魔王と勇者で殺伐失敗した件
「よく帰ってきた勇者よ……というか良くやった我が息子! これで魔界も暫く大人しくしているだろう」
そう、父であり人の国の王がねぎらうも、それをつまらなそうに勇者は聞いていた。
「……と言うよりは、あれ、侵攻って言っていいのか?」
「む、村の家々を全てお菓子にしたり、空から降ってくる雨を飴玉に変えたりといった蛮行をしていたではないか」
「なんか話を聞く限り今までの魔王と違って、幼稚だよな……」
幼稚といった瞬間、勇者の抱えている丸めた毛布を縄で縛り上げたものから、むーと声がする。
そこで王は初めて、勇者が抱えているその変な物体に気付いたようだった。
「所でそれは何だ」
「ああ、これか、これはだな……」
そこでぴょこっと丸めた毛布から頭が現れる。
魔族の特徴である赤い瞳を潤ませて、見目麗しい少年が布で猿轡を噛ませられてむーむー言っている。
雨の中の子犬のようなつぶらな瞳をうるうるさせて、助けを求めているようだった。
「……息子よ、それは?」
「ああ、俺の嫁だ」
猿轡をかまされた少年が、違うというかのようにむーむー言いながら激しく首を横に振っている。
その様子を見て、勇者はそれを地面に下ろすと、剣をその少年に向けた。
「嫁だよな?」
にっこりと笑いながら勇者が剣を突きつけながら問いかけると、少年はそうですというかのように大きく頷いた。
それに満足した勇者は再び剣を鞘へとしまう。
「そういうわけだ」
「ちょ、ちょっと待て、こんな得体の知れない魔族を嫁など……確かに見目麗しいが……」
「あ、こいつ魔王……倒したから元魔王だから、身分は分っているぞ?」
王が噴出した。
そして魔王だと言われた少年は、勇者の意識が少年に向いていないうちに逃げようと、芋虫のように這って出口へと進んでいたが……そこで目の前に、逃げたら殺すといわんばかりに勇者の剣が落ちてきて、魔王は顔を青くして動きを止める。
それを確認してから勇者が、
「倒したから、捕獲してきて嫁にしようと思ったんだが、何か問題はあるか?」
「あるに決まっているだろう! 魔王だぞ魔王!」
「それの何が問題あるんだ? 愛し合っていれば問題ないだろう」
王は魔王を見ると、違うというかのように大きく横に首を振っていた。
それを見てしばし王は考えて、ふむと頷いた。
「まあ、愛があればいいか」
「そうだろう」
「うむ、どう考えてもあの魔王という少年は、お前の事が大好きなようだし」
「そうだろう。そういう風にしか見えないだろう」
「いやー、母さんとの出会いを思い出すなー」
魔王はむーむー言っていて、けれどこいつら聞く耳をもたないと判断したのか再び芋虫のように這って逃げようとする。
しかし今度は俊敏な動きで勇者は魔王の傍にやってくると、そのまま踏みつけて逃げられなくする。
魔王はびちびちと、陸に打ち上げられた魚のように暴れている。
しかしすぐに疲れたのか、ぐてっと床に倒れたまま魔王は大人しくなる。
それを確認してから勇者は魔王を担ぎ上げた。
「じゃあ、俺はこれからこいつとすることがあるから」
「うむ、分った。若いというのはいいのう」
そう笑う王を尻目に、勇者は魔王を自身の寝室へと運んでいったのだった。
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まず、事の起こりを話そう。
魔王サイドにて。
「うーん、暇だなぁ。よし、人の国の様子を遠見の魔法で見てやろう!」
それはいつものささやかな思いつきのはずだった。
光の魔法人が宙に浮かび、その一番中心の円にぼんやりと風景が浮かぶ。
魔界とは違う建物が並び、魔族とは違う人々が暮らしている。
楽しそうなその様子に、魔王はいいなー、行ってみたいなーと顔を綻ばせて見ていた。
そこでふと人間の王族ってどんなだろうと思って、魔王は興味本位で覗く。
変な髭とか生やしているのかなと、面白がって覗き込んでいて……魔王はそのまま固まった。
その様子に気付いた部下が、
「どうされたのですか、魔王様」
「え、いや、その……」
なんと言うか、顔を真っ赤にしている。
