離れ離れの二人
ナヤル軍との交戦がはじまってから、半月ほどが経過しようとしていた。
一進一退の状況下で戦力を欠きはじめたナヤル軍は、次第にその勢いを落していった。それに乗じてレイヴァーレ王国軍はナヤル軍を一気に押しはじめ、次第に優位に立つ事に成功していく。
ナヤル軍が戦力を欠いていたように、レイヴァーレ王国軍も同じように戦力を失っていた。しかしはじめから数で勝っていたレイヴァーレ王国軍は、多少の戦力を欠こうとも数で押し負ける事はないはずだった。
しかしその考えは脆くも崩れる事となる。
ナヤル軍の戦力がある日を境に一向に衰えなくなった。
戦力を欠いたと思われていたナヤル軍は、再び戦力を整え、戦場に現れるようになったのだ。その事でナヤル軍との形勢は次第に逆転していく事となった。
戦場でレイヴァーレ王国軍がナヤル軍の戦力を削いでいる事は確かだった。しかしナヤル軍は、次の日にはまた同じような戦力で挑んでくるのだ。
それだけナヤル軍が兵士を集めていたのかと考えていたレイヴァーレ王国軍だったが、その考えは間違いだと知る事になる。
◆◆◆◆◆◆
夜も半ばに差し掛かった頃、町外れに張られた天幕の中で、レオンハルトは小さな円卓に付き渋面を作っていた。
「何故戦力を削げない……っ」
戦力で勝っていたレイヴァーレ王国軍は今やナヤル軍に押されはじめている。
ただでさえ、強度で勝る武器で向かって来られているのだ。現に打ち合いの最中で剣を折られ、競り負けたという話も耳にしていた。
戦いの上での作戦はいくつも成功しているというのに、ナヤル軍の戦力をそれほど削ぐ事ができていない。
そんな現状に、レオンハルトは苛立ちを募らせていた。
「確かにおかしいですね。ナヤル軍がこれ程までに戦力を揃えられるとは思えないのですが……」
レオンハルトの向かい側に立っているアヴァンオスローも同じように渋面を作っていた。そんなアヴァンオスローの近くにはジークフリードの姿もある。彼は腕を組み、何事かを考えるように眉間に皺を寄せていた。
「ナヤル軍の兵士は死人だって噂は、強ち間違いではないかもしれませんよ」
不意に口を開いたジークフリードの言葉にレオンハルトは何を言っているのだと訝る視線を向けた。
最近、騎士や兵士たちの間で流れはじめている噂がある。それがナヤル軍の兵士は死人だというモノだった。
どれだけ戦力を削がれようと、次の日には同じだけの戦力で再び挑んでくるのだ。その無尽蔵とも言える戦力を目の当たりにした騎士や兵士たちが、それを皮肉ってそういう噂をしているだけなのだ。
しかしジークフリードは真剣な面持ちで言葉を続けていく。
「今日の交戦で俺の部隊とぶつかった敵部隊の中に、見た顔があったんです」
ジークフリードが言うには、その男とは数日前にも剣を交え、かなりの深手を負わせたのだという。その傷はどう考えても数日で治す事は不可能であったはずなのに、その男は傷一つない状態で再びジークフリードの前に現れたらしい。
「一般兵だったなら忘れてたと思いますけど。あの男はその部隊の隊長をしていましたし、剣の腕もなかなかだったので憶えてたんです」
ジークフリードも最初はまさかと思ったらしいが、剣を打ち合わせて間違いないと確信したようだった。
「俺もこんな事がなけりゃそんな噂なんて信じませんでしたけどね。兵たちの間でもそう言った話があるみたいですし、一度偵察部隊に調べさせた方が良いと思います」
「そうだな」
にわかには信じ難い話だが、ナヤル軍の戦力が一向に削がれない事は確かだ。ジークフリードが言うように、一度調べさせた方が良さそうだとレオンハルトは思った。
このまま戦が長引けば、それだけこの場から離れられなくなるのだ。それは望むところではないし、こんな戦はさっさと終わらせてしまいたいとレオンハルトは思っている。
