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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
9/153

ダルシア帝国の継承者

77.

 リドス連邦王国のベルンハルト・バルザス提督は、惑星連盟の議長であり、ナンヴァル連邦の大使でもあるマグ・デレン・シャに呼ばれて部屋を訪れていた。

「よくきてくれました。バルザス提督。いえ、銀の月、今回は、リドス連邦王国が惑星連盟及びジル星団の平和と秩序を守るために協力してくれたことを感謝します」

と、マグ・デレンは始めに言った。

「われわれにとっても、それは重要なことです」

と、バルザスは言った。

 リドス連邦王国は、普段あまり惑星連盟に協力的ではなかった。目立つことを避けるのがリドスのスタンスなのだ、と他の惑星連盟の諸国には思われていた。特に艦隊を派遣することなどについては、ひどく慎重になるのが常であった。それが今回は珍しく積極的に動いたので、マグ・デレンは不思議に思っていた。

「時に、ディポック司令官に惑星連盟をヘイダール要塞に移したいと私は要請しました」

「もう、ですか?」

 少し驚いたようにバルザス提督は言った。マグ・デレンがそのような要請をするということを予期していたようだった。

「早過ぎるとは思いません。今を逃すと、私自身がこちらに来るような機会があるとは思えませんから」

「ですが、ディポック司令官はどうでしたか?」

「そうですね。あなたよりも驚いていたことは確かです。でも拒絶はしませんでした。私も、考えてくれるようにお願いしました……」

「そうですか」

と、バルザスは何か他に考えがあるように、言葉を濁した。

「ダルシア帝国は昔日の力はもうありません。惑星連盟の押さえとなる国が必要です。リドス連邦王国は、その点についてどう考えているのでしょう?」

 リドス連邦王国はジル星団に移住して二百年ほどになるが、惑星連盟の一員として存在しているもののダルシア帝国ほどの重責を担っては居ない。ダルシア帝国のコア大使が亡くなった今、その席にリドス連邦王国が着いてほしいというのがマグ・デレンの望みだった。

「ですが、継承者であるタリア・トンブンが充分成長すればコア大使のような重責を担えるのではないでしょうか?」

と、バルザスは言った。

 最後のダルシア人であったコア大使もそれを望んでいるのではないかと、バルザスは思っていた。

「ですがそれには、時間が掛かると思います。それまでの間、不安定な組織にならざるを得ないのではないでしょうか?」

と、マグ・デレンは言った。

 実際、タリア・トンブンが成長するまで待てないというのが、マグ・デレンの考えだった。それに、状況は日々変わりつつある。今現在はそれでいいとしても、明日はどうなるかはわからないのだ。これは、コア大使の亡くなった時の遺言でもある。惑星連盟はリドス連邦王国の力を必要としているのだ。

 バルザス提督――銀の月は、惑星連盟にあまり関わりたくないのが本国の意向だと言うことを知っていた。リドス連邦王国の勢力範囲は、通常ジル星団で知られているよりもずっと広範囲なのだ。故に惑星連盟にそれほど力を入れることをしたくないと考えている。ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャもそれをうすうす知っていた。

「ゼノン帝国などは、リドス連邦が惑星連盟に影響力を増やしたいと考えていると思っているようです。今回銀河帝国といち早く外交関係を樹立することに動いたことにそれが現れていると思われます」

と、マグ・デレン・シャは言った。

 ゼノン帝国はすでに大使を銀河帝国に派遣している。惑星連盟の他の諸国はそれに追随する形で大使を派遣することを決定したようだった。リドス連邦王国も表向き、その大勢に習っているように見えた。

「そのようですね。しかし、ナンヴァル連邦はともかく、それから古い種族は別として、惑星連盟においてリドス連邦王国はまだまだ力が足りないと思われているのでしょう」

と、バルザスは言った。

 それが現実だった。タレス連邦など、新興勢力はリドス連邦王国については、何も知らないに等しい。

「ですが、このヘイダール要塞については、あなた方も別の考えをお持ちでしょう。ここを銀河帝国、いえそれでなくとも、ゼノン帝国、また元新世紀共和国の勢力であっても、彼らに占拠されることを望んではいないのではないのですか?」

と、マグ・デレン・シャは指摘した。

 このヘイダール要塞はふたご銀河のほぼ中央に位置し、これまでは単なる辺境だと思われてきた。それが銀河帝国と惑星連盟諸国との間にある唯一の軍事要塞となった。それだけなら、単に地政学的に言う重要地点ということに過ぎないが、実はそれ以外の意味がこの要塞にはあるようだった。

 マグ・デレンも今回この要塞に来て初めてそれを知ったのだ。

「ヘイダール要塞のヤム・ディポック司令官のことです。今回初めてお会いいたしましたが、確かにあなた方が執心するだけの方のようですね……」

と、意味深長にマグ・デレンは言った。

「それは、何のことです?」

と、バルザス提督はとぼけて言った。

「我々ナンヴァル人にもある程度のことはわかります。あなた方ほどではないにしても……」

と、マグ・デレン・シャは言った。

 ディポック司令官に最初にあったときのあの眩しさを、マグ・デレンはよく覚えていた。ナンヴァル連邦の司祭階級として生まれ育った彼女には、それが意味することをよく知っているのだ。

「確かに、この要塞を我々は何と呼んでいるか知っていますか?」

と、バルザスは唐突にマグ・デレンに訊ねた。

「聞いたことはあります。確か、アライ・ディナリ・シンシャンとか。どこの言葉でしょうか?もしかしてガンダルフに伝わる伝説のアルフ族の言葉でしょうか?でも意味するところはわかります。三女神の神殿ということですね」

「さあ、それはどうでしょうか?ただ、貴方も含めればそうなりますね」

と、バルザスは不可思議なことを言った。

「すでに、ここには別にもう一人、存在しているのですか?」

と、マグ・デレンは驚いて言った。

 リドス連邦王国というのは、マグ・デレン・シャにとっても理解しにくい国だった。彼らにとって超常的な能力は身近なものらしかった。その上、死者も生者も同じように扱われる習慣がある。元々、惑星ガンダルフにあった文明はリドスと似たような文明を持っていたものだ。

 そうした言い伝えは、ジル星団の古い文明を持った種族にとってはおなじみのことだった。いやかつてのガンダルフの古代文明よりも、もっとその超常的な部分を強く持っているように思われた。

 だが、タレス連邦のような若い文明はリドス連邦王国を理解するのは難しいだろう。あのゼノン帝国すらナンヴァル連邦ほどには理解しきれていない。それが分かる故に、リドス連邦王国は惑星連盟にあまり関わろうとしないのかもしれない、とマグ・デレンは思った。

「確かに、あなた方は惑星連盟の多くの国々にとっても、理解し難い文明です。ですが、あなた方は惑星連盟、いえこのふたご銀河を守るために呼んだとダルシア帝国の亡きコア大使が話していました。今がそれを実行するときではないでしょうか?」

 リドス連邦王国の科学技術は惑星連盟のどの国々よりも高度であり、魔法についてもかなりの知識があるらしいということは、惑星連盟では暗黙の内に知られている事実でもある。もし、リドスが惑星連盟の主要な構成国となれば、様々な面においてその力を発揮することを求めることが可能になる。

「ですが、我々がそのような地位に就くことを望まない国も多いでしょう」

と、バルザスは言った。

「それは当然です。惑星連盟で名誉ある地位を得ることは、どの国にとっても名誉であり、誇らしいことであるからです。ですが、真に力を発揮するには、国の大きさや科学文明の高さだけではなく、その志も重要になります。リドス連邦王国の宇宙艦隊司令部に掲げられている言葉を私が知らないとお思いですか?」

と、マグ・デレンは言った。

 ジル星団の古い文明に共通することは、目に見えないものの存在を信じているということだった。それは創造神のことであり、また目に見えない価値である愛や正義などと言ったものを重要視していることだった。

「そう、ベルンハルト・バルザスという元銀河帝国軍人なら笑って済ませることかもしれませんが、惑星ガンダルフの古い魔法使いである銀の月だったら、それを信じるでしょう。『愛と正義』という言葉をね」

 ガンダルフの魔法使いにとって、目に見えないものの価値は確かに存在するものだった。創造神でさえも、魔法使いにとっては、当然存在すべきものだった。なぜなら、魔法使いは目に見えない力を駆使し、目に見えないものを物質化することを目的としているからだ。

 ガンダルフの正当な魔法使いは、この世が創造神によって作られたことを信じているのだ。そして、作られたということは目的があるのであり、それこそがこの世で最も重要なことであると考えられていた。しかもその目的は一つではなく、複数あると考えられていた。『愛』と『正義』はそのいくつかの目的の中にあるものと考えられていた。

「古い文明の国々にとって『神』は、確かに存在するものとして扱われています。ですが、新しく興った国々は、まだそこまでの探求に至っていないというのが私の考えです」

と、マグ・デレンは言った。そして、ため息をついて、

「あの、ゼノン帝国においてもいまだ創造神の存在を完全には信じておりません。それがかの国の発達を阻害しているとさえ言えましょう」

と、言葉を継いだ。

 ゼノン帝国は遥かな昔ダルシア帝国から分かれた文明だったが、その途中でいつしか創造神を信じることに懐疑の念を抱くようになったのだ。

「リドス連邦王国が、惑星連盟において枢要な地位を占めるということは、『愛と正義』がしっかりと根付くということを意味すると思うのです。惑星連盟に必要なものは、それではありませんか?」

と、マグ・デレンは説いた。

 バルザスは考えながら、

「つまり、元新世紀共和国を含む、あの銀河帝国を惑星連盟に加盟させる事態に備えるということでしょうか?」

と言った。

「それもあることは否定しません。惑星連盟がこのふたご銀河のすべての政府を擁することになれば、将来予測される他銀河からの脅威を退けるのに大いに力となるでしょう」

と、マグ・デレンは予言するように言った。

「ですが、我々のような、銀河帝国で大逆人と断じられた者達がいるリドス連邦王国がそのような地位にあれば、銀河帝国の加盟は難しいのではありませんか?」

 大逆人、ダールマン元帝国元帥が二人の部下とともにリドス連邦王国に存在することは、いずれ銀河帝国に伝わることだろう。そうなったら、銀河帝国がどのような反応をするか明らかだった。

「銀河帝国にリドス連邦王国の法を理解しろと言う方が無理でしょう。それでなくとも、ジル星団内でもそのことでトラブルが起きたことがあるのですから」

と、バルザスは昔のことをよく知る古老のように言った。

 リドス連邦王国の法は、他の国のものとは少し違っていた。それが、トラブルの元になったことがあったのだ。

「では、銀河帝国が惑星連盟に加盟し、さらにその矛先をリドス連邦王国に向けたらどうするつもりでしょう?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「もちろん、我々は平和を愛する種族ですので、できるだけ戦闘行為は避けるでしょう。ですが、どうしてもということなら、できるだけ彼らの戦力を殺がぬように努力します」

と、バルザスはぬけぬけと答えた。

 それは、リドス連邦王国が、たとえ銀河帝国と惑星連盟の両勢力と対立するようになっても、悠々と対処することが可能だという自信を表しているように思えた。

「それは、まだリドス連邦王国が惑星連盟で枢要な地位を占める段階にはないということでしょうか?」

「そうお考えになられても、かまいません」

と、バルザスは言った。

 マグ・デレン・シャはリドス連邦王国のバルザス提督が帰った後、

「私には、リドス連邦王国の考えがわかりません。彼らは何を考えているのでしょう」

と、珍しく側近の者に零したのだった。

「バルザス提督は銀河帝国の出身です。彼ではリドス連邦王国政府の意向はわからないのではありませんか?」

と、側近の一人が言った。

「でも、彼は銀の月なのです。ガンダルフに属する古い魔法使いの一人なのです」

と、マグ・デレン・シャは言った。

 古い伝説によれば、他国に生まれたガンダルフの魔法使いが戻ってきたとき、かつての記憶を取り戻し、魔法が使えるならば、それはすでにガンダルフに属するものだというのだ。今のバルザス提督がまさにそれに当たる。


78.