しかもやけに可愛くなっていて……部下はなるほど、と頷いた。
「一目ぼれしましたね」
「な、何の事かな?」
「素直に認めればお手伝いしますよ?」
「ほ、本当?」
ちなみにこの部下、魔王の次に強いので、次の順番で魔王だったりするのだが、そんな、魔王としての仕事をするなんて面倒くさいと思っていたので、下克上する気はさらさらなかった。
ただ魔王様は可愛いので、からかったり可愛がったりする程度にはとても気に入っていたので、本気で力になろうとしていた。
「その……この人の国の王子、勇者になるべしって存在らしんだけれど……」
「なら話は簡単です! 人間の国に侵略して勇者が出て来た所で倒して、自分のものにしてしまえばいいのです!」
「そ、そうか、その手があったか!」
「ですがまずこの勇者がどの程度強いのか確認しましょう。でないと反対に……魔王様は可愛いので、エロ漫画のような展開に!」
「なん……だと?」
「そういうわけで、まずは人形を送り込みましょう」
そんなわけで、魔界の進行は始まったのだった。
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最近魔族に変な動きがあるという事で、村にやってきた王子こと勇者だが。
傍でニャーニャー鳴きながら、一匹の猫がもう一匹の猫に乗っかられている。
「……猫でさえもこうなのに、何で俺には恋人がいないんだ?」
「自分から恋人はゲットするもので、自然に出来るものではありませんよ王子……じゃ無かった勇者様」
そう部下がいなすも、勇者は溜息をついて、
「……魔族と交戦してないから、俺はまだ勇者ではないな。何だよ王族に生まれたら勇者になるべしとか。魔族みたいに実力主義ならまだしも……」
「勇者様は実力があるからいいではありませんか」
「……だったらこれだけあるのに、何で恋人になりそうなのも寄ってこないんだ」
「……その割にはこの前断っていたような」
「運命を感じなかったんだ」
部下が噴出してそのまま、失礼しますと去って行ってしまう。
失礼なと思いながら、目の前のアイスコーヒーに口をつけようとしたちょうどその時、高笑いが聞こえたのだった。
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「ふははは、魔王軍の恐ろしさを見せてやっるのだー!」
高笑いする指揮官らしき見目麗しい少年がそう叫ぶと、部下達が面倒くさそうに村の家々に魔法をかける。
するとなんということでしょう。
全てお菓子の家になってしまったではありませんか。
「どうしましょう、子供達が喜んでいます!」
「魔王め、なんて小癪な真似を!」
と部下達が叫んでいるのを聞きながら、勇者がその総指揮官らしき少年を見て、言葉を失った。
高笑いをする、ちょっと生意気そうな見目麗しい少年。
勇者は胸の高まりを感じながら、
「……魔族どもを即座に無力化しろ。俺はあいつと戦う!」
そんなわけで、あっさりその一番偉そうな少年は勇者に倒されたわけだが……。
それを見下ろしながら勇者は魔王に問いかける。
意志の強そうな瞳に艶やかな髪、勇者が今まで見たことも無いような見目麗しい美貌の少年で、今すぐにでもその唇を奪ってしまいたい衝動に勇者は駆られる。
けれど勇者は必死で理性でそれを押さえ込み、その魔族の少年に平静を装って問いかける。
「お前は誰だ?」
「魔王だ」
縄でぐるぐる巻きにされて恨めしそうに頬を膨らませて少年は勇者を見ていた。だが、
「……総指揮官が前線に出て来る訳ないだろ。それで、本名は?」
「……」
「部下がどうなってもいいのか?」
「本当に魔王だもん」
「……ああそうか。なら指揮官に今回の責任を取ってもらおうか」
そう勇者がにやりと笑うと、少年はびくと震える。
そんな様子も小動物のように可愛くて勇者はどうしようかと思う。
一方少年は少し不安げに勇者を見上げて、
「ぼ、暴力はいけないと思う」
「気持ちい事だから安心しろよ」
そう言って勇者はそっと少年の顔に手をやると、顔を真っ赤にして少年は勇者を見つめた。
勇者が凄く可愛いと思った次の瞬間!
