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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
1/153

ダルシア帝国の継承者

1.

 宇宙空間に浮かぶその人工建造物は、ふたご銀河のロル星団に属する銀河帝国と新世紀共和国との間に建設された軍事要塞だった。その名を、ヘイダール要塞と言う。


「もっと速くできないの?」

と、タリア・トンブンがイライラして言った。

 タリアの乗っている船は、ふたご銀河のジル星団に属するタレス連邦の貨物船だった。だが、乗せているのは貨物ではなく、人間だった。それも定員をかなりオーバーしている。

「重量がありすぎなんですよ」

と、貨物船フォトン号の船長が言った。今回はいつもより多く乗せているのだ。だからどうしても足が遅い。

「仕方ないでしょう。乗せてくれる船は数少ないのですもの。詰めるだけ、詰め込まなければならなかったの」

と、タリアが不機嫌に言った。

「しかしね……」

 船長はさらに文句を言おうとタリアの顔を見て、言葉を引っ込めた。いつものタリアと違って、とても人の話を聞けるような余裕はなさそうだったのだ。

 ゲート・ジャンプに入る直前、緊急通信が入った。それによると、亡命者を運んでいる貨物船フォトン号を追って、タレス連邦の艦隊が派遣されたというのだ。その艦隊に追いつかれない内に、目的地であるヘイダール要塞に着く必要があった。

 航路データに沿ってゲート・ジャンプから出ると、目の前に恒星の光りを遮る黒々とした物体が浮かんでいた。

「これだわ」

と、タリアが言った。

 タリアの耳の傍で、口笛を吹く音が聞こえた。

「なるほど。銀河帝国の作ったという要塞は、これですか」

と、船長が言った。

「そうよ。今現在は、帝国のものではないと聞いたけれど……」

 ヘイダール要塞は、惑星よりかなり小さいが、ジル星団にある宇宙都市ハガロンよりもずっと大きく見えた。短期間滞在するにはもってこいの場所だとタリアは思った。ここを一時的な拠点として、いずれかの政府へ亡命することを考えているのだ。

 貨物船フォトン号に乗っている人々は、タリアの生まれたタレス連邦から逃げてきた人々だった。彼らはその特殊能力故に、政府によって他の人々から隔離収容されることを嫌って故郷から出てきたのだった。


 ヘイダール要塞の司令室は階段状になった劇場のようだった。舞台にあたる場所一面に大スクリーンが広がり、広大な宇宙空間を一望できた。

「司令官、通信です」

と、通信員が言った。

「どこからだ?」

と、元新世紀共和国艦隊の提督であり、現在はヘイダール要塞司令官、ヤム・ディポックは聞いた。

「突然要塞の近くの宙域に現れた船なんですが、タレス連邦の貨物船だと言っています」

「タレス連邦?」

と、ディポックは司令官らしからぬ、素っ頓狂な声を出した。聞いたことのない政府だった。

「あの新しく発見された、ジル星団の中にある連邦です。共和政体の国だったと思います」

と、副官のリーリアン・ブレイス少佐が言った。

「ジル星団というのは、こちらとは違って、色々な政府があるんだったね」

と、ヤム・ディポック司令官は慎重に言った。

「星団の規模はこちらと同じですが、様々な種類の知的種族がいると聞いています」

と、ブレイス少佐が言った。ジル星団について、少なくとも司令官よりも知識がありそうだった。

「タレス連邦というと、確か我々と同じような形態の種族だったかな」

と、ディポックはあやふやな知識を披露した。

「そうですね。向こうには昆虫型や爬虫類型もいるそうですが、タレス連邦は人類型と聞いています」

「で、その通信の内容は?」

と、ディポックは聞いた。

「タレス連邦からの難民を連れてきたと言っています」

と、通信員が言った。

「難民だって?戦争でもしているのかい」

「いいえ、そうではなくて、政府の政策に反発して亡命を望む難民だと言っています」

と、通信員はスクリーンで内容を確かめながら言った。

「タレス連邦の政治形態は、共和政体と言わなかったかな?」

「そうなんですが、何でも現大統領の政策に不満を持つ分子だそうです。タレスでは収容所に入れられるような境遇なのだそうです」

「共和政体下で?」

 何が起きているのかよく分からなかった。特にジル星団については、その存在が確認されたのはつい最近のことだった。ロル星団では、宇宙航行技術が発達してもう千年ほどになろうとしている。それなのに、直ぐ近くに同じような星団があるということさえ、気がつかなかったのだ。

 今少し情報が欲しいと思いながら、ディポック司令官は、

「ともかく、港に入港することは認めよう。人道的な見地から、拒絶はできない」

と、言った。

「了解しました」

と、通信員が言った。


「上手く行きました。許可がでましたよ。でも、認めるのは入港だけだということです」

と、フォトン号の船長は言った。

「ちゃんと、言葉は通じているのね。」

と、タリアは念を押した。

「大丈夫です。あの装置はこちらでも効果があると聞いていますし、今の通信でもそれは確認できたと思います」

「わかったわ。後は、私がヘイダール要塞の司令官に会って、話をする」

 ジル星団においては、様々な種族や政府がそれぞれ別の言葉を使用していた。各言語の発声や文法はかなりの差があり、簡単に意志疎通ができなかった。TPがいてもその数は少なく、非常に相互理解は困難だった経緯がある。

 その意志疎通のために開発されたのが、言語フィールド発生装置だった。

 これは、非常に小さなもので、個人的に携帯もできるうえに、宇宙船同士の会話などにも、通信波に乗せて使用できるので、通信機としての利用もできるという優れものだった。

 もちろん限界もある。この言語フィールドは日常会話程度なら簡単にこなせるが、難しい経済あるいは外交交渉、専門的な学問研究などにおいては、相互理解についてあまり精度が良くなかった。そのため交渉ごとにおいてはTPすなわちテレパシー能力者の存在が必要とされていた。また、専門的な学問研究においては、やはり個人的に相手の言語に精通していることが求められた。

 とはいえ、この言語フィールドがロル星団の方で使用できるか多少不安を感じていたが、通信波に言語フィールドを乗せて使ういつもの方法で、タリアはヘイダール要塞との意思疎通ができることが確信できた。これはヘイダール要塞でも個人用の言語フィールドが使えるということになる。つまり話ができるということだ。

 タリア・トンブンは何としても要塞への滞在許可を認めさせるつもりだった。とにもかくにも入港できれば、あとは何とかするつもりだ。

「そうだわ、船長。リドス連邦王国の艦隊が寄航したかどうか聞いてくれる?」

と、タリアは思い出したように言った。


「司令官。フォトン号の船長が、こちらにリドス連邦王国の艦隊が来たか聞いていますが」

と、通信員が言った。

「リドス連邦王国の艦隊?来る予定でもあったかな」

 ディポック司令官にとっては、リドス連邦王国という名前自体、初耳だった。

「そのリドスというのもジル星団の政府でしょうか?」

と、近くにいた元新世紀共和国艦隊参謀グリンが言った。

「おそらく、タレス連邦から来た連中が言うのなら、そうなんじゃないかな。ただ、我々はリドス連邦王国については、ほとんど情報がないからわからないが……」

と、手で頭を掻きながらディポック司令官は言った。

 ふたご銀河の二つの星団、ジル星団とロル星団は、ややジル星団が小さめだがほぼ同じ大きさの星団だった。どちらにも宇宙航行技術を持った種族がいる。ただ最近ロル星団の戦争が終結するまで二つの星団の交流は公式にはなかった。

 いやなかったというより、ロル星団ではジル星団の存在すら気がついていなかったというのが正直なところだった。それが、ロル星団内での戦争が終結した頃、ジル星団の存在が一気に浮上したのである。そこには何か意図的なものが感じられた。つまりわざと姿を隠していたのではないかということが感じられたのだ。

 一方、ジル星団の方は、ロル星団についてはよく知っているようだった。ジル星団の種族は、ロル星団の種族を非常に好戦的だと考えており、だからこれまで交渉を持とうとはしなかったのだ。

 ロル星団の長年の戦争が終結したことにより、旧銀河帝国と元新世紀共和国が新しい銀河帝国として統一された。そこで、二つの星団の公式の交流が始まり、大使を派遣するジル星団の政府が出てき始めていた。


 ヘイダール要塞は、タリアが思ったよりも大きかった。ジル星団にある宇宙都市ハガロンよりも何倍も大きい。船は要塞の駐留艦隊二万隻分のほかに、同数の艦を駐機できるようだった。

 船を下りたフォトン号の船長と一緒にタリアは、ヘイダール要塞の司令官に会うため要塞司令室に向っていた。

「ここは、銀河帝国が作ったのよね」

と、タリアは歩きながら船長に聞いた。

「そう聞いていますがね」

と、フォトン号の船長は言った。

「ここの司令官はどんな人かしら?」

「さあ、私もここは初めてですから」

 一抹の不安を抱えながら、タリアは司令室に向っていた。

 タリアは、上下の繋がった作業服のようなものを着ている。要塞司令官を訪問する際に、特に正装するような準備などはなかった。それは貨物船フォトン号の船長も同様だった。彼もいつも通りの上下の繋がった、しかし作業服よりはましに見えるものを着ていた。どちらも着の身着のまま出てきたも同然なのだ。

 元々タリアは、軍人という人種が嫌いだった。どう考えても好きにはなれない。彼女の出会った軍人は、たいてい横柄で、頑固で、頑迷で、規則一点張りで、上官の命令には何でも従うという習性があった。その習性が珍しく少ないのが、リドス連邦王国の艦隊だった。

 このヘイダール要塞については、そのリドス連邦王国の艦隊の知り合いから聞いたのだった。もし、タレス連邦から大人数が亡命することになり、追っ手が掛かるようなら、行ってみたらどうだろうかというのだ。最初は単にもし、という言葉が付いていたのだが、それが現実になってしまった。

 タレス連邦では、自由と平等という理想を掲げる共和政体の国だったはずなのに、特殊能力者収容法という大統領令が出されたのだ。それは、その理想に唾する行為だった。もっとも、それまでも密かに特殊能力者は政府によって一般人から選別され、区別されていた。それが公に差別が始まったのだ。


2.