 マグ・デレン・シャは、ヘイダール要塞の司令室にいるヤム・ディポック司令官を再び訪れた。

「今日は、この間の話の答えをお聞きになりにおいでになったのですか?」

と、ディポックは聞いた。

「いいえ、そのことではなくて。ベルンハルト・バルザス提督についてお聞きしたいことがあって来たのです」

「バルザス提督のことですか?」

と、ディポックは聞き返した。

「銀河帝国にいた頃のバルザス提督のことを知りたいのです。どなたかご存知の方はおられませんでしょうか?」

と、マグ・デレンは言った。

「そうですね、ちょっと待ってください」

と言って、ディポックは、元銀河帝国のメイヤール提督を呼んだ。


 副官のイルーク・ロング中佐を伴ってメイヤール提督はやってきた。

 彼は、かなり年配の人物で、今でも旧帝国時代の軍服を着ていた。

「メイヤール提督、もう顔はご存知でしょうけれど、こちらは惑星連盟の議長であり、ナンヴァル連邦の大使マグ・デレン・シャ閣下です。実は、元銀河帝国のバルザス提督について知りたいと仰るので、あなたに来てもらったのです」

と、ディポックは紹介した。

「バルザス提督の何をお知りになりたいのでしょうか?」

と、メイヤール提督は聞いた。

「できれば、バルザス提督の履歴と御家族のことを知りたいのです」

 メイヤール提督は少し考えてから答えた。

「私は、バルザス提督とは、銀河帝国にいたときに個人的に知っていたわけではありません。彼が今回ここに来たというので、銀河帝国のデータに残っているバルザス提督の情報を見ただけなのです」

と言って、イルーク・ロング中佐を促した。

「ベルンハルト・バルザス提督は、前ジェグドラント伯爵の末子で、現ジェグドラント伯爵の腹違いの末の弟です。母親は平民の出身で、彼が10歳の時に亡くなったようです。その後、伯爵家に引き取られ、帝国歴563年に帝国軍士官学校を卒業、准尉として帝国艦隊に配属されました。その後、順調に昇進し、ダールマン元帥の大逆事件の時までに中将にまで昇進しました」

と、イルーク・ロング中佐が淡々と話した。

「結婚はされなかったのですか?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「結婚しています。確か娘が一人いたと思います。ですが、バルザス提督がダールマン元元帥と行動を共にしてから、どうなったかは定かではありません」

と、ロング中佐は言った。

「それは、大逆人の部下であるため、御家族に罪が及んだということでしょうか?」

と、マグ・デレンは言った。

「前王朝においては、それが当然のこととして行われました。大逆人の家族であれば、親子や兄弟に類が及びます。ですが、新王朝になってから、それは緩和されたと聞いておりますが、詳細はわかりません」

と、ロングは言った。

「となると、ダールマン元元帥の御家族においては、帝国で何をされたかわかりませんね」

と、マグ・デレンは言った。

「大逆人本人であるので、その可能性は大きいでしょう。ですが、詳細はわかりません」

「あの、それが何か気になることでもあるのでしょうか?」

と、ディポックは聞いた。

 惑星連盟の議長が、なぜ銀河帝国の大逆人の家族に興味を示すのかわからなかったのだ。

「できればベルンハルト・バルザス提督だけでなく、ダールマン元元帥ともう一人の部下、ヨナン・スリューグ提督についても、その御家族のことを調査していただきたいのです」

と、マグ・デレンは言った。

「それはかまいませんが、なぜですか?」

と、ディポックは尋ねた。

「それは、ガンダルフの古い魔法使いについての言い伝えを確かめたいのです」

「ガンダルフの魔法使い?あのバルザス提督が『銀の月』と呼ばれる魔法使いであるということと、何か関係があるのでしょうか?」

「私も、それほど詳しいわけではありません。ですが、我がナンヴァルの言い伝えによると、ガンダルフの魔法使いは、様々な星々に生まれてくるのですが、ある条件の下に生きている時に本国であるガンダルフに戻ってくることがあるのです」

 マグ・デレンはナンヴァルの言い伝えを話し始めた。

「ガンダルフの魔法使いは、必ず何かの使命を帯びて生まれるといいます。それが果たされずに死を迎えた場合、彼らは死から蘇り、その使命を果たすのです。その時、生まれた土地の家族がいなくなった場合、その蘇りは完全となると言われています」

「それは、まさか、あの死なないということですか?」

と、ディポックは聞いた。

「いえ、一度死んでまた蘇るということです」

と、マグ・デレンは当然のことのように言った。

「死んでから蘇る?つまり死体が蘇るようなことですか?」

「いえ、バルザス提督を見る限り、彼は死人とは思えません。ダールマン元元帥もスリューグ提督もそうです」

と、マグ・デレンは断言した。

「ということは、マグ・デレン・シャ、あなたは他の二人ともお会いになったことがあるのですね?」

「ええ。ハガロンで会った事があります。彼らは一応、元の名を名乗っていましたが、彼らはもうガンダルフの魔法使いでした」

「ガンダルフの魔法使い?バルザス提督は『銀の月』でしたね。あとの二人の名は何というかご存知ですか?」

と、ディポックは聞いた。

「おそらく、ダールマン元元帥は『大賢者レギオン』、スリューグ提督は『塔の長』という名だと思います」

「それは、あのガンダルフの五大魔法使いということですか?」

「そうです。大賢者レギオン、塔の長、そして銀の月はガンダルフの五大魔法使いの内の三人です」

「後の二人は、どんな魔法使いなんです?」

と、ディポックは興味を持って聞いてみた。

「ガンダルフの『守り手』と、『治癒者』の二人の魔女です」

と、マグ・デレンは言った。

「魔女?女性の魔法使いですか」

「そうです。『守り手』はエルレーンのエリン、炎の魔女とも呼ばれます。『治癒者』は『女賢者』でもあり、フェリシア・グリネルダ、緑の魔女と言われています。二人とも、他の三人の魔法使いの妹分とも言われることが多いのです」

「ガンダルフの五大魔法使いですか……。彼らはいつ頃から存在しているんです?」

「古くはナンヴァル連邦の始まりから古代書に出てきます。今からおよそ、数千万年前から、レギオンの名がナンヴァルでは知られていました。ナンヴァルがダルシアから分かれた際に、祖先が相談したのがガンダルフの大賢者レギオンだと記されています」

「数千万年前ですか……」

 本当だと言うには、あまりにも遠い年月だった。検証もするわけにはいかないだろう、とディポックは思った。

「彼らは、長い寿命を持つというのとは少し違います。長く生きた時もあるようですが、何百年あるいは何千年と生きるわけではなくて、たいていは普通のガンダルフの人々と同じ寿命を生きました。ですから長くても百年ほどです。ただ違うのは、彼らは死んで生まれ変わった時に、前世の記憶を持っていることだと言われています。そして、その記憶がはっきりとするのが、死んだ後蘇った時だと言われています」

「つまり、魔法使い以外は、そのようなことはないということですか?」

「正確には、ガンダルフの古い魔法使いにしかそれはありません。何か特別の魔法があるらしいのです。ガンダルフの魔法使いの秘儀だというので、もちろん、すべての魔法使いに当てはまるわけではありません」

 ディポックは、まるで御伽噺を聞いているように思えた。ガンダルフの魔法使いは死んでも蘇るという魔法が使えるというのだ。

「ともかく、ダールマン元元帥とその二人の部下については、帝国にいる家族についても調査してみましょう」

と、ディポックは約束した。

「ありがとうございます」

と、マグ・デレン・シャは言った。


79.

 タリア・トンブンは、要塞の展望室で外の宇宙空間を眺めていた。

 とは言っても、周囲を流体金属で覆われた要塞では直接外を見る窓はない。展望室では、巨大なスクリーンが壁中に取り付けられていて、要塞を覆う流体金属に浮かぶセンサーから外の映像を転送させて、見た目にはまるで展望室に見える仕様にしているということだ。

 その展望室で、派手な色のダルシア帝国の艦隊が一望できた。要塞の周りに浮かんでいるその艦隊は、ジル星団のどの艦隊とも違う形状と色彩をしている。一番異なっているのは、ダルシアの艦が機械ではなく、有機体と機械の混合物であることだ。

 タリアは詳しくは知らないが、リドス連邦王国のバルザス提督からその成り立ちを多少聞いていた。彼の言うところによると、宇宙船には乗りなれているタリアだが、ダルシア艦はタレス連邦の宇宙船とはまるで違うと言うのだ。もちろん、まだ乗ったことはないので、それがどんなことかはわからない。

 惑星連盟の審判によりダルシア帝国の継承者となったタリア・トンブンは、惑星連盟の議長であるマグ・デレン・シャやリドス連邦王国のバルザス提督からダルシア本国に行くようにと言われていた。

 遠いダルシア帝国本国に行くとなると、ダルシアの艦に乗る必要がある。ダルシア本国にはあいにくどんな宇宙船も行かない。定期航路に含まれていないのだ。そのことを考えるとタリアは、憂鬱になるのだった。

 ダルシアの地はタリアにとっては見知らぬ国。故郷であるタレス連邦とはかなり異なった惑星だと聞いている。

 ダルシアはジル星団でも古い恒星系であり、その惑星はかなり年を取っていた。その大気は普通の生物では呼吸困難で、赤く水のない大地に覆われていると言われていた。

 そんなところに住まなければならないのかと思うと、ため息が出る。ダルシア本国には本物のダルシア人は既になく、『ダルシアン』という中央脳がダルシア本国とダルシアがかつて支配していた宇宙空間を統括しているのだ。

 ふと気がつくと、リドス連邦王国から来たカール・ルッツ提督の副官ナル・クルム少佐が、タリアを見て立っていた。それに気がつくと、

「あなたは、ええと……」

と、タリアは名前が分からずに途中で言葉をとぎらせた。

「ごめんなさい、あなたの名前がわからないの。でも、あなたはリドス連邦王国の宇宙艦隊にいるのよね。要塞の司令室であなたを見かけたわ。私のことは知っているでしょう?」

「知っている。君は、タレス連邦からきたタリア・トンブンだろう。私はリドス連邦王国艦隊のナル・クルム少佐だ」

と、クルム少佐は答えた。

「あのクルム少佐、あなたはダルシア帝国に行ったことはないかしら?」

と、タリアは聞いた。

「いや、私はまだ行ったことはない」

「そう」

「何か気になることでもあるのだろうか?」

「ちょっとね。ダルシアはもう人が誰も住んでいないと聴いているので」

「なるほど。だが、ダルシア帝国の後継者としてはダルシア本国に行かなければならないということか」

と、クルム少佐は今気づいたように言った。

「そう。私、本当はダルシア帝国の後継者になんて、成りたくなかった。でも、仕方がないわ。ゼノン帝国の連中になんて、渡せない。もちろん、タレス連邦にだってね」

と、タリアは素直な心情を口にした。

 言ってしまってから、タリアは相手を見た。どうして、簡単に自分の思いを口にしてしまったのか、不思議だった。彼は、リドス連邦王国の人間なのだ。だが、他のリドスの人々とはどこか違う感じがした。

