最果ての子供たち
「なんと、ラウラは畑を浄化したのですね。素晴らしいことです」
ポウルセン司祭が笑顔を見せた。ここは大人四人のいつもの会議部屋だ。
「私はリンドベルグ様と違い、穢れも神聖力も見えませんが、それでもラウラ様の浄化は……ありがたい感じがしましたねぇ」
ダニエルがしみじみと言う。
「ありがたい感じですか……。この村のことですから、噂はすぐに広まるでしょうね。皆様におかれましては、余裕があるときに、村の畑や家畜を一通り調べていただけたら、村人が喜ぶでしょう」
「勿論そういたします!」
ヘンリックが使命感に満ちて言った。
「ポウルセン殿、一度お訊きしたいことがあったのですが、最果ての教会には、まったく穢れが見られません。管理が行き届いている故だとは思いますが、それにしても清浄だと感じます。何か聖なる伝承などがこの教会にはあるのでしょうか?」
ポウルセンは首を傾げた。
「私がここに来たのは五年前で、それほど前ではないのです。過去の記録も折に触れて見てはいますが、おっしゃるような伝承は今のところ存じません」
そして柔らかな表情で続けた。
「この教会に残る過去の記録などは、書庫にございますので、いつでもご覧いただけます」
「ありがとうございます。是非拝見いたしましょう」
ヘンリックは頭を下げた。
「ところでハンセン家で、穢れを防ぐための生活の知恵などを話しましところ、とても喜ばれました。こういった知識を村に広めれば、北西の風が吹く日でも、被害を抑えられるやも知れません」
「それは良いですね! 工夫して広めたいものです。もっとも、この村ではあっという間に噂が広まるかも知れませんね」
司祭の言葉に、皆は軽く笑い合った。
ヘンリックはカブのポタージュを口にして、目を細めた。
「これは美味しいですね」
「ありがとうございます、聖者様。ライ麦パンやこちらの干した小魚と一緒に召し上がると、なかなか良いですよ」
『ヴェロニカ』と名乗った三十前ほどの女性がにっこりと笑った。彼女が今日の夕食係だ。
向かいには彼女の二歳くらいの息子が椅子にちょこんと座り、父親からカブのポタージュをひと匙ずつ与えられ、大人しく呑み込んだり、違うものに興味を移したりしていた。
「ほらほらヤン坊、ちゃんと食べるんだよ! 父ちゃんが困ってるじゃないか!」
反対側にラウラが座り、気まぐれな赤ん坊を笑っている。その彼女にヴェロニカが近づいた。
「いい男だねぇ、聖者様は。まるで王子様じゃないか。婿さんにしちまえよ!」
声を潜めて言うのが聞こえてくる。ヘンリックは微笑した。
「バカだね! あの方は都で、美しいご婦人を嫌になるほどご覧になってるはずだ。辺境の傭兵なんぞが女のうちに入るもんかい!」
ラウラの声を潜めた返事も聞こえてきて、ヘンリックはまた微笑む。ラウラは毛皮を着ていようが戦槌を担いでいようが、王都の絹に包まれた女性たちにも、まったく劣らないのだ。本当はそう伝えたい。
ただ、ヘンリックはこれらの言葉を全て胸の中に仕舞った。この場でこれ以上からかわれるのは、気の毒だと思ったからだ。
「皆さん、これが鑑定の宝珠です」
ヘンリックは台座に乗った、きれいに磨かれた手で包めるほどの水晶玉を、子供たちに見せた。ここには教会の預かっている、男女五歳から十二歳までの孤児たちが揃っている。
「これで魔力を調べたことのある子はいますか?」
すると子供達はわいわいと騒いだ。年長の女の子が手を挙げる。
「はい、ソフィさん」
十一歳の大人びた少女が立ち上がった。
「ここに入る時に、この珠で司祭様に見ていただきました。ほんの少しですが治癒魔法が使えるそうです」
ヘンリックは頷いた。
「治癒魔法が使えるのですね。私も、ラウラ殿も、ポウルセン司祭も使えます。先生がたくさんいて、とても良い環境ですね。弱くともたいへん役にたつ魔力なので、これから研鑽してゆきましょう」
言うとソフィは嬉しそうに笑った。子どもたちがまた、我先に手を挙げ、わいわい騒ぐ。その中に、騒がずに俯いている子がいた。九歳の女の子、ベルタだ。ヘンリックはその子を心に留めつつ、パンパンと手を叩いた。
「皆さん、まずは魔力を測定いたしましょう! 魔力は大人になると強くなることもあります。前より強くなっているやも知れません。一番小さなヨハン君から、順番に測定いたしましょう!」
宝珠の中の小さな白い輝きを見て、ヘンリックは頷いた。
「ヨハン君には治癒の魔力があります。単位は一ですが、君はまだ小さいので、これからもっと強くなるやも知れません」
五歳のヨハンはキョトンとしている。年長のソフィが優しく声をかけた。
「ヨハン、君には魔力があるって。私と同じ力よ。一緒に強くなろうね」
「ぼく、まりょく、ある?」
「そうだよ!」
「ソフィと、おなじ?」
「そう!」
