見守るもの
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中庭を囲う城の一画に、高い尖塔が突き出している。
その尖塔の物見から見下ろす光景は、壮観だった。
「どんな状況だ……」
中庭が、なかなか興味深い状況になっていた。ショコラの手作りタバコを兜に差して、不味い煙を吹かしながら、もう少し観戦を楽しむことにする。
「あれは……ドルトンか」
偽物チェイソンのドルトンが、どういうわけかチェーンソーを振り回してショコラを追い回しており、一方で本物のチェイソンが冒険者に襲いかかっていた。
「相変わらずショコラは器用に逃げるな」
ショコラはドルトンの追撃を余裕をもって往なしている。あの様子なら、この混乱の中でもあいつは当分平気そうだ。
エクセノモルフの大群を始め、群衆の中には〈プレデター〉も見える。〈ブギーマン〉もいるぞ。この辺りの階層だとゾンビも〈バタリアンズ〉にレベルアップして、達者な足で全力走するようになる。雑魚であるはずのスケルトンも強力な魔導具を身につけ始めて油断のならない敵に変貌する。
他にもそれなりのレベルのモンスターが、種類を問わず中庭にひしめいており、言うなれば、百階層だよ全員集合! みたいな状態となっていた。
俺が迷宮を抜けて尖塔の上に出た時は、既にこんな状態だった。
「――なるほど?」
見ると、中庭には万謝の燭が一度出現した跡があった。あれはここの守護者であるヘカトンケイルを呼び出して斃さなければ出てこない。あの冒険者達がやったのだろう。
で、あれば――あれがスターチェイサーの本隊ということで間違いなさそうだ。
そしてその万謝の燭が崩されていた。おそらくドルトンか、あるいは別のコスプレイヤーどもが、スターチェイサーを騙くらかすか何かして、万謝の燭を崩したのだろう。
万謝の燭を破壊した場合、ペナルティとして、逆に敵を周囲から引き寄せる効果が発生する。万謝の燭とは、冒険者をダンジョンの奥深くへと誘う釣り針であり、同時にそれ自体がトラップの一種でもあるのだ。ダンマスがタダで挑戦者どもに贈り物をするはずがない。
この辺りは特に敵の密度が高いエリア。しかも悪いことに中庭がそんなエリアのど真ん中に位置するものだから、城から、地下から、空からと敵が集まってきて、これだけのお祭り騒ぎになったというわけだ。
〈母なる恵みを瀉ぐ腕輪〉をつけているドルトン以外の悪夢信奉者は、普通に敵に囲まれて袋叩きに遭うというのに、未だにスターチェイサーを襲い続けている。その根性には恐れ入る。正直呆れた。
ショコラがスターチェイサーの一団に駆け込んでいった。
「――ショコラは連中とつるんでるのか……あいつ、人当たりが良いから、敵の懐に簡単に入り込めるんだな……」
ショコラは人柄が良く、演技も優秀だ。スパイとしての才能があるらしい。
「お?」
空から光球が降り注いだ直後、強烈な爆風が発生して中庭の敵を吹き散らした。遠く離れたこの尖塔にまで余波が襲ってくるほどの一撃だった。
その中心にいるのは、眩い光輝を放つ鎧に身を包んだ、一人の剣士。
「あれがイルバーンか……」
なるほど? ショコラが言うほど悪辣な雰囲気ではないが……。
空に例のフェニックスの若鳥が飛んでいる。
スターチェイサーとショコラが一緒になって階段を駆け上がっていった。
「ほぉ」
兜からタバコの煙が漏れた。
イルバーンがドルトンの突進を弾き飛ばしたのが見えた。空間を広く切るタイプのスキルだった。俺の〈虚空斬り〉に似ている。なかなかの腕前だ。
直後、魔法の発動の気配を感じた。大きな魔法だ。
「合成術か……」
よく見ると、雪山で雪崩を食らわせてきたエルフ女がいる。その隣にもう一人、知らない女魔法使いがいるな。あっちはかなりの手練れだ。神官戦士の動きも良い。スターチェイサーで特に実力があるのは、イルバーンとあの二人のようだ。
