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救う残酷さの意味

 次の日。

 その日もサキは怪我人の治癒に奔走していた。


「次だ。行くぞ」

「あ、はい!」


 昨日とは違い、本日はウェルダと共に患者を診て回っていた。それはオルハレムが医者であるからで、治癒の力があるサキと一緒にいると怪我人の治療の効率が悪くなるからだった。

 昨日はオルハレムが見張り役という名目で一緒にいたが、今日からはサキに見張り役は必要なくなった。しかしまだ現場に不慣れだという事で、サキはウェルダと行動を共にしてるのだ。


 昨日のサキの働きは神官たちにも認められたようで、サキは晴れて無罪放免となった。それは昨日の騎士、バルセオリバルの進言があったからだった。

 バルセオリバルの言葉に促されサキの力を確認しに来た神官たちは、その奇跡の力に挙って驚き、何故か『花の娘』の再来だと言って歓喜していた。

 聞くところによると、物語に登場する『花の娘』は治癒の奇跡が使える人物として描かれているようで、サキの能力はそれを思わせる奇跡の力だと持て囃された。サキはそんなに騒ぎ立てないで欲しいと申し出たのだが、興奮冷めやらぬ神官たちがその願いをちゃんと聞き入れてくれたのかは定かではない。

 魔石を破壊してしまった件も、『花の娘』の再来なら仕方ないというわけの分からない理由で許された。つまるところ、魔石が壊れてしまった理由は誰にも分からないという事だった。

 サキも何故魔石が壊れてしまったのかさっぱり分からなかった。聞くところによると、魔石はどんな事をしても傷一つ付けることが出来ない石なのだそうで、昨日のようにバラバラに砕けるなどあり得ないという事だった。ただ、魔石同士であれば傷を付けるくらいは出来るようだが、それでも砕ける事はないだろうと教えてもらった。


 魔石とは魔力量を見極めるために使われるものだ。分割する事が叶わない魔石は、その一つ一つが貴重なものであり、大きな町の神殿にしか安置されていないような代物なのだという。それが一瞬にして砕けてしまったのだから、それを目の当たりにした神官長が気を失ってしまったのは納得できる気がした。


 サキは決して魔石を壊そうとしていたわけではないのだが、自分が触れてしまった事で壊れたというのなら申し訳ない事をしてしまったと思っていた。


「すみません! 重傷者です。すぐに来てください」

「分かりました」


 救護の手伝いをしている神官の一人が慌てた様子で呼びに来たので、サキとウェルダはその神官に先導され、その患者の許へと向かった。

 昨日の事もあり、重傷者はサキがいるこの神殿に運ばれて来るようになっていた。

 簡易の治療場として提供されている場所はサキがいる神殿以外にも数か所設けて在るのだそうだが、この神殿が一番広く、そして人が一番多く集まってくるため、サキの噂は瞬く間に広がってしまったようだった。

 その事には少なからず本意ではないという感情を抱いていたが、目の前の状況を見ればそんな事を言ってはいられなかった。


「これで大丈夫だと思います。あとは安静にしてあげてください」

「分かりました」


 サキは重傷者として運ばれてきた騎士を治すと、彼の許まで連れて来てくれた神官にそう頼んだ。

 そして騎士が担架で運ばれていく様を見つめていた時、サキは視界のぐらつきを感じて一歩よろめいた。


「……っ」

「……もう限界だな」


 よろけそうになる足を必死に踏ん張り、片手で顔を覆い目眩をやり過ごしていると、ウェルダから小さな呟きが聞こえてきた。

 サキはそれに大丈夫だと返そうとしたが、しばらく視界のぐらつきは収まらなかった。


「来い」


 不意に手を掴まれ、強引に引っ張られていく。サキは前を行くウェルダに手を引かれながら、その背に声をかける。


「すみません。まだ、大丈――」

「黙れ」


 振り向かずにそう告げてくるウェルダの様子に、サキはそれ以上言葉を告げる事が出来なかった。


 そうして無言で手を引かれていったサキは、昨日一晩泊まった部屋へと連れて来られた。


「大人しく休め。……逃げられると思うなよ」


 部屋に入り、寝台に放り投げられたサキは、ウェルダの言動に少しばかり抗議の視線を投げた。しかし彼は彼なりに心配してくれているのだと分かっているので、何も言わずに大人しく寝台に潜り込んだ。


