライセンスを持たない民間人が実弾を撃つ試験など行えるはずなどない。そのため一般隊員や観客には中にバイトが入っていることは秘密であった。それを知っているのは一部の高級士官のみだった。
バンガーには一人の高級士官がまっていた。聖美の恩師の苫米地指令だった。「赤松曹長、いや聖美君だよね今は。そこの前田所長と江藤主任には事情を聞いたよ。今日は民間人を自衛官と一緒に活動することは後で問題になるから、私を含め一部のものしか知らなかったが、まさか君がいたなんて思わなかったよ。あのような事件に巻き込まれて気の毒な事をしたと今も後悔している。さっきの活躍あいかわらず素晴らしかった。本音をいえば君に復帰をしてもらいたいところだけど、それも無理だということも判っている。今はあの時誘わなければ行くはずだった道を歩んでいるから」といった。
苫米地は同時多発テロ戦争の時、聖美の父の機転で紛争地域からいち早く脱出したおかげで命拾いをしたが、後から出発した聖美の父は、搭乗機がテロリストの核爆発に遭遇し死亡していた。そのため聖美一家の面倒をみていたところ、たまたま招待した機兵部隊の演習に魅せられた聖美は、母と同じ看護師ではなく機兵隊に入隊してしまったからだ。そのため事件の際、もしかすると聖美を再生できると知った苫米地が、上層部を説得し聖美を義体にしたのだ。しかも聖美が問題なく除隊できるように根回ししたのも苫米地だった。
「ここで会えたのは嬉しいけど、君を機械娘にした本当の事情をそこの二人に聞いたよ。それは自衛隊に復帰するよりも恐ろしい目に遭うかもしれないそうだ。本当なら私が代わりに行きたいところだけど、国連軍でさえ手出しできないことだそうだ」といって、さきほど二人から聞いた話を苫米地が語ったが、聖美は「秋村先輩の仇が撃てるならそれはそれでいいです。また苫米地さんに会いたいです」といって別れた。
お昼過ぎ、優実と美咲はサイボーグ出荷用のトレーナーに乗っていた。急遽、東京に向かっていたサイバーテック・ロイド広島支店所属の車両で高速道路を東に向けて走行していた。東京に着くのは深夜になる予定だった。
このとき、トレーナーの中で優実は美咲の機械娘の外骨格を外す作業をしていた。その行動に美咲は驚いていたが、こんなに短い期間で機械娘の姿から解放されるとは思わなかった。その作業を手伝っていたのはさきほど狼狽していた芳実だった。「優実先輩ひどいじゃありませんか? 本当はあなたが仕組んだことなんて。どうして私に言わなかったのよ? 」と立腹していた。「芳実悪かったね。実は研究所内にスパイがいるのよ。あなたには悪いけどこのまま見本市まで私たちと付き合って。そのかわり薫が破格のボーナスをくれるそうよ」と優実はなだめていた。
機械娘の姿からGインナースーツ姿になった美咲は、何故か浴衣を渡された。それを羽織った美咲は「優実、わざわざ部品を壊さなくてもよかったのじゃないの」と言うと、優実はとんでもない話をし始めた。美咲の着ていた機械娘の電脳にスパイ装置が仕込まれていたというのだ。
「実はね、さっき焼損した箇所はねスパイ装置が組み込まれていたのよ。そのことに気づいていたのだけどすぐに外すとスパイにばれるので、わざと壊れるようにしたのよ。大丈夫、あなたは東京本社で、より機能が強化された機械娘にしてあげるわよ。それよりも大切な話があるのよ」
そういって薫がさっき手書きしたメモを見せた。それには研究所にスパイがいるので、もはや研究所も安全ではないということと、8月11日にサイバーテック・ロイドの江藤社長の個人面談を受けるようにと書いていた。これはいまどき珍しい手書きのもので、研究所ではなく演習場でかかれたものだった。薫はもはや研究所が安全な場所とは考えていない様子だった。
優実は補足として「実はね、サイバーテック・ロイドの江藤社長があなたにお会いしたいというのよ。そしてあなたに合わせたい人がいるのだそうよ」と説明した。また他のメンバーには言い渡していないが、東京で合流すると書いてあった。美咲はこれからドンでもない事が始まることを理解し始めていた。
聖美が苫米地と別れた直後に美由紀が戻ってきた。美由紀がさっきのような行動をとったのは、聖美が初恋の彼に危害を加えたと感じた心が引き起こしたのかも知れないと考えていた。聖美がそれを知るはずはなかったが、二人の仲を邪魔しに来たと考えたのかもしれなかった。
しかし、美由紀は午後から聖美と一緒に本日一番の目的の、大口径の実弾を発射する試験が待っていた。機械娘の二人は協力しなければならなかったのである。