 要塞司令室に案内されると、その大きなスクリーンが目を引いた。

「タリア、タリア……」

と、隣で船長がタリアの肩を突いた。

「あ、ごめんなさい。聞いてなくて」

と、タリアは弁解した。

 司令室に入った時、目の前に広がるスクリーンに目を奪われたのだ。

「ここに来ると、あのスクリーンの大きさに誰でも、驚きますよ」

と、穏やかに言う声がした。

「あの、あなたは?」

と、タリアは聞いた。

 目の前に、およそタリアが軍人と考えるタイプとは違った感じの男性が立っていた。背は中くらいで、何となく太めに見えるが、あまり強そうには見えないタイプだった。

「私は、このヘイダール要塞の司令官、ヤム・ディポックと言います」

 タリアは、瞬きをした。何だか、一瞬ひどく眩しく感じたのだ。よく見ると、声のように穏やかな表情の人物が、ロル星団の元新世紀共和国の軍服らしきものを着ていた。

「ど、どうも。私は、タリア・トンブンです。タレス連邦から難民を連れてきました。私たちの船の入港を許可してくださって、感謝します」

と、タリアは言った。

「タレス連邦で何かあったのですか?我々はあまりジル星団と交渉はありませんので、何があったのかわからないのですが、難民というと、戦争でもあったのかと思ったのですが……」

と、ディポックは言った。

「いえ、戦争ではありません。政府が我々の自由を束縛するので、出てきたのです」

と、タリアは言った。

「あなた方の自由を束縛したのですか?」

「そうです。私たちは、いわゆる特殊能力者なんです」

「特殊能力者?すみませんが、我々の国ではそうした事は聞いたことがないので……」

「ええと、つまり、TP、読心能力や念力や透視等の特殊能力を持っているということです。ジル星団の方は、そうした者たちが結構いるんです」

「あなたは、その特殊能力者なんですか?」

と、驚いてディポックは聞いた。

「そうです。私はTPです。読心能力者と言われています。でも、人の心を読むというよりも、あなたが私に悪心を抱いていないということが分かる程度です」

「それで、特殊能力者の自由を束縛するというのは?」

「政府が特別な仕事をさせるために特殊能力者を捕らえているということです。主に、国防とか、間諜とかに関わる仕事です。ですが、我々の大多数は、平和な生活をしたいと望んでいるのです。それで、出てきたのです」

「タレス連邦には、そうした能力を持った人々が多いのですか」

「ジル星団の他の国と比べて多いかどうかはわかりませんが、最近は数が多くなったと聞いています」

 タリアのヘイダール要塞に関する知識は、主に、場所のデータと簡単な履歴だけである。例のリドス連邦王国の艦隊の軍人から聞いたものだった。ただ、その司令官であるヤム・ディポックという人物については、ほとんど聞いていなかった。話をしていると、ますます軍人らしからぬタイプだとタリアは感じていた。

「あの、こちらの星団での戦争はもう終ったと聞きましたが……」

と、タリアは恐る恐る聞いてみた。気になっていたのだ。戦争が終ったにしては、ここには軍人が数多くいるように思える。

「そうですね。銀河帝国と新世紀共和国との戦争は終りました。従って、新世紀共和国は今では銀河帝国の新領土になっています。」

と、ディポック司令官はさらりと言った。

「とすると、ここは銀河帝国の要塞ということになるのでしょうか?」

「いえ、ここは新世紀共和国のものではありませんし、銀河帝国のものでもありません。」

「というと、……」

「つまり、第三勢力というほどではありませんが、ひとつの政治勢力です。共和政体を志向する勢力です」

「要するに、銀河帝国の支配を逃れた新世紀共和国の人々がいる、ということですか?」

「まあ、そういうことです。大した力はありませんが、この宇宙の中でひとつの独立した勢力として考えていただけるといいのですが……」

と、ディポックは遠慮がちに言った。

「では、ここはいずれ、銀河帝国軍が制圧するためにやってくる可能性があるということですか?」

「それは充分考えられます。」

 タリアは、一瞬まずいところへ来てしまったのではないかと思った。だが、今の船の状態を考えると、すぐにこの要塞を出て行くことはできなかった。タレス連邦から逃れてきた船を追って艦隊が派遣されることを考えて、リドスへ直行する航路は避けて、大きく迂回してこのヘイダール要塞に来たのだ。もしかしたら、追跡をかわせるかもしれないと考えていた。

「あの、司令官、実は……」

と、タリアが言おうとすると、通信員が急に遮った。

「大変です。要塞のすぐ近くで艦隊が出現しました。」

「何?帝国艦隊か?」

 スクリーンを見ると、あまり見たことのない流線型の艦影があった。

「どこの艦隊か?」

と、すぐ傍に控えていた高級将官らしき人物が言った。

「タレス連邦と言っています」

 司令室にいた者達が一斉にタリアと船長を見た。

「あの、あれは、タレス連邦の艦隊だと思います」

と、タリアは言った。まさか、こんなに速く艦隊に追いつかれるとは思っていなかった。

 何かを言おうとする者達を制して、

「あの艦隊は何をしにきたと思いますか?」

と、ディポック司令官がタリアに聞いた。

「多分、私たちを追ってきたんです。私たちの出た後、政府が艦隊を派遣したという知らせを入手しましたから」

「タレス連邦の艦隊から通信です。スクリーンに出ます」

と、通信員が言った。

「こちらは、タレス連邦艦隊司令官カウベリア提督である。そちらにタレス連邦から逃亡中の指名手配犯、タリア・トンブンが乗った船がいるとの連絡があった。応答されたし」

 スクリーンに映ったカウベリア提督は確かに人類と同じ種族の顔だった。灰色の軍服が暗い印象を与えている。

「指名手配犯?タリア・トンブンというのは、あなたのことですか?」

と、ディポック司令官が傍らにいるタリアに聞いた。

「そうです。でも私は、犯罪を犯したわけではありません。今タレス連邦では、政府の意に逆らって自由を得ようとするものは犯罪者なんです。私はただ、仲間の特殊能力者が自由を持てるように、他の惑星へ逃れることを援助してきただけです。私を信じてください」

と、タリアは必死になって言った。

「それは、本当です。長年の間、タリアはタレス連邦から多くの能力者の逃亡の手助けをしてきただけです。そうした能力者は、普通の生活をすることを望んでいた人々です。犯罪を犯した人たちではありません」

と、船長も主張した。

 ヤム・ディポック司令官は、どちらを信用するべきか、迷った。目の前のタリア・トンブンは犯罪者には見えない。だが、タレス連邦の提督の言っていることも事実らしかった。

「タレス連邦の艦隊はどのくらいの規模だろうか?」

と、ディポック司令官が聞いた。

「艦艇の数は、五千隻ほどです」

と、通信員が言った。

 ヘイダール要塞の駐留艦隊は二万隻だった。数の上ではこちらが圧倒的に有利に思えるが、問題は、その武力だった。ディポック司令官はジル星団の政府の艦隊とは戦った経験がない。だから、彼らの艦隊の実力については未知数だった。

「どうしますか、司令官」

と、グリン参謀が言った。

「ともかく、応答してみるか。こちらの話にどんな反応をするか……」

と、ディポック司令官は言った。

「こちらは、ヘイダール要塞。要塞司令官ヤム・ディポックです。タリア・トンブンは確かにいます。ですが、本人の言うところによると、犯罪者ではないと言っています」

 すると、タレス連邦の艦隊から返事が来た。

「我々はタレス連邦の政府から派遣されたものである。タリア・トンブンはタレス連邦において指名手配犯である。だからその者の身柄を引き渡されたし。」

 命令口調のその言い方はかなり高圧的だった。聞いているヘイダール要塞の者たちですら、むっとした。

「待ってください、ディポック司令官。タレス連邦では指名手配犯であったとしても、私は宇宙都市ハガロンでダルシア帝国の大使の下でダルシア国籍を取って、大使の秘書をしていました。だから、宇宙都市ハガロンでも、タレス連邦は私を逮捕できなかった。それなのに、ここではできると言うことでしょうか?」

と、タリアは言った。

「確かに、それは変だ。ここはヘイダール要塞であって、タレス連邦ではない」

と、ディポック司令官は言った。

「こちらはヘイダール要塞司令官ディポックです。タリア・トンブンは現在ダルシア帝国籍であって、タレス連邦の人間ではありません。したがって、ここヘイダール要塞では指名手配犯として、渡すことはできません」

と、通信すると、いきなりタレス連邦の艦隊が発砲した。

 ヘイダール要塞は、その攻撃を難なく受け止めた。

 要塞を取り巻く流体状の金属は、その外側で少し波立たせた程度だった。

 その様子を見ていて、タリアはタレス連邦の艦隊の司令官が試し撃ちをしただけなのが分かった。ヘイダール要塞の実力の程は、彼らにとっても未知数なのだ。

「本気で撃ってきてはいないようだ。」

と、ディポック司令官は言った。

「おそらく、試しに撃っているだけでしょう。ジル星団の艦がこのヘイダール要塞まで来たことはまだありません。したがって、この要塞の武器についても、詳しく知らないでしょうから」

と、グリン参謀が言った。

 タレス連邦の艦隊はしばらく主砲を撃ちまくった。それがほとんどヘイダール要塞に影響を与えないことを知ると、急に撃つのを止めて、静まり返った。

「タレス連邦の艦隊から通信です」

と、通信員が言った。

「こちらはタレス連邦艦隊司令官カウベリヤだ。できれば、そちらと直に会って話をしたいのだが、……」

「それはこちらも同意する。このヘイダール要塞で会うことを希望するが、どうだろうか?」

と、ディポックは言った。

「まず、こちらの身の安全の保証を要請する」

と、カウベリア提督は言った。

「それは了解した」

「それなら、代表のシャトルを出すので、そちらに入れて欲しい」

「了解した」

 ディポック司令官は、振り向いて、

「タリア・トンブンでしたか?あたなも同席しますか?」

と、聞いた。

「よろしければ、同席させてください」

「あなたの身の安全は、我々が保証します」

「しかし、司令官。よほど注意しませんと危険ではありませんか?」

と、グリン参謀が言った。

 それには、タリアも同感だった。相手は何をするかわかったものではない。

「もちろん、だからここでやると同意したんだ」

「あの、ディポック司令官。向こうには、私のような能力者が協力していると思います。ですから、充分注意してください」

「多分そうだろう。部屋の周りや、タレスのシャトルについても、厳重に警備をするとしよう」

 それでも、タリアの心には不安が残った。何と言っても、このヘイダール要塞の人々はまだジル星団の艦隊や軍人と会うのは初めてなのだ。その上、タレス連邦の追っ手がタリアを指名手配犯としたことで、タリアは窮地に立ってしまった。もし、ヘイダール要塞の司令官がタリアとその仲間をタレス連邦の艦隊に引き渡したら、どうなるかと思うとタリアは不安だった。

 まだヘイダール要塞の司令官については良く知らないし、彼がタリアとその仲間をタレス連邦の艦隊に引き渡さないと決まったわけではないのだ。話の内容によっては、そうした事になるかもしれなかった。

 ここに彼がいたら、と、タリアは思った。あのリドス連邦王国のバルザス提督が居れば、何とかなるかもしれないのに。宇宙都市ハガロンでも、ダルシア帝国やナンヴァル連邦の他に味方と言ったら、リドス連邦王国しかいなかったのだ。

 ただ、バルザス提督はロル星団の銀河帝国とは何かトラブルを抱えていると噂に聞いていた。だから、何かあってもヘイダール要塞にくることはないと誰かが言っていたことをタリアは思い出したのだった。


3.