未だにセルネイからの連絡は来ていない。それはサキが未だに行方不明である事を示していた。
そんな状況で、レオンハルトは日々苛立ちと不安を募らせながら、戦に身を投じていた。
「偵察の件は指示を出しておけ。それから、明日は前衛に俺が出る」
「それはなりませんっ」
レオンハルトの言葉にアヴァンオスローの慌てるような声が返ってくる。
「今はこちらが不利である事を殿下もご存じでしょう。この状況で殿下が倒れてしまえば一気に士気が下がってしまいます。前衛はどうか我々にお任せください」
「そう言って、一向に敵の陣形を崩せていないではないか」
レオンハルトは非難するような視線をアヴァンオスローに向けた。それを受け、アヴァンオスローはグッと黙り込んでしまう。それはジークフリードも同じで、苦い顔つきで視線を落としていた。
実際、騎士団長も騎士副団長もよくやってくれている事はレオンハルトも十分に分かっていた。押され気味であるこの状況で、それでも持ち堪える事が出来ているのは、二人が懸命に敵の進攻を食い止めてくれているからだ。
しかしそれが分かっていても、レオンハルトは苛立つ自分を抑えられなかった。
「これ以上、進攻を許すわけにはいかない。……早く終わらせるためにも」
レオンハルトは苦い思いを胸に、奥歯を噛んだ。
本音を言えば、王宮に残ってサキを探したかった。しかし『レオルヴィア』が騎士団に同行する事は既に決定されていたため、レオンハルトは王宮に留まる事は出来なかった。
今だってサキを探しに行きたくて仕方がないのだ。しかしこの戦が終わらなければ、レオンハルトはこの場から離れる事が出来ない。それなのに、戦況はどんどん悪い方へと流れている。
それがレオンハルトを焦らせる要因となっていた。
「失礼します」
天幕の入口が開き、見張りの騎士が入ってくる。
レオンハルトはその騎士に何だというように視線を向ける。
「偵察部隊の隊長殿がお越しです」
「そうか。通せ」
丁度よい時期に戻って来たなと思いながら、レオンハルトは騎士に連れて来るように告げた。それを受けた騎士は外から部隊長を連れて来ると、その騎士は再び天幕の外に戻って行った。
「このような時間に申し訳ありません。急ぎ、お伝えしたい事がございまして」
「構わない。報告しろ」
おそらく戻って来てすぐにここに来たらしい部隊長は、レオンハルトの言葉に従い、難しい表情のまま口を開いた。
「兵たちの間に流れている噂はもうご存じかと思いますが、その件で妙な話を部下の者が聞いたというのでご報告に参りました」
部隊長が言うには、敵側の兵たちが何やら不思議な話をしていたようで、その話はこちら側で噂されている内容を裏付けるようなものではないかという事だった。
「どうやら敵側には『花の娘の再来』と呼ばれている人物がいるそうなんです」
『花の娘の再来』という言葉にレオンハルトは目を瞠った。
本物の『花の娘』はこの世界に帰って来た。
その事を知っているレオンハルトは、部隊長の報告に衝撃を受けていた。
「『花の娘の再来』というのはどういう意味だ……?」
アヴァンオスローのその質問に、部隊長は少々申し訳ないという雰囲気を纏っていた。
「詳しい事はただいま部下に調べさせております。ただ、『花の娘の再来』と呼ばれている人物は、少年らしいという事です」
「少年……」
『少年』という言葉に少しばかり不安が遠退いたレオンハルトは、その『花の娘の再来』と呼ばれている少年の事が気になった。
「もし本当にナヤル軍に『花の娘の再来』がいるのだとすれば、兵たちが日を置かず戦場に舞い戻ってくる異様な現象にも説明はつくが……」
アヴァンオスローの言葉に、レオンハルトも眉根を寄せる。
この世界には治癒に関する魔法が一切ない。しかし一人だけ治癒の力を持っている者がいる。
それが『花の娘』だった。
