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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
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ダルシア帝国の継承者

11.

 ヘイダール要塞の司令室のスクリーンに映じたのは、三千隻の葉巻型のゼノン帝国の艦隊だった。

 思えば、ヘイダール要塞は過去に銀河帝国と新世紀共和国との戦いにおいて、何度も数万の艦隊に囲まれたものだ。それに比べればたいした数ではない。今回はジル星団のタレス連邦艦隊とゼノン帝国艦隊のおよそ八千隻の艦艇だった。これまでより数が少ないとは言え、これらの艦がどのくらいの戦闘能力を持っているかは不明だった。

「私は、要塞司令官のヤム・ディポックです。あなた方はこの要塞に何の用があるのですか?」

と、落ち着いてディポックは応答した。

「我々は、タレス連邦政府から正式に援助を要請された。そちらにタレス連邦の指名手配犯タリア・トンブンがいるはずだ。我々に引き渡してもらいたい」

と、ゼノン帝国艦隊から高圧的な返事が来た。

「おやおや、タレス連邦のカウベリア提督一行のことは、どうでもいいのかな?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

 タリアは、目を細めていた。ゼノン艦隊の中が一瞬見えたような気がしたのだ。彼女の持っている能力はTPだけのはずだったのに。

「タリア・トンブンは、現在はタレス連邦の者ではありません。ダルシア帝国の国籍を有しています。ですので、あなた方に、タリア・トンブンを渡すことはできません」

と、ディポックは言った。

「なるほど、そういう返事ならば、この要塞がどうなってもいいというのだな?」

と、ゼノン側が警告した。

「あなた方が、私の返事をどう解釈したのか分かりませんが、先程と同じ返事をしましょう。タリア・トンブンは渡せません」

 次の瞬間、ゼノン艦隊の主砲が一斉に要塞に向かって放たれた。

 要塞の周囲を取り巻いている流体金属が、俄かに沸騰しているような動きを見せた。

「何だ?何か変です、司令官」

と、フェリスグレイブ要塞防御指揮官が言った。

「ゼノン帝国艦隊の主砲の所為でしょうか?」

と、グリンが言った。

 こんなことは、これまでなかったことだった。少なくとも銀河帝国と新世紀共和国の戦いにおいて、ヘイダール要塞は無敵を誇っていたのだ。

 ゼノン帝国艦隊の主砲が当たった流体金属が沸騰したように動いて、あっと言う間にその下の地の金属表面が見えるようになった。それが攻撃されると、要塞の中まで被害が及ぶのだ。

 タリアの目には、主砲のエネルギーがまるで生物のように要塞の流体金属を食べているように見えていた。

「あれは、何なのかしら?」

 タリアの声を耳にしながら、バルザスはゼノン帝国艦隊の主砲が起こす変化をじっと観察しているようだった。

「タリア、君には見えるんだね。あのエネルギーが……」

と、バルザスは言った。

「何のことなの?」

と、タリアは不安に感じて言った。

 何かこれまでとは違う何かが、タリアには感じられた。こんなものが見えるとは、どういうことなのだろうか?わずかなTP能力しかなかったのに、まるで透視能力のようなものが突然自分の身に付いたような感じだった。

「あの艦隊に乗っている魔術師の力があのエネルギーに加算されている。あれは、本当は、純粋なエネルギー砲ではない」

「じゃあ、どうすればいいの?この要塞は大丈夫なの?」

「わからない。彼らにはこんなことは、初めてのはずだ」

 ゼノン帝国艦隊に乗艦している魔術師は、カウベリアに付いてきた魔術師より力は上のようだった。しかも宇宙空間での戦闘に慣れている。だから、力の使い方も無駄がない。

 待機している要塞駐留艦隊から、

「発進の許可をお願いします」

と、ダズ・アルグ提督が言って来た。いつの間にか、自分の旗艦に乗り込んでいたのだ。

「いや、だめだ。まだ敵の攻撃能力がよくわからない」

と、ディポック司令官が言った。

 これは銀河帝国や新世紀共和国との戦闘で使われた武器とは質が違うのだろうか、とディポックは思った。一瞬で流体金属の下があらわになった攻撃は、予想を上回っている。だが、だからと言って要塞が破壊されたわけではない。それにあの効果的な攻撃ができるのは、敵艦隊のすべての艦船ではない。謎の数隻の艦から繰り出される砲撃が、流体金属に致命的なダメージを加えているのだ。

「要塞の浮上砲塔をゼノン帝国艦隊のいる側に急いで集結させるんだ。それで応戦するんだ」

と、ディポックは命じた。

 要塞の砲塔が応戦を始めると、攻撃中の艦船は一時後退したように見えた。しかし、集中的に要塞を攻撃している艦のまわりに移動し、弾幕を張って要塞の攻撃から味方の艦の防御に回ったのだ。

 このままあの艦に要塞を攻撃し続けさせては、要塞が危険になると判断して、バルザスは、司令官を横目で見ると、

「あのエネルギー流をよく見てくれ、タリア」

と言った。

 バルザスの言葉にタリアは、じっとスクリーンに映ったモノを見た。

「あのエネルギーの中には何がいる?」

 少し考えるように間を置いて、

「ええと、あれは、見たことのない生物だわ。もしかして、あれはドラゴンというものかしら。伝説の……」

と、タリアは言った。

 能力が増えたように見えても、一時的なものかもしれない、とタリアは思った。今はともかく生き延びることを考えなければならない。

「ドラゴン?口から火を吐いている?」

「というより、この要塞を取り巻いている液体のようなものを、飲み込んでいるわ」

「どんな色をしている?」

「黒っぽい色。エネルギーが白いから分かる。エネルギーの中にいて、エネルギーが当った部分の液体のようなものを飲み込んでいる。だから、地の金属が見えるようになったのよ」

 黒いドラゴン、それは伝説の鉄竜のことだろう、とバルザスは思った。鉄を食べる竜。金属なら何でも食べると言われている、神話伝説上の竜のことだ。魔術師や魔法使いがあるイメージを固定化し、実体化するという魔術の一つでもある。おそらく、ゼノン帝国艦隊にいる魔術師が呼び寄せたのだ。つまり、召喚魔術の一種を使っているのだ。

 この魔術に対抗する方法はひとつである。あのドラゴンが来たところへ追い返すことができれば、この攻撃はできなくなる。元々の想像としてのドラゴンに、実体のない想像物に返すのだ。

 バルザスは身体をリラックスさせると、黒いドラゴン一点に思念を集中した。そして、彼の知っている魔法の呪文の中でも、今は亡き種族に属する古代の呪文を小さな声で唱えた。

《サナアバエ、ルウ、アデルーサ……》

 ゼノンの艦のエネルギー砲が急に力を弱めた。そして、細くなり、最後には消えてしまった。

 タリアは、スクリーンでその様子を見る事が出来た。黒いドラゴンがエネルギーの中から消えると、エネルギーそのものも弱くなり、消えてしまったのだ。

「どうしたのでしょう?」

と、グリンが言った。

「今だ!こちらから攻撃するのは」

と、バルザスが間髪を入れずに言った。

 ディポック司令官は、そのアドバイスに素直に従った。

「要塞主砲用意!ゼノン帝国艦隊すれすれに撃て。警告射撃にするから、エネルギーは充填しなくていい。ともかく撃て!」

 要塞から主砲が放たれた。ゼノン帝国艦隊すれすれの位置だ。だが、わずかだが、その主砲の犠牲になった艦もあった。

「ゼノン帝国艦隊に告ぐ。これ以上攻撃するならば、容赦はしない」

と、ディポックは警告した。

 だが、すぐに返事は来なかった。しばらくして、

「私は、ゼノン帝国艦隊司令官ヴァン・ガル・ダル。攻撃は、待って欲しい。我々は、タレス連邦の指名手配犯タリア・トンブンを引き渡すことを要請しているのだ」

と、言って来た。気のせいか、先程よりも口調が丁寧になっている。

「タリア・トンブンは渡せません。彼女はダルシア帝国の者です」

と、ディポックは言った。

「そ、それならば、話をさせてくれ、聞きたいことがあるのだ」

「何を聞きたいのです?この要塞では、何の罪も無いのに、無理矢理話をさせるようなことは許可できません」

「大事なことなのだ。これは、ジル星団にとって、とても重要なことなのだ」

「重要なこととは何です?この要塞を力ずくで攻撃してまでしたいというのは、どんなことだというのです?」

「わかった。攻撃したのは、こちらの落ち度だ。もともと、要塞を攻撃する意図はなかったのだ。ただ、そちらがタリア・トンブンを渡さないというので、仕方なく力に訴えたのだ」

 ゼノン帝国の者たちの話というのは、大抵こんなものだった。つまり、力ずくで駄目な場合は、こうして急に下手に出て、事を運ぼうとする。だが、話をしている間にも、相手の魔術師は策を練り、魔術を仕掛けてくるつもりなのだ。

 バルザス提督は、ゼノンの魔術師の掛けた探知の魔法を利用して、相手の魔法を探知しようとしていた。

「今度は何をするつもりかしら?」

と、タリアは言った。ゼノン帝国のやり方はわかっている。この話し合いは、単なる時間稼ぎにすぎないということだ。

「何か知っているのか?」

と、ウル・フェリスグレイブ要塞防御指揮官が、タリアに聞いてきた。

「いえ、私は何も知りません。ただ、ゼノン帝国艦隊の魔術師は、カウベリアが連れてきた魔術師よりも強力だというのは、わかります」

「魔術師?」

と、グリンが言った。

 ディポックにもその声が聞こえた。思わず耳をそばだてる。

 横目でバルザスを見て、

「先程の攻撃は艦隊の主砲のようでしたけど、それだけではありませんでした。あれには、魔術師の魔法が加算されていたようですから」

と、タリアは言った。

 バルザスは、タリアの言葉を肯定も否定もしなかった。今ここで魔法の存在を訴えても信用しないことはわかっていた。あまりそれを強調すると、余計な疑念が湧く恐れがあった。

「ほう、魔法か。それで、あれほどの威力があったのか」

 フェリスグレイブの馬鹿にしているような言い方は、疳に障った。この要塞では本気で魔法を信じる者はまだいないのだ。TP等の能力者からして、ロル星団ではほとんどいないらしいから、腹を立てても仕方がないとタリアは思った。

 それにしても、ゼノンの魔術師の魔法を二度も返した、バルザスの力はタリアにとっても驚きだった。あれは、リドス連邦王国の魔法なのだろうか?彼はタリアも知っているようにロル星団の銀河帝国からの亡命者だった。ジル星団に来てほんの数年にしかならないはずだった。ロル星団では魔法使いはいないという。それなのに、どうしてバルザスはそんな強力な魔法を使えるのだろうか?