 タレス連邦の艦隊からヘイダール要塞に来たシャトルには、代表として五人の士官が乗っていた。

 驚いたことに、艦隊司令官のカウベリア本人も来た。このような時には彼の代理として、本来なら副官辺りが来るものだからだ。

 一方会議室では、ヘイダール要塞司令官であるディポックと副官のブレイス少佐、参謀であるグリン中将、それとタリア・トンブンが待っていた。

 要塞に来たタレス連邦の一行は、厳しい表情で会議室に案内されてきた。

「我々は、タレス連邦の指名手配犯タリア・トンブンの引渡しを要求する」

と、テーブルの向い側で、冒頭からタレス連邦艦隊司令官カウベリアが強硬に言った。

「ここは、タレス連邦ではありません。ですので、ダルシア帝国籍のタリア・トンブン氏を引き渡すことはできません」

と、要塞司令官のヤム・ディポックが冷静にはっきりと言った。

 すると、

「我々はタレス連邦政府の正式の命令で派遣されたものである。直ちに、タリア・トンブンを引き渡されたし」

と、頑固にカウベリアは主張した。

「では、あなた方は、このヘイダール要塞を無視するとおっしゃるのか?」

と、要塞参謀のグリンが言った。

「無視するわけではない。引き渡さなければ、我が艦隊がこの要塞を攻撃するが、よいのだろうか?」

と、カウベリアは警告した。

「無理なことを仰られているようです。第一ここは、ヘイダール要塞です。タレス連邦ではありません。タリア・トンブンがダルシア帝国の者であるなら、あなた方は逮捕することはできますまい」

と、ディポック司令官は言った。

 タレス連邦のカウベリア提督は、眉を潜めてしばらく考えているように見えた。そして、

「では、ひとつ重要な情報を提供しよう。そのタリア・トンブンの庇護者である、ダルシア帝国のコア大使が亡くなったのだ」

と、カウベリアが言った。

 何かあると思っていたタリアは、

「嘘だわ。コア大使が亡くなるわけがない。」

と、言った。

 ダルシア人の寿命がジル星団の中でも特に長いということは知られている。それに、コア大使と最後に会ったときに、死について示唆するような話はしなかった、とタリアは思い出していた。

「おまえはTPだったな。ならば、分かるだろう。私が嘘を付いていないことを」

と、カウベリアが言った。

 タリアは、カウベリアを睨んだ。

 ジル星団の種族は、特殊能力を持つ者がいるので、それに対する対抗策もある程度知っていた。自分の心にブロックを設けて、TPなどに心を読まれるのをある程度防ぐことができるのだ。ただし、その場合、ブロックがあるということがTPには分かる。今カウベリアは、ブロックをかけていなかった。

「本当だわ。コア大使は死んだ」

と、手で顔を覆い、タリアは沈んだ声で言った。

「そうだ。おまえの庇護者は死んだのだ。だから、もうおまえを守ってくれる者はいない。もし、おまえが我々と来るなら、この要塞を攻撃する必要はない」

 タリアには、このヘイダール要塞がタレス連邦の艦隊と遣り合って、どうなるのかはわからなかった。自分の所為で、何の関係もないこの要塞の人たちに迷惑を掛けることはしたくなかった。

「少し、考えさせて……」

 そう言うと、ヘイダール要塞側の代表はタリアと共に会議室を出た。


4.

 ディポック司令官は、これはいい機会だと考えた。タレス連邦政府の艦隊があまりに早く現れたので、タリアに事情を詳しく聞く暇がなかったのだ。これで少し時間が稼げる。そこで、ヘイダール要塞の司令部を構成する者達を、別の会議室に集めた。

 別室に移ると、タリアは黙って坐っていた。あまりのことに、涙もでなかった。タリアにとって、ダルシア帝国のコア大使は、これまでたった一人の味方であり、理解者であったのだ。何よりもタリアの一番信頼する人物なのである。

 何か肌が妙にチクチクするのは、なぜだろうとタリアが思った時、

「我々には、あまりに情報が少なすぎます」

と、最初に参謀のグリンが言った。

「そうだね。タレス連邦の人たちは、多少待たせても大丈夫だろう。タリア、もしよかったら、もう少し詳しい事情を聞かせてくれないだろうか?」

と、ディポック司令官は言った。

 タリアには、まるで自分だけ水槽の中にでも入ったように、耳の具合が変に思えた。ヘイダール要塞の人たちの言うことが、どこか他人事のように聞こえるのだ。

「私は、タレス連邦の出身ですが、TPの能力を持っていたために、政府によって幼い時分に家から連れ出され、家族と離れ離れになりました」

と、タリアは何とか話し始めた。

 タレス連邦の特殊能力者は政府の特別な訓練を受けさせるために、子供のときに家族から離されるのだ。それは、タレス連邦に住む人々にとっては暗黙の了解の下に、長年の間行われてきたことだった。タリアはそれに反抗して、政府の施設を去り、タリアと考えを同じくする者達を密かに、他の惑星政府に逃がすということをしていたのだ。

「これまで、密かに行われてきたことが、今回大統領令で公に大々的に始まったのです。その上、それまで見逃されてきたTPや念力や透視能力以外の力を持つ者たちも対象とされるようになりました」

「他にどんな、能力があるのかな?」

と、ディポックは聞いた。

「例えば、予知能力や死者と話すことのできる能力です。こうした力は、戦力として使い難いために、それまで特殊能力者の範疇には入れられなかったのです。それが、今回の大統領令はそうした人たちまで拘束して政府の施設に収容されることになったのです」

「そんな能力が、本当にあるものなのか?」

と、参謀長のグリンが信じられないというように言った。

「ジル星団の多くの政府は、そうした能力が存在することを公式に認めています。大抵の政府はそうした能力者を政府の手先としてスパイ活動などに使っているのです」

「あなたの能力であるTPというのは、どんな能力なの?」

と、リーリアン・ブレイス少佐が聞いた。

 ブレイス少佐は、要塞の司令部の中で紅一点であり、なかなかの美人だった。

「TPというのは読心能力のことで、私は相手の言っていることの真偽を見極める程度のものです。その程度の能力者は沢山います。心の中のことを何でも分かるような能力者は少数です。」

「そうした能力はどうした時に使われるのかな?」

と、ディポック司令官は興味を持って聞いた。

「例えば、政府の場合は、外交関係で、相手の言っていることが本当かどうかという場合です。条約締結の際には、TPの同席が必須でした」

 タリアは服の上に付けたアクセサリーのように見える言語フィールド装置をいつのまにか触れていた。

 言葉を繊細に操る必要がある外交交渉などの場においては、言語フィールド装置だけでは、意思疎通が難しい場合が往々にあった。その欠点を補うためにTPが必要だったのだ。

 だが、ここで言語フィールド装置の説明に入るには、ためらいがあった。他に大事なことがあるという気がするのだった。

 肌がチクチクする感覚はずっと続いていた。タリアは変だと思ったが、それを声に出すことが出来なかった。

「念力というのは、どのくらいの能力なんだい?」

と、ダズ・アルグ提督が聞いた。

 ダズ・アルグは、要塞の駐留艦隊の指揮官である。割と年が若く見える背の高い、ヒョロリとした人物だった。

「そうですね、例えばこのスプーンを動かすくらいのことはできます」

と言って、お茶のカップの傍に置かれたスプーンを手で持ち上げた。

「それで、いったい何ができるんだい?」

と、バカにしたようにダズ・アルグは聞いた。

「宇宙船のコントロールをする機器のボタンや回線をいじることができます」

「それは、危険だ」

と、参謀のグリンが言った。

 グリンはよく見ると、髪に白いものが混じっている、この要塞の中でも年嵩の方だった。

「要塞にやってきたタレス連邦の連中の中に、そうした能力者がいるのだろうか?」

と、ヘイダール要塞の防御指揮に当るウル・フェリスグレイブ装甲兵指揮官が言った。

 フェリスグレイブは職掌がら、筋肉質で力強く見える。

「多分いると思います。もう、何かしているかもしれません」

「まさか、それが目的でこちらに来たのではないだろうな」

と、要塞事務を司るノルド・ギャビ元中将が言った。

「その可能性は大いにあります。でも例えそうした能力を使ったとしても、この要塞自体を乗っ取るようなことはできないと思います。それほど大きな力を持つものは、タレス連邦にはいません。他のジル星団の政府にもいません。ただ、ゼノン帝国か、あるいはリドス連邦王国には、いるかもしれませんが……」

 ディポック司令官は、リドス連邦王国の名が出てきたことに興味を持った。

「その、リドス連邦王国だけれど、我々はほとんど知らない。あなたは、ここに来る前に、通信でリドス連邦王国の艦隊のことを聞いたが、リドス連邦王国はあなたにとって味方ということなのかな?」

と、ディポックが聞いた。

「彼らは、味方です。ダルシア帝国のジル星団での唯一の同盟国でした。ダルシア帝国は他の政府とは同盟を拒否していましたから」

「同盟国というと、かなり知っているということかな?」

「コア大使は詳しく知っておいででした。私は秘書と言っても、なって数年しかたっていないのでそれほど詳しくはありません」

「それと、リドス連邦王国の艦隊がこちらに向っているとか言わなかったかな?」

「もしかしたら、と思ったのです。リドス連邦王国の艦隊に知人がいるものですから。実はその人にこの要塞のことを聞きました」

「なるほど、向こうは我々のことをよく知っているということか」

と、ダズ・アルグが言った。

「リドス連邦王国は、このふたご銀河のことなら大抵のことは知っていると思います」

「で、そのリドスというのは、戦闘的な種族かな?」

「彼らは、あまりそうしたことはしないと思います」

「信用しているということかな?」

「ええ。コア大使は信用していましたから」

 タリアは、ふとタレス連邦艦隊から来たカウベリア提督一行の顔を思い浮かべた。何か可笑しいのだ。先程から肌がぴりぴりするような妙な感覚がある。こうした感覚は、自分に危険が近づいている時に感じたことのあることだと思い出していた。

「そうだわ。ゼノン、ゼノン帝国だわ。忘れていた。」

と、タリアは思わず大きな声を出した。

「ど、どうしたんだ?」

と、ダズ・アルグ提督が驚いて言った。

「ジル星団でもリドスを除いて、強力な能力者のいる政府です。あのタレス連邦の艦隊から来た連中の中に、ゼノン帝国の魔術師が混じっているのだと思います。でも、タレスとゼノンは外交関係があまり良くないはずなのに」