「それでは、リドス連邦王国については、どう思っているのだろうか?」

と、クルム少佐は聞いた。

「リドス連邦王国については、あなたの方が詳しいでしょう?」

「それはどうかな?私は、よそ者だから」

「リドス連邦王国の人ではないの?」

と、驚いてタリアは言った。

「今、一時的に世話になっているということだ」

「故郷の星に帰れなくなったのかしら?」

「そうだ。今は、まだ帰ることはできない」

「いずれは帰れるということ?」

「そうだ」

「それはよかったわね」

と言って、タリアはため息をついた。

「あなたの祖国というのは、タレス連邦なのだろう?別に滅びたわけではないのだから、帰ろうと思えば帰れるのではないか?何も悩むことはないように思えるが……」

と、クルム少佐は言った。

「昔はそうだと思ったときもある。でも、今はそんなこととても思えない。今回のことだって、勝手過ぎるわ。やっていいことと、悪いことがある。そう思わない?」

と、タリアは怒って言った。

「だが、タレス連邦は国だ。個人の判断と一国の判断は違うのではないか?」

「それなら、国のためなら、一人や二人の人間のことなど、犠牲にしてもいいというの?そんなこと、自分がそういう目に会わないと思っている人が考えることだわ。もし、自分自身、いえ、家族にその災いが及んだら、それでもかまわないと考える?」

と、タリアは聞いた。

「それは、そうだが……」

「あの銀河帝国だってそうよ。冤罪で大逆人にされたレギオンや銀の月のこと、聞いているでしょう?本当に自分の仲間だとしたら、もっときちんと調べるべきだったのよ。そのせいで、彼らだけじゃない、彼らの家族だった人たちも、ひどい目にあったと聞いたわ」

と、タリアはまるで自分のことのように怒って言った。

「それは、……」

 クルム少佐はタリアの言葉に黙り込んだ。

「べっ、別にあなたを責めているんじゃないわ。あなたには関係ないもの。銀河帝国が悪いのよ。あそこは皇帝陛下がいるのよね。その皇帝陛下がヘボだから、そういうことになるのよ。問題の事件は皇帝暗殺事件だというじゃない。自分が暗殺されるって勝手に想像したんでしょう?碌に調べもせずに。まったく迷惑よね。タレス連邦も同じだわ。あの大統領がバカだからこんなことになるのよ」

と、タリアはさらに怒りを感じて言った。

「そ、そうだな……」

 クルム少佐は歯切れ悪く応じた。


 銀の月が借りている将官用の宿舎には、アリュセア・ジーンとその子供達がまだいた。

 将官用の宿舎はかなり広く、部屋数も多いのでアリュセアと子供達がいても困らなかった。それにアリュセアの借りていた部屋の扉が壊されてしまい、居住用にはできなくなったのでとりあえず、安全を兼ねて、バルザス提督と部下達のいるこの宿舎にいることにしたのだった。

 タレス連邦から来た能力者たちのなかに、まだスパイがいる可能性が考えられるからでもある。

 ドルフ中佐やルッツ提督は、アリュセアとその子供達について、特に気にしていないようだった。

「あら?ルッツ提督、あなたの副官のクルム少佐はどこにいるの?」

と、アリュセアはクルム少佐がいないことに気が付いて言った。

「そういえば、要塞の中を見に行ったのかな?」

と、ルッツは言った。

「あの、彼について聞いてもいいかしら?」

と、アリュセアは言った。

「彼のこと?」

と、カールは聞き返した。

「あなたの副官であるクルム少佐のことよ」

と、アリュセアが念を押した。

「何か気になることでもあるのかな?」

「何だか、外見が本当の彼とは違うような気がして……」

「本当の彼?どういうことなのかしら」

「何だか、重なって見えるの。彼の今の姿と、金髪で背が高くて、それにくるぶしまでの肩からケープをかけた軍服姿の人物と……」

「それは、誰のことかしら?」

と、カールは言った。彼女もそんな人物に心当たりはなかった。しかし、クルム少佐が金髪で背が高いというのは本当のことである。今は魔法で姿を変えているのだ。ただし、ケープと軍服については心当たりがなかった。

「誰かはわからないわ。でも、雰囲気からしてかなり地位も高そうだから」

「そ、そうなの?」

「知っているのでしょう?それとも、正体をバラしてはまずいのかな?」

「そんなことはないわ」

「ふふん。女言葉になっているわよ」

「え?」

と、ルッツは言った。

 アリュセアは、ルッツが女性の姿を重ね合わせているのも見えているのだ。

 その女性は、金髪で青い目の人で、リドス連邦王国の軍服とは違うものを着ていた。しかし、アリュセアの目から見てもなかなかの美人である。

「確かにあなたは、よその銀河から来たのね。それに女性だわ、それもかなりの美人だわ」

「そ、そうなの本当は私、女なの。でも美人というのは言い過ぎよ」

「で、あなたの副官は誰?」

と、再びアリュセアは尋ねた。

「それは、……」

と、ルッツが言いよどんだ。知らないと言ってもすぐに嘘だとわかってしまうだろう。しかし、本当のことを言ったら、本人に危険を招くような気がするのだ。

「ごめんなさい。言えないわ」

と、ルッツは正直に言った。

「ということは、かなり重要な地位にある人、ということかしら?」

「さあ、そこまでは私は知らないの。ただ、ここでは名を知られてはまずいことになると聞いているだけ」

 アリュセアはそこまで言われると、返ってクルム少佐に興味が湧いてきた。


80.

 ヘイダール要塞にロル星団からたまに商船がやってくる。それは、辺境航路を渡り歩く交易商船で、ふたご銀河ではいわゆる独立商人と言われており、商品の他にロル星団の情報も要塞にもたらした。

「やあ、よくきてくれたね。無事に着くか、心配していたよ」

と、ヘイダール要塞のヤム・ディポック司令官は歓迎して言った。

 ジル星団方面とは違って、ロル星団方面の航路は銀河帝国軍のパトロールが頻繁にあり、商船がヘイダール要塞に行くのを妨害しているからだった。その警戒の中をかいくぐってやってくるのは、大変なのだった。

「なんだか、大変なことになっていたようだな」

と、商船ドルイド号の船長、コランド・アルガイが言った。要塞に来る途中で出会ったジル星団の船から、要塞で起きた事を聞いたのだった。

 彼は、ヤム・ディポックの幼友達でもあった。

「まあ、いろいろあるさ。ここは何しろ辺境なんだからね」

と、ディポックは言った。

「しかし、あの要塞の外に展開している妙な艦隊はどこのなんだ?ジル星団のどこかの国と同盟でも結んだのか?」

と、アルガイが言った。

 要塞の外の艦隊とは、ダルシア帝国の艦隊のことである。アルガイには見たことのない形態の艦だったのだ。

「そういうわけではないんだが、何しろ、そう簡単に動かせないのでね」

「まさか、どこの誰ともわからない連中に占領されたというわけではないだろうね。もっともそれなら、うちの船が要塞に入港できないか」

「そうそう。だから、大丈夫さ。それで、向こうの様子は?」

と、ディポックは聞いた。

「まあ、相変わらずさ。帝国は元新世紀共和国の新領土については、少しずつ統治を強めているがね。あのダールマン総督の失脚以来、新しい総督は来ていない様だが、あのスワングラード提督は総督代理として上手くやっている」

と、コランド・アルガイは言った。

 要塞に来る前に、色々調査してきたのだ。少しでもディポックの役に立ちたいと、心の中では思っている。ただ、現実は商人であるから、利益もださなくてはならない。

「そうか」

「それはそうと、この要塞にベルンハルト・バルザス提督がいるかな?」

と、アルガイは聞いた。

「ベルンハルト・バルザス提督というと、あのダールマン提督の部下だったという……」

「そうそう。実は、ある筋からバルザス提督宛に手紙を預かってきた」

「手紙?ある筋というのは、誰からだい?」

と、ディポックは興味を持って聞いた。

「バルザス提督には帝国に妻子がいたのさ。知っていたか?独身だったダールマン提督やヨブナルド提督とは違ってな。それで、バルザス提督の妻だと言う人から人づてに預かってきたんだか……」

「しかし、ここにバルザス提督がいるなんて、どこから聞いてきたんだ?」

 バルザス提督がジル星団にいるということは、これまでヘイダール要塞も知らなかったのだ。かの大逆事件の後、銀河帝国が追討の艦隊を差し向け、その艦隊との会戦の際にダールマン元帥以下ほとんどの者達が亡くなったと聞いていたのだ。それがダルシア帝国の継承者の問題で突然バルザス提督がヘイダール要塞に現れたのである。

「それはもちろん、内緒の話さ。だが、ぶっちゃけどうなんだ、いるのか、いないのか?」

と、アルガイは畳み掛けた。

「それは、まあいることはいる」

と、ディポックは言った。

「ダールマン提督もか?」

「まさか、いるのはバルザス提督だけだ」

「一人か。何しに来たんだ?」

「まあ、ちょっとあってな……」

と、ディポックは言い難そうにした。

「何だ?俺には話せないのか?」

「そうじゃない。話が複雑なんで、そう簡単に話せないのさ」

 ここのところのジル星団の惑星連盟の騒ぎは、簡単には説明できないことだった。バルザス提督もからむその話は、たとえ話しても信じてくれるかどうかも怪しいとディポックは思っていた。

「それはもしかして、外の艦隊も関係しているのか?」

「まあ、そうだ」

「あれは、普通の艦隊じゃないだろう。どこの艦隊なんだ?」

「あれは、ジル星団のダルシア帝国の艦隊なんだ」

「ダルシア帝国?ジル星団にあると言われているあの帝国か?」

と、アルガイは驚いたようだった。

「ダルシア帝国を知っているのか?」

と、ディポックも驚いて言った。

 ディポックでさえ、ジル星団があることを知ったのは、最近のことで、ましてダルシア帝国などこれまで聞いたこともなかったのである。

「名前だけは聞いたことがある。ジル星団最古の、そして最強の帝国だと聞いている。案外俺たちのような辺境を渡り歩く交易商船にはジル星団の国の噂も良く聞くんだ。だが、あそこはもう滅びたとか聞いたことがあるんだが……」

「滅びてはいない。ただ、後継者にちょっと問題があって、それでジル星団がゴタゴタしたんだ」

「なるほど。その話は、後でゆっくり聞かせてもらえるんだろうな」

「いいとも。もう終わったことだし……。それで、バルザス提督に渡す手紙というのは?」

 コランド・アルガイは一枚の小さなディスクを取り出した。

「これを渡せばいいのか?」

「そうだ。それで、悪いが渡したところを確認させてほしい」

「確認というと?」

「まあ、つまり頼まれた人にバルザス提督に本当に渡ったかを話さなければならないんだ」

「要するに、ここにバルザス提督を呼んで、これを渡すということか?」

「まあ、そういうことになるかな」

「わかった。バルザス提督を呼ぼう」

「そんなに簡単に呼べるのか?」

「もちろん。呼べるさ」

 要塞内の通信機で司令室を呼び出すと、

「バルザス提督に、私の執務室まで来るように言ってくれ。至急にだ」

と、ディポックは命じた。

「了解しました」


 ベルンハルト・バルザス――銀の月は、タリア・トンブンを探して展望室にやってきた。

 タリア・トンブンにはダルシア帝国の継承者となったから、一日も早くダルシア帝国の本国へ行かなければならないと話す必要があった。そのために、外のダルシア帝国の艦隊がやってきたのである。