ヨハンは両手を上げ、きゃあきゃあと喜んだ。
次に鑑定の宝珠の前に座ったのは、六歳のアンナだ。
「アンナさん、ヨハン君がしたように、珠に手を翳してください。なにか、楽しいことを考えましょう」
アンナが宝珠に手を翳すと、珠の中がもやもやと曇った。それが霧が晴れるように消えてゆき、宝珠はただ、透明に輝く姿に戻った。
「まりょく……ないんだ…」
アンナはぽつりと言った。ヘンリックはその頭をポンポンと撫でた。
「そうです。君は今のところ、まだ魔力がありません。でも、魔力がない人はたくさんいますし、大きくなったら使えるようになるやも知れません。その上、君は六歳なのに石盤に字が書けるではありませんか。それは魔力があるのと同じくらい素晴らしいことです」
アンナは残念そうだったが、立ち上がると、自分の席に戻った。次に宝珠の前に座ったのは、八歳のクヌートだ。水晶の珠が澄み切ると、黄色の光がぽつりと見えた。
「君は土の魔力を二単位持っていますね。最果てらしい、とても有用な魔力です」
「ぼく、土がだせる?」
「そうです。新しい土を作ったり、肥料を作ったりできるのですよ。よく鍛錬すれば、枯れ木に花が咲かせられるやも知れません」
「クヌート、すごい!」
アンナが手を叩き、子供たちはわいわいと喜んだ。
次は、ヘンリックが気に掛けていたベルタの番だ。彼女は俯いたまま進み出ると、眉を寄せながら宝珠に手を翳した。もやが晴れると、宝珠の中には、大きな赤い星と、それより小さめな青い星が瞬いていた。
「ベルタさん、君には火の魔力が五単位、水魔法が三単位あります」
教室がどよめいた。
「ベルタ、すごい!」
「強い!!」
皆が騒いでいる。ヘンリックはじっとベルタを見つめた。唇を噛み、とても喜んでいる表情ではない。ヘンリックは穏やかな声を出した。
「一人で複数の魔力を持つのは、珍しいことです。それに加えて最も強い魔力が五単位あるということは、魔法が生活の役に立つだけでなく、魔法で生計を立てることも可能になると言われています。例えば冒険者になったり、魔道士として偉い人にお仕えしたりですね」
「……要りません。魔力なんて……呪われた子だって言われるもん」
「ベルタさん、魔力は決して……」
ベルタは顔を覆った。
「魔力なんてあるから、お母さんに置いて行かれたんだ……!」
そして立ち上がると、パッと教室の外に駆け出してしまった。一番後ろの席にいたラウラが、すぐに立ち上がって後を追う。
「皆さん、私はベルタさんを探します! 宝珠には触れずにいてくださいね!」
そしてヘンリックも教室の外に出た。
幸い、ベルタはそう離れていない廊下にいた。見るとラウラがベルタと視線を合わせ、優しく話しかけていた。
「傭兵仲間にね、火魔法の使い手がいるのさ。いいヤツだよ! もちろん、火魔法で敵を攻撃したりもするさ。でも寒い晩に毛布を温めてくれたり、苦労して焚き火を作らなくても、すぐにスープを温めてくれたりね。本当に気がきく、いい子なのさ……」
ヘンリックは微笑むと、静かに教室に戻った。ラウラに任せておけば大丈夫だと思ったからだ。
「はいっ! 皆さん、リンドベルグ先生の戻りを待ちましょう! ああ、これは緑の星……たぶん君には、風の魔力が二単位あると言うことでしょう」
教室のドアを開けて、ヘンリックは目を丸くした。子どもたちが宝珠の置いてある机に群がり、その子らにダニエルが対応していたからだ。
ヘンリックを見ると、子どもたちはバタバタと自分の席に戻った。
「ダニエル殿、ありがとうございます」
「いえ、私では皆さんを抑えきれず……」
ダニエルが苦笑する。ヘンリックは宝珠を見た。緑の小さな星が瞬いている。
「確かに風魔法が二単位ですね。ダニエル殿は魔力の鑑定がお出来になるのですね」
「教会の警備員でしたからね……鑑定に立ち会う機会はそこそこあったんですよ」
ダニエルは頭を掻いた。ヘンリックは頷く。
「この風魔法はニコライ君ですね? これは実に便利です。熱い料理を冷ましたり、インクをすぐに乾かしたりもできますよ。君は綴り方に優れているので、もし物を書く職業に就いたら、とても便利でしょう」
席に戻ったニコライはとても嬉しそうにしている。そして言った。
「ソフィの治癒魔法が3に増えていたんです!」
「素晴らしい。どんな職場でもきっと重宝されるでしょう。ここで働くなら、ポウルセン司祭の助手も務まりますよ」
言うとソフィは嬉しそうに笑った。その時、ベルタと手を繋いだラウラが戻ってきた。ヘンリックはすぐに膝をつき、ベルタと視線を合わせる。
「ベルタさんは呪われてなどおりません。ラウラ殿の優しいお友達のように、きっと皆から好かれますよ」
言うとベルタはこくりと頷き、ラウラと手を繋いだまま、一番後ろの席まで着いて行った。