「んん?」
空から炎とカミナリが落ちてきて、イルバーンに直撃したと思ったら、奴はそれを自分の中の魔力と混ぜてブーストし、階段に叩き付けたではないか。
「ほーお……また器用なことを……」
あれは何度か見たことがある。魔力を自分に降ろして色々な効果を発現させる高度なスキルで、同時に身体に強い負担のかかるスキルだ。〈満ちて宿す器〉とかいう、生まれつきのエリートスキルだったはずだ。確かクラリスも使えたな、あれ。
しかも、合成術はどちらも〈星魔法〉だった。かなり高等な魔法だ。
特に、女魔法使いの力量が突出しているようだ。エルフ女は術後に肩で息をしていたが、一方の女魔法使いはケロリ。あの女魔法使いは、まだまだ強力な魔法を隠し持っているに違いない。殺すなら、あいつからだ。
「“スター”チェイサー……まさかな」
イルバーンの〈満ちて宿す器〉による増幅攻撃で階段が崩壊した。あれで連中は中庭から押し寄せるモンスターの大群を振り切ったことになる。
崩れた階段の前で、本気で悔しそうにしているドルトン。あいつ完全にダンジョン側だな。笑える。
橋は崩されたから、一〇〇層入り口までは別のルートを行かなくてはならない。また少し遠回りすることになるな……。
そもそも、俺が行くまでの間、あそこでショコラは生き残れるだろうか。長らく留まっていると空から飛龍なんかが襲ってくるはずだ。あんな狭い場所だとあいつの強みが活かせない。エクセノモルフの誘拐も心配だ。奴らは崖からも這い上がってくる。
ようやく到着したと思ったらショコラが死んでいた。また万謝の燭まで死に戻り。というのはさすがに辛い。一番近いはずの中庭の万謝の燭が潰されているから、かなり後ろまで戻されてしまう。
そんなことを鬱然と考えていたら、なんと、ショコラが神煌石をスターチェイサーに渡しているではないか。
「あいつ、なんで神煌石を渡すんだ……?」
あれは俺でもダメージを食らうくらい強力なやつだ。ショコラめ、何を考えている。あ、しかも人魚姫のガイコツで水まで飲ませやがって。これから殺る予定の連中にステータス・ブーストを与えてどうする……。
どっちの味方なんだ? 合流したら死なない程度に一発カミナリを落としてやる。本物のカミナリだ。しかも黒いやつ。
憤然と俺が見守る先で、ショコラはスターチェイサーと一緒に一〇〇階層に入っていった――。
驚いたことに、彼女はあっさりと一〇〇階層の入り口を越えた。
「――よくやった、ショコラ」
幸い、ショコラが中に入ってしまえば、俺が行くまで扉は開きっぱなしになる。
絆の深淵では、一人でもギミックを突破すると残りのパーティーメンバーが突破するまでそのギミックは解除されたままになるからだ。
まさかショコラはその話を覚えていて、わざわざスターチェイサーに潜り込んだとは考えすぎだろうか……。
まぁ、なんにせよ、ショコラはあの扉を突破した。メンバーである俺も、あいつが中で生き残っている限り、いつでも一〇〇階層に入れる。
あの中に入ると、すぐに戦闘が始まる造りだが、幸いあそこの階層守護者であるターチとショコラであれば、ショコラの方に大きな有利がつく。ショコラが勝てるはずもないが、逆にうっかりターチに殺されてしまう心配もなさそうだ。
しかしスターチェイサーは――。
「急ぐか……あのレベルの連中が相手だと、ターチ一人では辛かろう」
――尖塔から飛び降りた漆黒の影が城塞を走る。それを追ってタバコの白煙が長く尾を引いた。
次回から、しばらく戦闘シーンが続きます。
作者は戦闘シーンを書かないと死んじゃう病気にかかっているので、お付き合いいただけると嬉しいです。
描写文ばかりで読みにくいかも知れませんが、分からないところがあったら感想で教えてもらえれると勉強になります!




