第一章(1) 少女、現る。
「起きろアルト!いつまで寝てるんだ!」
ごろんっ。
そんな怒鳴り声とともにくるまっていた毛皮ごとひっくり返された。
「今日からお前は13才。立派な大人だ。自分の食い扶持は自分で稼ぐようにしろとさんざん言っていたよな?」
……そうだった。すっかり忘れていた。頭をひとつふたつ振って目を開けると親父が仁王立ちしていた。
「やっと目が覚めたか。俺は先に行っている。お前も早く来い。」
「わるい、親父。すぐにいくよ。」
そうか。とかなんとか言いながら親父は行ってしまった。あたりには鳥のさえずりが響き、窓の外を見れば太陽が山脈の谷間から顔を出している。
「あー。今日もいい天気だ。」
弁当と自前の斧を持って、俺は山へ向かった。うちの家は代々木こりをしている。俺も今日からその後を継ぐというわけだ。とはいっても昔から手伝いをしていたのでそこまで感慨深いというわけでも無いが。
「おーい。アルト君元気にしてたかー?」
あの声はルベルトさんだろう。このあたりじゃいちばんの古株で、斧の扱いも格別上手い。面倒見がいいので小さい頃はよく弁当を分けてくれたりしたものだ。
「今日からついに大人の仲間入りか。大きくなったなぁ。」
「そのことなんですがルベルトさん。今夜はちょうど満月です。ちょっと早すぎるとは思うのですが成人の儀を行ってやりたいのですが。」
成人の儀というのは13才になった子供が神様に自身の職業と与えられた役割を果たすことを神様に誓う儀式のことだ。この村は光神レゾの恩恵を受けやすい満月に行うようにしている。昼にやらないのは宴会が出来ないからとかなんとか。
「かまわんよ。他に何人かやるやつがおるからな。一人増えたところで変わらんだろ。」 「では、そういうことで。」
「ほかの皆には言っておくからな。アルト君は心構えだけしておけばいい。」
「わかりました。」
「さて。話は終わりだ。仕事に取りかかるぞ。」
「今日は南側の枝打ちを頼む。ちょっと茂りすぎてるからな。
「了解。」
「それとアルト君、今日から成人とはいえ今までと仕事はあまり変わらん。あまり張り切りすぎないようにな。」
「はい!」
そうはいってもやはり落ち着かない。俺は深呼吸してから、仕事に取りかかった。
枝打ちは簡単だけど変に力がこもっていると落っこちてしまうから気をつけないと。
夜になり、満月が夜空に高く上った頃、成人の儀の準備が整った。
村の広場には大きな火がこうこうと焚かれていて、その周りをたくさんの大人たちがかこんでいる。祝詞をよむのは巫女のおばさんの役目だ。
「光神レゾの御名のもとに、新たに三人の者をこの村の成人として迎え入れる。三人とも、前へ。」
僕らは立ち上がり、火の前に行った。おばさんは厳かに続ける。
「鍛冶屋の息子トンダ、汝は鍛冶の道を歩み、火の守り手となることを誓うか。」
「はい。」
火がいっそう大きく、紅に燃え上がった。
「鍛冶屋トンダ!そなたを歓迎する!」
拍手が巻き起こった。鍛冶屋のおじさんが泣いているのが見えた。
「巫女の娘エル、汝は巫術を修め、汝は神に仕えることを誓うか。」
「はい。」
火は一瞬輝くように白く燃え上がった。
「巫女エル!そなたを歓迎する!」
また拍手。巫女のおばさんが目を潤ませてる。次は僕の番だけど、大丈夫かな。
「木こりの息子アルト、汝は木こりの道を歩み、木々の守り手となることを誓うか。」
「は」
いということは出来なかった。突然、異変が僕らを襲った。ごうと強い風が吹き、こうこうと燃えていた炎が、まるでろうそくのように消えてしまったのだ。それと同時に、あれだけ大きく輝いていた月も、その光を失ってしまった。あたりは一瞬にして暗闇と静寂に包まれた。
「な、なんだ?」
「落ち着け雲が月を隠して暗くなっただけだ!!」
「じゃあなんで炎まで消えちまうんだ!!!」
「知るかよそんなこと!!!!」
「落ち着きなお前ら!だいの大人がみっともない姿を晒すんじゃ無い!!!!!」
騒ぎを押さえたのは巫女のおばさんだった。
だが、異変はまだ終わらない。次の瞬間、広場に光り輝くものが現れた。まるで月の光を一点に集めたような美しい輝きだった。
それは、「純白」の、「可愛らしい少女」であった。
少女は高らかに俺への別の祝詞をよみあげる。
「運命の寵児にして、神の息子アルト、汝は我とともに歩み、人の身でありながら『神の代理者』となることを誓うか?」
何を言っているのかはさっぱり分からなかったが、俺はこの子と歩むのだという使命感だけがわき上がり、おれは反射的に答えていた。
「はい。」
パアッと、世界に光が戻った。俺と少女は広場の中央で向かい合っていた。少女の瞳は、強い意志に溢れていた。
「代理者アルト!君をこの世界に歓迎しよう!」
パチパチと拍手の音が聞こえた。親父だった。満足そうに微笑んでいた。他のみんなもそれに続いた。紛れもない、祝福の拍手だった。何が起きたかは分からなくとも、僕が認められたという事実だけは、皆感じ取ったみたいだ。
それを見て、少女はにっこりと笑った。それと同時に、すうっと彼女の輝きが消えていった。俺たちは、じっと、彼女の次の言葉を待った。
パタン。スヤァ……。
「え?」
少女は……眠っていた。それはもうぐっすりと。俺たちの沈黙を置き去りにして。
「「「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!??」」」」」」」
これが、この世界に白の少女が舞い降りた一連の顛末である。