物語で語られているように『花の娘』は生まれた時から全てのモノを癒す力があったと伝えられている。それが真実なのか否かは誰にも分からない。
しかし、『花の娘』が誰であるのか知っているレオンハルトは、『花の娘』には本当に治癒の力があった事を知っていた。
あの日負った傷は、サキが消えると同時に治っていた。
「……『異端の魔力持ち』という事か?」
レオンハルトは眉間に皺を寄せながら、そう小さく呟いた。
夏の日、サキが思いついた『異端の魔力』の活用法は、見事にその効果を現実のものとした。その事もあり、レオンハルトは現在『異端の魔力持ち』のための対策をイルヴェルトと考案中だった。
その一端として、この戦に挑むにあたり、『異端の魔力持ち』である騎士は救護部隊に振り分けてあった。その為、負傷した兵たちは通常よりも完治が早く、今回の戦は戦力を大幅に減らす事はなかった。
王宮の騎士たちの中には『異端の魔力持ち』が数十名ほど在籍しており、その事実は騎士団内では周知の事実だった。それにより今回の配置が実現したのだ。
存在の知られた『異端の魔力持ち』が騎士団に在籍している事実には、先王時代にはじまった忌わしい制度があったからという理由がある。
その制度は、『異端の魔力持ち』の報告を義務付けるというモノで、その目的は戦場へと送る兵士を集める事にあった。『異端の魔力持ち』を消耗品のように扱うその制度は、今では撤廃されているため報告の義務はなくなっている。しかしその制度がなくなってからも、騎士団に残った者たちが少なからずいたのだ。
『異端の魔力持ち』たちには本当に辛い思いをさせてしまったとレオンハルトは思っているが、その忌わしい制度で集められた『異端の魔力持ち』たちが、本当に戦場には必要な者たちで在った事実には、少しばかり苦い思いを抱いていた。
もっと早くにこの事を知っていたならば、『異端の魔力持ち』たちは悲しみの中で命を散らす事はなかっただろう。
『異端の魔力持ち』は、治癒魔法のないこの世界ではとても貴重な存在であるという事は、最早言われるまでもなかった。
「『異端の魔力』を活用する方法は、嬢ちゃんが思いつくまで誰も気付かなかったんですよ? その『花の娘の再来』っていう少年が『異端の魔力持ち』だというのは、可能性としては一番高いと思います。ですが、たとえ『異端の魔力』の本質に気付いたとしても、この世界で堂々と自分の力を晒す『異端の魔力持ち』がいるとは思えませんが……」
ジークフリードはそう言って腑に落ちないというように眉根を寄せていた。
ジークフリードが言うように、『異端の魔力』を持っている事を公言するような行為を『異端の魔力持ち』たちは決してしない。それは世界中から忌み嫌われている事を彼らが十分すぎるくらいに理解しているからだ。
そして何より、サキが思いつかなければ気付かなかった程に、『治癒に関する魔法は一切ない』というこの世界の常識は人々に根深く浸透しているのだ。そんな中で『異端の魔力』の本質に気付く事ができる者が果たしているのだろうかというところに疑問が残る。
「仮に、その少年が『異端の魔力持ち』だったとしても、部隊長の話からすると『花の娘の再来』と呼ばれているのはその少年一人のようですし……。それを考えると、たった一人で数十人から数百人単位の負傷者を診ているという事は、現実として不可能です」
「彼らにも限界はあるからな……」
アヴァンオスローの言葉にレオンハルトは考え込むように視線を落とした。
救護部隊に振り分けた『異端の魔力持ち』である騎士たちは、一日の間に一人で二、三十人の負傷者を治すだけで精一杯なのだ。厳密に言えば、治しているのではなく元に戻しているだけだそうだが、それはとても疲れる行為なのだという。
その行為は通常よりも魔力が必要で、限界に達するのがとても速い。それ故にあまり無理もさせられないのが現状だった。
