美由紀、先輩と再会する
祐三は薫達一行をみておかしいことに気づいた。予定では、たしか演習場に来る機械娘は美由紀と聖美の二人だけではなっかたのではないか? それなのに真実と優実まで連れてきた理由が判らなかった。また何故美咲は残っているのだろうか?
そこのところがおかしいと思ったので、襟元を直してもらっている薫に「薫くん、どうして機械娘が四人ここにいるのですか? なにか問題があったのですか」と小声で聞いた。すると「ちょっとここでは話せないの、後で控え室に来て」と小声でいった。
この日の予定では、機兵隊と行動を共にする美由紀と聖美、演習の見学客への対応を手伝う真実とカンナに別れて行動することになっていた。なお、研究所のスタッフの多くは薫と前田所長と一緒に美由紀と聖美の方に同行することになっていた。
薫は四人の機械娘と研究員に「これから、機兵隊部隊の方に挨拶に行きます。ここからの案内は隊員の畝さんと千代丸さんがやってくださいます。後ほど合流しましょう」と言って別れた。
薫は祐三に例のスパイ疑惑のある人物の今朝の状況を報告して、何故真実と優実を連れてきたかについて「曹玲華の話では、”奴ら”は比較的警備の手薄な研究所を襲撃する兆候があるというのよ。どうやら機械娘五人と私が揃った日時に決行する可能性があるというのよ。
最初の予定では見本市が始まる一週間前の8月26日の金曜日に研究所を出発するはずだったけど、どうやらそれよりも前に襲撃される情報だというのよ。まあ玲華が言うことも確証のあるものではないけど、秘密裏に依頼した国家情報局にも同じ情報があるそうよ」といった。
祐三も大学の同期である江藤剛史社長から状況が悪い方向に行っていると聞かされていたが、ここまで急激に悪化するとは思っていなかった。少なくとも日本にいる間は問題は起きないと思っていたからだ。
「だから、念のため真実と優実も連れ出したのよ。真実の装備品にも強制学習装置があるから本人が知らないうちに抜かれる恐れがあるからだけど、機械娘五人がみんな外出するのもまずいから美咲に残ってもらったよ。美咲については優実に頼んで、これからわざと彼女の装備が重大なトラブルを引き起こすように細工してもらったわ。あの”奴ら”側についた裏切り者が今朝来る前にやったわ。もし優実がその場にいたら工作がばれるからしかたないので、優実には悪いけど骨を折ってもらうわ」といった。
祐三はこれから、機械娘プロジェクトのもうひとつの目的を達成するための計画が発動したことを知った。この事を知っているのは江藤家の人間を除けば祐三しかいなかった。そのため「薫くん、もしかすると二度と戻れない道を歩むことになるけどいいのかい? それにバイトの子も巻き添えにして」といった。すると「バイトの子達にはこれから酷い目に合わすかもしれないけど、元の道に戻してあげるわ。たとえ私が死んでも。そのときは、祐三さん勘弁してね」と涙ぐんでいた。
小一時間して、真実とカンナはイベントの準備を手伝っていた。この日は自衛隊機兵部隊の演習と希望する学生の体験入隊が行なわれることになっていた。いつの時代でも軍隊といえる自衛隊や海上保安庁は行事の度にリクルート活動をやる場合が多い。そのため表向きは最新型の強化服を着た聖美と優実、特撮番組のキャラクターを模した強化服を着た美由紀と真実、そして可愛らしい自衛官のカンナ、という役割でイベントに参加し、その間に実弾を使った性能試験を行なうのが当初の計画だった。
しかし最初は戦闘能力を確認するための性能試験しか行なわない予定だったので、カンナはともかく真実と優実が来るはずは無かった。このように変更したのも研究所にスパイがいて、しかも襲撃される可能性があるので、”奴ら”の計画が露見したことを悟られないように行動しなければならなくなっていた。
もっとも、襲撃されるのであれば早めに警備が厳重な別の研究所に拠点を移すか、サイバーテック・ロイドと兄妹企業の民間軍事会社に警備を委託する手段もあったが、薫はあえて危険を承知で”奴ら”の襲撃を受けるように仕向けることにしていた。これもなかなか姿を見せない”奴ら”の影でもいいから誘き出したかったからだ。
そのため真実と優実を不自然でない形で連れ出したが、ここでシナリオ通りの事故が研究所で発生した。研究所で美咲の外骨格に搭載されていた電子装置を調整していた芳実から「主任、大変です。美咲の電子装置の一部に過電流が流れて機能の一部がダウンしました。生命維持装置に問題はありませんが、このままでは見本市に出ることができません」という連絡が入った。
薫が芳実にダウンした箇所を聞いたところ「外部ネットワークとの情報処理ユニットと戦術分析装置です。前者のほうはなんとか予備部品でまかなえますが、後者はドイツのラインブルグ社のブラックボックスになっている箇所なのでうちでは修理できません。一度美咲には人間の姿に戻さなければいけないかもしれないです」と半べそ状態だった。