「自分の事くらい自分で管理しろ。お前のその力は魔力を使っているわけじゃなさそうだが、体に負担がかかっている事は明白だ」


 諌めるように告げられる言葉にサキは反論できず、いじけるように上掛けで半分顔を隠した。

 確かにサキが使っている力は魔力を必要としないモノだった。しかしそのせいで体にかかる負荷は相当なものだった。


 今までこれだけの人数を一気に治した事はなかったので、これ程までに負荷がかかるなどサキ自身は知らなかったのだ。一人や二人なら平気であるが、数十人、数百人単位で力を行使するとなると疲労はどんどん蓄積されていくのがはっきりと分かる。この力も『魔術』と同じで無制限には使えないらしい。


「お前が倒れてしまえば、救える命も救えない」


 そう言いながら寝台脇に腰かけるウェルダの背を見つめながら、サキは少しばかり罪悪感を抱いた。

 確かにサキは助ける事が出来る命は助けたいと思っている。しかしサキは純粋にその気持ちだけで行動しているわけではなかった。


 サキには遠い昔に犯した罪があった。それはもう償う事は出来ないものとなっている。だからこそ、今この場で誰かを救う事によって、サキは自分が犯した罪の罪滅ぼしをしたかった。

 犯してしまった罪は、決して消えないのだと分かっている。それでも、償いとして何かがしたかった。


「私は長くこの場に留まる事は出来ません。だから、少しでも役に立っておきたいんです」


 近いうちにこの場から去らなければならない時が来る。それはすでに決まっている事だった。


「倒れたら迷惑をかけるとかは考えないのか? 役に立ちたいと思うなら、尚更無理をするべきじゃない」


 ウェルダの厳しい口調はそれだけ相手の事を考えているからだろうと察しはじめているサキは、その言葉を素直に受け入れた。


「気をつけます」


 そう告げると、ウェルダは首だけで振り向いてきた。それを認めたサキは、そう言えば、と口を開く。


「ウェルダさんの左目って怪我とかですか? 古傷というのであれば治せるのですが……」


 昨日は、教える義理はない、と言われてしまったが、サキはずっとウェルダの左目の事は気掛かりだった。しかしまた答えてはもらえないだろうなとも思っていた。


「この目は生まれつき視力がない」


 予想に反して、ウェルダはあっさり答えてくれた。その事に少々目を見張るが、治してあげる事が出来ない事実を知ってしまったサキは、申し訳ないというように視線を逸らした。


「……すみません」

「気にするな」


 そう言ってウェルダは不意に立ち上がる。


「俺はもう行くが、お前はちゃんと休んでいろ。いいな」


 ウェルダはそう厳命するように告げると、そのまま扉に向かう。サキはそんなウェルダに声をかける。


「あの、ありがとうございます」

「何の事だ」

「私の事、気遣ってくれて……」


 そう告げると、ウェルダはそんな事かと言うように、扉に手をかけながら一つ息を吐いていた。


「礼などいらん」


 ウェルダはそれだけ言うと部屋を出て行ってしまった。

 それを見送ったサキは、素っ気なく返されたその言葉に少しだけ口を尖らせた。

 嫌われているわけではなさそうだが、ウェルダの言葉は何処か棘があるように感じる事がある。

 体調を気遣ってくれる優しさは十分に感じているのだが、ウェルダの態度はサキにはよく分からないモノがあった。

 そんな事を考えながらも、やはり疲れているようで、途端に睡魔に襲わる。

 そうしてもう限界だというように目蓋を閉じる。


 ウェルダやオルハレムたちに気遣われるのは有り難いが、自分に出来る事はこれくらいしかないのだ。多少無理をしてでも役立ちたい。サキはそんな風に思っていた。


 それが、サキに出来るせめてもの償いでもあった。






 ふと目が覚めると、サキは部屋が暗い事に気がついた。

 起き上がり、視線を巡らせると、窓から入る光はなくなっており、もう夜である事が窺えた。


「今 何時くらいだろう?」


 サキはそう呟きながら寝台を出ると、窓辺に向かい、夜空を見上げた。

 最近はずっと天気が悪かったが、今は少しだけ雲が晴れており、雲の合間から星の瞬きが見える。


 そうしてしばらく星を眺めていると、扉を叩く音が耳に届いた。


「どうそ」

「ああ、よかった。起きてたんだね」


 開かれた扉の向こうにはオルハレムとバルセオリバルがいた。

 サキが二人を部屋の中へと招き入れると、オルハレムから声がかけられる。


「灯りを点けてもいいかな?」

「え、ああ、はい」


 まだ灯りを付けていなかったため、サキはオルハレムの言葉で辺りを見回しランプを探した。しかしサキがランプを見つける前に、オルハレムが部屋にあったランプに魔法で火を灯した。