「わかりました。話し合いには応じましょう」

と、ディポック司令官は言った。

 ゼノン帝国艦隊司令官ヴァン・ガル・ダルが、側近を一人連れて要塞に来ることにディポックは同意したのだ。そして、彼らはシャトルでやってくることになった。

「側近ですか?」

と、バルザスは言った。

「魔術師を連れてくるとでもいいたげですな」

と、フェリスグレイブは言った。

「さあ、それはなんとも……」

「ですが、司令官。タレスの連中はどうしますか?」

と、グリンが聞いた。

「彼らは今のままで待っていてもらおう。ともかく、ゼノン帝国の人たちと話してみるつもりだから」


12.

 ディポック司令官は、ゼノン帝国艦隊の代表が来るまで、ひとり執務室に戻ることにした。事件が早く進みすぎて、考える暇が無いのだ。これまでのことを頭の中で整理する時間が欲しかった。

 執務室に戻ると、椅子の背もたれにだらしなくもたれ掛って、ディポックは目を閉じて考えることにした。

 しばらくすると、お茶を持ってキルフ・マクガリアン中尉が入って来た。

 ディポックは片目を開けて、

「お茶かい?そこに置いておいてくれ。いや、キルフちょっと待って……」

と、言った。

 お茶を置くと、キルフは座りなおす、ディポックを見ていた。

「お疲れではないんですか?」

「まあね。突然いろいろ、やってきたもんだから。ただ、気になることが少しある」

「何です?」

「魔法というものは、本当にあるのだろうか?」

 キルフはまじまじと、ディポックを見つめた。

「正気ですか?」

 キルフは、ほんの数時間で起きたこの騒動については、司令室にいなかったこともあり、あまり詳しくなかった。

 彼は要塞の仕官のなかでは一番若く、普段ディポック司令官の身の回りの世話をしたり、要塞の戦闘機の訓練に臨んだりしていた。もちろん、司令部に顔を出すこともある。そういう時は大抵、司令官のお茶を持っていく時だ。今日も、戦闘機の訓練に忙しかったので、司令部での騒動は又聞きしただけだった。

「子供の頃は、魔法があったら便利だと思っていましたよ。でも、もう僕の年頃では魔法を信じる人はいないんじゃないですか?」

と、キルフは極めて常識的なことを言った。

「そうだよね。でも、あると信じているようなんだ、ジル星団の人たちは」

「ジル星団で、ですか?」

「今、要塞にも魔術師が来ているそうだ。あのタレス連邦艦隊提督の一行の中にいるらしい」

「魔術師ですか?」

と、キルフは疑わしそうに言った。

「それだけじゃない。元帝国軍中将だった、バルザス提督が魔法を使えるそうなんだ」

「本人が、そう言っているんですか?」

「言っているというよりは、当然のことのように使っているらしい」

 確かに、バルザス提督自身は魔法を使えるとは、言っていない。タリア・トンブンが、彼が魔法を使っていると言っているのだ。

「らしい?それって、閣下にはよくわからないということですか?」

「私にはわからないよ。何しろ、新世紀共和国では魔法なんて、御伽噺の世界にしかなかったんだから」

「その場にいなかったので、僕にはわかりませんが、どんなことに魔法を使ったというのですか?」

 タリアが言うには、タレス連邦艦隊提督一行のいる会議室の中を透視したり、ゼノン帝国艦隊の攻撃を退けたりしたらしいのだ。それは、要塞のほかの誰かが、立証したようなことがらではなかった。それに、本人もそのことについては何も言わないのだ。

「本人に直接聞いたらどうですか?」

と、キルフは言った。

「バルザス提督に、あなたは魔法使いですか、と聞くのかい?」

「何か、聞きにくいような事情でもあるんですか?」

 ヤム・ディポックとしては理性的な大人として、人前で相手に「魔法使いですか?」と聞く事は、躊躇するようなことなのだ。はっきり言って、馬鹿ではないかと思われないだろうか。

「でも、ジル星団では魔法使いの存在は信じられているのでしょう?だったら、構わないのではないですか?」

 キルフは自分が聞く訳ではないので、あまり責任を感じずに答えた。それに、もし相手が元新世紀共和国の者であったなら、司令官のディポックの頭がおかしいと思われる恐れがあるから、止めたほうがいいと言ったかもしれない。相手が銀河帝国からのいわく付きの亡命者でもあるので、その程度のことは大丈夫だと思ったのだ。たぶん、笑い飛ばすくらいで済むだろうと軽く考えていた。

 この宇宙文明の時代に魔法使いなんて、いるはずがないではないか。


 ゼノン帝国艦隊から、シャトルはまだ来ていなかった。

 会議室に要塞幹部の者たちと、タリア・トンブン、バルザス提督やドルフ中佐が再び集まっていた。

 要塞司令官のディポックの傍に、キルフ・マクガリアン中尉が立っていた。今回は時間があるので、会議室に特別に入れてもらったのだ。

 バルザス提督は、会議室に集まった者たちを見回すと、一瞬キルフのところで目を留めた。だが、すぐに視線を動かして他の者を見た。ゼノン帝国艦隊が来た今、これ以上この要塞にいると、タリアをダルシア帝国まで連れて行くことが難しくなってくる、とバルザスは考えていた。

 外のタレス連邦の艦隊とゼノン帝国の艦隊は、銀河帝国の艦隊とは違うのだ。それにこのままでは、外の艦隊はもっと増える可能性がある。

 コア大使の死は、ジル星団の惑星連盟を崩壊させる危機を孕んでいた。ジル星団で平和の圧力となっていたダルシア帝国最後の一人の死は、その平和そのものを瓦解させかねなかった。善くも悪くも、ダルシア帝国はジル星団では恐れられていたのだ。その恐れがなくなった今、何を恐れる必要があろうか。

 その上、ダルシア帝国そのものを手に入れることも可能になったのだ。草原の肉食獣のごとく、惑星連盟諸国は、ダルシア帝国に殺到するだろう。そうなったとき、あの『ダルシアン』がどんな反応を示すか、バルザスには容易に想像がついた。

 コア大使が無くなった今も、ダルシア帝国艦隊は健在である。その指揮権は『ダルシアン』が持ち、現在でもジル星団中最強を誇るほどの艦隊だった。欲に任せて不用意にダルシア帝国に近づけば、たちまちダルシア艦隊の餌食になることは、冷静に考えることができればわかるのだ。その冷静さが、欲によって惑わされなければの話だが、とバルザス提督は思った。

「司令官、ゼノン帝国艦隊の代表はまだ来ておりません」

と、副官のリーリアン・ブレイス少佐が言った。

「随分時間がかかるようだね」

と、ディポック司令官が言った。

「時間を掛けすぎです。何か企んでいるのではありませんか?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

「あなたは、どう思いますか?バルザス提督」

と、ディポックは聞いた。

「司令官。彼らはこの要塞が、かつての戦争でほとんど無敵を誇っていたことを知っています。ゼノン帝国艦隊からの先程の攻撃も、ほんの試し程度のことだったと思います。ですから、彼らの目的は時間を稼ぐことではないでしょうか?」

と、バルザスは言った。

「時間を稼いで、何をしようというのです?」

と、グリンは言った。

「仲間が増えることを、待っているのだと思います。今現在、外の艦艇数は、八千隻です。この要塞はかつて数万の艦艇に囲まれて防戦したことがあると思います。ですから、彼らはそれ以上の艦艇でこの要塞を包囲するつもりなのではないでしょうか?」

と、バルザスは言った。

「今来ているのは、タレス連邦、そしてゼノン帝国だが、他に何処が来ると思いますか?」

と、ディポックは聞いた。

「来てみないとわかりませんが、あともう数カ国以上の艦隊を呼びませんと、この要塞と互角に対峙はできないと考えていると思われます」

 ジル星団の政府で、一国で数万もの艦艇を所有する国は数えるほどだった。まず、ダルシア帝国、そしてゼノン帝国、それからナンヴァル連邦、リドス連邦王国くらいのものだ。だがバルザスの知るところによれば、ゼノン帝国とタレス連邦だけであっても、他の多くの小国の艦隊も含めれば、かなりの数は確保できるはずだ。

 バルザス提督は、自分が連れてきたリドス連邦王国の艦隊については、まだ黙っていた。あれはイザという時の切り札に使うつもりだからだ。


13.

 ヘイダール要塞から少し離れた宇宙空間に、新たなワープ・アウトの衝撃があった。

「また、どこかの艦隊がワープ・アウトした模様です」

と、司令室から連絡が来た。

「どこの艦隊か?」

と、ディポックは聞いた。

「ええと、な、ナンヴァルですか?ナンヴァル連邦と言っています」

 とうとう来たか、とバルザスは思った。

 タリアは驚いた様子で、バルザスを見ていた。

「そんな、ナンヴァル連邦がどうして……」

と言うと、下を向いてしまった。

「し、司令官。その、ワープ・アウトが次々に起きています。どうしましょうか?」

と、司令室から悲鳴のような連絡が来た。司令室の大スクリーンには、様々な形の見たことのない艦が続々と現れてくるのが見えるのだ。

 ディポックは、どうしたものかとバルザスを見た。

「恐れていたことが、起きたようです」

と、バルザスは言った。

 タレス連邦にゼノン帝国、そしてナンヴァル連邦の艦隊がヘイダール要塞の近くに遊弋していた。そして、その背後に続々と、様々な形の艦隊がワープ・アウトしてきているのだ。

「そ、その通信があまりに多く混乱していて、どこから来たものやら、よくわかりません」

と、あまりの通信の数の多さに驚いていた。

「それで、要塞にワープ・アウトしてきた艦艇の数はどのくらいだ?」

と、ディポックは聞いた。

「ちょっと、お待ちください。……」

 ひとりタリアは、ショックを隠せなかった。

 ナンヴァル連邦と言えば、ジル星団でもかなり理知的な種族として有名だった。ゼノンとは違い、正義を重んじる種族だった。その艦隊もダルシア帝国の艦隊に次ぐ強さを誇っていると、タリアは他の種族から聞いたことがある。

「司令官。艦艇の数は、およそ十万隻です」

と、司令室から言って来た。

 ヒューッと口笛を吹いたのは、ダズ・アルグ提督だった。

 ヘイダール要塞は、銀河帝国との戦争時には最大十万隻の艦艇に囲まれたことがある。いや、この要塞が銀河帝国の所有だった時には、新世紀共和国の艦隊がもっと多く押し寄せた時があったかもしれない。だが、銀河帝国との戦争の時には、本国から援軍を期待できた。今の要塞には援軍を送ってくれるような味方はいないのだ。

「司令官、ナンヴァル連邦艦隊司令官より通信です。要塞司令官と話したいそうです」

「わかった。そちらへ行く」

と、ディポックは言った。


14.