 バルザスは、展望室でタリア・トンブンとルッツ提督の副官がいるところに出くわした。

「こんなところにいるなんて、どうしたんだタリア」

と、バルザスは言って、展望室に入って言った。そして、クルム少佐に気が付くと、軽く目で会釈をした。

「別に、何でもないわ。それより、私に用があるのかしら」

と、タリアは不機嫌そうに言った。

「分かっているだろう。ダルシア帝国の本国に君が行く件だ」

と、バルザスは言った。

「今すぐでなければ駄目?」

「もちろんそれは、速いほどいいんだ」

「私、まだダルシアに行くだけの気分じゃないの」

「それは、わからないでもない。でも、『ダルシアン』のことも考えてくれないか?彼は、いや彼らは君を待っているんだよ。それに心配してもいる」

「『ダルシアン』て機械なのでしょう?」

「正確に言うと、機械ではない。ダルシア帝国では、有機的なものと金属的なものとが融合して我々の言う、機械や宇宙船と言ったものを形作っているんだ」

「要するに、タレス連邦の宇宙船とは技術的にかなり違うということ?」

「そういうことだね。ゼノン帝国はダルシア帝国の技術や知識を欲しがっているが、彼らがダルシアの技術や知識を解析することはかなり難しいだろうね。何しろ、根本の考え方から違うのだから。だから、元々彼らにダルシアの文明を理解するのは無理だったのさ。もちろん、時間をかければ可能だと思うけれど……」

「どのくらいかかると思う?」

「そうだな、少なくとも二、三十年は掛かるだろうね」

「彼らは、すぐにも利用できると思っているようね」

「だから、困るのさ。彼我の差を理解できないというのは、……」

「それじゃ、リドス連邦王国はどうなの?」

「リドスでは、色々な技術の経験と蓄積がある。タレス連邦やここの要塞のような技術、ダルシアのような技術、他にも色々ある。それぞれの特徴や特質は様々だけれど、本来は同じものだからね」

「同じもの?何が同じなの」

「それは、……」

と言いかけた時、携帯用通信機が鳴った。

 腕に付けられたブレスレットの形のそれを、バルザス提督は耳に当てて、

「了解した。すぐ行く」

と、言った。

「悪いが、ここの司令官に用事ができた。この話は、また後で……」

「分かったわ」

と、タリアが言うと、バルザス提督は片手でパチンと指を鳴らして消えた。


 バルザス提督は、要塞司令官の執務室近くの廊下に出ると、そこから歩き出した。

 魔法を使い出すと、楽なのでつい使いたくなるが、それは魔法に慣れるためでもあった。

 この要塞ではバルザス提督が魔法使いであることは、ある程度知られてしまった。先般ジル星団の惑星連盟の件で様々な魔法を使ったのだが、それは要塞の兵士まで知られている。魔法と魔法使いについては緘口令が敷かれているものの、バルザス提督が魔法使いであるということは、要塞ではすでに既定の事実だった。

 要塞司令官の執務室のインターホンを鳴らして、

「ベルンハルト・バルザスです」

と言うと、

「早かったね。どうぞ、入って」

と、ディポックが言った。

 司令官の執務室には、応接セットが置かれていて、そこに見慣れぬ人物をバルザスは見た。

「こちらは、自由商船ドルイド号の船長、コランド・アルガイだ。私の友人でもある。実は今回要塞に来るに当って、バルザス提督、あなたの御家族からの手紙を持ってきてくれたのだ」

と、ヤム・ディポック司令官は言った。

「私の家族というと?」

「確か、あなたには帝国に奥方とお子さんが居られるということだった。その奥方から手紙を人づてに預かってきたらしい」

と、ディポックは言った。

「そうですか、それは大変でしたでしょう」

 コランド・アルガイは不躾にジロジロとバルザス提督を見ていた。本人を見るのは初めてだったが、見たところ銀河帝国の大逆人の手配映像にそっくりだった。

 ディポック司令官は、

「これがその手紙なんだけれど……」

と、テーブルに出された小さなディスクを示した。

 バルザスは、そのディスクを見て、手を伸ばして取り上げた。その時一瞬目を閉じたようにディポックには思えた。

「どうもお手数をおかけしました。お礼を言わせていただきます。それで、他に何か用事でもあるのでしょうか?」

と、バルザスは言った。

「質問があるんだが、ディポック」

と、アルガイが言った。

「バルザス提督、構わないかな?」

と、ディポックは言った。

「どうぞ。」

「それでは、今あなたはどこに属しているのか知りたいんだが……」

と、アルガイが聞いた。

「私は、現在はリドス連邦王国の宇宙艦隊に属しています」

と、バルザスは言った。

「ええと、ダールマン元元帥はどうしているか、知っているかい?」

「元帥も私と同じくリドス連邦王国の宇宙艦隊に属しています」

と、バルザスは答えた。

「そのリドス連邦王国というのは、ジル星団にあるのかな?」

「そうです」

「その国は、その君たちが銀河帝国の大逆人として追われていることを知っているのかな?」

「もちろん、知っています」

「しかし、それでよく雇ったもんだな」

「コランド、そこまでにしてくれないか」

と、ディポックは遮った。

「構いませんよ、司令官」

と、バルザスは全然気にする様子はなかった。

「まあ、帝国の方でもまだ彼らがどこにいるのかを掴んではいないようだがね」

と、アルガイは言った。

「それなら、どうしてここがわかったんだい?」

と、ディポックは聞いた。

「それはもちろん、蛇の道は蛇というやつさ。辺境を行く自由商船の連中の噂話に今回でてきたのでね。それでもしかしたらということで、頼まれたのさ」

「もし、いなかったらどうするつもりだったんだ?」

「いなかったら、いなかったで済んだ話さ」

と、アルガイは無責任に言った。

「それでは、用が済んだようですので、私はこれで下がってもよろしいですか?」

と、バルザスは言った。

「構わないよ。コランド、君も用は済んだだろう?」

「そうだな」


81.

 バルザスは要塞司令官の執務室を出ると、指を鳴らして、誰もいない場所に出た。そこは、普段は使われていない倉庫の近くだった。

 先程渡された小さなディスクを再び手に取ると、バルザスは目を閉じた。

 そのディスクに最初に触った瞬間、バルザスにはその持ち主が既に亡くなっているのを感じた。つまり、バルザスの妻であるナルディア・バルザスは、死んだのだ。

 銀の月であるバルザスは、そうした人の生死については、非常に敏感だった。相手の持ち物を障っただけで、持ち主の生死が分かるのだ。

(ここにいたの、ディラント……)

 ふいに、どこかで聞いたことのある女性の声がしたように思った。

 振り返ると、そこにはナルディア・バルザスが立っていた。

「ナルディア……」

 ベルンハルト・バルザスは妻の名を口にした。妻の手紙を手にした時から、このことは予想していた。もし、この手紙が妻の死に間際のものであった場合、手紙事態に妻の霊が憑いている可能性があったのだ。

 ナルディア・バルザスは、銀の月を見て微笑んでいた。

 その微笑みは、三年前のあの日、銀河帝国軍が新世紀共和国へ宇宙艦隊を派遣する命令を発した日、当時のダールマン元帥の指揮下に属していたベルンハルト・バルザス提督の艦隊旗艦トリノスに乗艦するために家を出たときそのままだった。

「よくここにいることがわかったな……」

と、バルザスは言った。他に言葉の掛けようもなかった。

 驚いたというよりも、よくここまで、銀河帝国から見たら宇宙の果てと思われるヘイダール要塞まで来たものだ、という感慨の方が大きかった。いずれ、時が立てば、バルザス提督も銀河帝国へ行ける日が来ると考えていたが、その日が来るのはまだ先のことだった。

(探していたわ、ずっと、どこにいるのかわからないから)

と、ナルディアは懐かしそうに言った。そして、

(でも、こうして会えたわ。時間が掛かったけれど、あなたは喜んではくれないの?)

と、ナルディアは続けた。

「それは……」

 銀の月は、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなかった。少なくとも、あまり喜べるような状態ではないと思っている。

「私が、大逆人であるダールマン元帥の部下で、元帥と共に行方知れずになったから、君に何か災いが及んだということか?」

と、銀の月は一番気にしていることを聞いた。

(そうね、全然関係ないとは言えないけれど、もうそれはいいのよ)

と、ナルディアは言った。その言葉は、悲しみも、苦しみも表現しなかった。ただ、バルザスに会えたという嬉しさがあるだけである。

「アンナはどうしている?」

と、銀の月は幼い娘の名を口にした。ずっと気になってはいたのだ。だが、銀河帝国は遠く、入ってくる情報も限られていたのだ。

(あの子は、アンナは死んだ……)

と、ナルディアはそれまでとは少し違った反応を見せた。明らかに悲しみの表情を見せた。

「死んだ?なぜだ?」

とバルザスは言ったが、その答えは実はわかっていた。

(あの子は病気だった。今の世でも直せない病だった仕方のないことだった……それはあなたも思い出したのではなくて?)

と、ナルディアは冷静に言った。

「で、あの子は一緒に来たのかい?」

と、バルザスは気を取り直して言った。

(いいえ、そのことであなたに話があるの)

と、ナルディア・バルザスは言った。

「アンナのことか?」

(そうよ)

 バルザスは交易商人コランド・アルガイから渡された手紙を思い出した。

「その前に聞いておきたいことがある。君は私に手紙を作っただろう?」

(ええ、私、事故に遭う前に、手紙を作ってそれをあなたに出そうと思ったの。でも事故で、私は死んでしまった。だから、私その手紙があなたに届くように念じていたわ)

「その手紙を誰かが拾ったということか」

と、バルザスは言った。

(そう。誰かがあなたに届けてくれるかもしれないと思って、手紙と一緒にいたの。そしてやっと今日あなたにその手紙が届いたのよ。だからあなたに会えた)

「この手紙は今日、独立商人のコランド・アルガイという人が届けてくれた」

(その人にお礼を言ってくれた?)

「もちろんだ」

と、バルザスは言った。

 手紙をバルザスに届けようとした人物は善意からなのかは甚だ疑問だった。この手紙を読んだだけでは、ナルディア・バルザスがまだ生きていると思うからだ。本人も死ぬ前に作ったと言っている。

 ナルディア・バルザスの手紙を読んだベルンハルト・バルザスは、妻が生きていると思って、銀河帝国にやってくると思ったのではないか、と考えるのが妥当だった。

(何を考えているの、ベルンハルト?)