「魔術師だって?何だって、突然お伽話になるんだ?」

とダズ・アルグが言った。

「御伽噺ではありません。特殊能力のうち、念力の強い者は、単にモノを動かすだけではなく、魔術が使えるのです。ゼノン帝国には伝統的にある種の魔術があって、強い念力を持つ者がそれを使えると聞いています」

 ディポック司令官や他の元新世紀共和国の軍人には、信じられないような話だった。

「その魔術というのは、どんなことができるのかな?」

と、ディポックは揶揄するのではなく、まじめに聞いてみた。

「私も、ゼノンの魔術師についてはあまり知りません。ただ、宇宙都市ハガロンで、一度経験したことがあります。ゼノンの魔術師がハガロンを乗っ取ろうとした事がありました」

 宇宙都市ハガロンの中枢脳が突然、機能しなくなったことがあった。そのため、近くを遊弋していたゼノン帝国の艦隊がハガロンの防御宙域を超えて、間近にまで接近させてしまったのだ。その時、ハガロンの司令室では、多くの仕官たちがそのことに何の疑いも持たずに仕事をしていた。誰も気づくことがなかったのだ。

 危うく、ハガロンがゼノンの手に落ちるところだったと、後でダルシア帝国のコア大使から聞いたのだ。

 タリアは、その時ハガロンの他の人々同様何も気づかなかったが、妙に肌がぴりぴりしたことを覚えている。

 ただ、ヘイダール要塞は宇宙都市ハガロンよりも何倍も大きい。従って、ゼノン帝国の魔術師が魔法を掛けようとしても、かなりの力を必要とする。それに、ロル星団とジル星団のゼノン帝国とでは科学技術的には大きく異なったところがあるはずだった。それを無視して、ゼノン帝国の力のある魔術師であっても簡単に魔法を掛けることができるとは思えなかった。

 つまり力が大きい場合にはある程度科学技術の情報は無視してもかまわないが、力が足りない場合は、科学技術の情報が重要になるのだと、コア大使が話していた記憶がある。タリアは詳しくは聞かなかったが、科学技術と魔法との境界は案外低いものだというのだ。それぞれが完全に独立した別のものというわけではないらしいのだ。

「で、その時はどうして助かったのかな?」

と、ディポックが聞いた。

「コア大使が、気づいて、阻止したのです。具体的には、ゼノンの魔術師の術を解除したのだと言っていました」

「すると、ダルシア帝国も強力な能力者がいるということだろうか」

「そうです。でも……」

 タリアは、言葉を濁した。その先は言ってはいけないことなのだ。ダルシア帝国の秘密でもある。だが、コア大使が亡くなった今、それは守るべきものなのだろうか。

「言えないなら、無理にとは言わない」

と、ディポックが静かに言った。

「いえ、コア大使が亡くなった今、もう秘密にしていても意味がないかもしれません」

「しかし、……」

「コア大使は、ダルシア帝国の最後の一人だったのです」

 ジル星団の最古の文明と言われたダルシア帝国は、コア大使を最後としていた。ダルシア帝国の母星にも、もう誰も住人はいないと、コア大使本人からタリアは聞いていた。

「しかし、ダルシア帝国というのは、帝国という以上領土的にもかなり広い国じゃないのかな?」

とダズ・アルグが言った。

「ダルシア帝国の首都星は、恒星アーローンの第五惑星でした。そこは、硫化水素を大気に持つ惑星で、私たちのような酸素呼吸系生物は生存できないと言われています。他に、五つの太陽系と十の惑星がダルシア帝国に属していました。最盛時には二百億の人口がいたそうです」

と、タリアは話した。

 ダルシア帝国はかつて多数の人口を擁していたが、それはもう数百万年も前のことになる。現代においては、ダルシアの文明はコア大使一人を残すのみになっていた。その最後の一人が死んだ今、ダルシア帝国は滅んだも同然なのだ。

「ダルシア帝国の詳細については、私も知らないのです。コア大使の秘書であったのは、ほんの数年間でしかありません。私が知っているのは、ダルシア帝国が非常に古いけれど、ジル星団のなかでも非常に高度な文明を誇っていたということです。ダルシアについて本当に知りたければ、それはリドス連邦王国に聞くのが確実だと思います」

「しかし、そのダルシア帝国がコア大使一人だということは、誰も知らなかったのかな?」

と、ディポックは聞いた。

「知っている人もいたかもしれません。おそらく、リドス連邦王国は知っていたと思います。ただ、本国は完全に自動化された中央脳がコントロールしているので、まるで意志を持った人々が住んでいるように思えました。コア大使は中央脳を『ダルシアン』と呼んで、時々超空間通信で話をしていました。私には初め、『ダルシアン』という人物が本当に実在していると思い込んだものです」

 話しながら、タリアは宇宙都市ハガロンでのことを思い浮かべた。ダルシア帝国はコア大使とダルシアンの二人だけが生き残りだと噂するものがいたのだ。あれは、誰だったのだろう?

「タリア、コア大使は死んだかもしれないが、その『ダルシアン』という中央脳は残っているということにならないかな?」

と、ディポックは言った。

「でも、中央脳は人間じゃありません。つまりダルシア人ではないということです」

「確かに人間ではないが、だからこそ、中央脳は死なないのではないだろうか」

「いつまでも、動いていると?」

と、タリアは言った。

「もし、コア大使が最後のダルシア人なら、もう何処にもダルシア人はいないから、ダルシア帝国には誰でも入れるのではないか?タレス連邦が艦隊を派遣してまで、あなたを確保しようとしたのは、ダルシア帝国に入ることが出来ないからではないか?あなたがダルシア帝国について、もしくはその中央脳である『ダルシアン』について、何か重要なことを知っていると考えたからではないだろうか?」

 ディポックの言うことは、ありうることだった。

 ダルシア人がいなくなり、そこにダルシアの高度な文明が残っているとすれば、タレス連邦がそれを欲しがらないわけがない。ジル星団のどの国も、のどから手が出るほど欲しがっているに違いないのだ。

「でも、私は何も知りません」

「相手も、あなたがどれだけ知っているか知らないのだろうね」

と、ディポックは言った。


5.

 宇宙空間を高速で移動しつつある艦隊があった。目指しているのは、ヘイダール要塞である。

 高速ワープ用のジャンプ・ゲートのトンネル出口が、ヘイダール要塞の近くにいくつもある。ジャンプ・ゲートを使ったワープは、ふたご銀河ではジル星団の種族だけが使っているものだ。ロル銀河の種族はまだジャンプ・ゲートの技術については知らなかった。

「まだか、もうタレス連邦の艦隊は、ヘイダール要塞に着いているはずだ」

と、元銀河帝国の将官だったベルンハルト・バルザス提督が言った。

 タレス連邦の艦隊がゼノン帝国の魔術師を連れて、ヘイダール要塞に向かったという知らせが来たのは、少し前だった。

 ジル星団のタレス連邦とゼノン帝国は、政治制度の違いからあまり外交官関係はよくなかった。だから、隙を突かれたのだ。タレスとゼノンとが裏で密約を結んでいたということは、ありえないことではなかった。そのことに気づかなかったことが悔やまれた。

「ゼノンの魔術師があのタレス連邦の連中と一緒に行動しているなんて、想像できませんがね」

と、副官のドルフ中佐が言った。

「ゼノンには昔、バルガルディーという呪文を綴る大魔術師がいたのさ」

と、バルザス提督が言った。

 ジル星団には、惑星ガンダルフに五大魔法使いと呼ばれる者たちの伝説がある。その中の一人『大賢者』と呼ばれるレギオン、彼は強力な魔法使いとして並ぶ者無きものであり、様々な文明にさまざまな名を持って生まれ変わったと言われている。レギオンはゼノンに生まれたときバルガルディーという名の魔法使いだったと言われていた。

「それが、ガンダルフの大賢者と言われるレギオンのことなんですか?」

「そう言っていたよ。私だって、昔のことはそう知っているわけではない。レギオンは色々な時代に、あちこちに生れて、その地の言葉で呪文を綴った。だから、魔法使いのいる国は、かつてレギオンが生まれたところでもあるのさ」

「しかしね、ゼノンは、人類型とは違う種族でしょうに」

 ゼノン帝国は、爬虫類型の種族だった。とはいえ、現在その姿を見て、爬虫類型と判断するのは難しい。どこかで人類型と混血したのではないかと言われている。

「レギオンはそうした種族にも興味を持っていたのだろう。何にでも興味を持つのが彼の性癖なのさ。ようするに新しい経験、それが欲しかったのだろう」

 ガンダルフの大賢者、レギオンは、呪文の綴り手だった。魔法使いでも呪文を綴れる者は、滅多にいない。呪文を綴るには、多くの知識と共に経験も必要になる。強い魔力も必要だ。ジル星団ではそれができる者は、はるかな昔から、ガンダルフの大賢者『レギオン』だったと言われている。レギオンは、様々な惑星や文明に生れて、その地において呪文を綴ったと言われている。

 だが呪文は時代が下るに連れて、人々に忘れられ、新たに呪文を必要とするようになる。ジル星団で魔法の呪文が残っているのは、ゼノン帝国とナンヴァル連邦、古い文明の残る国々、そして惑星ガンダルフの一部地域だった。ガンダルフは大賢者レギオンの母星と言われているが、そうした星でさえも、レギオンが生れて何百、何千年と過ぎていくと、呪文は忘れられていくのだ。

 まして、機械文明が発達し、宇宙に出て行くようになると、たいていの文明では魔法など忘れ去ってしまう。というのも、特殊な能力がなくても万人が使える科学技術と、魔力を持った者が一定の訓練を積み、知識を積み重ねてやっと使えるようになる魔法とでは、使い易さに問題がある。

 それに、影響を及ぼす距離や範囲については、致命的だった。魔法は惑星の中の狭い範囲でしか使えないのが普通だ。宇宙空間を越えて影響を及ぼすような魔法は、使える者がいなかった。宇宙で使える魔法は、パワーの量が圧倒的に違うのだ。ひとつの文明で大魔法使いといわれる者であっても、宇宙に出る魔法を使えるものは、これまで『レギオン』しかいなかったのだ。

 ロル星団とジル星団の大きな違いは、ジル星団では宇宙文明まで発達した現在でも魔法というものの存在が信じられ、政府の中にまでそれが使われているということなのだ。ロル星団では、大昔の淡い記憶でしかなく、単なる御伽噺だと考えられていた。

 ただ、それはロル星団に魔法や魔術、つまり神秘的なものが存在していないということではない。一般には存在しないことになっているだけかもしれない。社会の闇といわれる場所でまだ存在している可能性はある。一つの文明の中で神秘的なものが完全に消滅することはないのだ。