 ジル星団の宇宙都市ハガロンは、ちょうどジル星団の中ほどに位置していた。建設されたのは、今から五百年の昔だった。ジル星団の惑星連盟はこの都市に置かれている。


 ナンヴァル連邦の大使マグ・デレン・シャは、宇宙都市ハガロンのダルシア帝国のコア大使の部屋を訪れていた。

 いつもは、宇宙服を着たままのダルシア帝国の大使だったが、今日は違っていた。宇宙服を着用していないのである。

 もともとダルシア帝国の母星である恒星アーローンの第五惑星は硫化水素が主な大気成分だったので、ダルシアのコア大使は酸素を主成分とする宇宙都市ハガロンでは宇宙服を着用していた。

 それが、あろうことか大使は今、宇宙服を着用せずに、ただ、その身を寝台に横たえていた。しかもその姿はマグ・デレン・シャの母星に伝わるダルシア人の形態とは似ても似つかぬものだった。

 これはいったいどうしたことか、とマグ・デレン・シャは驚いた。

 ナンヴァル連邦の首都星マクヴァーンに古くから伝わるダルシア人の形態は、二本の腕と二本の足、足や手の指は三本で非常に鋭い爪を持っていた。顔の部分は顎が長く、歯は牙のように尖っていて、目は大きい。顔の中央にある鼻はあまり高くなく、目立たなかった。そして、身の丈3レーデルはあり、なによりも特徴として背に翼を持ち、太い尻尾があった。それは古くからの伝説にある竜、ドラゴンの姿に似ていた。

 しかし、目の前にいるダルシア人であるはずのコア大使は人類型の種族の形態であった。

 もちろん、日頃からダルシア人としては背が低いので、大使が気にしていたことは知っていた。だが、これほどまでに伝説とは違う形態であろうとは、考えたこともなかった。コアが決して宇宙服を脱がなかったのは、この所為だったのだと、マグ・デレン・シャは思った。

「おどろかせて、すまない。マグ・デレン。だが、私は本来のダルシア人の形質を遺伝していないのだ」

と、コア大使は言った。

「いえ、本物のダルシア人を見るのは、初めてです。確かに言い伝えとはかなり違いますが、だからと言って、あなたがニセモノとは思っておりません」

と、マグ・デレン・シャは言った。

 ナンヴァル連邦でも、生物学において遺伝子を扱う部門があり、さまざまな種族の遺伝子を解析している。従ってコア大使の肉体が伝説とは異なっていることを知っても、長い間に肉体遺伝子が変化したのか、それとも途中において他の形質を受け入れたのかという問題があるにしても、祖先の形態から変化していることでもって、ダルシア人でないとは言えないとマグ・デレン・シャはわかっていた。

 ナンヴァル人は酸素呼吸系の種族でありその姿かたちは人類型に近いが、うろこ状の緑色の皮膚を持つ事から、かつてはダルシア人のような非人類型種族であったと考えられている。中にはダルシア人から分かれたと考える者たちも多くいた。そのような神話伝説が伝えられてもいる。

 実際科学の発達によって、ナンヴァル人の遺伝子にダルシア人のもつ特徴的な遺伝子があるということが発見されると、高度な文明を持つダルシア人の系統だということが喜びを持って受けいれられたのだった。人類型種族と見えるナンヴァル人は、もともと非人類型種族であるダルシア人から分かれた種族であると現在では本国で信じられている。

「すでに純粋のダルシア人の遺伝を伝える肉体は三千年前に滅びている。私は、姿かたちは本来のダルシア人とは違うが、中身、つまり魂は純粋のダルシア人なのだ」

と、コア大使は言った。

 ジル星団の各文明においては、本来種族はその肉体の形態だけではなく、魂においても一つの種族としてのまとまりを持っているものと考えられている。ダルシア人の肉体にはダルシア人の魂が宿り、ナンヴァル人にはナンヴァル人の魂が宿るのが普通である。もちろん、例外はあるが、他の種族もしかりである。

 マグ・デレン・シャは、

「ですが、どうしてこのようなことに?」

と、聞いた。噂に聞いていたナンヴァル連邦にも伝えられていないダルシアの秘密とは、このことだったのかと心の中で思っていた。

「残念ながら今その話をする時間はない。いずれこのことについては、ガンダルフの魔法使いに会う機会があったら聞くといいだろう。彼らはその理由を知っている」

 ガンダルフの魔法使い、マグ・デレン・シャにとっては懐かしい響きのある名だった。ナンヴァル人の寿命はダルシア人ほどではないが、五百年ほどはある。マグ・デレン・シャは二百年ほど前に、恒星トゥーローンの第三惑星ガンダルフの魔法使いに遭ったことがある。だが、ガンダルフ人の寿命は長くておよそ百年ほどなので、その魔法使いはすでに亡くなっているだろう。それに他の国々と同様にガンダルフ自体の魔法が衰退していると聞いている。

 今、あのガンダルフに魔法使いがいるだろうか?リドス連邦王国がガンダルフに移住してきてから、魔法はどうなったのだろうか?それよりも、なぜガンダルフの魔法使いが、ダルシア人のことを知っているのだろうか?

 ナンヴァルに伝わる伝承では、ガンダルフの魔法使いは寿命そのものはダルシア人やナンヴァル人よりも短いが、強力な魔法使いの一部に限り、特別な契約でもって、ガンダルフの創成からの記憶を保っていると言われている。それが事実がどうかわからないが、あのマグ・デレン・シャの知っている魔法使いは、かなり古い時代の記憶があったことを覚えている。

 この魔法使いというのが、宇宙航行の盛んなジル星団では特殊能力者、いやそれ以上の力を持つものとして存在していた。その基本は特殊能力の一つである念力を使いこなすことにあると、マグ・デレン・シャの知り合いの魔法使いは話していた。呪文で念力を様々に変化させるのである。

「それで、私をここへ呼ばれた理由というのは、このことを私に話すためなのでしょうか?」

と、マグ・デレン・シャは気を取り直して聞いた。

「いいや、それは違う。マグ・デレン・シャ、私はもうこの世での生を終えるつもりだ。そのことを伝えたかった」

 マグ・デレン・シャは我が耳を疑った。

「それは、つまり、死ぬということでしょうか?」

「簡単に言えばそういうことになる。だが、死とは、この三次元の存在をやめ、他の次元の存在に移行するということだ」

と、コア大使はまるで近所に出かけるような口調で言った。

 ダルシア帝国のダルシア人においては、死というものは、この三次元から四次元以降の世界へ移行することなのだ。とは言っても死は死である。簡単に口にできるものではない。

 何しろ、四次元以降の世界に一旦移行してしまうと、下位にある三次元の世界と交渉することはかなり難しくなるのだ。次元がひとつ違うだけで、見る事も聴くことも触れることもできなくなるのが普通だった。特に上位の次元から下位の次元は見えても、特殊な能力の持ち主を別にして逆はそうではない。だから、死というものを永遠の別れと表現したりするのだ。下位の次元にいる存在は、上位の次元の存在は、存在しないのと同じなのだ。

 だが、その存在そのものは決して消滅するわけではない。物理の法則であるエネルギー不滅の法則は、霊や魂の世界でも通用しているのだ。そのことをダルシア人は知っていた。もちろんジル星団の古い種族は、ダルシア人程ではないが、ある程度それを理解していた。ただ惑星連盟の多くの国々、ゼノン帝国や新しく宇宙航行技術を修得したタレス連邦のような国では、まだそのようなことは明らかにはされていない。

 従ってこの三次元宇宙においてコアが亡くなったら、ジル星団の最古の文明の一つでもあるダルシア帝国のダルシア人という種族が、誰もいないことになる。それは肉体を持ったダルシア人がいなくなるということに過ぎないともいえるが、そう簡単なことではなかった。

 それはこのジル星団のダルシア帝国が滅びることを意味し、ジル星団に計り知れない損失をもたらすことになる。それをマグ・デレン・シャは心配しているのだ。そのことにコア大使が気づいていないはずはない。

「では、ダルシア帝国は滅びるということでしょうか?コア大使のほかにダルシア人はいないということでしたが……」

と、マグ・デレン・シャは言った。

「ダルシア帝国はもう滅びるだろう。古いダルシアの時代は終ったということだ。だが、それは私が死ぬからではない。もちろん、肉体を持たないダルシア人はまだ残っている。しかし、彼らもやがてダルシアに見切りをつけて他の文明に生まれることになるだろう。

 すでに多くのダルシア人は他の星に生まれている。現に私の目の前に居るマグ・デレン、君もかつてはダルシア人だった。それがナンヴァル人として存在している。死とは消滅することではないのだ」

 死して後、再び生まれ変わる。そうした考え方はジル星団では当然と考える文明が多い。だが、それが種族を超えてまで行われるという、その真実をその過程を明確に答えることができる文明はまだダルシア文明しかないだろう、とマグ・デレン・シャは考えていた。ナンヴァル連邦ですら、まだ曖昧なところがある。解明しきっていないのだ。

「確かに、わがナンヴァルでもそう言われています。死とは、魂が体から離れて、別の次元の存在になることだと。実際にこの世を去った指導者たちの姿を見ることができるものもいます。僅かですが……。他の種族に生まれようとするものもいるということを聞いたこともあります。しかし、今この時期にコア大使がいなくなることは、惑星連盟にとって、非常に不幸なことになるのではないでしょうか?」

 マグ・デレン・シャの憂いは、このジル星団の惑星連盟のことにある。惑星連盟の下にあるジル星団は、ナンヴァル連邦とダルシア帝国の両国の武力で秩序が保たれているようなものなのだ。

「いや、惑星連盟の、そしてジル星団の将来に備えてことをなすのは今しかない。タレス連邦で、とうとう特殊能力者収容法という大統領令が出された。タリア・トンブンが今、タレス連邦の能力者を助けようと必死で動いている。この時に私が動かなければならないのだ」

 タリア・トンブンはタレス連邦出身の能力者であるが、タレス連邦から宇宙都市ハガロンに亡命して、ダルシア帝国に移籍したのだ。それから現在までコア大使の秘書のようなことをしていた。しかし、その実体は、タレス連邦での能力者を他の惑星政府に逃亡させる仕事をしていた。

 他所の惑星政府のこととは言え、タレス連邦については、惑星連盟の各国政府でも噂になっていた。これまで、タレス連邦の特殊能力者は少数ではあるが、毎年他の惑星政府に亡命を続けていた。本国では差別や迫害を受けるという理由だった。その数は年々増えていたのだが、大統領令が出たということは、ついに公に差別が始まったということになる。

「何と、タレス連邦ではそこまで事態が進んでしまったのですか?」

と、マグ・デレン・シャは驚いて言った。

「そうだ。私はタリア・トンブンを助けなければならない。それはこのハガロンにいてはできないのだ」

「しかし、タレス連邦の能力者の件は、惑星連盟が干渉することではありますまい」

 ふたご銀河のジル星団の国々が加盟する惑星連盟は、個々の政府の内政に干渉することを厳に戒めていた。ダルシア帝国もナンヴァル連邦もそれを守ってきた立場なのである。だからこそ、コア大使もタレス連邦の能力者たちが他の惑星政府に亡命することを極秘裏に援助してきたのだ。

「いや、それは違う。今となっては、内政干渉だからと何もせずに済ませることができなくなってしまった。彼ら、タレス連邦の能力者はわれらダルシアとは縁の深い者たちなのだ。このまま何もせずにいるわけにはいかない。ダルシア帝国としてなら、何もできないが、ただし私がダルシア人でなくなったら……」

と、コア大使は言った。

「と仰いますと?」

「この問題はタレス連邦だけの問題ではない。他の政府も関係がある。ダルシア帝国とも深いつながりのある問題なのだ。だから、私は行かねばならない。あとのことは君に任せたい……」

 コア大使の言葉にマグ・デレン・シャは、突然のことに理解できず、ただ戸惑うのだった。いったい何が起きようとしているのだろうか?