と、ナルディアは言った。

「いや、何でもない」

(わかっているわ。あなたのような立場にいる人にとっては、私の手紙はあなたを誘い寄せる罠にできることくらい……)

「ナルディア、それは考え過ぎた」

(いいえ、その危険があるというくらい私にもわかる。だからこそ、あなたを探していたの)

「アンナのことは?」

と、バルザスは話題を変えた。そちらの方が重要なはずだった。

(そう、アンナのこと)

「死んだというのは、確かなことなのか?」

(間違えようがないわ。遺体は子供でもあるし、引き取り手もいないので共同墓地に入れられたはず。私はそこまで行って、あの子を探したの)

「遺体はあったのだろう?」

(でも、あの子の魂が行方不明なのよ)

「亡くなった理由は?病死ではなかったのかい?」

(病死よ。あの子は初めから長く生きられない、いえそうした約束で生まれてきた子だわ。もともとこの世で長く生きる予定ではなかったのは確かよ)

「私があんなことにならなければ、もう少し長生きできたかもしれないが……」

(そんなことは些細なことよ。どちらにせよ、あまり変わりはなかったでしょう。それよりも、あの子の魂を探してほしいの)

「しかし、私は今銀河帝国に行くことはできない」

(いいえ、もうすぐ、行けるようになるわ。あなたは今リドス連邦王国に属しているのでしょう?)

「そんなこと、誰に聞いたんだ?」

(あれは、あなたの知り合いだと思うのだけれど。私には六番目だと言っていたわ)

「六番目だって?それじゃ、六の姫にあったのか?つまり君が会ったのは、リドス連邦王国の第六王女殿下だ」

(第六王女?そうなのかしら。あまりお姫様という感じはしなかったけれど……)

「それなら、間違いない。それで、なんと言っていた?」

(ええと、リドス連邦王国は銀河帝国と正式に国交を樹立したので、近々大使と武官を派遣することになる。その武官として銀河帝国に行ける可能性があると言っていたわ)

「何だって!」

 リドス連邦王国がジル星団の他の国々に倣って、近々銀河帝国と国交を開始するとは聞いていたが、こんなに早く始まるとは思っていなかった。

 ただバルザスが銀河帝国に行くとなると、あの大逆人の一味がリドス連邦王国にいることが知られてしまう。それは果たしてリドスにとって国益にかなうのだろうか?


82.

 ヘイダール要塞は、ジル星団の惑星連盟の各国政府の代表達が去り、落ちつきを取り戻しつつあった。

 ここ数日慌しい日を送っていたヘイダール要塞の司令官ヤム・ディポックは、要塞の幹部を集めた定例会議に出ていた。もちろん、そこには独立商人コランド・アルガイの姿もある。

「さて、色々あったが、何事も無く終ってホッとしたというところかな……」

と、ノルド・ギャビ要塞事務官が言った。

「結局、あのダルシアとか言う帝国の継承者は、誰に決まったんですか?」

と、要塞防御戦闘機中隊を率いるダヤン・ガル中佐が言った。

「タレス連邦からの亡命者を連れてきたタリア・トンブンに決まった。もちろん、現在タリア・トンブンはダルシア国籍を有している」

と、ディポックは言った。

 言葉にならない驚きが会議室に満ちた。今回の騒動の経緯については多少のことは聞いているものの、まだほとんどわかっていないのが多数なのだ。

「ダルシア帝国というと、どんな帝国なんですか?銀河帝国のような感じですかね」

と、ダヤン・ガル中佐は聞いた。

「いや、人口はおそらく、タリア・トンブンだけということになるだろう」

「え?たった一人ですか?」

「だから、帝国と言っても、政治的には特に関係ないだろう。だが、ジル星団の惑星連盟にとっては、ダルシア帝国の存在は非常に大きいようだ」

「外の艦隊はダルシア帝国の艦隊ということですが、人口がそのタリア・トンブン一人ということですと、あの艦隊には人間、つまりダルシア人は乗っていないということでしょうか?」

と、ダヤン・ガル中佐は言った。

「そういうことだ」

「それでは、どうやって動かしているんです?」

「詳しくはわからないが、ダルシアでは機械と有機物が融合して宇宙船を作っているということだった。何でも、ダルシアの宇宙船には指揮脳という機能があって、それが船全体を操縦している。それが艦隊単位の旗艦にはそれを統率する指揮脳があるそうだ」

「機械だけではないということですか?」

「そういうことだ」

 実際、ダルシア帝国の技術については未知の部分が多く、ナンヴァル連邦でも全部わかるわけではないと、惑星連盟の議長であり、ナンヴァル連邦の大使であるマグ・デレン・シャは言っていた。

「ところで、そのダルシア帝国の艦隊についてですが、あれはいつ本国に戻るんですか?」

と、アロウド・ヴィン大佐が聞いた。

 要塞の情報部門を取り仕切っているアロウド・ヴィン大佐は、これまで様々な情報を収集するために現在銀河帝国の新領土となっている元新世紀共和国に行っていた。それが今回、コランド・アルガイの船で要塞に戻ってきたのだ。

「まだ、少々時間がかかりそうだ。タリア・トンブンがまだ行く気になっていないようだからね」

と、ディポックが言った。

「ですがウチの連中や銀河帝国の連中にあれを見られるのは、ちょっと厄介な気がするんですが……」

と、アロウド・ヴィン大佐が言った。

「まあ、見られても何とでもいいわけはできる。あまり、タリアを追い詰めたくはないのでね」

「しかし、タリア・トンブンはあの艦隊をコントロールできるのでしょうか?」

と、参謀のグリンが不安げに言った。

「まあ、もう一人動かすことのできる人物がいるから、何とかなるだろう」

「もう一人?ダルシアの後継者は一人だけなのだろう?」

と、コランドが聞いた。

「まあ、もう一人、その関係者がいるということさ」

と、ディポックは曖昧に言った。

「それでなんだが、実は惑星連盟の議長から、このヘイダール要塞に惑星連盟を移したいという話があった」

と、ディポックは言った。

「ジル星団の惑星連盟がこの要塞に来るというのですか?」

と、ダズ・アルグが驚いて言った。

「まだ、決まったわけではない。話があったということだ。私もまだ検討中でね」

「それが本気だとすると、我々にとっては、どんな得があるのでしょう」

と、フィーガル・オーリエ中佐が言った。彼は要塞防御指揮官フェリスグレイブの副官だった。

「そうだね。まず全体を考える上で重要なことは、惑星連盟がここに移りたいのは、おそらく銀河帝国の加盟や交渉を考えてのことだと思う。惑星連盟はジル星団を纏める役目を果たしている。銀河帝国がもし加盟すれば、ふたご銀河全てを網羅することになる。それに対処能力も向上するだろう」

と、ディポックは言った。

「しかし、もともと惑星連盟はゼノン帝国のジル星団での横暴を抑止するために結成されたと聞いています。現在ゼノン帝国の連中は銀河帝国とどんな関係にあるのでしょうか?」

と、グリンが言った。

「銀河帝国とゼノン帝国の関係は、現在は非常に良好だと言えるでしょう。ゼノン帝国は銀河帝国にない、宇宙航行技術を提供できるとして、最初の接触を始めたのです。そこから今では大使の交換まで話は進んでいます。惑星連盟については、銀河帝国では話は聞いているでしょう。もし、ここに惑星連盟が移るとすると、この要塞の政治的独立が暗黙のうちに認められるのではないでしょうか?」

と、ヴィン大佐が言った。

「しかし、あのゼノン帝国は惑星連盟について、あまり協力的ではないように思えます」

と、グリンが言った。

「そうだな、不承不承従っていると取れるような態度に思えた。惑星連盟事態がゼノン帝国を抑えるためにあるというのだから当然だろう」

と言いつつ、ディポックは一連のダルシア帝国の継承者を決める騒動での、ゼノン帝国の大使の態度を思い出した。

「それに、今はナンヴァル連邦が一応取り仕切っているようですが、ダルシア帝国の強力な後押しがなければ、惑星連盟とて、ゼノン帝国に押し切られるような気がします」

と、グリンが言った。

「それは剣呑だな。ダルシア帝国の継承者がそのタリア・トンブンとかいう、たった一人だということが分かってしまってはあまり影響力はないのではないか?」

と、コランドは言った。

「ですが、ダルシアの艦隊は健在だと聞いています」

と、ダズ・アルグは言った。

「しかし、動かせるのがタリア・トンブンとかいうのだけではな」

と、コランドが腕を組んで言った。

「あのリドス連邦王国はどうなのでしょうか?」

と、リーリアン・ブレイス少佐が遠慮がちに言った。

「リドス連邦王国だって?」

と、コランドは言った。

「ジル星団の国の一つなんだ。ほら、例のバルザス提督の居るという国だ。しかし、彼らは惑星連盟にはあまり協力的ではないと聞いている」

と、ディポックは言った。

「しかし、ダルシア帝国が弱り、ナンヴァル連邦も一国ではゼノン帝国を抑えられないとしたら、リドス連邦王国しかないでしょう?」

と、ダズ・アルグが言った。

「おそらく、彼らならゼノン帝国を抑えられるだろう」

と、ディポックも言った。

 あの暗黒星雲の種族の男をあっという間に押さえ込んだ、リドス連邦王国の王女のことをディポックは思い出していた。だが、あのことを口にだすのは何故か躊躇われた。

「そんなに強いのか?」

と、コランドは聞いた。

「まあ、たぶん……」

と、ディポックは曖昧に言った。

 リドス連邦王国の王女については、あの時司令室にいた者しか知らないはずだった。あの圧倒的な力はどこから来るのだろうか?魔法使いさえ、初めて見たのに、魔法とは違うあの力はいったい何だったのだろうか?ディポックは今でも信じられない思いだった。

「何だか、口止めでもされているのか?随分、おまえさんにしては言い方が曖昧なんだな」

と、コランドが言った。

「いや、そのリドス連邦王国については、まだ分からないことが多くて、どう話していいのかわからないんだ」

と、ディポックは言った。

「ジル星団の方の国は、どれも少し変わっていると聞いている。だから、多少のことで驚いたりはしないさ」

と、コランドが言った。

 そうだろうか、とディポックは思った。辺境の独立商人たちは、ジル星団についてどんな噂をしているのだろう、と興味を抱いた。

「辺境では、ジル星団についてどんな噂があるのか知りたいな」

と、ディポックは言った。

「それが、妙な噂が多いから、本当のことかどうか……」

と、コランドは言いにくそうだった。

「噂なんて、そんなものだ。で、どんな噂だい?」

「うーん、例えば、ジル星団のある王女の話がある。どこの星の王女かは定かではないんだが、とんでもない化け物だとか、そうではなくて、辺境の船団の守り神とも言う連中もいて、ただ、私はいまだ見たことはない」

と、コランドは言った。

「ふーん。名前はわからないのかい?」

と、ディポックは聞いた。

「それが、五の姫とか、六の姫とか数字のような感じで、名前はわからないんだ」

 リドス連邦王国の王女が現れたとき、確か五の姫と言っていたとディポックは思い出した。

「リドス連邦王国の王女は名をあまり言わずに、何番目ということが多いと聞きましたがね……」

と、ダズ・アルグが言った。

「ふーん。じゃ、そのリドス連邦王国の王女のことなのかもしれないな」

「その、噂で化け物と言われているのは、どんな理由があるんだ?」

と、ディポックは聞いた。

「私が見たわけではないんだが、ただ、ホンの指先を動かすだけで、戦艦クラスの艦を航行不能にするとか、彗星をどかすとか、信じられないようなことなんだ」

と、コランドが言った。

 このヘイダール要塞を一瞬で動かした、リドス連邦王国の五の姫のことを考えると、それほど荒唐無稽な話ではない、とディポックは思った。

「どうしたんだ?急に黙ってしまって……」

と、コランドが言った。

「話は変わるが、暗黒星雲の種族というのを知っているか?」

と、ディポックは聞いた。

「私は、実際にはあったことはない。だが、辺境の仲間の商船ではその噂は良く聞く」

「どんな噂かな?」

「あまりいい噂ではない。船の事故をわざと起こしたり、船の荷物を持って行ってしまったり、乗員をどこかに連れて行ってしまったりして、困らせると聞いている」

「そういう目にあった連中を知っているかい?」

と、ディポックは聞いた。

「直接には知らないな。ジル星団の商船に多いと聞いているが、あまりこちらの船には現れたと聞いていない」

「変だな。本当にいるなら、我々の方の船にも現れていいはずだ」

「いないと思うのか?」

と、コランドが聞いた。

「いや、そうとは言っていない。ただ、ジル星団の船によく現れるというのがわからない。なぜ我々の方の船には出ないんだ?」

「さあ、どうなんだろう」

 ジル星団がこれまで自分達の存在を隠していたことと、何か関わりがあるのではないかという気がした。だが、それでも彼ら暗黒星雲の種族が、ジル星団の諸国に倣って配慮するなどということは考えられない。

 定例会議が終ると、ディポック司令官はバルザス提督に色々と聞いて見ようと思い立った。今回はナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャを間に立てなくても、おそらく何らかの話はしてくれそうな気がしたのだ。何と言っても、ジル星団について、また他のことについても情報が少なすぎるのだった。それをこのまま放っておいては、要塞を危険に落としいれかねないという気がするのだ。


83.