「すみません。ありがとうございます」

「いいえ」


 『魔法』が使えなくても別に困る事はないが、こうしていとも簡単にランプに火を灯してしまう様を目の当たりにすると、少しだけ羨ましくなってくる。

 サキに『魔法』は使えない。『魔術』なら条件付きではあるが使う事ができるが、『魔術』などより『魔法』が使える方が良い。

 それは『魔法』は『魔術』とは違い、人を傷付けるためのモノではないからだ。

 サキはそんな事を思いながら、二人の訪問理由を聞いてみた。


「どうされたんですか? わた……僕を呼びに来たんですか?」


 バルセオリバルがいる手前、一人称は変えておく。

 そうして首を傾げながら返答を待っていると、バルセオリバルから言葉が返ってくる。


「俺がオルハ殿に頼んで案内してもらったんだ。君にはちゃんと礼が言いたかった」


 そう言って、バルセオリバルはその精悍な顔に優しげな笑みを浮かべていた。

 バルセオリバルは昨日とは違いきっちりと騎士服を着ており、その姿はとても凛々しく様になっていた。

 バルセオリバルが着ている騎士服は見た事のない意匠ではあるが、王宮にいる騎士たちも、近衛騎士と普通の騎士とでは意匠が若干違っていた。その為、地方の騎士たちが着る騎士服も意匠が違うのだろうかと今さらながらに思った。


「俺は君のおかげで命拾いした。本当に感謝している」


 昨日、平気な顔をしてサキを拘束していたバルセオリバルだったが、実を言うとかなりの重傷を負っていたという事はオルハレムから聞いていた。

 騎士としての役割を優先して拘束したのだろうが、重傷を負った身だったのだからそこまで騎士の任務に忠実にならなくてもいいだろうと、サキは思っていた。


「君は俺の部下たちも治してくれた。どれだけ感謝しても足りないくらいだ」

「部下?」

「ああ。俺はこれでも一部隊を率いている将だ。まあ、敵将に手酷くやられてしまった情けない将だがな」


 そう言いながら困ったような笑みを浮かべているバルセオリバルに、サキはそうだったのかと口を開く。


「部下の方々も助ける事ができて良かったです」


 そう笑顔を返すと、バルセオリバルはもう一度、ありがとう、と感謝の言葉をくれた。


「休んでいたところを悪かった。どうしても今日中に礼を言っておきたかったんだ」

「そんなに急がなくても……」

「いや、もう今日しか時間がとれそうもなかったからな」


 バルセオリバルは一部隊を率いている将だと言っていた。それならば、何かと忙しい身の上なのだろうと、サキは考えた。

 しかしその考えは合っていたものの、内容はサキが思っているより残酷なモノだった。


「明日から前線に復帰する事になった」

「え……?」


 サキは一瞬言葉を失った。

 前線に復帰するという事は、再び戦の最中に身を投じるという事に他ならなかった。

 重傷を負い、この場に運び込まれたからと言って、バルセオリバルは騎士だ。戦が終わらない以上、怪我が治れば再び戦場へ出て行くのは必然の事なのだろう。しかしサキには納得がいかない気持ちしか抱けなかった。