 ふたご銀河のジル星団にある宇宙都市ハガロンは、惑星連盟の本拠地として宇宙空間に建設された都市だった。この五百年の間、ジル星団の平和と秩序を守ってきたのが惑星連盟である。

 惑星連盟の盟主の座は創設時から、ジル星団にあるダルシア帝国とナンヴァル連邦が担っていた。どちらも高度な文明を誇っており、あの暴虐なゼノン帝国を抑える武力を持っているのはジル星団では他には無いというのが他の国々の一致した見解だった。

 だが、今、ダルシア帝国のコア大使は衰弱した身体を寝台に横たえているように見えた。

 ダルシア人の寿命は個人によって少し違いがあるが、少なくとも三千年は優に超えていた。コアはもう二千歳を超えた年で、まだ寿命とは言えないが、実はダルシアに特有の差し迫った状況があった。

 ダルシア帝国は滅びようとしていたのだ。ダルシア帝国が滅びるのは戦に破れるからではない。単にダルシア人がいなくなるからなのだ。コア大使は肉体を持ったあるいはダルシア人の遺伝子を持った最後のダルシア人だった。コア大使の他にはダルシア人と呼ばれるものはもういなかった。

 このことは他に漏れないように固く守られてきた秘密だった。惑星連盟の一方の盟主であるナンヴァル連邦にも知らされてはいなかった。ただマグ・デレン・シャだけには、コア大使は個人的に打ち明けていた。

 マグ・デレン・シャは、ダルシア帝国の最後の一人が亡くなった時に、何が起きるか、それを憂えているのだ。他の惑星連盟の諸国、特にゼノン帝国はダルシア帝国の知識や技術を得るために艦隊をダルシアに派遣するだろう。

 なぜなら、ゼノン帝国はナンヴァル連邦と同じく、そのはるかな昔、ダルシア帝国から別れた人々が作った国だと信じているからだ。その日頃の振る舞いや考え方からして、もしダルシア帝国が滅びたならば、その残された知識や技術を自分たちが受け継ぐのが当然だと考える者たちだった。

 彼らは非常に好戦的な支配意欲の強い種族で、ダルシア本国に艦隊を派遣するだけではなく、公式にダルシア帝国の継承権を要求する可能性もある。

 だが、それを言うなら、同じくダルシア人を祖とする他の惑星政府も同じことをするかもしれない。その中にナンヴァル連邦も入っている。

 ジル星団の五大古代文明といわれている中に、ダルシア人から別れたという伝説のある国がある。ナンヴァル連邦の他には、ザガ連盟やホルンバルド連合政府があった。不思議なことに、彼らは祖先と言われているダルシア人の姿かたちをあまり伝えていなかった。その形態の一部に僅かに名残はあっても、ほとんど人類種としての形態を取っていた。

 しかし、これらの国々はかつての母国の継承権を要求するなどという厚顔なことはしないだろう、とマグ・デレン・シャは思っていた。本国から別れて新しい国を建てたということを誇りとしているからである。

 ただ、ゼノン帝国はそうした考え方をしないことは誰の目にも明らかだった。彼らは貪欲で、恥を知らない。そして何としても惑星連盟を自分たちが支配したいと思っているのだ。

 もちろん、コア大使がいなくてもダルシア帝国は簡単に他所の国の手に落ちることはないだろう。

 ダルシア帝国本国は、コア大使が不在でも自動的に防御システムが作動するように構築してある。ダルシア帝国の艦隊はジル星団でも最強と言われている。それはダルシア人が存在しようとしまいと変わらないことだった。

 だが、もし、万が一ゼノン帝国の艦隊か、その同盟艦隊がダルシア帝国の艦隊を破って、ダルシア帝国の知識と技術を手にしたとき、惑星連盟はどうなるだろうか、とマグ・デレン・シャは考えざるをえなかった。

 かつて惑星連盟を創設したときには、ダルシア帝国の艦隊はジル星団一を誇っていた。あれから五百年経ったのだ。ゼノン帝国がその間何もしないわけがない。ダルシア帝国打倒のために、日夜研鑽を重ねていることは他の惑星連盟の諸国も知っていることだ。

 それでも、たった五百年でダルシア帝国を超える科学技術を持つことは果たして可能だろうか。

 それはダルシア帝国にもいえることだ。ダルシア帝国にしっかりとした人物がいれば何の問題も起きないはずだった。けれども、今ダルシア帝国の最後の一人がいなくなろうとしている。

 コア大使が亡くなってしまったら、ダルシア帝国だけではなく、惑星連盟そのものがやがて崩壊することになり、かつてのようなゼノン帝国の跳梁を許すようになるだろう。それはジル星団の何百億という人々がゼノン帝国による暴虐だけではなく、他の星団や銀河からの侵攻という事態に苦しまねばならなくなるのだ。

 これまでの平和な時代から、そうした戦乱の時代に移行せざるを得なくなるだろう。

 それに対処するために、コア大使は以前から動いていた。そのことに気が付いている人々はまだ少なく、ダルシア以外では、ナンヴァル連邦等の古い文明の一握りの人々や、他銀河から移住してきた新しい勢力であるリドス連邦王国の人々がいるだけだった。ゼノン帝国の連中ですらまだそれを知らない。

 ゼノン帝国の者たちは、自分達の勢力を拡大することしか考えてはいなかった。新しい敵が出現することさえ、気が付いていない段階にある。

 コアがまだこの世という次元に留まっていれば、やがて自身の限界が来ることを知っていた。年を取れば動きも鈍くなり、視野も狭くなる。本当はもっと自由に動ける存在でいた方が、コアにとってもダルシアとっても、惑星連盟にとっても有益なのだ。

 死とはコアにとって、それはまるで蛹が成虫になるようなものだった。コアはこの三次元の存在である肉体を脱ぎ捨て、高次元の存在となることを選んだのだ。

「だから、今必要なことだけを話す。心して私の話を聴いてくれ……」

と、コアは自分が亡くなった後、何をすればいいかを話始めた。

 それはマグ・デレン・シャにとっても、考えたこともないことだった。

「マグ・デレン・シャ、後のことは君に頼むしかない。今話したことを頼む……」

と、コア大使は最後の言葉を残して、この世の殻を脱ぎ捨てた。


15.

 コア大使は宇宙服を着せられて寝台に横たわっていた。その姿は先程とは違って、かなり大きく見えた。宇宙服自体が本来のダルシア人のサイズなので大きいのである。

 コアの横たわる寝台の傍には、惑星連盟のもう一方の盟主であるナンヴァル連邦の大使がいた。他に、ハイレン連邦、デルフォ共和国、ホルンドバルド連合政府、ザガ連盟等、古い国々の大使、そしてリドス連邦王国の大使が集まっていた。

 これからダルシア帝国のコア大使の葬儀を執り行う打ち合わせを始めるという口実で、彼らは集まっていた。コアを失ったという悲しみに打ちひしがれている暇は無いのだった。

 この宇宙都市ハガロンも、これから無事でいることはないだろう。ダルシア帝国のコア大使の訃報が、ジル星団を駆け回った後には……。だからこそ、急がなければならなかった。

「では、コア大使はダルシア帝国の継承者を指定しておられたのですね」

と、ホルンバルド連合政府の大使ヨルング・ルが言った。

「そうです」

と、マグ・デレン・シャは言った。

 ホルンバルド連合政府はナンヴァル連邦と並ぶ古い文明を誇っている。中でも特殊能力者の多い文明で、TPや念力等を使いこなす者が多かった。その中にはいわゆる魔法使いという部類に入る者たちもいた。

 ジル星団で最も古くから魔法使いと称する者達がいたのは、惑星ガンダルフであった。ただガンダルフの文明はダルシアとは一切関係なく発達してきたと言われている。ガンダルフでの魔法の最盛期というのは今よりかなり古い時代であり、その時代には魔法で宇宙航行も可能だったと言われている。それは現在使われている魔法とは異質なものであったと考えられている。

 ダルシア帝国で発達したのは、機械文明といわゆる超能力という分野だった。魔法使いはガンダルフに始まると言われている。ダルシア文明にとって魔法とは、超能力の一種である念力を多様に使い分けるという方法でしかなかった。

 ダルシア帝国には魔法使いと称するものはいなかったが、ダルシアから分かれた古い文明の国では魔法使いがいた。ナンヴァル連邦も数は少なくなったが、魔法使いはいた。

 魔法使いの系譜はガンダルフの『大賢者レギオン』に始まるというのが、ジル星団の魔法使いたちの言い伝えである。『大賢者レギオン』は魔法の呪文を綴り、魔法の体系を作った偉大な魔法使いだった。彼は、最初ガンダルフに生まれて魔法体系を作り、その後、様々な古い文明を持つ惑星に生まれてその地で魔法の呪文を綴ったのだ。だから、それぞれの古い文明の国々には、『大賢者レギオン』の伝説も残っている。

「しかし、先程ダルシア人はコア大使で最後だと仰られたのでは?」

と、ホルンバルド連合政府の代表が言った。

「ダルシア人は確かにコア大使が最後でした。ですが、ダルシア国籍を持つ者があと一人います。大使はその者にダルシア帝国を継承することを決められたのです」

と、マグ・デレン・シャが言った。

「ですが、あの者は本来ダルシア人ですらありません」

と、ハイレン連邦の大使レン・ルルードが言った。

「これはダルシア人であるコア大使が決められたことです。」

「惑星連盟の他の政府にはダルシア人の子孫と称する者達が居ると聴いたことがありますが、そうした者達がダルシアの継承を望んだ場合はどうするのですか?」

と、デルフォ共和国の大使フォン・ガ・フォムがマグ・デレン・シャに尋ねた。

「コア大使の生前にダルシア国籍を持っていた者にしか、継承権を認めないというのが大使の考えです」

「私は以前、ゼノン帝国にダルシア人の子孫がいるという話を聴いたことがあります」

と、ザガ連盟のデムローサ・バウムードが言った。

「私も耳にしたことがあります。ですが、ダルシア人の子孫であるとしても、現在ダルシア国籍を持っていないのでしたら、継承権はありません。それがコア大使の考え、意志です」

「しかし、ゼノン帝国はおそらく簡単にそれを認めはしないでしょう」

「わかっています。ですから、皆さんをお呼びしたのです。コア大使の最後の言葉をお伝えします」

と、マグ・デレン・シャは言った。

 ナンヴァル連邦の大使であるマグ・デレン・シャは現在、惑星連盟の議長だった。その務めを果たさなければならない。


(コア、コア……)

と、コアはマグ・デレン・シャの悲しい心の声を聞いたような気がした。

 ナンヴァル人であっても、異次元の存在となったコアの姿を見られるものはほとんどいなかった。かつてはそうした能力を持ったナンヴァル人は多くいたが、今はマグ・デレン・シャも自由にコアを見られるわけではない。彼女がコアを見られるのは、コアが姿を見せたいと思った場合だった。

 それにコアには、マグ・デレン・シャとそれほど長く会えないわけではないことを知っていた。彼にはやらなければならないことがある。それはやがてマグ・デレン・シャと再び遭うことに繋がっていた。

 自由になったコアが選んだ行き先は、ヘイダール要塞だった。

 ヘイダール要塞は、ふたご銀河のもう一つの星団であるロル星団に属する銀河帝国と新世紀共和国の間に、銀河帝国により建設された宇宙空間に浮かぶ人工建造物の軍事要塞だった。

 ただヘイダール要塞は位置的に、ジル星団とロル星団の中間でもあった。


16.