 アリュセア・ジーンはおや、と妙な雰囲気を感じた。誰かが来たような気がする。

「あら?カール、誰か来たのかしら?」

と、アリュセアは聞いた。

「いいえ、誰も来ていないわ」

と、正体がバレて開き直ったカールが言った。カールには特殊な能力はなかったし、誰かが来たという連絡等はなかったからである。

 眉をしかめてしばらく考えていたアリュセアは、

「たぶん、ディラントだわ。誰かと一緒なのよ」

と、言った。

「誰かって?」

「そう。でも、あれはもしかして……」

と、アリュセアは言葉を濁した。

 アリュセアの能力は霊視、つまり死んだ霊を見たり、予知夢を見たりすることにある。

 ディラント――銀の月であるバルザス提督が宿舎に戻ってきたときに、誰か、しかも霊である誰かと一緒だとアリュセアは看破したのだ。

 考えてみれば、アリュセアは元銀河帝国の軍人だったベルンハルト・バルザスについては、何も知らなかった。

「銀河帝国か、……」

と、アリュセアはため息をついた。

「どうかした?」

と、カールが聞いた。

「私、今の彼のこと、ディラントのこと、何も知らないのよ」

「それは、仕方がないわ。今回はここで初めて出会ったのでしょう?」

 タレス人であるアリュセア・ジーンと銀河帝国の元軍人であるベルンハルト・バルザスは、この要塞で初めて出会ったのだ。

「そうだけれど、そう言えば昔もあまり彼のこと、ディラントのことを知らなかったような気がする」

「でも、昔って、ええと二千年前だっけ?そのころは、夫婦だったのでしょう?」

「夫婦になる前のことよ。私は、あまり城の外に出たことがなかったから、あの頃は本当に何も知らなかった。でも、今は違うわ。タレス連邦で、ちゃんと色々経験しているから。普通の人生だったしね。でも、ロル星団にある銀河帝国については、何も知らないの」

と、アリュセアは言った。

「タレス連邦のあるジル星団と、銀河帝国のあるロル星団はほとんど交流はなかったと聞いたわ。だから仕方がないんじゃない?」

「でも、何だか、知る必要があるような気がするの」

「それは、アリュセア・ジーンが言っていること?それとも、サンシゼラ・ローアン?それともライアガルプスというダルシア人かしら」

 サンシゼラ・ローアンは二千年前のガンダルフ人であり、ライアガルプスは約七千年前のダルシア人だった。どちらもアリュセア・ジーンの過去世である。だから、アリュセア本人と言っても差支えがない。ただし、それぞれ個性は別物だった。従って、意見が違うこともある。

「うーん、そうね。全部よ。全員がそう言ってるの」

 今回に限っては、皆の意見の一致を見たのだ。

「ええと、ディラントじゃなく、ベルンハルト・バルザスという銀河帝国の人を知るには誰に聞けばいいのかしら?」

と、アリュセアは言った。

「そうね、確かここには銀河帝国から亡命した人がいると聞いたわ。でも、ここの司令官なら何か知っているかもしれないわ」

と、カールは答えた。

 しかし、顔を知っていても、軍人でもなく、ただの民間人であるアリュセアが突然行ったとして、会って話をしてくれるだろうか、という不安があった。今現在向こうは、特にアリュセアに用があるわけではない。

「でも、司令官では忙しくて、私に会ってくれないかも……。いいえ、他の人に聞くくらいなら、直接本人に聞いた方が早いんじゃないかしら?」

「それは、そうかもしれないけれど、バルザス提督は誰かと一緒に来たんでしょう?」

 その誰かが問題なのだ。あれは、おそらく、とアリュセアは思った。

 急に黙り込んだアリュセアに

「何だか、過激なことを考えていない?」

と、不安そうにカールは言った。

「大丈夫。面倒だから、あれをやってみるわ」

と、アリュセアは言った。

「何をするつもり?」

 アリュセアは、魔法でここへバルザスを召喚して、話を聞こうというのだ。そうすれば、バルザスと一緒に部屋に戻ってきた人物もここへ呼ばれざるを得ない。アリュセアはその人物にとても興味を覚えたのだ。

 その時、

(ダメ!)

と、サンシゼラが言った。

「え?」

 アリュセアはびっくりして、手を心臓の上に当てた。そして、目を閉じると、心の中のサンシゼラに聞いた。

(どうしてダメなの?)

(まず、この要塞の司令官に聞いてみた方がいいわ。これはとても微妙で繊細な問題だから)

 そこへライアガルプスも参入してきた。

(銀の月は、あれでなかなか繊細なところもある。あまり乱暴なことはするべきではない。私の方があやつのことを心得ている)

 先ほどは意見が一致したが、今回は二対一に分かれた。

 急に目を閉じて黙ったアリュセアを心配そうに見て、

「大丈夫?どこか気分でも悪いんじゃなくて?」

と、カールは言った。

「うーん、そうじゃなくて、意見が分かれたの。二人とも、ディラントに直接聞くべきではないっていうのよ」

「なるほどね。心の中の声が言っているというわけ?」

と、興味深そうにカールは言った。

「そう。心の中に声が響いてくる感じね。自分で、自問自答しているような感覚に近いかしら」

「それで、どうする?」

 もう一度目を閉じると、

「そうね。やっぱり、ここの司令官のところへ行くというのがよさそうだわ。会ってくれるかどうかわからないけれどもね」

と、アリュセアは決めた。

 カール・ルッツは自分も要塞司令官に聞きたいことがあるからと言って、アリュセアとともに要塞司令官の執務室に行くことにした。


 ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックは、リドス連邦王国のバルザス提督にジル星団の状況について聞こうとして要塞内の通信で呼び出そうとしたところだった。

「タレス人のアリュセア・ジーンとリドスのカール・ルッツ提督が私に聞きたいことがあるって?」

と、ディポックは二人の奇妙な取り合わせに首を傾げた。

「どうしますか?」

と、副官のブレイス少佐が聞いた。

「いや、別に構わないよ。今、バルザス提督に話が聞きたくて、呼ぼうとしていたところなんだ。でも、どんなことが聞きたいのかな?」

 ジル星団のタレス連邦からきたアリュセア・ジーンと見た目は元帝国軍人のカール・ルッツの組み合わせは確かに妙だった。

「ええと、私に聞きたいことがあるということでしたが……」

と、ディポックは言った。

 アリュセア・ジーンは最後に会ったときは、ライアガルプスというダルシア人だと言っていたので、どう接すればいいのかわからなかった。それにカール・ルッツの方も、見た目は男性なのだが、本人の言うところによると中身は女性だというのだ。

「あの、お忙しいところ、会ってくださって、ありがとうございます。それで今日来たのは、実はバルザス提督について聞きたいことがあるんです」

と、アリュセアは言った。

「バルザス提督について?それなら、私ではなくて同じ銀河帝国の軍人だったメイヤール提督に聞いた方がいいかもしれない」

と、ディポックは言った。

「そうですけれど、あの、今日バルザス提督を誰か尋ねてきませんでしたか?」

と、アリュセアは一番気になっていることを聞いた。

「今日?今日は、私の知人がバルザス提督に会ったけれど、それが何か……?」

「その時、他に誰かいませんでした?」

「誰かって?」

「だから、あの、銀河帝国にいるバルザス提督の恋人か奥様とかに……」

「ああ、それならバルザス提督の夫人から手紙を私の知人が預かってきたので、それを彼に渡していたけれど、……」

と、ディポックは思い出しながら言った。

「やっぱり、そうだったんだ」

と、アリュセアは言った。

「ええと、それが何か?」

と、アリュセアの言葉にびっくりしてディポックは聞いた。

「ディラント、いえバルザス提督が誰かと一緒のような気がしたので、それが誰なのか気になって……」

「いや、本人が来たのではなくて、夫人の書いた手紙を渡したんだけれど」

と、ディポックは相手の思い違いを直そうとして言った。

「いいえ、本人が来ていました」

と、アリュセアは断言した。

「本人が来ていた?いや、来てはいないよ。私の知人がバルザス夫人の手紙を持ってきたんだ」

「だから、手紙と一緒に憑いてきたんです」

「だから、え?憑いてきた?」

 ディポックは呆気にとられて言った。

「ちょっと待って。つまり、バルザス夫人がその手紙に憑いて来たってこと?」

と、カール・ルッツが確かめるように言った。

「そう!」

と、アリュセアは明快に言った。

「それじゃ、バルザス夫人はつまり……」

「まさか……」

と、ディポック司令官とブレイス少佐が顔を見合わせて言った。

「ディラントは、こうしたことにはとても敏感なんです。誰の物かわからない物を触っただけで、持ち主が生きているか死んでいるかわかるんです。だから、その夫人の手紙を触った時点で、夫人がもう生きていないことを知ったはずです」

と、アリュセアは説明した。そして、

「それに、あの手紙にはバルザス夫人が一緒に憑いて来ていたから、今彼は、夫人と話をしていると思います。ディラントは他の魔法使いと違って、死者と話ができる者なんです。だから銀の月という異名がついたんです」

と、続けた。

 ディポック司令官は、アリュセアの話を聞いて、ごくりと唾を飲み込んだ。これは、コランド・アルガイも想定外の事態である。

「それであの私、今のディラントのこと、いえあのバルザス提督のことを知りたいと思って、司令官が何か知っていないかと思って来たんです」

と言った。

「し、しかし、そのバルザス提督のことは、今の話からしてあなたの方が詳しいのではないかな?」

と、ディポックは言った。

「私が知りたいのは、銀河帝国で軍人だったベルンハルト・バルザスという人物のことです。簡単な経歴でもいいですから、教えていただけませんか?」

と、アリュセアは言った。

「そのことなら、カール・ルッツ提督、あなたが知っているのでは?」

と、ディポックはアリュセアと一緒に来たカールに言った。

「私は、見た目はカール・ルッツですけれど、本当は違うんです。この間もお話しましたけれど。リドスの人たちによれば、私もカール・ルッツの記憶領域にアクセスできるというのですけれど、それがまだうまくいかなくて、思ったよりも長くかかりそうなんです。カールの記憶に辿りつくまで」

「そう言えば、今のあなたは、遠くの銀河から来たと言っていましたね」

と、ディポックは言った。

「そうです。私の銀河はふたご銀河ではなく、白銀銀河といいます。ここから六億光年は離れています」

 ディポックはため息をついた。この二人の話を聞いていると、頭が変になりそうだった。

「それで、二人とも、バルザス提督のことが知りたいということですね」

と、ディポックは確認した。

 アリュセアとカールが同時に頷くのを見て、

「わかりました」

と言って、ディポックは要塞に戻ってきたアロウド・ヴィン大佐を呼ぶことにした。


84.