 足の速いことで有名なリドス連邦王国の艦隊も、ヘイダール要塞まではあと少し時間がかかるようだった。

「向こうに着いたら、すぐに姿を隠せ。恐らく、連中は我々が向っていることに気づいているはずだ」

「出口はどうしましょう?」

と、操縦士が聞いた。

「閉じてくれ。タレスの連中に別のジャンプ・ゲートがあることを知られたくない」

 バルザス提督は、スクリーンを見つめた。やがてそこに、タレスの艦隊とヘイダール要塞が映じるはずだった。

 彼の着ている軍服は白が基調の青みがかった生地で、銀の筋がついていた。かつて、彼の着ていた軍服は黒が基調の生地で銀の筋が入っていたものだ。リドス連邦王国と銀河帝国とでは、軍服の生地の色さえもかなり違う。ましてそのほかのことになると、随分違うのだ。

 あのヘイダール要塞には、彼のことを知っている人物がいるはずだった。ロル星団内の紛争中に、銀河帝国の提督がヘイダール要塞に亡命したことがあるのだ。直接知っている人物ではないものの、自分のことがヘイダール要塞にどう伝わっているのか、少々気になるところだ。

 だが、その提督も今の彼については何も知らない。彼は帝国にいたときのベルンハルト・バルザスとはもはや違うのだ。

「提督、ジャンプ・ゲートの出口です」

「わかった。全艦隊に通信。第三レベルの戦闘態勢で待機せよ」

「了解」

 ジャンプ・ゲートを出ると、星の光りを遮る物体が黒々と浮かんでいた。これが、ヘイダール要塞だ。バルザス提督にとってここに来るのは初めてではない。銀河帝国の艦隊に属していたときに、何度も来たことがある場所だった。


6.

 リドス連邦王国の艦隊は、ヘイダール要塞の傍でジャンプ・ゲートから出ると、そのままステルス状態に移行して、要塞や近くにいるタレス連邦の艦隊の探知を逃れた。

「やはり、タレス連邦の艦隊がいますね」

と、ドルフ中佐が、スクリーンを見て言った。

 タレス連邦特有の流線型の艦艇は、およそ五千隻ほどだった。

 ロル星団ではおよそ一万隻以上で一艦隊を形成するが、ジル星団の政府では、五千隻を一艦隊とする場合が多かった。

「やはりゼノンの魔術師が魔法を掛けている」

と、ベルンハルト・バルザス提督は魔法の存在を感じて取って言った。

 狭いとは言え、ヘイダール要塞全体の宙域に魔法を仕掛けるには、かなりの魔力と知識がいる。そして、相手の魔法がどんなものか分析し、解除するにはかなりの経験と知識が要る。だから、魔法に通じているバルザス提督がヘイダール要塞に来たのだ。

「我々が来ることを、知っていたのでしょうか」

と、ドルフ中佐が言った。

「おそらくな。だが、私が来ることは知らないだろう」

 それが、こちらの有利さだった。ゼノンの魔術師なら、リドス連邦王国の艦隊には、魔法使いが同乗していることくらい常識だ。だが、その魔法使いの力の程は、まだ知らないはずだった。

 バルザス提督は旗艦と数隻の艦艇をステルス解除すると、ヘイダール要塞に近づいた。

「こちらは、リドス連邦王国艦隊提督バルザスだ。応答を求む」

 通信回線を開いて、ヘイダール要塞に呼びかけた。


 司令官のいる会議室に、慌しく司令室から連絡が来た。

「リドス連邦王国の艦隊から、呼びかけがありました。すぐ近くの宙域に、数隻の艦艇がいます」

「ワープ・アウトしたのか?」

と、ディポック司令官が聞いた。

「いえ、ワープで来たのではありません。通常航行で近づいたようです」

「わかった。すぐ行く」


 司令室のスクリーンに数隻の艦艇が映じていた。

「あれは、リドス連邦王国の艦だわ」

と、司令官に付いて来たタリアが言った。

「ベルンハルト・バルザス提督と言っています」

と、通信員が言った。

「私、知っているわ。リドスのバルザス提督のこと」

と、タリアがうれしそうに言った。こんな宇宙の辺境の要塞で知っている人の名を聞くことが、こんなにホッとするとは思っていなかった。

「ちょっと、待ってください。司令官、ベルンハルト・バルザスという名に、聞き覚えがあります」

と、参謀のグリンが言った。その声に警戒心が含まれているのを、そこにいる誰もが感じた。

 副官のブレイス少佐も頷いた。

「ああ、私もだ。多分、銀河帝国にそんな名の提督がいたな」

と、ディポックも言った。

「それじゃ、あの大逆人の部下の一人だった、……」

と、ダグ・アルズ提督が急に声を潜めて言った。

「あら、知っているの?バルザス提督は、銀河帝国から来たのよ」

と、タリアは屈託なく言った。

「タリア、あなたの知人だというリドス連邦王国の軍人は、彼のことかな?」

と、ディポックは聞いた。

「ええ、その一人よ。他に二人知っているわ」

 ディポック司令官とその部下達は、顔を見合わせた。司令室に緊張が走るのが感じられた。

「リドス連邦王国の人よ。信用できるわ」

と、要塞の人々の中の妙な雰囲気を感じ取ってタリアは言った。

 咳払いしてディポックは言った。

「あなたの言っている人物かどうか、確認できるかな?」

「スクリーンに顔が映れば、わかると思うわ」


 会議室に残された、タレス連邦司艦隊令官カウベリアの一行の中の一人が言った。

「来ました。リドス連邦王国の連中です」

 彼の名は、ヒールリアン・ドレイ。ゼノンの魔術師だった。

 リドス連邦王国の艦艇がヘイダール要塞に一定の距離まで近づいた時、分かるように魔法を仕掛けておいたのだ。

「だが、奴らの中にも魔法使いはいると聞いている。おまえ一人で大丈夫なのか?」

と、カウベリアは言った。

「連中にだって、魔法使いはそう多くはいないはずです」

「そうだといいが。リドス連邦王国については魔法使いのことだけではなく、未確認のことが多いことも事実だ」

「これでも私はゼノン帝国の宮廷魔術師の一人です。リドスの魔法使いになどに引けはとりません」

 魔術師ドレイは、自信ありげに言った。ゼノンの魔術師の中でも、宮廷魔術師は力の点でも、技術や知識の点でも普通の魔術師では遥かに及ばないというのが、ゼノンでの常識だった。

 ゼノン帝国は、ジル星団でも屈指の魔術師の力と数を誇っている。その上、科学技術においても、ダルシア帝国に次ぐ高度な文明だと自負していた。それは事実ではあるが、リドス連邦王国と比べることができるかということには、かなりの異論があった。

 リドス連邦王国の本国は、恒星トゥーラーンの第三惑星ガンダルフであり、その星はあまたの魔法使いの祖である、伝説の魔法使い『レギオン』の生まれた星だと言い伝えられている。その話はタレス連邦でも昔から知られていた。不思議なことにタレス連邦が、宇宙船で宇宙へ飛び出す何千年も前から伝わっていた話なのだ。

 ただ現在は、魔法使いの星ということではなく、遥か遠い宇宙の果てからリドス連邦王国の人々が惑星ガンダルフに移住してきたことが知られている。彼ら、リドスの人々も何らかの不思議な力を持っているというのがもっぱらの噂であった。

 魔術師のいないタレス連邦から来たカウベリア提督は、不安だった。何と言ってもリドス連邦王国はジル星団にとって、他所から来た得体の知れぬ者たちなのだ。


 ヘイダール要塞の要請に応じて、バルザス提督はスクリーンに顔を出した。ロル星団の年齢の基準で言うと、およそ30代に見える、眉目秀麗な提督だった。

「私は、リドス連邦王国艦隊司令官ベルンハルト・バルザスです。そちらに、ダルシア帝国のタリア・トンブンがいないでしょうか」

と、言った。

 相手のヤム・ディポック司令官は年は若いが、元新世紀共和国で軍の元帥の地位まで昇った人物なのだ。それに比べてバルザスは元中将だった。それを考えて、言葉遣いは自然に丁寧になった。

 ディポック司令官の傍に、銀河帝国から以前要塞に亡命してきたメイヤール提督が来た。

「タリア・トンブンは確かに、ここにいます。リドスのバルザス提督、ヘイダール要塞にようこそ、と言うべきなのでしょうね」

「我々は、ヘイダール要塞を攻撃する意図はありません。ただ、タリア・トンブンを保護したいだけなのです。彼女は無事でしょうか?」

「タリアは、無事です」

「我々が来る前に、タレス連邦の艦隊が来たようですが、要塞の中にタレスの者達を入れましたか?」

 バルザス提督にとって、これはあくまで単なる確認の作業だった。

「入れました。タリアの身柄を要求してきたので、その理由を聞く必要があったのです」

「彼らを要塞に入れたのは、間違いでした。危険です」

と、バルザスは指摘した。

「なぜです?」

「彼らの中に、ゼノンの魔術師がいます。すでに魔術師は要塞に魔法を掛けているものと思われます」

と、魔法が使われているのが当然のことのようにバルザスは言った。

 もちろん、要塞の人々がバルザスの話をすぐに信用するとは思ってはいなかった。ロル星団出身のバルザスにはこうした事柄についての彼らの考えや態度がよくわかるのだ。

「まさか……。あなたが、魔法を信じているとは、思えませんが。元銀河帝国軍中将ベルンハルト・バルザス提督」

 ディポックはメイヤール提督から、スクリーンの人物がバルザス提督だという確認をした上で、言った。

 銀河帝国からヘイダール要塞に亡命したメイヤール提督は、スクリーンに映った人物がバルザス提督だというこがすぐに分かった。

 銀河帝国には多くの将官がいるが、かの新王朝を創立した若き皇帝に並ぶと言われる美貌の持ち主だというのが、将官の間での噂だった。もちろん、一度ならず数度、メイヤール提督は様々な銀河帝国の式典で見かけたことがある。当時は有名なのはその美貌だけだったが、今ではかの大逆人の部下ということで有名になっていた。

「確かに、私は元銀河帝国軍にいたベルンハルト・バルザスです。ですが、今はリドス連邦王国に属しています」

「すると、あなたは、リドス連邦王国政府の命令を受けて動いていると考えていいのですね」

「そうです。リドス連邦王国政府は、ダルシア帝国とのかねての約定を遵守します。従って、タリア・トンブンを約定に従って保護するつもりです」

「約定とは何です?」

「ダルシア帝国とリドス連邦王国は同盟国でした。その同盟条約の規約にあることです」

「それについて、もう少し詳しく知りたいのですが、できれば要塞の方に来て話をしていただけませんか?」

と、ディポック司令官は言った。

「わかりました。ただし、我々の訪問については、タレス連邦の連中には知られたくありません」

「彼らには黙っています」


 バルザス提督は、シャトルに乗ってヘイダール要塞に入った。

「我々だけで、いいんですか?」

と、一緒に来た副官のドルフ中佐が言った。シャトルに乗れる人数は限られている。兵士を連れて来るわけには行かないのだ。とはいえ、あと数人は連れてくることが可能だったのだ。