「折角怪我が治ったのに……、また、戦場に出るんですか……?」


 そんな言葉しか出て来なかった。

 サキにだってどうしてそうしなければならないのかくらい理解できる。しかし納得はしたくない。

 再び戦場へ向かわせるために怪我を治したわけではない。生きてほしいと願って治したのだ。しかし双方には矛盾したものしか残らなかった。

 それがとても悲しかった。


「俺は騎士だ。俺にはこの国のために戦う義務がある」


 バルセオリバルの瞳には、強い意志の色が見えた。


「これでも一部隊を任された身だ。怪我が治った以上、ここにはいられない」

「バルセオさん……」


 サキはそれ以上、バルセオリバルに何も言えなかった。

 止めたとしてもこの騎士は行ってしまう。それが分かっているサキは、どうにもできない感情を抑えるように俯き、手を握り締めた。


「君には悪いと思っている」


 サキの様子に、心情を察したかのような言葉がかけられる。

 そんな風に気遣ってくれるバルセオリバルに、サキは顔を上げ、力なく首を振った。


「そんな事、ないです……」


 それだけ言うのが精一杯だった。バルセオリバルの困ったような笑みが、サキの口を閉ざさせた。

 今は何を言ってもバルセオリバルを困らせる事しか出来ないのだとサキには分かっていた。そういう言葉しか今は浮かんでこない。


「戦場に出れば何があるか分からない。それこそ、またここに運ばれてくるかもしれない」


 そう言ってバルセオリバルは申し訳なさそうに言葉を続ける。


「その時は、見捨ててくれて構わない」


 善意で治してもらったのに、その厚意を踏み躙る事しか出来なくてすまない。

 バルセオリバルの言葉にはそんな意味が込められていた。

 サキはそんなバルセオリバルに懸命に言い募る。


「もしそうなっても、絶対にまた助けます! 絶対に、助けますから……っ。だから、どうか無事で……っ」


 無事であれと願っても、明日がどうなるかなど誰にも分からない。

 それでも、戦場へ赴くこの騎士の無事を願わずにはいられなかった。


「ありがとう」


 その感謝の言葉は別れの挨拶のように感じられて、サキは胸がギュッと締め付けられた。


「君の力は体に負担がかかるものだと聞いた。君のその力はこの場には必要なものだ。俺が言うのは何だが、無理はするな」


 バルセオリバルはそう言うとオルハレムに向いた。


「案内、ありがとうございました」

「いいえ。お気になさらず」


 そんな会話を交わし合うと、バルセオリバルは再びサキに向いた。


「俺は軍議に参加しなければならないので、これで失礼する」


 その言葉を最後に、バルセオリバルは部屋を出て行った。

 それを見送ったサキは、再び元気な姿を見られるよう祈る事しかできない自分に悔しさを感じた。


「君の気持ちは分かる」


 不意に口を開くオルハレムにサキは視線を向ける。


「怪我が治っても、戦が終わらなければ騎士たちは戦場へ戻らなければならない。それを知っていても、元気になってもらいたいという気持ちは変えられないから僕たちは運ばれてくる騎士たちを治療する。堂々巡りだ」


 オルハレムは困ったような笑みを浮かべていたが、その笑みは何処か悲しげに見えた。


「君の能力は確かに素晴らしいモノだけど、その分、君は辛いだろう」


 普通の医者では一瞬で怪我を治す事は出来ない。しかしそれが可能なサキは、怪我をして運ばれてきた騎士や兵士たちを瞬時に治し、再び戦場へと向かわせていたのだ。それを思い知ったサキは、その残酷さに居た堪れなくなった。


「私のしている事は、本当に役に立っていると言えるのでしょうか?」


 怪我を治しても再び戦場へと戻らなければならないなら、怪我を治すこと事の意味が分からなくなる。

 騎士が戦場へ出なければならないのは仕方のない事だろう。それでも怪我が治ったらすぐに前線に復帰するというのはやはり納得できないモノがあった。

 しかしそんな気持ちを抱いても、サキにはどうする事も出来ないのだ。


「君は大いに役に立っているよ。君への感謝の気持ちは皆が持っている」


 気遣うように告げられる言葉に、サキは言葉を返せなかった。

 サキ自身、助けたいと思って力を使っていた。しかしその裏には償いの意味があったのも確かだ。それなのに、償うどころか罪を増やしているようなこの状況に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「結局のところ、皆がそれぞれに出来る事をやるしかないんだ」


 オルハレムに視線を向けると、彼の表情にも何とも言えない感情が見えた気がした。


「戦を終わらせるために騎士は戦うし、怪我人を治すために医者は治療する。そこにはちゃんと意味があって、無駄な事なんて一つもないんだ。だから僕たちは、僕たちの出来る事をやればいい。たとえそれが騎士を戦場へ送り返す行為であったとしても、僕は医者としての行動を悔いたりしない」


 オルハレムが言うように、そうでなければ誰も救われない。

 それぞれが役目を果たす事には、ちゃんと意味があるのだと思いたい。


「君は彼を助けた事、後悔しているかい?」

「いいえ」


 後悔などしていない。ただ、その行為が再びバルセオリバルを戦場へ向かわせる結果となった事には胸が痛む。

 それでもバルセオリバルはお礼を言ってくれたのだから、彼を治した事は無駄ではなかったのだと思えた。


「今は、それでいいんだよ」


 そう言って優しげに微笑んでくれるオルハレムに、サキは、そうですね、と小さく返した。

 オルハレムが言うように、今はそれぞれの役割を果たすしかないのだ。戦が終わらない以上、そうする事でしか戦は終わりを迎えない。


 サキは晴れない気持ちを押し込め、このまま力を使う事を心に決めた。


「君に負担をかけてしまう事は、本当に申し訳ないと皆が思っている」

「気にしないでください。私が勝手にしている事ですから」


 サキはそう返すも、内心では何とも言えない気持ちを持っていた。

 治癒の力を当てにする気持ちはよく分かる。もし逆の立場なら、きっと同じようにその力に縋るだろう。

 しかしサキはずっとこの場にはいられないのだ。

 身の内に施されている『封印』は緩やかに、しかし確実に崩壊の道を辿っている。この『封印』の効力が失われてしまう前にはこの場を去らなければならない。


「早く戦が終わればいいのに……」


 サキは切に、そう願った。


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