傷が治るのだから奇跡に近い行為ではあるが、そこにもやはり制約のようなモノが存在しているらしく、治せると言ってもそれは切り傷の類だけで、打身や捻挫、骨折などは治せない。そして傷も時間の経過と共に治りが悪くなるという事だった。
そんな『異端の魔力持ち』たちの制約に当てはまらない事をしているのが、『花の娘の再来』と呼ばれている少年だった。
詳しい事はまだ分からないが、たった一人で大勢の兵たちを治しているというのなら、それは本当に『花の娘の再来』と呼ばれるに相応しい力を持っている事になるのだ。
しかしそれは現実的にはあり得ない。
「まだ情報が少ない。『花の娘の再来』という少年の詳しい情報を掴んだらすぐに報告に来い。いいな」
「承知しました」
『花の娘の再来』という少年の存在。その存在が今の状況を作り出しているというのなら、その少年の事は知っておく必要がある。
もし本当に『花の娘』と同等の力を持っているというのなら、早急に何かしらの手を打たなければならない。
そんなレオンハルトの考えは、その場にいる皆が考えている事でもあった。
部隊長が去った後、騎士団長、騎士副団長と共に今後の事を話し合ったレオンハルトはようやく一人になると、少しばかり風に当たろうと外へ向かった。
あまり自陣から離れないようにしながら林の中の小道を歩き、レオンハルトは夜空を見上げた。
この夜空をサキも見ているのだろうか。そう思うと、切なさが胸に広がった。
今のレオンハルトは、セルネイからの連絡が未だに来ない事に不安を募らせ、劣勢の状態に苛立ちを募らせている。
サキを探したいという気持ちを優先したいと思っていても、国のためにこの戦を放り出せない立場である事は十分に理解している。それでも苛立ちを抑えきれず、先ほどのようにアヴァンオスローやジークフリードにあたってしまうのだ。そんな子供染みた事をしてしまう自分を二人はちゃんと理解してくれているという事も分かっているため、レオンハルトは申し訳なくて自己嫌悪に陥った。
本当はあの日の別れを思い出すと、今でも気が狂いそうになるのだ。理性を懸命に保っているような状態であるのに、この状況はレオンハルトには辛過ぎた。
どうしてこうも思い通りに行かないのかと思うと、歯痒くて、悔しかった。
今までだって思い通りに行かなかった事はたくさんあった。それこそ思い通りになった事などないくらいに、結果はいつも望むものではなかった。
しかし今回は、どうしても思う通りの望む未来が欲しかった。
夏の日の彼女のように、手を伸ばし続けようと決めたのだ。もう諦めて逃げる事はしたくない。
それがどれだけ辛い道だとしても、サキのためなら何でもできる。
「サキ」
レオンハルトは不意に立ち止り、白い息を吐きながら小さく呟く。
「どうか、俺の許に帰って来て……」
その願いが叶う事を祈りながら、レオンハルトはしばらく雲がかかる夜空を見上げていた。
「早くこの戦を終わらせないと」
しばらくそのまま立ち尽くしていたレオンハルトは、そろそろ戻らないとアヴァンオスローかジークフリードに怒られてしまうと思い、来た道を戻る。
するともう少しで自陣が見えるという場所まで来た時、ふと風に乗って微かに声が聞こえてきた。
「……再来と……少年は…………です」
距離があるのか、その声は途切れ途切れで聞き取り辛い。しかし言葉の断片から『花の娘の再来』と言われている少年の事を話しているのだと悟る。
レオンハルトは声のする方へと静かに向かいながら、再び声を聞く。
「殿下にはまだ伝えないでください」
その言葉に、レオンハルトは一瞬で気配を消し、気付かれないように歩みを進める。そして話をしている人物たちの近くまで来ると、その様子を木陰から窺った。
するとその場にはアヴァンオスローとジークフリードの姿があった。そしてそこにはもう一人、騎士の姿があった。