少年が何かを呟いたかと思うと、大量の煙を出して小さな人形に変わってしまう。
しかも、バーカ、と書いた紙までついている。
加えて捕らえた魔族の部下達も全員が人形へと変わってしまう。
「……やられた」
身代わりの人形で、踊らされたのだ。
けれど、勇者は先ほど魔王だと名乗った少年を思い出して。
「……どうせ、また会うことになるんだろう?」
そう呟いたのだった。
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それから何度も人形に化けられて、勇者は弄ばれたわけだが。
魔王城へ着く前に、捕まえてしまった事もあった。
「湖も海も近くにないのに何でこんなアイテムが手に入ったのかと思ったんだが……」
そう言って、勇者は持っていた投網のアイテムを見て、それに引っかかってもごもごしている魔王をじっと見つめる。
むー、と恨めしそうに勇者を見る顔も可愛いのだが、所々破れた服から肌が少し露になっていて、その状態で逃げられずもごもごしているのもまた……。
気がつくと、勇者は魔王を地面に押し倒していた。
「な、何する気だ……んんっ」
網の隙間から、そのまま唇を重ねると、柔らかくて温かくて……そのまま勇者は魔王に舌を入れてやった。
逃げられない魔王はじたばたしていたが、けれどすぐにくてっと気持ち良さそうにその身を勇者に任せてしまう。
これはもうお持ち帰りして良いかなと思って唇を放してから、網から開放した所……逃げられた。
今回は本体だった事に気づいて、勇者は悔しい思いをするも後悔先にだたず、そのまま逃がしてしまったのだった。
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初めてのキスに、逃げながら魔王はどきどきしていた。
そして間近で見たらさらに欲しくて堪らなくなる。
「早く来ないかな……」
待ち遠しそうに魔王は呟いた。
弱いふりをして、勇者の様子を伺って。
勇者がどの程度の強さなのかを推し量り、そして魔王が弱いと思わせ油断させる。
完璧な作戦だった。
全て計画通りだと、魔王はその時は思っていたのだった。
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そんなわけでとうとう城まで来た勇者だが、魔王のいる大広間の扉を開けた瞬間攻撃を受けた。
油断もあって、その攻撃を勇者は受けてしまい、ばたんと床にひれ伏す。
所々、服の端がこげて煙が上がっていたりするが、
「……くくく、勇者よ、油断したな!」
その声は昔聞いた事のある、というかあの少年は本当に魔王だったのかと勇者は思う。
だが、そのまま暫く勇者が倒れていると、
「えっと、勇者さーん、大丈夫ですか?」
と、ちょっと気弱な声で問いかけてくる。
それにも答えずにいると、魔王が誰かと話し出した。
「ど、どうしよう、勇者がピクリとも動かないよ……」
「では、この木の棒でつついてみたらいかがでしょうか。生きていれば多少、動くかもしれません」
「う、うん、分った」
そう言って勇者の近くまでとてとてと足音が一人分聞こえてくる。
「その……大丈夫ですか?」
声から、それが魔王だと勇者は確信する。
酷く心配そうな声で、ちょっと泣きが入っている気がしたが、勇者は答えない。
そうすると、今度はつんつんと何かで体をつつかれる。
多分先ほど言っていた木の棒だろう。
勇者はくすぐったいのでやめて欲しかった。
けれどそれも我慢していると、その気配はすぐ傍まで近づいてくる。
そこで今だ!と勇者は思った。
さっと起き上がり、突然の事に動けないでいる魔王を床に押し倒した。
そして魔王という獲物を見下ろしながら、勇者はにやりと獰猛な笑みを浮かべる。
「……よくもやってくれたな」
「へ、平和的な話し合いを……と思ってみたりしますです、はい」
「先に攻撃してきたのはお前だったよな? というか本当に魔王だったのか」
「うわーん、部下ー助けてー」
魔王が助けを呼ぶと、おそらく助言をしていたであろう部下がやってきた。
「あー、魔王様の部下です。とりあえず放してもらえませんか? 一応この子駄目な感じですが魔界では一番の実力者なので、こんな風に倒されると困るんです」