 ヘイダール要塞の展望室で一人残されたナル・クルム少佐は、要塞の周囲に浮かんでいるダルシア帝国の艦隊を観察していた。

 クルム少佐は、この要塞が銀河帝国の所有だったころ、何度か来たことがあった。ただ、その頃は展望室があることを知らなかったし、知っていたとしてもここに来るような暇はなかった。外を映すスクリーンの前に作られた柵によりかかるようにして、ダルシア帝国の艦隊を見ていた。しかし、その心は艦隊ではなくこれまでの自分の人生を思いめぐらしていた。

 かつては、ヘイダール要塞が浮かんでいるこの広大な宇宙に出ることを切望していた自分があったことを、懐かしく思い出していた。だが、それもある時点で真っ暗な奈落の底を見てしまったのだ。それからの彼は、ただ昔の夢を追いかけるしかなくなっていたのだ。

 その分岐点となったのは、クルムのたった一人の友人を失ったことである。しかも、その原因というのは、今思えば、彼の友に対する裏切りがあったのだ。失われたものは二度と戻らない。それが彼の心にぽっかりと大きな穴をあけていた。

 その穴を塞ぐために、気が付けば多くの誤りを犯してしまった気がする。

 今は、その穴を見ることができるまで彼は成長していた。けれども、犯した過ちはもう償うことしかできない。いや償うこともできないかもしれない。しかし、新しい過ちは犯さぬように気を付けることはできるのだ、と考えていた。

 そろそろ、始まる次期だった。彼の過ちの一つが、この要塞から始まるのだ。

 ロル星団の銀河帝国に先年の会戦で戦死したとされる大逆人オルフ・オン・ダールマン元帥とその部下がジル星団で生きているという情報がもたらされる。それが始まりだった。

 それから起きた様々な事件は、ほとんどが銀河帝国の若き皇帝の誤解から生じていると聞いたのはここから遠く離れた白銀銀河でのことだった。

 もうすでに、その誤解が何であるか、クルム少佐は気づき始めていた。

 あのタリア・トンブンのダルシア帝国の継承者問題もその一つだ。

 銀河帝国の若き皇帝が聞いたのは、リドス連邦王国の陰謀であるという話だった。当時はそれが真実のように皇帝の耳に響いてしまったのだ。何といっても皇帝暗殺の大逆事件を起こした張本人であるダールマン元帥を擁護する、リドス連邦王国という響きが判断を誤らせたのだ。

 ゼノン帝国が漏らす、リドス連邦王国への悪しざまな評価だけが原因ではない。

 つい先ほど、本人が漏らしたように、真実は違っていた。タリア・トンブンはダルシア帝国を継承することを少しも望んではいなかったのだ。ダルシア帝国をゼノン帝国やタレス連邦に渡せないと考えて、已む無く継承したのが真実だった。

 それをまるで、本人が望み、リドス連邦王国が企んで奪い取ったような印象を与える表現で、ゼノン帝国は誘導したのだ。

 それを見抜けなかったのは、銀河帝国の皇帝が愚かだったとしか言いようがない。

 もちろん、すべての真実が何であるかは未だにわからない。だが、クルム少佐はこのヘイダール要塞にいれば、必ずやその真実に出会うはずだと考えていた。


 アロウド・ヴィン大佐は、要塞司令官に呼ばれて執務室に入って敬礼をした後、アリュセア・ジーンとカール・ルッツを認めて、おやっという表情を浮かべた。

「よく来てくれたね大佐」

と、ディポックは言った。

「何か御用でしょうか、司令官」

と、ヴィン大佐はことさらに言った。

「ええと、今回は新世紀共和国に行ってもらったんだっけね」

と、ディポックは言った。

「は。元新世紀共和国の情勢とできれば銀河帝国について調査できれば、ということでした」

「で、どうだった?」

「は。……」

 チラッとカール・ルッツを見ると、

「その前に、どうしてここに、そのカール・ルッツ提督がおいでになるのか、教えていただけませんか?」

と、ヴィン大佐は小声で言った。

「そうだね。それは、……秘密だ」

と、ディポックは厳かに言った。

「閣下。それでは答えになっておりません」

と、ヴィン大佐は言った。

「大佐。ともかくそのことについては、後で私が説明しよう。今は、聞かれたことに答えてほしい」

と、ディポックが言うと、

「わかりました。ですが、きちんと後で説明していただけるのでしょうね」

と、ヴィン大佐は念を押すのを忘れなかった。そして、威儀を整え、咳払いをしてから言った。

「で、何を聞きたいのでしょうか?」

 アリュセアは、じっと相手を見ると、

「私はジル星団のタレス連邦からきたアリュセア・ジーンといいます。それでええと、バルザス、ベルンハルト・バルザスという銀河帝国の軍人について、質問があります」

と、言った。

「ベルンハルト・バルザス?あの大逆人の部下だった人物ですか……」

「大逆人の部下かどうかは、どうでもいいんです。彼には家族がいませんでした?奥さまやお子さんは、いましたか?それでいたとしたら、今現在どこにいるかご存じですか?」

「バルザス提督の家族ですか?ちょっと待ってください」

と言うと、ヴィン大佐は司令官の机の上の個人用パソコンの端末機を操作した。

「私が得た情報はすでに要塞の中央コントロールに入力してあります。向こうでは、帝国軍が駐留していましたから、帝国の情報もうまく手に入れることができました。ベルンハルト・バルザスでしたね……」

 カール・ルッツはヴィン大佐を興味深そうに見ていた。彼女の国にも同じようなものがある。こちらではどんな風に動くのか興味があった。彼女は本来科学者でもあったからだ。

 咳払いをすると、

「わかりました。ベルンハルト・バルザス提督の家族ですね。妻はナルディア・バルザス。大逆事件のすぐあと、交通事故で死亡とあります」

と、ヴィン大佐は言った。

「それは、バルザス提督が大逆事件の渦中にいたことと何か関係があるのだろうか?」

と、ディポックは聞いた。

「いえ、その可能性はたぶんないと思います。大逆事件の報が帝都にもたらされる直前の事故でしたから」

「で、あの子供はいなかったのですか?」

と、アリュセアは聞いた。

「ええと、子供は……いました。女の子でアンナ・バルザスといいます。こちらは病死ですね」

「病死したのは、いつのことなのかな?」

と、ディポックは聞いた。

「母親の死後、数か月たってからですね」

「そちらは、大逆事件の影響はなかったのだろうか?」

「さあ、それはどうでしょう。病死ですからね。全然ないとも言えないんじゃないですか?もし両親が生きていたら、いい医者に見せることもできたでしょうから。両親がいないから早死にしたとも言えますし……」

「確か帝国だと、大逆事件のようなことが起きた場合、その事件の関係者は親族に至るまで刑に処せられるという慣習があったと聞くが、それはどうなのだろうか?」

と、ディポックは聞いた。

「それはどうでしょうか。今の新王朝の皇帝はそうした前王朝の悪弊を廃することを標榜していましたし、大人ならともかく、子供でしかも女の子ですから、可能性としては低いと思います」


「なるほど、そうでしたか」

と、声がした。

 声のする方を見ると、ベルンハルト・バルザスがいた。

「え?いつ、来たんです?誰です?」

と、ヴィン大佐が言った。

 人が部屋に入ってくるような音や気配は、まったくなかったのだ。アリュセア以外の人たちは、突然の闖入者にびっくりしていた。

「ディラント、あなた聞いていたの?」

と、アリュセアは言った。

「当たり前だ。この要塞の中で私の目が届かないところはない」

と、バルザスは言った。

「そこにいる人が、あなたの妻であるナルディア・バルザスなの?」

と、アリュセアは言った。

 バルザスの隣に、美しい女性がいた。アリュセアを見ると、にっこりと微笑んだ。

「そうだ。手紙と一緒に来たんだ」

「それで、あなたはこれからどうするの?」

「アンナを探さなければならない」

「でも、アンナも亡くなったのよ。今の話を聞いたでしょう?」

「だが、アンナは行方不明なんだ」

と、バルザスは言った。

「行方不明?母親と一緒じゃないの?」

「ナルディアは、アンナを探したが見つからなかったんだ」

「でも、子供でしょう。普通なら簡単に見つかるはずよ」

「それでも、見つからなかったんだ」

 アリュセアとバルザスの話は、他の者には訳がわからなかった。

 咳払いをして、

「すみませんが、何が問題なのか、説明してくれませんか?」

と、ディポックが言った。

「これは、どうも。ここはあなたの部屋でしたね。それで、そちらは?」

と、バルザスは言った。

「彼はヴィン大佐です。しばらく元新世紀共和国に調査に行っていたのです」

「初めまして、私はアロウド・ヴィン大佐です。あなたがベルンハルト・バルザス提督ですね」

と、最初の衝撃からすぐに立ち直ってヴィン大佐は言った。

「そうです」

「バルザス提督、ご家族のことは大変お気の毒でした。それで、帝国に何をしに行かれるおつもりですか?」

と、ヴィン大佐はごく常識のある聞き方をした。

「アンナを探しに行くつもりです」

「ですが、もうお子さんも亡くなられたのです。遺体を運び出したいというのですか?」

「そうではなくて、アンナの魂を探しに行きたいのです」

「魂?遺体ではなくて?」

「そうです。魂が行方不明というのは、由々しき事態です」

「ディラント、アンナが亡くなることは、わかっていたの?」

と、アリュセアは横から割り込んで聞いた。その問いに、他の者たちはぎょっとした。

「生まれる前から、それは決まっていたことなんだ。アンナが長く生きられないことはね。ただ、魂はきちんと元の場所に帰るものだ。それが帰ってないとなると、何か起きたとしか思えない」

「あの、元のところというのは?アンナはどこに帰ることになっていたんですか?」

と、カール・ルッツが興味を持って聞いた。

「もちろん、天国、天上界だよ。アンナは子供だったからね。しかも病死だ。普通は地獄へ行くような事案ではない。もちろん、この地上を迷っていることも考えられる。」

「でも、それなら見つけられるはずでしょう?」

と、アリュセアは言った。

「ナルディアによれば、どこにもアンナはいないと言っている。アンナは、今回私が帝国に生まれる時に、どうしても一度は病気で幼くしてなくなるという人生を送りたいというので、私とナルディアが娘として受け入れたんだ」

「変わった人生計画をしたのね」

と、アリュセアは言った。

「人によって、人生計画というのは様々だからね。でも、子供の時に病死するという計画は結構よくあるものなんだ」

「どうしてそんな計画をするんです?」

と、カールが聞いた。

「人によって違うけれど、一つは子供の時に亡くなるという経験をすることがある。一つにはとりあえず、人間に生まれる必要がある場合があって、その場合は、早めに元の世界に帰る必要がある者もいる。あとは、親になった人間の方に子供を亡くすという経験をする必要がある場合など、もっと色々あるけどね。要するに経験を積むためだね」

「経験を積むって、死んだら終わりじゃないですか」

と、ヴィン大佐は言った。

 初めてベルンハルト・バルザス提督にあったが、どうやら頭のおかしな人物だったのか、と失望しつつ、

「それよりも、大逆人の部下であるあなたが、銀河帝国に行って無事で済むはずがない。やめるように忠告します」

と、ヴィン大佐は言った。

「そうだわ、危険だわ、ディラント」

と、アリュセアが言った。

 ヴィン大佐はタレス人の女性がバルザス提督をディラントと呼ぶのを不思議に思った。

「何とかなると思うよ、サン。リドス連邦王国と銀河帝国の国交が樹立されることになったそうだ。そうなると正式に大使と駐在武官が派遣される。その駐在武官に任命されれば、可能だろうと思う」

と、バルザスは言った。


85.