「ゼノンの魔術師を軽んじてはならない。こちらの人数が多いと、逆にやられる危険性がある」

と、バルザスは慎重に言った。

「私の魔法は使えますか?」

と、ドルフ中佐は念を押した。

 リドス連邦王国において指揮官が魔法使いであることは、特別なことではなかった。バルザスと共に、ドルフ中佐もある程度魔法が使えるのだ。

「使えるようにしてある。我々に都合の悪い部分だけを解除した」

「随分、器用なのですね」

「人数が少ない分、こちらに有利にしなければならないからな」

 シャトルを出るときに、バルザスは指をパチンと鳴らして結界を張った。バルザスら、リドスの者以外には中に入れないようにしたのだ。

 二人はシャトルを出ると、要塞の兵士に迎えられ、司令室に向った。

 ヘイダール要塞はかつて銀河帝国に属していた時と、見た目はあまり変わっていないようにバルザスには思えた。要塞の中にいる者たちが替わっただけなのだ。

 だが、大きく変わったものがある。

 要塞の中の雰囲気が変わっていた。以前銀河帝国軍がこの要塞にいたときの雰囲気とは違う、妙な優しさや静けさが感じられるのだ。それは銀河帝国の住民と入れ替わって、元新世紀共和国にいた人たちが住んでいる所為なのか、それともロル星団における戦争が終った所為なのかはわからなかった。

 だが確実に言えることは、この要塞が浄化されつつあるという感覚だった。これは霊的な感覚に近いものだ。ここはかつて、銀河帝国軍と新世紀共和国軍が戦った戦場の中心に位置するのだから。


7.

 会議室には、タリアとディポック司令官他、要塞幹部を構成する者達が再び集まっていた。要塞防御指揮官であるウル・フェリスグレイブは、司令官の傍に坐っていた。

 青みがかった白いリドスの軍服を着た本物のバルザス提督が現れると、メイヤール提督が頷いた。銀河帝国にいたバルザス提督だという合図である。

 バルザスはディポック司令官を見た瞬間、眩しさを感じて瞬きをした。これは、いったい、何なのだろう。それは魔法使いとしてのバルザスの研ぎ澄まされた感覚が告げていることだった。だが、その理由を考えている暇はなかった。バルザスはディポック司令官にまず挨拶をした。軍人の敬礼は、銀河帝国でも新世紀共和国でも、もちろんリドス連邦王国でも似たような形だった。

「先程は、スクリーンで失礼しました。私がベルンハルト・バルザスです」

「どうも、私が、ディポックです。それで、タリア・トンブンの件ですが……」

「こちらに来たのは、リドス連邦王国政府の命令です。ダルシア帝国はリドスの同盟国でした。同盟条約に、ダルシア帝国のコア大使が亡くなった時、コア大使の指定する人物を保護するようにという規約があります。コア大使の指定した人物のひとりがタリア・トンブンなのです。」

と、バルザスは言った。

「すると、そのコア大使の指定した人物というのは、まだいるわけですね」

「そうです。リドス連邦王国の他の艦隊は、その人物を捜索しています。またゼノン帝国の艦隊も動いています」

 参謀のグリンが話を遮った。

「聞きたいことがあるのですが、司令官、よろしいでしょうか?」

「構わないが、バルザス提督、いいでしょうか?」

「どんなことですか?」

 バルザスは、相手が何を聞きたいか、だいたいのところは察していた。

「バルザス提督は、銀河帝国の元元帥オルフ・オン・ダールマン提督の部下だったと聞きました。そのダールマン提督は現在、銀河帝国の大逆人として追われています。彼が、今どこにいるのかご存知でしょうか?」

と、グリンは言った。

「それは、ヘイダール要塞が銀河帝国の傘下に入ったということでしょうか?」

と、バルザスは言った。

「私が気になるのは、銀河帝国の大逆人であるダールマン提督が何を考えておいでかということです」

 バルザスはため息を付きそうになって、それを飲み込んだ。

「つまり、私はここでダールマン提督の身の潔白を証明しなければならない、ということでしょうか?」

「そこまで言ってはおりません。ですが、あなたがリドス連邦王国にいるということは、ダールマン提督はリドス連邦王国にいると考えていいのでしょうか?」

「提督は、確かにリドス連邦王国の艦隊にいます」

「リドス連邦王国は、あなた方の正体を知っているのでしょうか?」

「知っています。それが信用できないというなら、タリア・トンブンに聞いてみるといいでしょう。彼女は、我々のことを知っているはずです」

 グリンは、タリアの方を向いた。

「今の話、本当でしょうか?」

「え?ええ。そうよ。私、知っているわ。銀河帝国から大逆人と言われているということでしょう?だいたい、リドス連邦王国の艦隊の知り合いというのは、彼らのことなの」

「彼らというと?」

「もうひとりいるでしょう?ええと、帝国での名前は、確かヨハン・ベルゲンだったわ」

「なるほど、ベルゲン提督か。確かに彼は、行方不明になったダールマン提督の副将だった」

と、ウル・フェリスグレイブは言った。

「いったい何の話なの?彼らが銀河帝国の大逆人の一味だとしても、私たちには関係ないことだわ」

と、タリアは言った。

 バルザス提督とその仲間が銀河帝国の大逆人だったとしても、タリアにとってはどうでもよいことだった。なぜなら、彼らはもはや銀河帝国の者ではなく、リドス連邦王国の者だったからだ。正確には彼らは、元々惑星ガンダルフに属する者たちなのだ。魔法使いの星である、惑星ガンダルフに属しているのだ、とコア大使から聞いていた。

 これは、ジル星団にとって、特にジル星団の古い文明の国にとっては、当然のことといえた。だが、この要塞の人々にそれが理解できるとは思ってはない。

「いや、関係がある。あなたを信用できない者に渡すことはできない」

と、ディポック司令官が言った。

「待って、私はどこにも行かないわ。だって、タレスから来た仲間をここに置いてはいけないわ」

「いや、タレスの人たちはここに置いて、タリア、君にはダルシアに行ってもらわなければならない」

と、バルザス提督が言った。

「どうして?」

「ダルシア帝国の遺産を相続する問題が残っている」

「私は、本物のダルシア人じゃないわ、だから今回の件については、何の関係もないはずよ」

 タリアは、タレス連邦生まれで、両親ともにタレス人だった。事情があって、ダルシア国籍になっただけなのだ。

「だとしても、一度はアーローンの第五惑星に行かなければ、そこに、他の相続候補者もくるはずだ」

「あのね、私はコア大使から、何も聞いてないの。だから、何もできないわ」

と言って、タリアは肩を竦めた。

「そうじゃない。君はすでにダルシア国籍になっているはずだ。あのダルシアンは、君をダルシア人として認識している。だから、この問題に君は関与せざるを得ない」

「じゃ、他の相続者というのは誰?コア大使の他には、ダルシアの血を受け継ぐ者はいないと聞いたけれど」

「ゼノン帝国が他の星人との混血したダルシア人がいることを知っているそうだ。彼らが、その人々を連れてくると言っている」

「で、どうやって相続者を決めるの?」

「決めるのは、ダルシアンだ。彼か彼女かは知らないが、ダルシアンが認めた者が、ダルシアの遺産を相続することになる」

「ということは、タリア・トンブンも候補者の一人ということになるのですね?」

「そうです。ディポック司令官」

「私は、行かない。だって、本物のダルシア人じゃないもの」

 どう見てもダルシア人ではない自分が行く必要があるとは、タリアには思えなかった。ダルシア人の血が一滴も混じっていないのだから。

「ダルシアンが君のことを、呼んでいるんだ。君が行かなければ、おそらく相続者の選定も始まらないだろう」

「そんな……」

 バルザスは話をしながら、この会議室での話を聞いている者がいることを感じていた。例のゼノンの魔術師である。


 ヒールリアン・ドレイは、右手を額に当てて、しばらく目を閉じていた。

「なるほど、リドス連邦王国の提督が一人来たようです」

「タリア・トンブンを迎えにか?」

と、カウベリアが言った。

「そうです。ただ、タリアはダルシアの継承者の件については、何も知らないと言っています」

「そんなはずはない。この件について何か知っている者がいるとすれば、コア大使の秘書だったタリアしかいないではないか。それに、リドスの連中もタリアを迎えにきたのだろう?」

「そうなんですが、タリアの方は、知らないの一点張りのようです」

 タレス連邦とゼノン帝国は、ダルシア帝国の遺産の継承者について、密かに協定を結んでいた。ゼノン帝国がダルシア人の他星人との混血児を探して連れて行き、タレス連邦が亡くなったダルシア帝国のコア大使の秘書であったタリア・トンブンを連れて行くということだ。

 タリアはダルシア帝国の遺産を継承する者について、あるいはその方法について、何かコア大使から聞いている可能性がある、というのがゼノン帝国大使の話だった。

 それに今、ダルシア帝国に近づくことは非常に危険なことでもある。ダルシア帝国の艦隊はゼノン帝国艦隊ですら手に負えないほど強力だった。現在コア大使が亡くなったことで、ダルシア帝国本国は厳戒態勢を取っている。ダルシアの艦隊はダルシア本星に近づく宇宙船をすべからく攻撃するようになっているのだ。

 コア大使の秘書であったタリアなら、大使が亡くなったときの対処について、何か知っているのではないかとゼノン側は考えているというのだ。

 もし、ゼノン帝国の連れて行った者が継承者として認められたなら、タレス連邦にもダルシア帝国の遺産を分けてくれるという取り決めだった。具体的には、ダルシア帝国の科学技術の解明のために二国が協力し、その成果を分け合うという筋書きだった。

「何も知らないとしても、本人が覚えていないということもありえるでしょう」

と、ドレイが言った。

「だが、リドスの連中が来たのでは、簡単にはいくまい」

と、カウベリアが言った。

「提督、私の力を見くびっては困りますよ」

と、ゼノンの魔術師は言った。

 宇宙空間なら難しいが、このヘイダール要塞という閉鎖された空間なら、ヒールリアン・ドレイの魔術を振るう余地が充分あるのだ。

 自信のあるドレイは、リドス連邦王国のバルザス提督に魔力で接触した。こいつを虜にしてしまえば、ことは簡単だ。


 話をしていたバルザスは、ゼノンの魔術師が魔法を掛けようとしていることに気づいた。

「ひとつ聞いてもいいかな?」

と、ディポック司令官が言った。彼だけではなく要塞の他の幹部たちも、ゼノンの魔術師が魔法を掛けようとしているとは、夢にも思っていない。

「構いませんよ、どうぞ」

「タリアが行かなかったら、どうなるんです?」

「おそらく、ダルシアンはダルシアの後継者を決めないでしょう。いつまでもタリアが来るのを待っていると思います」

「それは、まさか……」

 ディポック司令官はあることに気が付いていた。この話はどこかおかしい。最初から後継者が決まっているような気がするのだ。

 バルザスは指を口に当てると小さな声で、

「しっ、黙っていてください。それ以上は言わないで……」

と、言った。

 バルザスが指先を数回回転させると、彼の頭の周りで火花が散ったように見えた。

「ドルフ中佐、今だ!」

 タリア以外の者たちは、何が起きているのかわからなかった。


 ゼノンの魔術師は、瞬きをしてカウベリアを見た。そして、

「提督、どうやら私の力では、やはり駄目なようです。旗艦にもどりましょう」

と、言った。

 唐突に言われて、

「どうしたのだ?先程は、大分自信があるように言っていたではないか」

と、カウベリアは言った。

「それが、リドスの魔法使いの方が私よりも力が上のようなのです」

と、力なくドレイは言った。

「しかし、ここにタリアはいるのだぞ?何かできることはないのか?」

 もう少しでタリアを捉えることができるのだ。カウベリアは簡単にこの任務を諦めることはできなかった。ゼノンの魔術師が駄目なら、タレスの能力者はどうなのだ?