「もし従わなかった場合は?」
「命の保障は出来ません」
仕方が無いな、と勇者が魔王から退くと、すぐに魔王は立ち上がり、ぴゅうと凄い速さで玉座に座った。
そして偉そうに笑って、
「良くきたな、勇者よ。僕が魔王だ!」
と言っていたので、勇者はとりあえず部下に確認を取る。
「あいつを倒せば好きにしていいのか?」
「ええ、実力で倒していただければ煮るなり焼くなりお好きなように。ただ先ほど言いましたように……」
「ああ見えて強いんだろう」
「ええ、ですから……」
「俺はもっと強いから、問題ない」
その次の瞬間、勇者は魔王の玉座へと接近して、そのまま魔王へと攻撃する。
「ひやぁぁ」
魔王は涙目になって逃げ出した。
しかし勇者は逃がすつもりは無い。
次々と魔法攻撃を繰り出す魔王のその全てを防ぎ、かつ追い掛け回す。
さらに勇者もいくつかのの魔法攻撃をすると、
「やぁっっ、何で魔法攻撃されると服がぁ~」
「早く降参しないと、全部剥くぞ?」
「いやぁぁぁぁ」
魔王が涙目になりながら、抵抗しつつ必死に逃げている。
「あ、これは魔王様が負けますね。明らかに実力が違いますし」
そうのほほんと部下が冷静に分析して、自分が魔王に繰り上がりかー、面倒だなー、は、そうか空席のままきっと魔王様は帰ってくるという事にしとけばいいじゃん! と、天啓を得たように閃いている間に、魔王は壁の端に追い詰められていた。
びくびく怯える子兎のような魔王に、勇者がゆっくりと笑みを浮かべながら近づいていく。
「さて、どう料理してくれようか」
「あ、あの、謝るから許してほしいかなって」
「それで済むなら、何の問題は無いんだが、一応お前は魔王なんだろう? 責任て言葉、知っているか?」
「く、こうなったら本来は強い勇者を道づれにして倒すという究極魔法なんだけど、これ使って僕だけ異世界に逃げてやる!」
「説明している間に、捕まえられそうだがな」
「くっく、すでにその魔法は発動しかけているのだ。だから、貴様も道連れだ……とかは言わないんだからね!」
「! しまった」
そこで魔王の周りに魔力が目に見えるようにきらきらと回り始める。
その魔法は完成間近だった。
勇者は慌ててそれをやめさせようとする。
だが、唐突にスギ花粉が!
「へっくしゅん! しまった!」
魔王はくしゃみをして、その魔法の粒子は何かを形作るのを止めて魔王の体内へと戻されていく。
ちなみに、今年は魔界杉の健康週間で、彼らが必死にランニングしているため花粉がいつもの年よりも非常に多かったのだ!。
「う、うう。せめて結界を張ろうとしていたのに、何で魔法が発動しない……は、まさか今の魔法の副作用!」
「説明までありがとう。さて、どうしてくれようか……」
「ひいっ、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……お前、俺の嫁な」
「……は?」
次の瞬間、魔王は何処からともなく取り出された毛布でぐるぐる巻きにされた挙句、縄で縛り上げられる(毛布は縄で縛ると体に食い込んで痛いからという勇者なりの配慮)。
「何をする! ……むぐ」
煩いので、猿轡を布でかませておく。
そんなもごもごと動く物体Aを担ぎ上げて、勇者は、
「それじゃあ、こいつ貰っていくから」
「あ、はい。分りました」
と、魔王の部下は答えて、去っていく勇者を見送る。
何かが間違っている気がしなくは無かったが、魔王の部下は深く考えない事にしていつもの仕事に戻ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
ベッドの上で愛を確かめ合って、両想いなのを確認した二人だが。
次の日気がつくと魔王に勇者は逃げられていた。
『はっはっは、全て計算どおりだったのだ! というわけで僕は城に帰るから!』
と書いた紙を見て勇者は溜息をつく。
逃げられた。
けれどその手紙には続きが小さく下の方にあって。
『……待っているから。 愛する勇者へ魔王より』
「……いいだろう、次は手加減しないで自分のして欲しい事を一つづつ魔王に言わせてやる」
と、勇者はにやりと笑ったのだった。
その後、二人のやり取りはおおむね平和につづく事となる。
end