 ヘイダール要塞の司令室の巨大スクリーンに、ワープ・アウトした艦隊が映っていた。その形態がさまざまであるのが、これまでと違っていた。

「これは、壮観だな」

と、フェリスグレイブ要塞防御指揮官が言った。

「見たこともない形の艦がたくさんあるな」

と、ダズ・アルグが言った。

 スクリーンの中央に、ナンヴァル連邦艦隊司令官と名乗る人物が映った。鱗のある皮膚に鋭い目つきをしている。

「私は、ナンヴァル連邦艦隊司令、タ・ドルーン・シャ。ヘイダール要塞司令官に要請する。惑星連盟の議長国として、今回のダルシア帝国の遺産の件について、ダルシア帝国籍を持つタリア・トンブンと話をしたい」

 タリアは事態が自分の思う方向とは違う方向へどんどん進んでいくのを、ただ見守るしかなかった。いったい、この連中はダルシア帝国や、タリアを何だと思っているのだ?コア大使が生きていたら、こんなことは起きなかっただろうに、と悔しく思った。

「私は、ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックです。あなた方は艦隊で要塞に来られましたが、もしその申し入れを拒んだら、要塞を攻撃するおつもりですか?」

「我々は、ジル星団の惑星連盟を代表している。あのタレス連邦やゼノン帝国の艦隊とは違う。それぞれの国の代表を乗せているのだ。いつもなら宇宙都市ハガロンに駐在しているのだが、今回ダルシア帝国大使の死により、ジル星団に重大な事態を起こしかねないと考え、やってきた。決して、ヘイダール要塞を攻撃しに来たわけではない」

「それは、信じてよいのでしょうね」

「我々は信義を重んじる種族である。そちらにいる、タリア・トンブンもそれを知っているはずだ」

 ディポック司令官は、タリアを振り返った。

「ええ、そうです。ナンヴァル連邦は信義を重んじる種族です。少なくとも艦隊司令官がそうおっしゃるのなら、決して嘘はつかないでしょう」

と、タリアは言った。

「わかりました。タリア・トンブン本人が話をしてもいいということなら、私も許可します」

 タリアはその言葉に頷いた。

「了解してくれて感謝する。それで、申し訳ないが、その前にあのタレス連邦とゼノン帝国の者たちに話をしなければならないので、そちらに行くのに少し時間が欲しい」

「ということは、彼らの代表もこちらに来るということでしょうか」

と、ディポックは聞いた。

「そうだ。今回の件では惑星連盟全体の正義と信義が掛かっている。そちらに行く時には、我々とともにあの者たちの代表も行くことになる」

「わかりました」

 そこへ、バルザスが顔を出した。

「タ・ドルーン司令官。私はリドス連邦王国のバルザスです。惑星連盟が動くからには、リドス連邦王国の代表も来たのでしょうか?」

と、バルザスは言った。

 タ・ドルーン提督とバルザス提督は、宇宙都市ハガロンで知り合っていた。

「いや、リドス連邦王国からは代表は来ていない。出発する時、リドスの政府から連絡があった。要塞にはバルザス提督がいるので、あなたが代表として出るようにということだった」

「私が、ですか」

「緊急だったので、まだ、あなたの方に連絡が来ていないかもしれないが」

「初耳です」

「いずれ、連絡があるのではないかな。我々があの連中と話をしている間に連絡があるだろう」

と言うと、通信が切れた。

「あの、リドスの艦から通信が来ています」

と、通信員が言った。

「出してくれ」

と、ディポックは言った。

「バルザス提督、本国より緊急通信です」

と、スクリーンに出たリドスの艦の艦長が言った。

「わかった。それで、何と言って来た?」

と、バルザス提督は言った。

「あの、よろしいのですか?暗号で送りましょうか?」

と、リドスの艦長が言った。

「かまわない」

「惑星連盟がヘイダール要塞に向かった。リドス連邦王国の代表は、『銀の月』に一任する、とのことです」

「了解した」

と、バルザス提督は返事をした。

 タリアは、初めて見るようにバルザスを見た。


 貨物船から、タレス連邦の難民が降りてきた。

 要塞に滞在する許可が下りたのだ。タレス連邦やゼノン帝国の艦隊のほかに惑星連盟に加盟している国々の艦隊まで押し寄せてきて、要塞にいる期間が長引きそうになったので、ディポック司令官が止む無く許可を出したのだ。

 難民は、ほとんどが普通の市民だった。それに、女子供が大多数なのだ。貨物船フォトン号の狭い船室にひしめき合っていた彼らには、やっと人心地の付く空間で休めることになったことになる。

 彼らの宿舎として、要塞の兵士の宿舎が一部貸し出されることになった。それに、食料や衣料品なども必要である。もっとも、それらのものは大抵要塞内で需給できるものばかりだった。

 タリアは、後ろめたさを感じながらも難民達の世話に走り回っていた。細かい雑事がたくさんあり、要塞の兵士の助けも借りざるをえなかった。

 リドス連邦王国のベルンハルト・バルザス提督は、そのタリアの忙しく動くさまを見ていた。本来なら、警護の兵士を付けたいところだが、タリアはそれを望まないだろうと思って、目立たないように隅の方に立っていた。

 それにしても、すぐにもタリアをダルシアに連れて行かなければならないのに、これではますます時間が掛かってしまう。タリアの説得だけで済むと考えていたのが、この成り行きでは惑星連盟にまでダルシア帝国の継承者について説得しなければならない事態になっていた。あの『ダルシアン』が忍耐強ければいいのだが、と、バルザスは思った。

「こんなところで、何をしているんです?」

と、ダズ・アルグ提督が話しかけてきた。くだけた口調は新世紀共和国の者特有のものだった。

「別に、何も」

と、バルザスは言った。一瞬、ダズ・アルグを見たが、すぐにタリアに油断無く視線を向けた。

「あのタリア・トンブンというのは、大変なことに巻き込まれているようですね」

と、他人事のようにダズ・アルグは言った。お陰で要塞も大変だといいたげだった。

「彼女の人生のなかで、特に大変なことだとは思わないだろう。これまでのことを考えれば」

 タリアの人生は、逃亡者そのものだった。大艦隊に追いかけられるという経験はないだろうが、この程度の窮地に至るのは、初めてではない。

「なるほど随分、彼女のことをご存知なんですね。大分親しいようですね。でも、最近なんでしょうこちらへ来たのは?」

 銀河帝国の有名な大逆事件とその顛末については、辺境のヘイダール要塞でも知っている。だとすると、ジル星団へ来て数年というのが、おおよそのはずだった。

「言っておくが、私は彼女の友人だと思っている」

と、バルザスは固い表情で言った。

「向こうはどうでしょう?」

「向こうも同じだ。君は、何か勘違いしていないか?」

「じゃあ、どうしてここにいるんです?」

「もちろん、タリアの警護のためだ。今は、何が起きるかわからない。タリアの連れてきたあの難民のなかにスパイがいる可能性もある」

「つまり、リドス連邦王国政府の意向だというのですね」

「そういうことだ」

 バルザスの口調は、友人というわりにはあくまで事務的だった。感情を排している。

「気になるんですよ。あなた方の真意が。何しろ、あの大逆事件は有名でしたからね」

 大逆事件といっても、バルザスは眉さえ動かさなかった。彼にとっては、すでに遠い昔の話という感覚なのだ。

「それに、先程『銀の月』とあなたのことを言っていたようですが、あなたのあだ名ですか?」

「あだ名ではない。だが、私をそう呼ぶものもいることは事実だ」

 リドス連邦王国の政府や軍人が正式な通信で呼んだこの名は、何か特別な意味があるのではないかとダズ・アルグ提督は考えていた。あの時の状況から言って、揶揄したのでも、冗談でもなかった。本気で使っているような気がする。彼ら銀河帝国からの亡命者は、リドス連邦王国ではどんな位置づけなのだろうか。


17.

 宿舎に戻ったヤム・ディポック司令官は、足を投げ出してソファに横になって、

「さて、いつ頃やってくるのかな……」

と、呟いた。

 まさかこの要塞がこんな面倒に巻き込まれるとは、思ってもみなかったというのが、ディポックの感慨だった。外の十万隻に達するジル星団の様々な政府の艦隊は、どうやら要塞を攻撃するつもりはないようだが、本当にそれが信じられるといったら嘘になる。

 いつ、外の艦隊がこの要塞を攻撃するかもわからない、というのが本当のところだ。何しろ、ジル星団といっても、話に聞いているだけで、詳しいことなど何も知らないのだ。少なくとも、ディポックの生まれた新世紀共和国のあるロル星団よりも多種多様な種族がいるということだけは確かだった。

 今日の一番の驚きは、あのナンヴァル連邦の艦隊司令官の顔だった。正直、あれは気味悪かった。一目見た時に、腰が引けたものだ。だが、話し始めると、その印象が変わっていった。顔の印象とは裏腹に、誠実な印象が残った。

 あのゼノン艦隊の司令官とは逆だった。ゼノン艦隊のヴァン・ガル・ダルは外見上はナンヴァル連邦のタ・ドルーン・シャよりも人類に似ていたが、胡散臭かった。

 台所から夕食の匂いがしてきた。

「今日は、何だい?」

と、ディポックは聞いた。

「今日は閣下の大好物のシチューですよ」

と、キルフ・マクガリアンの声がした。

 ヒューとディポックは口笛を鳴らした。

 キルフは、要塞司令官の宿舎に一緒に住んでいた。昼間は仕官の仕事をし、終ると宿舎に戻って家事をするのが日課だった。

 キルフ・マクガリアンがヤム・ディポック氏と住むようになったのは、八年前の宇宙船事故のときからだった。その事故でキルフ・マクガリアンは両親を亡くし、同じ船に乗り合わせた当時中佐だったヤム・ディポックに引き取られることになったのだ。

 ヤム・ディポック中佐は転任で首都星フォルガンダに戻る途中だった。辺境からの船は数が少なく、軍の艦も折悪しく来なかったのでやむなくディポックは、三ヶ月に一度の定期便である民間の船に乗り込むことになった。その船の中で知り合ったのがマクガリアン夫妻だった。