薫は芳実には何も知らせていなかったので可哀想だと思ったが「何をやっていたのよ! まあ壊れたものは仕方が無いわ。取り合えず美咲にはラインブルグ・ジャパンの本社に行ってもらうわ。ああ、それとついでに彼女の装備品の強化も東京本社のスタッフに依頼したいと思っていたところなのよ。取り合えず美咲には応急措置をしてあげて出発の準備をしてもらって。これから優実をすぐ帰らすから一緒に出るようにして」と指示を出した。
この”事故”は前夜連れ出した美咲の外骨格に優実が山奥のコテージで細工したため起きたものだった。あくまで偶発を装って美咲と優実を東京本社に行かせる口実を作るためだった。芳実にとっては災難であったが、発生時に優実がいたら今朝出勤してきた”奴ら”の内通者に露見させないための芝居であった。
薫は会場から戻ってきた優実に「下手な芝居をやらせてごめんね。東京本社に行ってからの予定についてはこの封筒を見てちょうだい。それと美咲には悪いけど東京に向かう車中で昨日話した事をしてもらってね。それから私たちも追っかけるから。これから長い旅に出ることになるけど無事に帰れるように死力を尽くすわ。そして10月になったらみんなと温泉にいきましょう」と言って薫は別れた。この時の言葉のように優実が次に研究所に戻ったのはかなり先の事になった。また薫と祐三が正式に婚約したことを知ったのも東国に着いてから後のことになった。
同じごろ、美咲のトラブル発生を知ったスパイは「取り合えず襲撃決行はしばらく延期ということにしよう。チャンスはまだいっぱいあるし。あの女達を拉致することで江藤家の人間に一泡ふかせてやろう」と微笑んでいた。取り合えずスパイには自分らの企みが露見しているとは気づいていなかったようだ。その先では慌てふためく芳実の可哀想なまで狼狽した姿があった。
そのころ自衛隊機兵部隊の演習が始まろうとしていた。この時代の自衛隊も含む各国の軍隊の目的は域内の治安維持と災害派遣、それと国際連邦軍の協力となっていた。
これは世界同時多発テロ戦争が始まる直前。2022年ごろから各国の政治指導者が行き詰まった内政を打破ずる目的で排他的かつ自国優先のナショナリズムを煽った結果、国境紛争が多発したのに乗じて大量虐殺テロが横行したが、多くの場合「国家主権」や「内政不干渉」の原則から国際的な支援を拒否し、政権が崩壊して群雄割拠の戦国時代のような内戦に突入した国が数多くあった。その状況を安定させるまで2040年ごろまでかかってしまい、その結果戦争が違法のものになり、正当な理由なしに戦闘行為を行うものは犯罪者として処罰されるという国際ルールが構築された。
そのため大量破壊が可能な軍事力は国際連邦軍の管轄となっていた。特にテロリストに対し有効だったのはパワードスーツ部隊だった。そのため自衛隊で一定レベルに達すると国連軍に派遣されるのが出世というわけであった。
今日の機兵隊の演習の想定は、テロリストに占拠された陣地を取り戻すという設定で、制圧部隊側とテロリスト側に別れて行なうものだった。訓練では模擬弾を使用することになっていたが、大勢の観客が見ているので、結果としてテロリスト側が制圧されるシナリオだった。
聖美は制圧部隊、美由紀は優実にかわりテロリスト側、とそれぞれのパワードスーツ兵として参加した。美由紀は「テロリスト側」の「陣地」で待機していた。予定では午前10時05分に開始し、正午過ぎに終わる予定だった。実際の戦闘ではこのような終わり方をするはずはないが、観客に見せるのが目的なのでしかたなかった。美由紀は「テロリスト」として迷彩の装甲を模した保護カバーを外骨格の上に被せた状態だった。一昨日の公道を走った時よりもそれらしかったが、エリカを軍隊用に改造したような状態だった。
この時、「テロリスト側」には機兵隊から奪われたパワードスーツとして二十体の機兵隊員と歩兵部隊1500人がいたが、その歩兵部隊の中に美由紀は見覚えのある隊員がいた。中学時代、美由紀の初恋の相手であった先輩の松山だった。松山は中学時代「ガーディアン・レディ」の熱烈なファンで美由紀とは気があっていたが、まさか機兵隊員になっているとは知らなかった。
すると松山が別の隊員と近づいてきた。「広瀬、これがメーカーがよこしてきた女性テロリスト役のガイノイドだってよ。なんか昔見たガーディアン・レディのエリカに少し似ているけどよ。そういえばこれが好きな女の後輩がいたけど今頃なにをしているだろうかな。おっと、すまない昔話をするんじゃなかったな。これから計画ではこいつが、攻めて来る部隊の兵士を蹴散らしてくれて、その間に俺らは機動部隊の進撃を妨害するということだけど、どうせ俺らは”ヤラレ役”だからせいぜい派手に暴れまわろうぜ」といった。
この松山の言葉を聞いた美由紀は「その女の後輩って私なのよ」といいたかったが、今日はガイノイド兵士という設定なので話すことは出来なかった。そのため「松山士長、おはようございます。これからシナリオの妨げにならない程度に応戦しますのでよろしくお願いします」と事務的な挨拶をした。