 アロウド・ヴィン大佐は呆れていた。せっかくの自分の忠告も一顧だにしない様子は、やはりバルザス提督という人物がおかしくなっている証拠としか思えなかった。

「いったい、今の連中はどこの病院から逃げて来たんです?あのタレス人という女性はともかく、バルザス提督といい、カール・ルッツ提督といい、銀河帝国から出て、いや出る前からおかしかったんですかね」

と、ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックに憤懣やるかたなく言った。

 バルザス提督たちは、アロウド・ヴィン大佐の思いを敏感に感じて、さっさと退散していた。

「何を怒っているんだい?」

と、ディポックは指摘した。

「べ、別に怒ってはいません」

 向こうで何かあったのかな、とディポックは感じていた。もともとアロウド・ヴィン大佐は情報部門にいたので冷静な人物のはずなのだ。これでは、留守中のことについて話をするのは無理ではないかと思った。何しろ、霊の話どころか、魔法使いの話までしなければならないのだ。

「まあ、この要塞も君の留守中に色々あったものだから、色んな連中が来ているからね」

と、ディポックは言った。

「聞きました。ジル星団の惑星連盟とかいう連中が押しかけてきたとか……」

「それで、まあ大変だったんだが……」

「何でも、魔法使いがいるとか……」

「聞いたのかい?」

「みんな、噂していますよ。あのベルンハルト・バルザス提督が魔法使いだとか……」

「君には理解できないだろうが、それは本当なんだ」

「司令官、あなたまでおかしくなってしまったんですか?魔法使いなんて、おとぎ話じゃあるまいし……」

「今すぐに理解できなくても、そのうちに分かると思うよ」

 ディポックは、今相手を説得しようとは思わなかった。信じるとか信じないというのは本人がよほど納得しないと難しいのだ。時間を掛けるしかない。

 ヴィン大佐はため息をつくと、

「それよりも、大事な話があります」

と、話題を変えた。

「向こうに、やつが帰ってきていました。あのケアード・ゴンドラスです。一応、帝国の役人という体裁ですが、首都星だったジアドで、はや帝国の駐留軍を取り込んでいました」

「しかし、独立運動でも始めようというわけではあるまい?」

「もちろんです。やつは我が新世紀共和国ではもう売国奴と呼ばれて、権威も人気も地に落ちています。それが何を思ったか、古巣に戻ってきて、どうも総督にでもなる運動を始めようとしているようなんです」

「総督だって?それはいくらなんでも無理なんじゃないか?」

「そうでしょうか。これまでだって、やつは正当な手段だけで新世紀共和国の最高評議会議長になったわけではありますまい」

「しかし……」

 ケアード・ゴンドラスは新世紀共和国最後の最高評議会議長だった。彼の政治には常に賄賂の噂が付きまとっていた。今回帝国の役人になったことも、おそらく裏から色々な手を回したのだろう。と言っても銀河帝国と新世紀共和国では、勝手が違うだろう。制度だけではなく、出自も問題にされるはずだった。つい先日まで敵であった反乱軍の指導者など、帝国でそれほど重用されるとは思えない。

 新世紀共和国は百五十年間銀河帝国と戦ってきたが、彼は最後の最後に帝国軍に屈して、自分だけ助かろうとして母国を帝国に売ったのだ。どんな取引がなされたのか、細かいことはわからない。ただ当時ヤム・ディポック宇宙艦隊司令長官が気が付いた時には、手遅れだったのだ。


「閣下、お話し中申し訳ありませんが、惑星連盟の議長がお見えです」

と、ブレイス少佐が連絡してきた。

「マグ・デレンが?どんな要件だろう」

と、ディポックが言うと、

「それでは、私はこれで……」

と言って、ヴィン大佐は敬礼をすると部屋を出て行こうとした。

 するとディポックは、

「あっ、ちょっと待ってくれないか……」

と、言って呼び止めると、ブレイス少佐が案内して入ってきたマグ・デレンに挨拶した。

「どうも、今日はどんなご用件でしょうか?」

 マグ・デレン・シャはヴィン大佐を見ると、軽く会釈をして、

「今日は、この間の話、銀河帝国のバルザス提督とほかの二人の話について、何かわかったことはないかと思って参りました」

と、言った。

 マグ・デレン・シャは、ナンヴァル人特有の緑色の肌をして、顔の半分には鱗があった。

 ヴィン大佐は顔色も変えずに、

「私は、ヘイダール要塞のアロウド・ヴィン大佐といいます」

と、言った。

「初めまして、私は惑星連盟の議長を務めます、ナンヴァル連邦の大使マグ・デレン・シャと申します」

と言って、マグ・デレンはヴィン大佐をじっと見た。

「ヴィン大佐、マグ・デレン・シャ議長に銀河帝国のバルザス提督、ダールマン元元帥、ヨナン・スリューグ提督の家族について、調査したことを話してくれないか」

と、ディポックは言った。

「ベルンハルト・バルザス提督だけではなくて、ですか?」

「そうだ」

「わかりました」

 ヴィン大佐が装置をいじっている間、マグ・デレンは興味深そうに見ていた。

 ディポックは思い出したように

「そう言えば、常々不思議に思っていたことがあるのですが……」

と、切り出した。

「何でしょう?」

と、マグ・デレン・シャが聞いた。

「あなた方ジル星団の方々と我々は何の苦も無く同じ言葉を話しているようですが、あなた方は我々の言葉に詳しいのですか?」

と、ディポックは聞いた。

「言葉のことですか?そう言えば、まだ詳しい話をしたことはなかったのですね」

と言って、マグ・デレンは言語フィールド発生装置について話をした。

「すると、我々とあなた方は、実際は違う言葉をしゃべっているというのですか?」

「そうです。ですが、この装置……」

と言って、マグ・デレンは自身でも身に着けている小さなブローチに見える装置を指さした。

「言語フィールド発生装置が、あなた方の言葉と我々の言葉を相互翻訳しているのです。もっと正確に言うと、あなた方の想念と我々の想念を翻訳しているということでしょうか。つまり、想念の波長事態は生物による相違があまりないのです。怒りの波長、喜びの波長はどの種族も同じと言えましょう。それが基礎になっています。ただ、言葉の緻密な作業である、交渉事や専門分野の研究等においては、翻訳が困難になってきます。従って、そういう場合は、本人が相手の言葉を知らなければなりません。または、TPがそばにいることが重要になります」

「TPがジル星団で重要なのは、そうした意味もあるのでしたか」

「そうです。それにこの装置は、相手が持っていなくても使えるのです。言語を相互翻訳するフィールドを発生させ、その範囲内での翻訳をします。これは宇宙船の通信波に乗せて使うことができるので、異種族との出会いがあった場合でも翻訳が可能です」

「なるほど、だから初めてやってきたタレス人の宇宙船の通信が、我々に理解できたのですね」

「それに、お互いにこの装置を持っていると、その範囲が増幅されます。今ジル星団の者はたいていこの装置を身に着けていますから、ジル星団の者が多ければ多いほどこの要塞においては大抵の場所で皆話が通じるということになるのです」

 ヴィン大佐は作業を続けながらマグ・デレンの話に耳を傾けていた。彼にとっては、言語フィールド発生装置は初耳だった。ロル星団ではそのようなものはない。新世紀共和国の言語と銀河帝国の言語の二つしかないのだから、必要性がなかったと言える。


「閣下。終わりました」

と、ヴィン大佐が言った。

「それでは、説明してくれないか」

と、ディポックは言った。

「それでは、簡単に……」

と言ってヴィン大佐は始めた。

 銀河帝国の皇帝暗殺未遂犯の大逆人であるオルフ・オン・ダールマン提督は、新世紀共和国総督解任、元帥号を剥奪されていた。彼には兄弟はなく、母親は貴族出身だったがすでに亡く、商人だった父親が一人残っていた。だが、その父親は大逆事件が起きて数か月後病死していた。他に親戚もなく、貴族ではないものの、商家として財をなしたダールマン家は途絶えたことになる。

 ダールマン提督の副官だったヨナン・スリューグ提督は、大将号を剥奪されていた。スリューグ提督は平民の出で、老母と兄と弟がいた。ヨナンは三人兄弟の真ん中だった。兄と弟はヨナンよりも早く軍で戦死しており、老母は、大逆事件の後、病死した。

 ダールマン提督の部下だったベルンハルト・バルザス提督は、前ジェグドラント伯爵の末子で、現ジェグドラント伯爵の腹違いの末の弟だった。母親は平民の出身で、彼が10歳の時に亡くなった。その後、伯爵家に引き取られた。ダールマン元帥の大逆事件の時までに中将になる。事件後、他の二人と違って、中将の称号は剥奪されてはいないが、実家の伯爵家からは勘当になっている。また銀河帝国ではナルディア・ゲルマと結婚し、アンナという娘がいた。しかし、事件後、相次いで死亡。ナルディアは交通事故死、アンナは病死である。

 ヴィン大佐は、できるだけ簡潔に説明した。

「わがナンヴァルの言い伝えによりますと、かのガンダルフの五大魔法使いたちは、今世生まれた土地で親兄弟がいなくなると、もちろん例の死んで蘇った後ですが、魔法使いとしてのすべての力を覚醒させることができるといいます。私が彼らに会った印象としては、ダールマン提督とスリューグ提督はガンダルフの魔法使いとして完全に復活していました。ですが、バルザス提督は少し違いました。それは、まだ血の繋がった親兄弟が銀河帝国にいるからなのでしょう」

と、マグ・デレン・シャは言った。

「失礼ですが、惑星連盟の議長閣下は、銀河帝国の大逆人たちが、ジル星団では有名な魔法使いだとおっしゃるのでしょうか?」

と、ヴィン大佐は聞いた。

「そうです。それが、何か?」

「彼らはジル星団ではなく、ロル星団の銀河帝国の出身なのですよ。私にはそんな話は、到底信じられません」

「別に信じろとは、申しません。あなたが信じなくても、私にとってそれは事実なのです」

と、マグ・デレンは不思議そうにヴィン大佐を見た。

 魔法や特殊能力を信じない者は、ジル星団にはいない。だが、ロル星団ではそれが常識だと聞いているからだった。だからと言って、他人に自分の意見を表明する必要はない。マグ・デレンはヴィン大佐が何か困っているようにも思えるのだった。

 その時、

「ディポック司令官、船籍不明の宇宙船が二隻、近づいているそうです」

と、ブレイス少佐が連絡してきた。

「わかった、すぐ行く。それではマグ・デレン・シャ、お話はこれで」

「かまいません。でも、どちらの船なのでしょうね」

 ディポックとヴィン大佐は急いで司令室に向かった。



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