 キルフは当時8歳だった。両親を失くし、泣きじゃくる彼に親戚がいないことがわかったとき、なぜかディポックはキルフを引き取ることにしたのだった。初めは、考えの浅いとんでもない間違いを犯してしまったと後悔したのだが、やがてキルフとヤムの二人三脚の暮らしが始まった。以来、キルフの才能は家事にフルに発揮された。ヤム・ディポック氏の方はいつまでたっても、その才能は片鱗も示さなかったが。

 食堂のテーブルの上に、シチューを入れた皿とパンを大盛りにした皿を置き、簡単なサラダを作って置いてあった。それでも、ヤム・ディポックにとっては御馳走だった。

 何しろ彼には家族いるテーブルで御馳走を食べるという記憶は残っていない。ディポックはキルフよりももっと幼い頃に母親と死別し、その後父親の仕事が忙しかったので寮のある学校に入れられ、父親の死で学費に困り、士官学校に入った。寮での食事はどこでも似たようなもので、とても家庭的な食卓など思いもつかない。

 キルフはホンの少しだけ、そうしたことを覚えていた。それで、家事に勤しんだのだ。彼が軍人に志願したのは、ディポックの役に立ちたいと考えたことだが、少しでもディポックと一緒にいる時間を増やしたいと思ったからでもある。

 食事が終わって一息入れると、

「キルフ、今日来たあのナンヴァル連邦の艦隊司令官を見たかい?」

と、ディポックは話だした。

「ええ。驚きました。これまで新世紀共和国でも宇宙文明に達したのは我々だけだと、学校で習いましたから……」

と、キルフは言った。

 それはおそらく銀河帝国でも同じだろう、とディポックは思った。ロル星団の中では、人類という種族の他にはいなかったのだ。だから、他の宇宙でも同じだろうと考えてしまったのだ。

 奇妙なことにそれはまるでワープ航法も知らないような文明の考え方に近い。惑星外へ出たこともなければ、自分達とは違う連中がいるなどと考えないだろう。そんな閉鎖的な考え方にいつから固まってしまったものか、ジル星団について知るに連れてディポックは自分達の狭量さに思い至ったのだ。

「私も驚いた。あのナンヴァル連邦の艦隊司令官は、人類型種族とはまるで違う。でも、何だか彼は信用できそうな気がした」

「彼は、というのは?」

「少し前に、タレス連邦の艦隊司令官とゼノン帝国の艦隊司令官の映像を見たからね。どちらも胡散臭く見えた。こっちは人類型種族なのに」

「そのタレス連邦とゼノン帝国の艦隊司令官というのは、何を企んでいるんです?」

「さあ、よくわからないが、あのタリア・トンブンという人物に継承されるというダルシア帝国の遺産を狙っているというのは確かだろう。もちろん、本人達というより、その政府の意向がそうなんじゃないか……」

「そのダルシア帝国というのは、どんな帝国なんです?銀河帝国とどう違うんでしょう」

「帝国と言っても、住人がもう亡くなった大使しかいなかったというから、銀河帝国とは違う。正確にはどんな政治体制を取っていたかもわからない。帝国というからには、帝国主義なのだろうと思ってしまうが、たった一人だけの帝国主義といっても変だろう」

 帝国といってもロル星団とジル星団とでは、意味が違うのかもしれない、とディポックは思った。

「でも僕が一番疑問に思ったのは、あの……」

と、キルフは言いにくそうに言葉を詰まらせた。

「何だい?」

「ロル星団の人たちは僕たちの言葉をどうして話せるのか、ということです」

「え?」

 そう言えば、考えてみるとおかしい、とディポックは思った。ジル星団の人々は、ロル星団の人間と同じように普通にしゃべっている。これは気づかなかった。これまで接触の無かった星団同士で、しかも全く違った文明であり、種族も違う者同士が同じ言葉を使っているはずが無いのだ。


18.

 タリアはやっと連れてきた人たちを宿舎に送って、一人になった。

「ごくろうさま」

と、バルザス提督がタリアに近づき言った。

「あら?もしかして、ずっと見張っていたの?」

と、タリアが憎まれ口を利いた。

「見張っていたのではなくて、警護していたのさ」

「ものは、いいようね。まさかリドス連邦王国もダルシアの遺産が欲しいのかしら?」

「本当に、そう思うかい?」

「私、誰を信用していいかわからなくなったわ。あのナンヴァル連邦の艦隊司令官だって、そうよ。あの時、信用できると言ったけれど、それはこれまでそうだったというだけだわ」

「ナンヴァル連邦は信用できるだろうと思う」

「思う?」

「少なくとも彼らは、『正義と愛』を追求している」

「建前はね」

「建前ではないさ。ナンヴァル連邦は、能力者が多い。そこでは、能力者は多くの人のためにその能力を役立てようとしている。タレス連邦やゼノン帝国のような政府が能力者を利用するというシステムとは違う。能力者が多いと、善悪というものが嫌でも分かってしまうところがある。だから、偽善が成り立たなくなってくる」

「でも、人によって違うでしょう?」

「もちろん、ナンヴァル連邦にだって、犯罪を犯す者はいる。人数が多くなればどうしたって、出てくるものだ」

「で、リドス連邦王国ではどうなのかしら?」

「リドス連邦王国には、能力者が大勢いる。それも多種多様だ。魔法使いのような連中もいる。だが、特殊な能力とは縁の無い普通の人間もいる。そうした人々が交じり合って暮らしている」

「私、リドス連邦王国の人は皆魔法使いか能力者だと思っていたわ」

「そんなことはない。もっとも、本当に力がないのかはわからないがね」

「まるで、生物ならみんな能力者の可能性があるみたいね」

「本来そういうものだと、リドス連邦王国では考えられている」

「あなたも、そう思うの?だって、あなたはロル星団の銀河帝国で生まれ育ったのでしょう?」

「確かに、そういう時もあった」

「そういう時もあった?それって、どういうことなの?別の時もあるということ?」

「いずれ、わかるときが来る」

 バルザス提督は、タリアを彼女に割り当てられた部屋の前まで一緒に来ると、そこで別れた。


 ダズ・アルグ提督は、バルザス提督とタリアが部屋の前まで来て別れるのを、逆方向から見ていた。バルザス提督が行ってしまうと、あたりに誰もいないのを見計らって、タリアの部屋に近づいた。

 部屋のインターホンが鳴った。

「誰?」

と、タリアは聞いた。

「ダズ・アルグだ」

と、返事が来た。

 タリアは用心深くドアを開けずに、

「何の用ですか?もう遅いので、明日にしてもらえませんか?」

と、言った。

「どうしても、君に聞きたいことがある」

「どんなこと?そんなに緊急の要件があるようには思えませんけど」

「大事なことなんだ」

「夜に、女性の部屋に押しかけるというのは、あまりいいことではないわ」

と、タリアは断る言葉を捜しながら言った。

「誓って、妙なことはしない。どうしても聞きたいことがあるんだ」

 タリアは、相手の立場を考えて、

「あなたが、自分の職責にかけて誓うなら、少しだけよ」

と、言った。

「わかった。誓うよ。」

 タリアは、ゆっくり扉を開けた。

「どうぞ、……」

と、言いながら油断無く相手を見た。

 ダズ・アルグ提督は両手を見せて武器を持っていないことを示した。彼は、軍人にしてはヒョロリと背の高い青年だった。軍服を着ていなければ、軍人とは気づかないような気がした。

「で、何の話?」

と、タリアが聴くと、

「あの、バルザス提督について聞きたいんだ」

と、ダズ・アルグは言った。

 タリアはちょっと首をかしげた。ダルシア帝国について聞きに来たのだと思ったのだ。

「バルザス提督のこと?ダルシア帝国のことではなくて?」

「そうだ。僕たちにとっては、バルザス提督、つまり銀河帝国の大逆人のことの方が重要なんだ」

「それで、何が聞きたいの?」

「その、リドス連邦王国というのは、どんな国なのかな?彼らはそこで、どんな風に見られているか判るかい?」

「つまり、銀河帝国の大逆人だから、警戒されているかどうかを知りたいわけね」

「そう、そういうこと」

 タリアはため息をついた。この要塞の連中に特殊能力について話をしてもわかるだろうか、と思った。

「リドス連邦王国の艦からの通信を聞いたでしょう?今回の件について一任すると政府が言って来たこと」

「それは、聞いた。ただ、あのバルザス提督を『銀の月』と呼んだことがわからない。さっき本人に聞いたけれど、その名はあだ名ではないというだけなんだ」

「そんなことが気になるの?」

「君は『銀の月』という名を知っているかい」

 タリアは少し考えてから言った。

「そうね。私が知っている『銀の月』というのは、リドス連邦王国の首都星ガンダルフにかつていたといわれている魔法使いの名だということだわ」

「かつて?いつ頃のことかわかるか?」

「ええと、ガンダルフの歴史には詳しくないけれど、コア大使が言っていたわ。確か、そう二千年前くらい」

「二千年?」

 期待はずれの答えに、ダズ・アルグはがっかりしたような声を出した。二千年も前の魔法使いの名だと言われても、何のことやらわからない。彼は、もっと別の答えを期待していたのだ。何かの暗号、もしくは別の意味、特殊な人間や地位を表わしているのではないか。

「でも、二千年前の惑星ガンダルフは、魔法使いの時代だったと言われているの。他にも魔法使いの名が残っているし、あの太古の昔に滅んだと言われているアルフ族の末裔が生きていた時代だと言われているの」

「アルフ族ね」

「あら、アルフ族というのはロル星団とも縁があるのよ。彼らははるかな昔、ロル星団から惑星ガンダルフにやってきたと言われているのだもの」

 ロル星団は今では魔法などお伽話に過ぎないが、魔法使いのいた時代があったとタリアは聞いたことがある。それは太古の昔と言われていて、正確にはどれほど古いのかはわからない。少なくとも、数千年よりも、数万年数百万年という遺物も遺跡も残らないような年月のことだ。

「僕が知りたいのは古代史ではないんだ。今、現在のこと。大逆人のことだ。ダルシア帝国の遺産やジル星団の惑星連盟よりも、このヘイダール要塞では銀河帝国の方が重要なんだ」

「だから、言ったじゃない。彼らはリドス連邦王国で、ちゃんと艦隊に入ってやっているわ。仕事をしているの。だから、信用されているということでしょう?」

「わかった。もういい……」

と、怒ったようにダズ・アルグは言った。

 その態度にタリアは腹を立てて言った。

「あなたが聞いたのよ。私は事実を言っただけ。それがあなたの期待する答えでなくても、もう少し言い方があるでしょう」

「それは、わるかった。謝るよ。しかし、能力者だって、まだ信じられないのに、魔法使いと言われても」

「でも、もしかしたら、バルザス提督はあの昔の魔法使い『銀の月』の生まれ変わりだということかもしれないわ」

と、突然思いついたようにタリアは言った。

 ジル星団では、知的種族の間で生まれ変わりについてかなり信じられているのだ。タレス連邦では、その話はあまり信じられていないが、ダルシア帝国の亡きコア大使は信じていた。古い文明の種族ほど信じられているのだ。

「バルザス提督はロル星団の銀河帝国の出身だというのに、そんな馬鹿なことはないだろう」

 ロル星団の元新世紀共和国では、生まれ変わりというお伽話はあった。だが、それが本当にあると信じているものはいないだろう。

「どうして、馬鹿なことなの?」

「生まれ変わりというのを、どうやって証明するんだ。できやしないさ。そんなこと信じている者さえ、今時いるだろうか。それなのに、遠く離れた、地理的にじゃなくて、宇宙的に離れている。星団が違うんだぞ。その間の生まれ変わりなんて、あまりにも突飛な話過ぎる」

「そうかな。私はそうは思わないけれど。少なくとも、リドス連邦王国は、生まれ変わりということを信じる社会だわ。あのナンヴァル連邦もね。そうした国が多いのがジル星団なのよ」

「ばかげている」

「そう、ならこれで話はおわりね」

と、タリアは言った。


19.

