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夏バイトに行て機械娘にされてしまった  作者: ジャン・幸田
第八章:演習場の機械娘たち
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ピクニックに行くのではありません

 朝が来て美由紀は眼を覚まそうとしていた。しかし今までは眼を開けると部屋の天井や部屋に差し込む日差しが見えたが、今では全ての光景は目の前にモニターに映し出されているのが見える。しかも身体は全て機械の体に覆われてしまっている。そう美由紀は機械娘”エリカ”なのだ。


 このような狭い空間に閉じ込められていると、通常は閉塞感や拘束感の方が遥かに強いはずだが、今の美由紀にとってそれは生身の今までの自分にでは体験できない、新たな機械生命体にでも進化したかのような快感と解放感に包み込んでくれる素晴らしいものだと感じていた。出来れば機械娘としてすっといてもよいとさえ思うほどだった。


 その一方で今の美由紀は肉体ごと機械娘の部品として組み込まれていたといえる。しかも身体だけでなく機械娘として適正に活動できるように「強制学習能力機能」によって、本人の能力よりも強化されている。特にエリカには薫が使っていた戦闘指揮装置が搭載されているので、最小限使いこなせる程度には能力が上げられていた。実際、美由紀の学力というか能力は薫と比べ劣っていたからだ。もっとも薫がそのような能力を持っているのも、自身の大脳皮質の大部分が電脳化されているおかげであったが。


 美由紀は機械娘用の寝台から身体を起こした。生身の時のようにパジャマを着替える必要も無く、ましては下着など付けず機械娘の中に閉じ込められているので、起き上がった時点で即活動開始だ。美由紀は朝食を取ったが、流動食であり味気ないものだった。後で知ったことであるが、薫は好物のお菓子が食べれるように自分で顎の部品を外せるようにしていたので、美由紀も外せることができたのだという。しかし、この頃は機械娘として長期間活動することを想定した訓練の最中だったようであった。


 同じように機械娘の美咲、真実、聖美、そして優実も起きてきていた。機械娘になったことが以前にもある優実は別にして、他の三人も生身の時には無い違和感があった。裸のまま包まれているうえに、暑さ寒さを感じないからだ。しかも外は硬い殻に覆われたようになっており、外からの情報は間接的にしか五感で感じないからだ。いわば機械娘の中の世界に閉じ込められた感覚だった。


 唯一、その感覚を心地よく感じないのは聖美だった。既に身体の大半が義体にされているのに、ますます機械に近づいてしまったことが、ある意味悲しかったからだ。すくなくとも人間体の時には義眼と人工皮膚とはいえ直接感じていたものが、生体脳に直接機械娘の稼働状況が伝わるようにされたため、他の四人とは違い機械娘の外骨格そのものが自分の身体と一体化したようであったからだ。


 「それにしても、薫は自分は電脳化されているといっていたけど、生身と頭脳のどちらが機械になっているほうが幸せなんだろうか? 」と聖美は考えていた。義体の場合は外観が著しく機械に近づいてしまうけど、電脳の場合は外観上は人間のままだからだ。ただいえるのは義体にされて電脳化された場合、その人間に魂というものは果たして存在するのだろうか? という回答不能な問題があった。そもそも魂というものがどこに宿るものなのかは、それこそ神様に聞くしかないが、神様が直接答えてくれることはないだろうであるので、おそらく永遠のなぞであろうといえた。


 そのごろ、薫は副所長の横山と、ガイノイド製造部担当の福井、研究員兼事務長の小野明美の三人を所長室に呼んでいた。所長の代理として人事の事を言っていた。「横山さんですが、10月1日に東京本社人事部付きになります。福井さんはそのまま転勤は無いのですが、新設されるサイバーテックロイド岡山事業部の部長になってもらいます。そして小野さんはサイバーテックロイド・インドネシアに出向してもらいます。そして前田所長は解任、私、江藤薫は退職になります。最後になりましたがこの研究所は松山本社の研究部に統合されますので、現在在籍している研究員の多くは転籍になりますが、転籍先が違う場合には個別に面談があります」というものだった。