「俺が行って確認してきます」
もう一人の人物はクランシエルだった。
断片的にしか聞き取れてはいないが、察するに、『花の娘の再来』と言われている少年の事を調べに行くという事だろう。しかし何故自分には内緒であるのか、レオンハルトは眉根を寄せた。
「いくらなんでも無謀過ぎる。もし気付かれたら、生きて戻っては来られないぞ」
そんなアヴァンオスローの制止の言葉に、クランシエルは真っ直ぐに騎士団長を見つめながら言葉を返している。
「分かっています。ですが、自分はこれでも諜報部所属です。今回も偵察部隊に配置されていますし、顔は知られていませんから大丈夫です」
クランシエルはそう言うと、硬い表情で言葉を続けていく。
「その少年が黒目黒髪であるというのなら、確認するべきだと自分は思います」
レオンハルトはその言葉に心臓が跳ねた。
『花の娘の再来』と言われている少年が黒目黒髪であるとはどういう事なのか。
レオンハルトは居ても立ってもいられず木陰から飛び出すと、その場にいた三人は驚きに目を瞠っていた。
しかしそんな事には構わず、レオンハルトは勢いよくクランシエルに詰め寄った。
「少年が黒目黒髪とはどういう事だ……っ」
「どうして殿下がここに……」
「いいから答えろ!」
そう声を荒げるレオンハルトは内心気が気じゃなかった。
『黒』という色は世界的に見ても珍しい。髪と目の色が揃っているだけでも珍しいとされるこの世界で、『黒』という珍しい色を揃えているというのは、この上なく稀な存在という事になのだ。それ故に、黒目黒髪を揃えている人物がそう何人もいるとは思えない。
「まさか、敵側にサキが……っ」
「落ち着いてください、殿下」
ジークフリードに肩を掴まれ、レオンハルトはハッとする。
「何処から聞いてたんですか?」
「俺には話すなというあたりから……」
そう返すと、そうか、と小さく呟くジークフリードがアヴァンオスローに一瞬視線を向けていた。
それは話す事の承諾を確認する行動だった。
するとそれを受けたアヴァンオスローが小さく息を吐いた後、口を開く。
「『花の娘の再来』と言われている少年が黒目黒髪であるという情報が入りまして、我々も花姫様ではないかと考えておりました」
黒目黒髪故に男と偽っているのではないかと考え、クランシエルが確認しに行くと申し出ていたのだと聞かされた。
「お前が行くのか」
「……殿下の言いたい事は分かっております。花姫様が王宮を去られた事は、自分も聞いております」
サキを使ってアデルリーデと手紙のやり取りをしていた事実がある以上、レオンハルトはクランシエルにあまり良い感情を抱いてはいなかった。
あの出来事がなければ、サキが王宮からいなくなる事はなかったのだ。それを思うと、レオンハルトは目の前の男を怨まずにはいられなかった。
「もし本当に黒目黒髪の少年が嬢ちゃんだと言うなら、確認しに行くのはクランが適任だと思います。クランは偵察部隊にいますし、俺やアヴァンはこの場を離れるわけにはいきませんから」
ジークフリードの言葉を継ぐように、アヴァンオスローが続けて言葉を告げる。
「ただ、この情報は確かなものではありません。『花の娘の再来』という話はこちらを混乱させる罠とも限りません。確かに調べる必要はあると思いますが、敵の只中にクランを一人で向かわせるのは無謀ではないかと思うのです」
偵察部隊の方で慎重に調べたほうが良いのではないか、というのが騎士団長と騎士副団長の考えだった。
しかしクランシエルの方は、敵側が拠点にしている町へ行き、直接調べる方法を提示してきたようだった。
「自分一人なら自由に動けますし、何より花姫様の事は少なからず存じております。確かに王宮の騎士たちは食堂で働いていた花姫様の事を知っていますが、彼らは彼女が花姫様である事はまだ知りません。ですから自分が適任であると思うのです」