すると「なんか俺の後輩、たしか今井とかという女の声に似ているなあ。あいつは結構異性として好きだったけど別の高校に行って別れたきりだな。まあガイノイド兵さん、せいぜい頑張ってちょうだい」といってその場を離れていった。
エリカの音声は美由紀の肉声を基にしているので、松山にも美由紀の声と思わせる事は出来ても美由紀がそこにいる事を気づくことはなかった。美由紀は今、機械娘であり外観は機械そのものだからだ。それに生身の人間が入っていることは隊員に悟られてはいけなかった。あくまで”戦闘機械”だからだ。
この時、機械娘に閉じ込められていた美由紀の心は酷く苦しんでいた。今日、松山と私は両思いで片思いではなかったことを知ったからだ。しかし、今日知ったところで何になるというのだろうか? 今日の私は大学生の今井美由紀ではなくテロリスト側の機械女兵士エリカであり、松山先輩に再会できた喜びを伝えることは許されないからだ。
予定通り演習が始まった。美由紀ことエリカは陣地を制圧しようとやってくる部隊と応戦していた。発射するのは模擬弾とはいえ、兵士の急所に当たれば”死亡認定”となり実績にカウントされた。エリカは陣地を出て搭載された戦闘指揮装置を使い、テロリスト役の機兵隊員に指示を与えて攻撃していた。また美由紀自身も強制学習能力と機械娘の自動射撃機能により、次々と狙撃していった。
この時、意外な結果に戦況を見ていた幹部隊員が驚いていた。あまりにもエリカの指示が的中するので、制圧部隊の”死亡認定”が激増したからだ。そのため「前田所長。あなたのところのエリカとかいうガイノイド兵の能力が素晴らしいことは認めますが、このままではシナリオ通りになりません。まさかテロリスト側を勝たせるのですか? 」といった。すると薫が「いえいえ、これから制圧側にいるうちのアンジェリカがエリカをしとめますよ。そうすればテロリスト側は一気に壊滅しますよ」と言った。アンジェリカは聖美に付けられたコードネームである。
この時、エリカは模擬戦場の真ん中にいた。いくらエリカが率いる部隊が制圧側を仕留めても数では圧倒的に不利だった。そのためエリカ隊は次第に追い詰められた。エリカの周りには100人の隊員がいたが、その中に松山と広瀬がいた。「なあ、ガイノイドいやエリカだったなお前。模擬戦闘とはいえ、お前すごいぞ」と松山は言った。美由紀は先輩にほめられてうれしかったが、機械娘の外骨格に隠された表情が伝わることは無かった。それにエリカのなかに一般人のバイトの娘が入っていることは明らかにすることは出来ない機密事項であったからだ。「松山士長、そろそろ相手の機兵隊が出現する可能性があります。左側を警戒してください」といったとたん、左側から一斉に攻撃された。アンジェリカいや聖美が率いる部隊だった。
この攻撃で広瀬の頭に模擬弾が命中し”戦死認定”になった。「松山、俺死んだことになったのでこれから休憩に入るよ。後で昼飯を一緒に食おうぜ」といって広瀬は”死んだ”。聖美側の猛攻撃により美由紀の周りにいた隊員は次々と減ってゆき、最後には松山だけになっていた。
「なあ、エリカ。俺とお前だけになったようだ。投降しようぜ」と言った特に松山の胸に模擬弾が命中した。聖美が狙撃したためだ。すると次の瞬間、美由紀は何故か聖美に襲い掛かっていた。機械娘同士の白兵戦だ。しかし聖美の方がパワーが強いので薫は「エリカ、あなたは現時点でアンジェリカによって戦闘不能にされた認定します。アンジェリカはそのまま敵陣地に進撃して」といった。エリカは敗北した。
あの時美由紀はどうして聖美に危害を加えようとしたのか判らなかった。どうも松山が目の前で撃たれたことに逆上したのかもしれなかった。それは機械娘ではなく今井美由紀個人の感情が引き起こしたのかもしれなかった。結局、予定通りテロリスト側は制圧されて終了した。
演習終了後、引き上げる美由紀に松山が近づいてきた。「お前、なんか俺の初恋の相手に再会したような気がしたよ。あいつはエリカのファンだったからなあ。いつかまた演習に来てくれよ、今度は制圧側として」と言った。そのあと松山は広瀬に機械相手に言ったって意味ないだろうと突っ込まれていた。
控え室に戻ると聖美がいて「美由紀、あなたあんなに本気を出して襲ってくるとは思わなかったよ。なにか問題でもあった」と聞かれた。すると「さっきはゴメンね聖美。何故か体の方が反応してしまってね。本当ならあそこは退避しないといけなかったのだろうけど、早く終わりにしたかったのかな」といった。しかし、美由紀は初恋の相手と一緒に戦ったことを誰にも話すことはなかった。この日、今井美由紀という娘は松山士長と一緒に行動した事実は無かったことであるからだ。ただ、美由紀は機械娘である間、初恋の人と再会できても名乗ることが出来なかったことが悲しかった。




