100階層の戦い
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一〇〇階層。その内部は聖堂とも言うべき巨大なホールとなっていた。
病的な光を零すステンドグラス。左右に立ち並ぶ柱の列に挟まれる形で中央に敷かれた赤黒いビロードのカーペット。
その奥に待ち構えていたのはひとつ目の巨人――〈サイクロップス〉だった。
ただのサイクロップスではない。
真っ白い肌。頭頂部に一本の雄々しい角。静かな殺意を湛えた、瞼のない巨眼。
見上げるほどの巨躯はラメラーアーマーと呼ばれるタイプの、貫頭衣の表面に無数の金属プレートを隙間なく貼りつけた鎧で覆われており、その手には巨大なメイスと、壁のごときタワーシールドが握られていた。
「……神官戦士、しかも闇系神官戦士のサイクロップスですね」
同じく神官戦士であるオレガノが小さな声で言った。その言葉にイルバーンが頷き返す。
神官戦士は万能ファイター。一人で攻撃、防御、回復をこなす強敵だ。
隊列を組んだまま静かに、油断なくカーペットの上を歩むスターチェイサー。
先頭にオレガノとヴォルフ。すぐ後ろにイルバーン、レンレン。カシージャスが矢を番え、彼の後ろにマキアとミトラ、そしてフラミー。殿をリックとショコラ。
スターチェイサーがホールの中ほどに到達した時、戦いは唐突に始まった。
サイクロップスが無言で跳躍したのだ。
見上げるイルバーンの顔に影が落ちた。
着地と同時にスターチェイサーのど真ん中を狙ったメイスが床をめくり上げ、サイクロップスが盾を振り回すと暴風が起こった。その攻撃はどれも、掠っただけで肉を持っていかれそうな力を内包していた。
スターチェイサーが勇敢にも、この怪物に挑みかかる。
「イヤアアアアッ‼」
先陣を切ったのはレンレンだった。
彼女は素早い飛び込みでサイクロップスの懐に潜り込むと、不可視の衝撃を伴った蹴撃でサイクロップスの足を狙った。
惜しくもその一撃は盾で防がれたが、サイクロップスの動きを止めることには成功した。
「――食らえッ‼」
その背中に駆け込みながら大剣を叩き込んだヴォルフ。
ドォンッという音が立ち、しかしその一撃もまた盾でピタリと防がれてしまう。巨大な岩を殴りつけたような不動の手応えだった。
代わりに振り上げられた敵の巨大なメイスが、彼の脳天に落ちてくる。
「〈主よ我らを護りたまえ〉――ぐぅ!」
サイクロップスの振り下ろしを、光魔法で自己強化したオレガノが盾で受け止めた。しかし数多くの魔獣の爪をその盾で跳ね返してきた彼でさえも、そのあまりの圧力に屈して膝を突いてしまう。
その時、がら空きとなったサイクロップスの脇腹に吸い込まれる光があった。カシージャスの矢だ。
月煌石を鏃とする矢が、サイクロップスの腹で炸裂して激しい効果が現れる――はずだった。
しかし、彼の矢は無情にも見えない壁に弾かれて床に落ちただけで終わった。
一連の攻防を見たイルバーンが声を上げる。
「――敵は神官戦士。何重にも防御魔法がかかっています!」
「私とミトラの術で防御膜を破るから! 時間を稼いで‼」
「よろしくお願いします。フラミーさん、サイクロップスの目に攻撃を集中してください。ショコラさんとリックさんは魔法使い組のサポートを。残りは全員で敵を押し返しつつ、あの鎧を少しでも削ってください‼」
イルバーンも戦線に加わり、そこから手強い戦いが始まった。
イルバーンとヴォルフが攻め、オレガノが敵の攻撃を止めつつ、レンレンとカシージャスが要所を押さえていく。空中では常にフラミーの火がサイクロップスの眼球を狙っていた。
だがしかし、さすがは一〇〇階層の怪物というべきか。サイクロップスの神官戦士は、これまでの敵とは明らかに格が違った。
その動きは並のモンスターを圧倒して速く、体捌きは熟練の戦士に匹敵した。そしてなによりも、戦いに知的な戦術があった。このサイクロップスが高度な知性を持ち合わせているのは間違いなかった。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ‼」
振り回される岩のごとき凶悪なメイスが何度もスターチェイサーの前衛を撥ね飛ばし、その骨を砕いた。オレガノとフラミーによる防護と回復の魔法がなければ、あっという間に戦線は崩壊していただろう。
後衛から撃ち込まれるマキアとミトラの魔法が、サイクロップスの防御膜を少しずつ削っていった。だがその度にサイクロップスも防御魔法をかけ直し、小傷を瞬時に癒してしまう。
勝負は根比べの様相を呈し始めていた。
拮抗した戦局。それを動かしたのは後方から駆け込んできたショコラだった。
「――嬢ちゃん、いい動きだ‼」
ヴォルフの歓声が上がった。
ショコラが前線に加入し、アイス・ファルシオンでサイクロップスの足を斬り、凍結させてその自由を奪った。
「――ふひぇええええええッ! 私、へっぽこなのでえええッ!」
悲鳴を上げて、サイクロップスに攻撃を当てるたびに後方に逃げ去るショコラ。だがそんな彼女の斬撃には、剣豪の重みが宿っていた。華奢な見た目からは想像も付かない、不自然なほどの攻撃力だった。
ショコラはそうやって息つく間もなく斬っては逃げ、斬っては逃げ。しかしたったそれだけのことが効果的だった。サイクロップスの鈍重な動きは彼女をまったく捕らえることができない。やがて彼女の電光石火の活躍で、拮抗していた戦いがスターチェイサーに傾き始める。
やがてホールの端に追い詰められたサイクロップス。その背中が壁に触れた直後、大きなひとつ目が強い輝きを放った。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ‼」
サイクロップスの図太い咆吼がホールをビリビリと共鳴させる。
メイスと盾を捨てて、太く鋭い爪を伸ばしたひとつ目の巨人。四つん這いとなり、先ほどまでとは打って変わって素早い動きで縦横無尽にホールを駆け回り始める。
床を蹴り、壁を走り、スターチェイサーの上を跳び越して柱を登る。猿のごとき動きだった。
しかしスターチェイサーを動揺させたのは、豹変したその動きではなかった。サイクロップスの動いた跡に残される闇黒の霧が、彼らに強い緊張をもたらした。
カシージャスが叫ぶ。
「これはッ……瘴気毒だ‼」
「瘴気毒……! 気をつけてください! 全員、霧の範囲から離れて‼」
闇黒の瘴気は呪われた猛毒だ。長い時間その中に留まれば、魂が闇黒に飲み込まれて二度と復活できなくなる――即座に真なる死が訪れる。
こうしてスターチェイサーは瘴気毒に巻き込まれないように散開せざるを得ず、彼らの戦術の要である連携が機能しなくなった。
「固まらないで! 動き続けてください!」
「フラミー! ミトラにつけ!」
「マキアはこっちだ‼」
「私はいいからミトラのサポートを増やして!」
スターチェイサーは後衛を引き連れて逃げ惑うことしかできない。
「リック! トラップはどうした⁉」
「あいつが重たすぎて、俺のトラップじゃあ足を止められねぇ‼」
「カシージャス!」
「駄目だ! まだ防御膜が残っていて矢が届かん‼」
「あの瘴気毒を止めないと、じり貧だよ!」
「あ、私がいっきまーす! ――とぁあああああああッ‼」
レンレンの焦りの滲んだ声に、ショコラが気楽そうに手を上げて応えた。