クランシエルが言うように、サキを『花姫』として認識できるのはこの場にいる者たちだけだ。王宮から来た他の騎士たちでは、サキの事情を知らないために、あまり詳しく説明する事もできない。それならば少なからず事情を知っているクランシエルにこの件を調べさせた方が賢明だ。
レオンハルトは真っ直ぐに向けられるクランシエルの視線を見返しながら、静かに命令を口にする。
「クランシエルは敵側の拠点となっている町へ向かい、『花の娘の再来』と言われている少年の事を調べて来い。もしその少年がサキであるなら、必ず連れて戻って来い」
レオンハルトはそう言うと、少々睨むような視線をクランシエルに送る。
「もう二度と、サキを見捨てるような真似は許さない」
そう告げるレオンハルトの雰囲気は、その場の皆を畏怖させるような迫力を持っていた。
そんなレオンハルトの様子に息を呑んでいたクランシエルは、グッと表情を引き締めると、その場に片膝をつき、頭を垂れた。
「この命に代えましても、花姫様は貴方様の許にお連れ致します」
事実はまだ分からない。しかしそうである可能性が見えた事で、レオンハルトの心は大きくざわついた。
クランシエルに頼むのはあまり本意ではないのだが、この騎士しか適任者がいないという事はレオンハルトも理解していた。
「殿下、クラン一人では――」
「では、俺が行く」
アヴァンオスローの言葉を遮るようにそう告げると、騎士団長はグッと言葉を呑みこんでいた。
そんな事は出来ないのだとレオンハルトは十分に分かっている。しかしレオンハルトがこの戦を早く終わらせたい理由をこの場の皆は知っているため、その言葉が本気である事も察しっているようだった。
レオンハルトは黙り込んだアヴァンオスローの様子に、もう異議はないと判断し、それぞれに指示を出す。
「偵察部隊にもこの事を伝えておけ。クランは準備が整い次第、敵地へ向かえ」
目の前にいる三人の騎士たちはそれぞれ承諾の意を示し、敬礼を返してきた。それを認めたレオンハルトは、その場に三人を残し、自陣の天幕へと戻って行く。
『花の娘の再来』という少年がサキでなければいいと思う反面、心の片隅ではサキであればいいとも思っていた。もし本当にサキであるのなら、もうすぐサキに会えるのだ。
しかしそれはおろかな考えだと、首を振る。
『花の娘の再来』という少年がサキであったなら、サキは現在敵側にいる事になるのだ。しかも戦場に程近い町にいる。それは戦に巻き込まれる危険もある場所だった。
情報の真偽はまだ分からない。それが心のざわつきを大きくしている原因だった。
「サキ……」
名を呼んでも、答えてくれる人はいない。
その淋しさを感じながら、レオンハルトはただ、サキの無事だけを祈った。
◆◆◆◆◆
クランシエルとも別れ、アヴァンオスローと二人きりになったジークフリードは、何事かを考えているような騎士団長に声をかけた。
「どうした? 何か気になる事でもあるのか?」
「いや、クランを一人で行かせていいものかと思ってな……」
「お前も過保護だねえ」
ジークフリードは呆れたようにそう告げる。
アヴァンオスローはこう見えてとても面倒見が良い人柄なのだ。女癖はこの上なく悪いが、騎士たちに対しての誠実さは信じられるものだとジークフリードは思っていた。
「ほら、よく言うだろう? 可愛い子は滝つぼに落とせって」
「……滝つぼには落とすな。旅立たせてやれ」
全く、と言いながらため息をついているアヴァンオスローは、ふと真面目な顔つきになり、口を開く。
「お前も薄々は気付いているだろうが」
「……」
ジークフリードはその言葉で、アヴァンオスローが危惧している事を悟った。
「噂の少年が、花姫様ではなければいいのだが……」
「……そうだな」
二人はそんな会話を交わしながら、しばらくその場に留まっていた。