 「機械娘プロジェクトが終了したので、この研究所は閉鎖になるのですか? 」と明美は驚いた。噂があったとはいえ現実になると判ると戸惑うものだ。しかも所長と薫の両方とも次の職場がきまっていないというのも変だった。「まあ、機械娘プロジェクトですがすでに契約も取れていますし本社事業部の意向でこれからはユーザーのニーズをより聞ける部門に移管しようということになりました。私と所長の今後については何も決まっていませんが、皆さんに直接影響を与えることはないのでご安心ください」といった。


 だが、この人事に海外赴任とされた明美以上に強く不満を持ったのは副所長の横山だった。理由がわからないからだ。横山は薫に理由を尋ねたが、これだけは私が決めたのではないので判らないというものだった。取り合えず薫は次の見本市がこの研究所のフィナーレだから頑張りましょうといった。


 美咲を除く四人の機械娘と薫は、研究所のバスで出発した。8月8日から三日間の予定で行なわれる自衛隊機兵部隊との合同イベントに参加するため、養老ヶ原演習場に向かった。このバスの中で女性自衛官の制服を着て車中ではしゃいでいる女子大生がいた。「バイト」のなかで唯一「機械娘」ではない川島カンナだ。「どう私の制服?びっしと決まっているでしょう」などと楽しげな事をいっていた。


 薫はバイトで機械娘にする女子大生を募集したが、なぜか彼女だけ極普通のコンパニオンのような仕事をしている。雇用条件は「機械娘」にされた四人よりも相当悪く、普通のサラリーマンの給料に出張手当がついたぐらいだった。しかし、彼女の正体が東国のエージェントということを知っているのは、この時薫と祐三だけだった。


 また四人の機械娘は知らなかったが、実は薫の給料は一般の事務職よりも安かった。すのため殆どタダ働きのようなものだった。もっとも祖父から生前贈与された財産があるので、働かないでもそれなりの生活が出来るぐらいの利子収入があったので、仕事は趣味みたいなものだった。だから研究所をクビになってもすぐ生活に困るようなことは無かった。


 「あんまりはしゃがないでください。こっちは頭が痛いから謹んで」と薫は言った。連日のように追い込みをしているため、ほぼ徹夜であったので、カンナの声がうるさく感じた。薫の運動機能と演算機能は補助電脳が担っているとはいえ、残された生体脳にも負担が大きかった。しかも一応「味方」とはいえエリカの本当の目的がよくわからないことも不安材料だった。「やはり、機械娘に十ヶ月もしていた後遺症かな。見本市が終わったら長期の休暇を取ろう。できたら祐三さんとふたりでね」と思っていた。やはり薫は何かを考えているようだった。


 今日から三日間、中四国最大の自衛隊の演習場である養老ヶ原演習場に研究所のメンバーと美由紀と聖美の二人の機械娘は向かっていた。表向きは陸上自衛隊の演習に付随して行われるリクルート活動のお手伝いを行うことになっているが、その合間に美由紀と聖美は自衛隊の装備品を使った射撃実験を行うことになっていた。


 射撃実験とはいっても、地対地ミサイルを使うなど破壊力のある重火器を使う予定だった。しかも元自衛官で機兵隊員だった聖美はともかく、美由紀はずぶの素人なのに彼女も重火器を使うことになっていた。聖美は本当に大丈夫なのかと思っていた。


 この日、演習場に所長の前田祐三が姿を現した。朝一番の便で東京から岡山に到着してから直行していた。所長は長期間の東京出張から解放されたばかりであった。


 「祐三さん、いや所長。シャツの襟が乱れていますよ。きちんとしておかないと苫米地指令が来られますよ」といって薫は祐三の襟元を直していた。その手つきは愛情が篭っていたものだった。


 この時、優実は薫の指に婚約指輪をはめていることに気づいた。そう二人は結婚する気でいるのがわかったのだ。しかも近いうちにだ。

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