 カウベリア提督の一行の中に、タレス連邦の能力者も混じっていた。その一人が、じっとゼノンの魔術師を見ていた。

「提督、変です。この魔術師は、逆に術を返されているのはありませんか?」

と、TP能力を持つボズ・フリッツが言った。

 フリッツにはドレイの態度の急変がそのことを物語っているように思えるのだ。TPでその心の中を探ろうとすると、何かブロックのようなものにぶつかった。

「何?リドスの連中にか?」

と、カウベリアは言った。

「他に考えられません。とすると、リドスの魔法使いはゼノンの魔術師よりも力があるということではないでしょうか?」

「それだけではありません。我々のことを見抜かれていると思わねばなりますまい」

と、副官のセイル・ラリア大佐が言った。

「フリッツ、ドレイの心を読めないか?」

「それが、先程からやろうとしているのですが、はっきりとした思いが読み取れません」

 心の中にブロックを作っているのとは違う感じだった。ドレイの目が焦点を失っているように見えた。

「リドスの艦隊から誰が来たのか分かるか?」

と、カウベリアは聞いた。

「二人ほど来たようです。一人は、リドス連邦王国艦隊の提督、もう一人は副官です」

「他には?」

「二人だけです」

 フリッツは外の要塞の兵士の一人から、情報を読み取っていた。彼の能力では要塞の中とはいえ、要塞幹部の集まっている会議室の中まで影響を及ぼすことはできなかった。

「すると、その一人が魔法使いというわけだな?」

「おそらく、そうだと思います」

 これはかなりの巧者だ、とカウベリアは思った。ゼノンの魔術師の魔法を逆に返すなど、タレスの能力者には思いも付かない。リドスの魔法使いは、ゼノンの魔術師よりも力は上なのか?


 ドルフ中佐は、目を閉じていた。

 彼にとって相手の心を乗っ取る術は、使い慣れていた。少し離れていたが、要塞の中の別の部屋にいるのだ。宇宙空間の別の艦にいるわけではない。だが、向こうのタレスの能力者に自分の力がばれたということはわかった。

「提督、ゼノンの魔術師は手に入れました。ですが、そのこと、向こうのタレスの能力者にばれています」

と、目を閉じたままドルフは言った。

「その程度のことはたいしたことではない。ドルフ、奴を放すな。自由になられたら、厄介だ」

 要塞の幹部連中は、その会話が何のことやらわけがわからなかった。

「ゼノンの魔術師を抑えたのね。やるじゃない」

と、タリアは何が起きたか察して言った。

「この程度のことは、たいしたことではない。だが、タリア、君にはアーローンの第五惑星まで来てもらわなければならない」

と、バルザスは言った。

「私は、行かない。言ったでしょう、私はダルシア人じゃないの」

 タリアにとっては、ダルシア帝国の遺産など何の興味もないことだった。もちろんその価値の高さについては依存はない。ジル星団最古の、そして最高の文明だった。ジル星団の他の多くの政府機関にとっては、どれほどの価値があるだろう。だが、たった一人の何の身よりもない個人にとっては、さして重要なものには思えなかった。


8.

 ヤム・ディポック要塞司令官はこれまで静かだった要塞が、何か大変な事件に巻き込まれそうだという予感がした。この要塞はロル星団の端に位置し、かつては星団内の戦争の中心ではあったものの、戦争が終結した今、単なる辺境に過ぎなくなっていた。

「申し訳ないが、バルザス提督、我々は今回の件について、ほとんど情報がない。あなたはこの件について、我々よりも知っているようだ。説明してもらえないだろうか?」

と、ディポックは聞いた。

「すみません。ちょっと、待ってもらえますか?」

 バルザスは、一瞬目を閉じると、タレス連邦の一行のいる会議室を垣間見た。

 ドルフ中佐の魔法に捕まっているゼノンの魔術師と、タレス連邦艦隊提督カウベリア、それにタレスの能力者、副官のセイル・ラリア大佐が話をしているのが見えた。


「ドレイ、おまえは誰なんだ?」

と、うつろな目をして、押し黙ったゼノンの魔術師に、フリッツは聞いた。

「駄目です。提督、ドレイは他の能力者の術中に陥っていると思われます」

と、ラリア大佐は言った。

「こんなことをするやつは、どんな能力者だ。リドスの連中は、タリアを連れて行く気だろう。それを阻止するには、どうすれば……」

 そこで、何かに気づいたように、カウベリアは黙った。周囲を見回すと、

「いや、待て、落ち着くんだ。ここは、ひとつ冷静になる必要がある」

と言って、ラリア大佐に目配せをした。

「確かに、冷静になる必要があります」

と、大佐がオウム返しに言った。


 バルザスは、目を開けると、

「ディポック司令官、タレス連邦から来た連中は何人でしたか?」

と、突然聞いた。

「え?何人かと言われても……」

「五人だと思います」

と、副官のブレイス少佐が言った。

「しまった。一人足りない」

と、バルザスは言った。

「どういうことです?」

「タレス連邦の連中のいる会議室にいるのは、今は四人だけです。あと一人はどこにいるのでしょう?」

 要塞の仕官たちは、顔を見合わせた。

「確かに、初めは五人でした。しかし、今四人だというのは、どうしてわかるんです?」

と、フェリスグレイブ元中将が聞いた。

「もちろん、向こうの会議室を透視したのでしょう?」

と、タリアが当然のことのように言った。バルザスがリドスの魔法使いの一人であることを知っているからだ。それに魔法使いは、呪文を使うことで透視能力者のような力も使えることを知っていた。

「透視したって?提督、あなたは、能力者なんですか?」

と、驚いてダズ・アルグ提督が聞いた。

「私は銀河帝国に能力者がいるという話は、聞いたことがない」

と、メイヤール提督が静かに言った。

 銀河帝国の軍人に能力者がいるなんて、メイヤール提督は聞いたことがなかった。公式に社会でもそのような能力者は、ロル星団では知られていないのだ。それはディポックの属した新世紀共和国でも同じだった。

 かつて銀河帝国の始まりの時代には、そうした特殊な能力者を主に的にして狩って殺したと記録に残されている。特殊能力を持つものに対する恐れは、そうした能力者を忌み嫌い、その存在すら消すという暴挙が行われたのだ。

 だが、だからと言って、存在しないとは言い切れないものだ。能力を持っていても気づかない者もいるし、認められていないために、それを口にしない者もいるからだ。

「確かに、そうです。銀河帝国では、能力者の存在自体が、否定されていましたから」

と、バルザスは言った。ただし、彼自身が能力者であるということは明言しなかった。そんなことを言ったら、それを信じる、信じないということで話が混乱するからだ。今はそのようなことを議論している時ではない。

「あなたは、本当に、銀河帝国にいたバルザス提督なのか?」

と、グリンが言った。

「先程は、私がバルザス提督であるために疑っていたのに、今度はバルザスであることが本当かと聴くのですか?」

と、苦笑いをしながらバルザスは言った。

 タリアはバルザスを不思議そうに見た。彼女には笑っているバルザスが悲しそうな目をしているように映ったのだ。そうしたバルザスをかつて、どこかで見たことがある気がした。


9.

 ヘイダール要塞から、シャトルが一機飛び出していた。タレス連邦の代表が乗ってきたシャトルだ。

「無断で出て行ったシャトルがあります」

と、司令室から報告があった。

「どこのか、わかるか?」

と、ディポックは聞いた。

「タレス連邦のシャトルです」

「何だって!」

 タリアは、何か言いたそうにバルザスを見た。バルザスは首を振ると、

「仕方がない。司令官、タレス連邦の艦隊はおそらく、援軍を待って待機するつもりでしょう」

と、言った。

 問題は、タレス連邦の艦隊が助けを求めるのが誰かということだ。おそらくゼノン帝国の艦隊がやってくるのだとバルザスは予測した。ゼノン帝国の艦隊が現れたら、タリアを連れて、このヘイダール要塞から出るのが難しくなる。

「会議室のタレス連邦の連中はどうしますか?」

と、フェリスグレイブはディポックに聞いた。

「拘束するまでもないだろうが、一応会議室にいてもらうようにしよう。後で私が話をする」

「わかりました」

 フェリスグレイブは、会議室の警備兵を増員するよう指示した。

 それを横目で見て、ドルフ中佐がゼノンの魔術師を抑えていれば、それだけでも大事は無いだろう、とバルザスは思った。

「それでは先程の私の話に戻って、今回の件について、バルザス提督に説明を願いたいのですが……」

と、ディポックは言った。

 ディポックは、魔法だとか特殊能力とか言うことについて話を続けることはあまり賢明ではないと思っていた。今はタリア・トンブンとダルシア帝国のことについて話を聴くべきなのだ。

「わかりました。いいでしょう」

 ジル星団は銀河帝国と新世紀共和国しかなかったロル星団に比べて、数多くの国々が存在し、様々な文明を形成していた。これらの国々はダルシア帝国とナンヴァル連邦を中心とする惑星連盟に加盟していた。

 ゼノン帝国は惑星連盟の中でも大国であり、いつも揉め事の中心にいた。他の国々はいずれもゼノン帝国に比べると規模が小さく軍事面においても弱かったので、実質的には多くの加盟国はダルシア帝国とナンヴァル連邦に庇護されているのだった。

