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100階層に現れる甲冑

「――え?」


 誰のものともつかない疑問の声を背に、ショコラがサイクロップスに飛び込んでいった。


「危ない‼」


 慌ててカシージャスがフォローを試みようとしたが、到底間に合わない。彼女の動きは疾風だった。


 サイクロップスの残虐な爪がショコラの身体を切り裂く――。


 だがしかし、彼女は空中で難なく身体を(ひるがえ)し、ひらり紙一重で難を逃れた。


 床を蹴り、柱を蹴り。空中でくるん。とんぼ返りになってサイクロップスの頭部に迫る。


 ショコラが勢いのまま、サイクロップスの顔を斬った。


 パキパキと音を立てて氷結する巨人の口。


 途端に薄まり始める瘴気の霧。


 瘴気毒はサイクロップスの口から吐き出されていた。


 闇黒(くらやみ)が霧散していく。


「すげ……」


 リックの驚きの声と共に、ホールが晴れた。そこにイルバーンの声が響く。


「――削りきるなら今です‼」


「おうよッ‼」


 瘴気を止めたショコラの斬り込みは、決定的だった。彼女は驚くべきことに、サイクロップスの口を塞ぐと同時に、敵の魔法の詠唱も封じたのだ。


 敵の急所が口であることを見抜き、ひと振りで勝負をひっくり返した瞠目(どうもく)すべき機転だった。その頼もしい姿にスターチェイサー全員が奮い立つ。


 サイクロップスは武器を捨て、盾も捨てた。もはや魔法も使えない。こうなれば、敵はただの猛獣にすぎなかった。


 野獣を集団で狩るように、じわりじわりとスターチェイサーがサイクロップスをホールの隅へと追い込んでいく。


 そしてついにその時は来た。


 イルバーンの渾身の突き技〈フラッシュ・スラスト〉がサイクロップスの眼球を捉えたのだ。


 サイクロップスの口を封じていた氷が砕け、その奥から恨めしい苦悶の雄叫びが上がる。


「ディ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イゼルゥァサア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――」


 頭部を貫かれたサイクロップスは断末魔の絶叫を残し、床に崩れ落ちた。


 ホールの鳴動が徐々に収まっていく。


 舞い上がった土埃が床に落ちても、まだ誰一人として動こうとはしなかった。


「――やったの?」


 マキアがぽつりと言った。


 そのひと言をきっかけに、ぽつぽつと興奮した声が上がり始める。


「勝った……」


「俺たち、やったのか……?」


「私達、絆の深淵を踏破したよーッ‼」


「いいいいいぃやったぜええええええええ‼」


 そこにイルバーンの鋭い声が走った。


「油断しないでください。まだダンジョンマスターが残っているはずです」


 そのひと言に、一同が口を引き結んで周囲を警戒するも、彼らの背中から湧き出す勝利の興奮は冷めない。リックやレンレンに至っては、にやけ顔を隠し切れていない。


 一般に、ダンジョン最奥の守護者を斃せば、ダンジョンは踏破したと言って過言ではない。なぜならダンジョンマスターは脆弱な存在ばかりだからだ。


 未だかつて、冒険者に太刀打ちできるほど戦闘力のある存在がダンジョンマスターであったという記録は存在しない。理由は不明だが、ダンジョンマスターは弱者ばかりなのだ。


 だから、確かに、イルバーンの言う通りまだ終わってはいないものの、一〇〇階層に居座っていた守護者を退(しりぞ)けたスターチェイサーは、ほとんどダンジョンを踏破したと言って過言ではない状況だった。ここからは、言わばエピローグのようなものだ。そう全員考えていた。


 あとは深層の秘宝を手にして引き返すか、あるいは――。


「――皆さん、警戒は解かずに身体を癒してください。準備が出来次第、奥の扉を開きます」


 イルバーンの視線の先に扉があった。サイクロップスの背後にあった扉だ。間違いなく最奥に繋がる扉だと思われる。


「――いやはや、たまげた。まさか正面からいくとはな。たいした度胸だ。しかも、あの濃さの瘴気に突っ込んでよく無事だったな、嬢ちゃん」


 ヴォルフが大剣を肩にかけて半ば呆れた調子で言うと、ショコラが首をツンツンと指差してみせる。


「これが、瘴気耐性の首輪なんだそうです。だから大丈夫かなって」


「――瘴気耐性の首輪? そんなものが存在するのか?」


「え? ええ。ディーゼルさんがそうだって言ってました。あの人、超絶がつくほどのダンジョンオタクなので、多分間違いないかと」


「ほーぉ……ま、そのディーゼルって奴が追いつく前にケリがついちまったがな」


 笑ったヴォルフ。そこにオレガノが割って入ってくる。


「――いくら耐性の首輪をつけていても、あの濃度の瘴気毒を完全に防げるとは思えませんが……本当に平気なのですか? 即死は(まぬが)れても、身体に相当な呪いが残るはずですよ。()ましょうか?」


 するとショコラは自分の身体をキョロキョロと眺め、事もなげに言う。


「そうでもなかったですよ。あの黒い霧、ちょっと冷たかったかなぁくらいで」


「ちょっと冷たかった、ですか……」


 瘴気毒は、触れただけで凍傷になり、体内に取り込めば猛毒。肺一杯に吸えば血を吹いて即死。そういうものだというのが、スターチェイサーの認識だった。


 これには一同、苦笑いするほかない。


「ますますショコラちゃんの正体が気になっちゃうねーっ!」


 レンレンがショコラに抱きついた。彼女の目は潤んでいる。


「――ひょっとしてー、秘匿(ひとく)されたS級冒険者ってやつなの? たまにいるらしいじゃん、国に囲い込まれた元凄腕冒険者って」


 国は積極的に上級冒険者を登用している。A級以上だと、金銭的に国に仕えるメリットはほぼ皆無ではあるものの、様々な事情で冒険者をやめて国に仕える高ランク冒険者も中にはいるのだ。


 するとショコラはレンレンの頭を撫でながら、きょとんとなった。


「S……? いえいえ、まさか。私はE級ですよ。私があの黒い煙に触っても大丈夫なのは……多分、最近ずっと近くであんな感じの煙を受けてたから、慣れちゃったんだと思います」


「E級⁇ それはどういう――」


「よく頑張った、ターチ」


 眉をひそめたミトラが一歩踏み出そうとして、ギクリと身体を強張らせた。


 金縛りにあった。


 指一本動かせなかった。


 言葉では言い表せない、冷たく鋭い気配に脳天から串刺しにされたようだった。


 声は背後から聞こえてきた。


「――ぁ……ぁぁ……ぁああ……」


 ミトラが、血の気の引いた顔をギギギ……と後ろに回す。


 そこには黒鉄(くろがね)の甲冑騎士がいた。


 忽然(こつぜん)と現れ、サイクロップスの死体の隣で膝を突く漆黒の偉丈夫。


 忘れようももない――。


「あ、幽鬼(アブザード)……」


 ミトラの乾いた悲鳴に、全員が弾かれたように振り返った。


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― 新着の感想 ―
[一言] ショコラほんとこわい……そしてついに 続きが気になりすぎるので全裸にヘッドハガーマスクつけてお待ちしてます
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