 タリアの部屋にタレス連邦から来た仲間のイオ・アクナスがやってきた。

「何かあったの?」

とタリアは言って、すぐ部屋の扉を開けた。

「いや、たいしたことではないんだ。ただ、いつまでここにいるのかと思って……」

 イオ・アクナスはタレス連邦生まれのTPだった。亡命してきた仲間のなかでもTP能力はかなり強かった。もちろんタリアよりも強い能力の持ち主だった。

 自分より強いTP能力の持ち主に対しては、たとえ仲間だとしても自然に身構えて心にブロックを張るのが普通である。そうすれば少なくとも心の中を読まれずに済む。だが、タリアはあまりそうしたことはしたことがなかった。仲間なら、自分の考えを読まれてもかまわないと思っているからだ。

 だが、イオは戸惑ったような顔を見せた。

「どうしたの?」

と、タリアは言った。

「いや、何でもない」

と、イオは言った。

 いつもなら考えが読めるのに、今日はタリアの心の中がイオには読めなかったのだ。

「そうね、しばらくはここにいると思う。少なくとも、船の整備が終るまでは動けないわ。ここには専門の整備士がいるわけじゃないし、しばらくかかるでしょう」

と、タリアは考えつつ言った。

 宇宙都市ハガロンならば、タレス連邦の船の専門の整備士が常時いるのだが、このヘイダール要塞ではそのようなことは望めない。タレス連邦の船が寄航したのは今回が初めてなのだ。

「そうか、仕方がないな。整備が出来次第、できるだけ早く出発できるようにしておくよ」

「そうね、そうしてくれると助かるわ」

 だが、イオはすぐに行こうとはしなかった。

「何?他に聞きたいことでも?」

と、タリアは言った。

「その、あのリドスのバルザス提督のことだけど……」

と、イオは言い難そうに聞いた。

「バルザス提督のこと?」

と、タリアは聞き返した。

「随分親しげに見えたんで、知り合いなのかと思って?」

 タリアはイオが自分をどこかで見ていたのかと心の隅で思った。だがそのことを顔には出さずに、

「ええ。ハガロンでコア大使に紹介されたからよく知っているわ」

と、言った。

「コア大使に紹介された?」

「ええ。リドス連邦王国はダルシア帝国の唯一の同盟国だもの。ダルシアとリドスはよく連絡を取っていたから、その連絡は私がやっていたのよ」

と、タリアは言った。

「そうだったのか……」

と、イオは言った。


 イオ・アクナスはタリアの部屋から遠ざかると、首を傾げて振り向いた。

 何かがおかしい。いつもと違うのだった。タリアの心の中が読めない。

 廊下の突き当りを曲ると、イオは立ち止まり、部屋の中にいるタリアに注意を集中した。このくらいの距離ならば、イオの能力で充分部屋の中の人物の心の中が読めるのだ。

 だが今イオには、部屋の中にいるタリアの心は読めなかった。一瞬、自分の能力が弱くなったのかと思った。しかし、そんなはずはない。だとしたら……。

 イオは考えながら、ゆっくりと歩き出した。

 タレス連邦のカウベリア提督一行が軟禁されている会議室の近くまで行くと、イオは部屋の前に要塞の兵士が警備についているのを確かめた。そして、そこからタレス連邦のTPボブ・フリッツにTPで接触した。


「む?イオか?」

と、会議室の中にいたボブ・フリッツが呟いた。

 イオは、タリアとその仲間の現況をボブに簡単に伝えた。しかし、タリアの変化については黙っていた。

「閣下、今イオから連絡がありました。要塞の司令官がタレスからの亡命者達に滞在の許可を与えたそうです。連中は要塞の中に宿舎を与えられているそうです。それとリドス連邦王国のバルザス提督が来ているそうです」

と、ボブがカウベリア提督に報告した。

 カウベリア提督はリドスの魔法使いが誰であるかを知りたかった。リドスのバルザス提督というのが魔法使いなのだろうか。

「リドス連邦王国から来たのは、バルザス提督だけか?確かもう一人いるはずだな」

と、カウベリアは言った。

「リドスからはバルザス提督とその副官が来たそうです」

と、フリッツは伝えた。

 すると、その副官が魔法使いなのだろうか。バルザス提督は銀河帝国から来た逃亡者だとジル星団でも知られている。彼が魔法使いであるはずが無い。ゼノン帝国の宮廷魔術師ヒールリアン・ドレイを動けなくしたのはその副官なのだろうか、とカウベリアは思った。だとすると、かなり強力な魔法使いである。気をつけなければならない。

 今もドレイは意志のない目をして座っている。これでは魔法など使えないし、役にたたない。

「外にゼノン帝国の艦隊が来ているかどうか聞いてくれ」

と、セイル・ラリア大佐が言った。

 ボブは頷くと、イオに伝えた。

「ゼノン帝国の艦隊は確かに着ているそうです。ですが、他にも、ナンヴァル連邦の艦隊も、ええとつまり、惑星連盟の艦隊が来ているそうです」

と、ボブは言った。

「惑星連盟の艦隊?すると、やつらもダルシア帝国の遺産のことでやってきたということか?」

と、セイル・ラリア大佐が聞いた。

「そのようです。詳しいことはまだわからないそうですが、……」

「とすると、ゼノン帝国艦隊はナンヴァル連邦の連中に押さえ込まれるかもしれんな」

と、カウベリア提督は言った。

 これはまずいことになったというのがカウベリアの正直な感想だった。ナンヴァル連邦はゼノン帝国を抑える実力を持っているジル星団でも数少ない政府の一つだった。

「いかが致しましょう」

と、セイル・ラリア大佐が言った。

「ここにいる以上、どうすることもできまい。だが、惑星連盟が来たということはいずれゼノン帝国の者たちも含めてこの要塞に来るということだろう」

 ダルシア帝国の遺産のことがあまり知られることは、タレス連邦もゼノン帝国も望まないが、いずれ騒ぎになることはわかっていた。だからこそ、急いでことをなそうとしていたのだ。

 惑星連盟に遺産のことが知れ渡り、そのことでナンヴァル連邦が動き出すとタレスもゼノンも動きがしにくくなる。

 ジル星団の惑星連盟の現在の議長はナンヴァル連邦の大使だが、中立公正という評判の人物だった。ダルシア帝国の遺産の問題を惑星連盟が気づいたとしたら、ゼノン帝国もそう簡単に遺産を手に入れることはできなくなる。それはタレス連邦にとっても困ることなのだ。

 だが、まだ何も決まってはいない、時間はある、とカウベリアは自分を落ち着かせようと言い聞かせた。

 惑星連盟と一緒に来るであろう、ゼノン帝国の代表のなかに魔術師がいるはずだった。そうすればこちらの戦力が増す、リドス連邦王国の連中などに引けは取らないだろう、とカウベリアは思った。たとえ、リドス連邦王国の代表の中に魔法使いがいたとしても、ゼノン帝国ほどの数と力はないだろう。

「提督、イオに何か命令がありますか?」

と、セイル・ラリア大佐が聞いた。

「ともかく、タリア・トンブンについて注意を怠るなといっておけ。それと、バルザスというリドスの提督のことも含めてな」

と、カウベリアは言った。

 ボブ・フリッツはうなずくと、TPでイオに伝えた。

 イオはボブ。フリッツから新たな指令を受けると、何食わぬ顔でタレス連邦の難民たちの下に戻った。


20.

 船から降りたタレスの難民たちは、ヘイダール要塞が用意した宿舎にそれぞれ入った。食事は要塞の一般兵士の食堂で食べるように言われている。生活必需品は、明日要塞の倉庫で必要なものを渡してくれるということになっていた。これで少なくとも食べ物と寝る場所は確保できたので、タレスの難民たちはホッとしていた。

 宇宙船でどこへとも知れぬ旅にでるのは、とても心細いことだった。タレスの難民たちはあまり宇宙旅行などしたことのない者たちだったので、なお更不安だったのだ。

 ヘイダール要塞は惑星ではないが、かなり大きな人工建築物なので、安心感がある。あの宇宙都市ハガロンよりも大きいというのが、難民達の間に口伝で広まっていた。

「ええと、ここかしら?」

と、三人の娘を連れて歩いていた母親らしき人物が言った。

「ここだと思う」

と、一番大きな娘が言った。

「これで開くのよね」

と言って、カードを細いすき間に入れた。すると、シュッと音がして、扉が開いた。

 宿舎の中はリビングルームと個室が三つあった。トイレにシャワーにミニキッチンも付いているということだった。

 部屋の明かりは入るとともに付いて、ソファーやテーブルがあるのがわかった。家具なども付いているのだ。

 個室を見ると、寝台がそれぞれ置いてあるのが見えた。

「ホテルの部屋とは言わないけれど、まあまあね」

と、母親が言った。

 一番下の娘がリビングのソファーに飛び乗って嬉しそうに言った。形はタレス連邦で見かけるものとは違っているが、機能的だった。

「船のなかとは大違い」

「そうよね、リュイ」

と、母親であるアリュセア・ジーンが努めて明るく言った。

 だが、一番上の娘が、

「パパはどうしているかしら……」

と言うと、

「そうね、きっと無事でいるわ」

と、アリュセアは自分に言い聞かせるように言った。

 タレス連邦の貨物船フォトン号は身の危険を感じた能力者たちを精一杯詰め込んで出発したので、家族に普通人がいた場合、乗れなかった者も多く出ていた。アリュセア・ジーンの夫もその一人だった。他の多くの能力者を乗せるために、他の人に席を譲ったのである。

 貨物船の出航以降、夫がどうなったかはわからなかった。ただ、普通人なので政府に拘束されたりはしていないことをアリュセアは祈るだけだった。

 今回タレス連邦の大統領令として出された特殊能力者収容法によって、アリュセアや他の能力者は普通の生活を送ることを不可能にされたのである。それは能力者だけではなく、家族の中の普通人さえもその法律によって家族離散の憂き目に遭うことになったのだ。

 こんな理不尽なことが本当に許されるのだろうか、とアリュセアは心の中で激しい怒りを感じていた。


 リドス連邦王国のバルザス提督はタリア・トンブンの部屋からの帰り、妙な気配を感じてあたりを見回した。何しろ勝手知ったる元銀河帝国の要塞の中だった。一士官の時から何度も来たことのある場所なので、散歩ついでに廊下を歩いていたのだった。