 その中でタレス連邦は最近ワープ技術を開発し、宇宙に進出した国だった。ただ今回わかったのは、そうした技術開発においても、ゼノン帝国の強い影響があったらしいということだった。つまりかなり前からタレス連邦とゼノン帝国は関係をもっていたのである。

「今回の件については、あなた方も聞いたとおり、ダルシア帝国のコア大使の死が引き金になったのです。ダルシアはジル星団の最古の種族であり、他に類を見ない高度な文明でした。おそらく、ジル星団の他の文明を数千年は引き離していたと考えられます。

 そのダルシアにとって難点は、それを担う人々がコア大使以外にいなくなっていたことです。もちろん、本国は『ダルシアン』という人工知能である中央脳によって管理されているので、誰もいなくなっても困らないのですが、最小限度の判断を下すために、どうしても人が一人必要なのです。

 そのため、コア大使は自分が死んだときのために、ダルシアの遺産を継承する者についての遺言を残しておられました。

 ダルシアの遺産とは、ダルシア帝国の領土だけではなく、その高度な文明そのものである知的遺産も含まれているのです。

 ゼノン帝国とタレス連邦は、その遺産を狙って、密約を交わしたのです。ゼノン帝国は、長年このときを待っていて、ダルシア人の血を引いた者を何人か探していたようなのです。

 ただ、継承者として『ダルシアン』の認可を得るために、コア大使がタリア・トンブンに何らかの秘密を漏らしたのではないかと考え、タリアを捕まえようとしているのです」

 タリアはため息をついた。自分の祖国であるタレス連邦が、こんな陰謀に手を貸したとは。

「じゃ、今回のあの大統領令は、私の所為というわけなの?」

と、タリアは聞いた。もし、そうだとしたら、難民となったタレスの能力者たちに何と言えばいいのだろう。

「別に、君の所為ではない。多分、ひとつのきっかけにはなったのだろうがね」

と、バルザスは言った。

「きっかけですって?」

「そうだ。タレス連邦は、ゼノンの魔術師の秘密も知りたがっていた。能力者は重宝だが、能力の範囲が魔術師と比べて狭いと感じたのだろう。だから君と引き換えに、ゼノンの魔術師の呪文を手に入れようとしていたと考えられる」

「ダルシアやゼノンの秘密を欲しがったのね」

「それだけではないさ。ワープにしたって、ダルシアのワープ技術は、タレスよりも何倍も高速だ。他の科学技術も同様だがね」

 ヘイダール要塞の者たちは、バルザスとタリアの会話が理解できなかった。高速なワープ?そんなものがあるというのか?

「そういえば、タレス連邦の艦隊がワープ・アウトしたのを我々の探知装置は気づかなかった。ただ、突然表れたというだけだった。もしかしたら、ジル星団のワープ技術は我々とは違うのか?」

と、ダズ・アルグが聞いた。

「基本的には違いませんが、違うところもあります」

と、バルザスは言った。

「バルザス提督、あなたはこちらに来てまだそれ程たっているとは思えないのですが、だいぶ詳しいようですな」

と、グリンは言った。

「まあ多少は、こちらでやっていく上に必要ですから」

と、バルザス提督はあいまいに言った。

「それで、タリア・トンブンが、ダルシアに行く必要があると言っていたが……」

と、ディポックは言った。

「そうです。これから私が言うことは、コア大使の遺言だと思って聞いてほしい、タリア」

と、バルザスは言った。

「ダルシア帝国の正式な後継者をコア大使は指名していた。それが、君だ、タリア・トンブン」

「そんなはずはないわ。言ったはずよ。私にはダルシア人の血は一滴も流れていないわ」

「そんなことは、関係ない。コア大使が指名したということが重要なんだ。だから、可及的速やかに、ダルシア帝国の本星、アーローンの第五惑星に行かなければならない。『ダルシアン』が君を待っているんだ」

「馬鹿なことは言わないで。とんでもないわ、ダルシアの遺産を継承するなんて、考えたこともない」

 ダルシア帝国の国籍を取得したといっても、タリアにとってそれは自分の身を守るためのものでしかなかった。本来自分の属しているものではないのにその遺産を相続するなんて、まるで泥棒のようではないか、とタリアには思えた。

「それでもだ。いいかい、もし、ゼノン帝国の連れてきた連中がダルシア帝国の遺産を継承したら、どうなると思う?」

「それでも、かまわないでしょう?」

 ゼノン帝国がダルシアの遺産を継承したとても、タリアには何ら痛痒は感じない。

「違うな。ゼノン帝国は、おそらくジル星団の統一を企んでいる。ダルシア帝国の遺産をそのために必要としているんだ」

「だから、ゼノン帝国がジル星団を統一したからと言って、誰が困るの?リドス連邦王国が困るの?」

 それでは、リドス連邦王国が利用しようという気なのか、とタリアは疑いたくなった。

「ゼノンは、基本的に爬虫類型の生物だ。それも肉食を基本としている」

と、バルザス提督は唐突に言った。

「そんなこと知っているわ。それが何なの?」

「大統領令で、タレスの能力者たちは、皆捕まって収容所に送られることになった。そして、どこに連れて行かれると思う?」

「どこって、訓練所でしょう?私も行かされるところだったけど」

「違う。そのことでは、タレス連邦政府も騙されていた。能力者たちは、ゼノン帝国の星に送られて、食料にされるところだったんだ!」

「まさか……。噂では聞いたことがあるけれど、ゼノンはまだそんなことをやっていたの?」

 ジル星団の中では、ゼノン帝国が他の種族を食用としているというのは、時折噂されるスキャンダルだった。それはタリアも聞いたことがある。

「ゼノンがジル星団の他の種族を食料としていたのは、過去のことではない。今現在も進行中なんだ。そして、次に狙っているのが銀河帝国というわけだ」


10.

 唖然として、他の者たちはバルザス提督の話しに二の句が告げなかった。

「い、今なんと言ったんです?」

と、ディポックが驚いて聞いた。

「ゼノン帝国は、これまでも、これからも他の種族を食料にするつもりだ、と言ったのです」

「ばかな、そんな話は聞いたことがない」

と、フェリスグレイブが言った。

「ジル星団では、暗黙の秘密でした」

「でも、昔のことだと思っていた」

と、タリアはつぶやくように言った。

「実はダルシア帝国も、昔はそうだった。ダルシア人が少数になったので、その必要が無くなって行ったというのが本当のところなんだ」

「嘘、コア大使は、そんなこと言ってなかった。初めて聞くわ、その話」

「それは、君が驚くからだ。それに、コア大使自身も、もうそんなことはしなくなっていたからね。ダルシアはいち早く、他の種族を食用にするのをやめられた。それというのも、人口が減って行ったからなんだ」

「ダルシアが滅んだのは、食料がなくなったから?」

「そうではない。彼らは、それまでしてきた自分達の所業に後悔したんだ。そして、今度は逆のことをしようとしていた」

「逆のこと?」

「ジル星団の他の種族を食用にするのではなく、彼らを助け、さまざまな文明を育てようとしていた」

「それって、贖罪のために?」

「そればかりではないようだが、私はダルシア人ではないので、これ以上のことはわからない。もし、知りたければ、『ダルシアン』に直接聞けばいい」

 タリアは、ため息をついて言った。

「そうやって、私を行かせようとしても無駄だわ」

「それは、残念だね。私は嘘をついてはいないよ」

 バルザス提督とタリアの話を聞きながら、ディポック司令官は銀河帝国に関わる話が出てきたことに驚いていた。要塞に来る情報は限られているが、銀河帝国はゼノン帝国との外交を重視していると聞いていた。

「あなたの話の真偽は置くとして、リドス連邦王国と銀河帝国はどうなのだろうか?」

と、ディポックはバルザスに聞いた。

「というと?」

「銀河帝国は、ゼノン帝国との関係を重視していると聞いている。リドス連邦王国とはどうなっているのだろうか?」

と、ディポックは慎重に聞いた。

「これまでは、特に重視してもいませんでしたし、軽んじてもいませんでした。他のジル星団の政府と同じ扱いでした。ただ、我々がリドス連邦王国にいると知ったなら、関係が悪くなると考えるべきでしょう」

と、バルザスは答えた。

 銀河帝国で大逆人とされているダールマン元帝国元帥がリドス連邦王国にいると知れたら、当然銀河帝国はその身柄を引き渡すように要求するだろう。そして、リドス連邦王国がそれを拒んだなら、かなりの反発が予想される。

 まだ若い銀河帝国皇帝は、そのときどんな反応をするだろうか、とディポックは考えた。もしかしたら、ジル星団へ、艦隊を派遣することまでするかもしれない。リドス連邦王国の外交が老獪にうまくやれれば、そこまでいかないかもしれないが。

「その、こんなことを聞いていいのかわからないが、あの大逆事件の真相というのは、どうなんだろうか?本当にダールマン元帥は皇帝暗殺を企んでいたのだろうか?」

と、ディポックはためらいがちに聞いた。

「それは、本来ならダールマン元帥に聴くべきことでしょう。ただ、私が元帥閣下の部下として言えることは、そのような疑いを受けるようなことは一切なかったということです」

と、バルザスは明確に言った。

「じゃ、あの事件というのは、誰かの陰謀だったのか?」

と、ダズ・アルグが言った。

「本当のことなど、我々にはわかりません。気が付いたら、大逆人というレッテルが張られ、征討艦隊が派遣されていたのです」

「あなた方の正当性を裏づけるような証拠はないのですか?」

と、グリンは聞いた。

「さあ、何もなかったという証拠を挙げろと言われても、私にはどうにもなりません……」

「すると、もう銀河帝国に戻る気はないということでしょうか?」

と、グリンがさらに聞いた。

「すでに我々はリドス連邦王国艦隊に属しています。それがまた、旗幟を変えろというのですか?」

「いや、こちらのタリアが言うには、あなた方が銀河帝国の大逆人であるということを、隠していないということを聞いたので、リドス連邦王国というのはどんなところなのか興味を持ったのです」

と、ディポックは言った。

「さしあたり、そういった話は後にしてもらえませんか?どうやら、次の問題が来たようです」

と、バルザスは言った。


 司令室から至急連絡があった。要塞の近くで艦隊規模のワープ・アウトがあったというのである。やがてその艦隊から通信が入った。

「こちらは、ゼノン帝国艦隊、ヘイダール要塞、応答されたし」

 ゼノン艦隊の数は約三千隻だった。ヘイダール要塞の近くにいるタレス連邦の艦隊をあわせれば八千隻になる。

 もっとも、その三千隻は、タレス連邦の五千隻とは訳が違った。ゼノン帝国の艦隊はダルシアやナンヴァルを除けば、ジル星団では最強の部類になる。数は少なくとも、決してあなどれない艦隊だということをタリア・トンブンとベルンハルト・バルザス提督は知っていた。



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