 そこはアリュセア・ジーンの宿舎の近くで、夜なので暗い廊下に僅かに灯された明かりがあたりを照らしている。

 何かがいる、とバルザスは思った。口の中で密かに呪文を唱えると、あたりの光景が変わった。壁を透かして、あたり一帯が見られるようになったのだ。

 バルザスから大分離れた廊下の角の陰に、男が一人身を隠して立っていた。要塞の兵士の制服をではなく、民間人の格好をしていた。よく見ると、タレス連邦の者だった。タリアが連れてきたタレス連邦からの亡命者の一人だ。ということは、能力者だな、とバルザスは思った。

 その男は身を隠してバルザスを盗み見ているのだから、おそらくタレス連邦側のスパイだと思われた。

 だが、他にもう一つの気配があることにバルザスは気づいていた。

 その気配は姿を見せなかった。けれども、どこか懐かしい感じのする気配だった。

 もう一度透視しながらあたりを見回したが、タレス連邦のスパイの他は何もいないようだった。

 バルザスはしばらくそうして立っていたが、やがて歩き始め、彼に割り当てられた宿舎に戻って行った。


 バルザスの去った後をタレス連邦の男が付いて行くのを、観察している者がいた。

 その人物から背後の景色が透けて見えた。半透明の不確かな存在の人物は、ゆっくりとあたりを見回した。

(ヘイダール要塞か……)

 彼はヘイダール要塞に来るのは初めてではなかった。かつて、彼はよくこの要塞を見物しに来たものだった。

 もちろん、公式にヘイダール要塞を訪問したのではない。彼がヘイダール要塞に来たことはこの要塞を建設した種族は気づいていなかった。なぜなら、肉体のままで来たのではないからだ。

 当時は今と違って生きていたが、宇宙都市ハガロンからジル星団とロル星団の間に浮かぶヘイダール要塞に精神だけ移動させることは、ダルシア人の彼にとって難しいことではなかった。

 彼の名は、アントルーク・コア、ダルシア帝国の大使だった。

 見た目はタレス連邦やロル星団の種族によく似ていた。しかし、コアが生きていた時には、居住環境が他の種族とは違うということで宇宙服を常に着用していたので、本当のコアの姿を見たものは誰もいなかった。亡くなる前まで彼の秘書をしていたタリア・トンブンも彼の本来の姿を見たことは無い。

 このことを知っているのは、ジル星団で唯一の同盟国だったリドス連邦王国だけである。あのナンヴァル連邦ですら、コア大使の本当の姿を見たことは無いのだ。

 コア大使はすでにこの世の人ではない。だが、まだこの世にはすることが沢山あったのだ。だからこそ、こうやってヘイダール要塞に来たのである。

 普通死んだ者は、惑星、つまり母星からあまり出ることは無い。いや、出ることができないということが普通だった。それでなくとも、広い宇宙空間をただ一人、さ迷うことは普通人ではできることではない。

 しかし、ダルシア人くらいの高度な文明を持った種族になると、死んだ後、霊の存在になっても惑星上だけではなく、宇宙空間でも自由自在に移動ができた。返って霊としての存在であるほうが、自由が利くのだ。霊であれば、空気が無くとも死ぬことはない。周りの環境をあまり気にしなくて済むのだから。

 久しぶりのヘイダール要塞で元銀河帝国の軍人であり、現在はリドス連邦王国のベルンハルト・バルザス提督の姿を見かけたのは正直驚いていた。コアにとっては百万の味方を得た気分だった。おそらく、自分が死んだことを聞いてすぐにヘイダール要塞に急行したのだろう。そうでなければ、こんなに早く要塞にいることはできない。

 死んだコアに代わって、これからバルザス提督には多くのことをしてもらわなければならないのだ。だが、その前にコアにはやらなければならないことがあった。

 コアはタリア・トンブンの宿舎を見つけると、用心深くあたりを見回した。バルザス提督のように呪文を使わなくても、彼には周りが良く見えた。ダルシア人には元々透視能力が備わっているのだ。

 ジル星団の現在残っているさまざまな古い文明の中で、呪文を使う魔法を使わない文明はダルシアのみといってよい。ダルシア人は呪文を使う必要がなかったのだ。

 コア大使はタリア・トンブンの部屋の扉を開けることなく、すり抜けて入って行った。


21.

 タリアは、イオ・アクナスが帰った後、やっと一人になってホッとしていた。

 この要塞に着いてから、次から次へと状況が変わり、ついていくだけでやっとという状態だったのだ。息つく暇も無いという感じである。

 コア大使が死んだということに、まだそれほど実感はなかった。目の前で死んだ訳ではないのだ。

 ダルシア人は、寿命がジル星団中一番長いということをタリアは聞いていた。コア大使は高齢だと言われていたが、まだ百年くらいは長生きするだろうというのが宇宙都市ハガロンでの常識だった。それなのに、タリアがハガロンを留守にした隙に、コア大使は死んでしまったのだ。

 最後に会った時、特に具合が悪いとも言ってなかった。見た目も替わりはなかった。もちろん宇宙服を着ていたから、実際はよくわからない。でも元気がないという感じはしなかった。

 あのタレス連邦のカウベリア提督にもう少し詳しく、死んだときの様子を聞いておけばよかった、とタリアは思った。

 もし、コア大使が死ぬと分かっていたら、聞いておきたいことは山ほどあった。タリアから見れば、高度な知識を持ち、長命のコア大使は何でも知っているように思えたのだ。

 タリアが一番知りたかったのは、タレス連邦の能力者たちの行く末に関してのことだった。このままタレス連邦から出て行き、ナンヴァル連邦やリドス連邦王国などの能力者の多い国に移住した方がいいのか、それともどこか人の住んでいない惑星を探して、そこに移住すべきなのか。

 タリアがヘイダール要塞にいるという噂は時を経ずして広まり、タレス連邦から出たタリアの仲間は続々とヘイダール要塞に集まってくるだろう。だが、このヘイダール要塞は単なる一時的な居住地に過ぎないのだ。これからどうしたらいいのか、それを聞きたかった。

 だが、コア大使のいない今、それをタリアが一人で考えなければならなくなったのだ。

 ため息とつくと、タリアは寝台ではなく、床の上に身を横たえた。

 タリアには寝台はあまりにも柔らかくて、寝にくく感じられた。床には厚いカーペットが敷かれているので、思ったほど固くはない。程よい固さの方が良く眠れるということを経験で知っていたからだ。


 やがて眠りについたタリアを、コアは寝台に座る形で見ていた。タリアの能力はTPであり、それもあまり強くなかった。だから、コアにはタリアに気づかれるという心配はなかった。

 タリアの不安をコアは感じ取っていた。タリアの目下の関心はタレス連邦の能力者のことだった。ダルシア帝国に関しては、関心は薄いと、コアは感じていた。

 元々タリアは、ハガロンで生きていくために方便としてダルシア帝国の国籍を取ったのであり、ダルシアに関心があったわけではなかった。それをコア大使はよく承知していた。

 たとえ、そうであってもタリア・トンブンにダルシア帝国を継承させるというのがコアの考えだった。それは、ジル星団で唯一の同盟国であるリドス連邦王国は理解してくれるだろう。その理由を彼らは知っているからだ。

 コアは、タリアが夢を見るころあいを見計らって、寝台の上に横になると、目を閉じた。


 タリアは、自分がどこにいるか最初わからなかった。

 けれども、おそらくタレス連邦の首都星キンダホにいるのだろうと思われた。

 そこはタリアがいつも見ていた都市の光景が広がり、明かりがついているのが見える。これは夜景だった。空を見ると、衛星であるリリドスが見える。キンダホから見るリリドスは、非常に美しく輝いていた。空は晴れて他にも星が見えた。都市の明かりが見えるのに満天の星が見えるというのも変だった。

 うっとりと星を見上げていると、いつのまにか空が明るくなっていた。

 朝になったのかと太陽を見ようとすると、都市がなくなっていた。あたりは緑の木々に囲まれていた。木々の向こうには白いお城が見えた。

 塔がいくつか見え、その周りに高い壁があるから、城なのかと思った。タリアは本物の城は見たことがなかったのだ。

 その城の上空に多くの人が舞っているのが見えた。

 あれは、もしかして、伝説に聞く、アルフ族かしら、とタリアは思った。

「そうだよ、あれはガンダルフのアルフ族だ……」

という声がした。

 声の方を見ると、そこにダルシアのコア大使がいるのをタリアは見た。

 コア大使はいつもの宇宙服を着ていなかった。けれども、不思議に彼がコア大使だとわかった。

「ええと、あのあなたはコア大使ですよね……」

と、遠慮がちにタリアは聞いた。

「そうだ」

と、コアは言った。

「あの、あれはガンダルフのアルフ族だと言いませんでした?」

「そう言ったよ。ここは惑星ガンダルフだからね」

「ガンダルフ?リドス連邦王国の首都星のこと?ここが?」

「ここはガンダルフだが、今はまだリドス連邦王国はない」

 リドス連邦王国はないとは、どういうことだろう、とタリアは思った。

「さあ、あの城へ行こう。今日は結婚式があると聞いている」

と、コアはタリアを誘った。

「誰の結婚式ですか?」

「銀の月、いずれベルンハルト・バルザスと呼ばれる魔法使いの結婚式だ」

「バルザス提督の?」

「だが、まだ彼はバルザスではないがね……」

と、コアは意味深に言った。

「バルザスではないって、どういうことですか?」

と、タリアは聞いた。

「後に、銀河帝国のベルンハルト・バルザス提督となる、銀の月は、今はアルディマルド国の国王ディラント・アルマ・カイトなのだ。今日はその彼の結婚式なのだよ」

と、コアは言った。

「え?」

 タリアはコアの言葉に驚いていた。一体これはどうしたことなのだ?

「別に驚くことはない、これは夢の中だ。だから、何が起きてもおかしくは無いだろう?」

「夢の中?私は夢を見ているの?」

「そうだ。だから、着ているものも、ほら……」

 コアの示唆にタリアは自分の服を見た。

「これは?何?わたし、変なものを着ているわ」

「変なものではない。これはダルシアでは正式な席に着ていくものだ」

 ローブのような奇妙な服だった。袖がやたら広く長い。そして究めつけはその色だった。紅ではないが、紫に近い色だった。

「恥ずかしいわ、こんなものを着たことが無いし、……」

「そんなことを言っていると、ほら、段々身体が小さくなってしまうよ……」

 コアが冷やかすように言うと、本当にタリアの身体が縮んでしまった。

「助けて!」

と、タリアが悲鳴を上げると、

「ここは夢の中なんだ。仕方が無い。ほら、私が連れて行こう」

と言って、コア大使は小さくなったタリアを手で拾い上げた。

 タリアはコア大使の手の中に入るほど小さくなっていた。それなのに、どうしてかタリアはあまり不安を感じなかった。最初は怖かったのに、コア大使の手の中にいるタリアはなぜか安心していた。



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