鍛えるぞ
サイキョウは自分の身体を見下ろした。
この一か月で、身体はかなり変わった。
サユラとの訓練は今でも効果を上げている。だが、同じやり方を続けるのは徐々に難しくなっていた。
今では皮膚をまともに斬るだけでも、老人は以前よりずっと強く剣を振らなければならない。
かといって、もっと強い冒険者を雇えば、その分だけ金もかかる。
そのうえ、サイキョウはまだ武器に付与術を施したかった。
全部に使えるほど金はない。
「身体はひとまずこれくらいでいいか。そろそろ魔力の方をやろう」
青銅級に到達していない者向けの簡易魔力測定器を、青銅貨五枚で購入した。
結果はすぐに表示された。
階級:鉄級
魔力密度:覚醒鉄級・第十二環
取得技能:
《狂戦士》――職能技能
《六腕の権能》――魔物由来技能
統合:
《変異狂戦士 II》――職能技能
属性:雷
関連属性:魔力刻印
「全部あるな」
《六腕の権能》は、《狂戦士》と同系統の魔物から得たものだった。
そして前回の戦いで、二つの技能は完全に融合し、《狂戦士》そのものがより上位の形へ変化していた。
一方、測定器に表示された「第十二環」という表記は、初めて見る者なら勘違いしてもおかしくない。
数字が示しているのは、すでに満たした魔力環の数ではない。
逆だ。
あといくつ残っているか。
サイキョウの身体にはすでに十二の魔力環が形成されている。
だが、他者の魔力で満たされた環はまだ一つもない。
一つ満たせば十一。
次は十。
そうして、最後にはゼロになる。
「環を満たすなら、武器を使える魔物を狙った方がいいな」
魔力を取り込んだ際に得られるのは、単純な力だけではない。
その生物が積み重ねてきた経験の断片まで、取り込めることがある。
記憶そのものではない。
完成された技術がそのまま手に入るわけでもない。
だが、何百もの戦いの中で身についた動き。
感覚。
癖。
そういったものの一部が残ることはある。
なら、十二体を適当に選ぶのは馬鹿らしい。
どうせ自分の魔力環を満たすのなら、役に立つ相手を選ぶべきだ。
途中で付与術師の店に寄り、金貨六枚を使って、剣と斧の重量を可能な限り増やしてもらった。
その足で冒険者ギルドへ向かう。
残金は金貨四枚弱。
普通の人間なら、しばらく金の心配をせずに暮らせる額だ。
サイキョウにとっては――
「少ない」
良い素材には金がかかる。
良い付与術なら、もっとかかる。
そしてサイキョウにとっての「十分」は、日に日に高くなっていた。
青銅級依頼の掲示板の前で足を止める。
「さーて……」
視線が依頼書の上を走る。
サイキョウは一枚ずつ剥がしていった。
「この十二件、全部受ける」
選んだのは、受けられる青銅級依頼の中でも特に難しく、報酬の高いものばかりだった。
どうせ魔力環のために魔物を殺すのなら、ついでに金も稼げばいい。
青銅級の依頼一件では銀貨一枚にも届かない。
だが十二件なら、少しはマシだ。
サイキョウは選んだ標的をもう一度確認した。
(鉄の兵士は最後に残しておこう)
あいつの経験は、間違いなく役に立つ。
(暗殺者も面白そうだけど……今はやめとくか)
今の敏捷性で、速度と隠密そのものを得意とする相手を追い回すのは得策ではない。
指が別の依頼書で止まった。
「お前ならいいな」
◆
最初の標的は、変異したカエルだった。
紙の上だけなら、あまり大した相手には聞こえない。
元々は、本当にただのカエルだったらしい。
その一部が、第三大陸近海へ流れ着くまでは。
知られている世界には、三つの巨大な大陸が存在する。
第一大陸には、サイキョウの生まれた王国と、蛮族王国がある。
二つの大国が、人々に知られている大陸のほぼ全域を分け合っていた。
第二大陸は、まったく別の勢力の支配下にある。
大陸全土を統治しているのは、世界権力王国。
貴族と宗教勢力が極めて強い国家であり、国外にまで名を知られる聖騎士、王国魔術師、宮廷魔術師たちもそこから輩出されている。
だが、第三大陸は――
まともに人が暮らす場所とは言い難かった。
焼け果てた大地。
無数の勢力が領土を奪い合い、自分たちの国を築くため、何十年にもわたって争い続けている。
ドラゴンの数も多く、そこで暮らす者にとっては、もはや伝説の存在ですらない。
そして、史上初めて確認された巨大な魔物の塔が地中から現れたのも、第三大陸だった。
だから人々は、長々と説明する代わりに、もっと単純な呼び方をすることがある。
地獄の大陸。
そんな場所の近海なら、海でさえ普通ではない。
そこで生き延びたただのカエルたちは、やがて魔力に目覚め、別種の魔物へと変わっていった。
サイキョウは依頼書をもう一度見る。
「沼の近くの農家に迷惑かけてるのか。オーケー」
向かう途中、前鉄級のゴブリンを数体と、鉄級を一体見つけた。
鉄級の個体は、確かにそこそこ剣を使えた。
サイキョウは倒した。
だが、その魔力は取り込まなかった。
惜しいか?
少しだけ。
だが、魔力環は十二しかない。
最初に見つけた「そこそこ剣を使えるゴブリン」程度に一つ使う気はなかった。
◆
「カエルを最後に見たのはどこですか?」
二十歳ほどの若い農夫が、軽い麦わら帽子の下からサイキョウを数秒見つめた。
特に、その身体を。
傷痕。
広い肩。
もう子供のものには見えない腕。
「お、おお……旦那。こんなに鍛えた戦士が、この依頼を受けてくれるとは思わなかったよ」
サイキョウは危うく笑いそうになった。
まだ十一歳にもなっていないと言えば、たぶん冗談だと思われる。
「身体だけならね。でも魔力の階級はまだ鉄級だ。だからこの依頼でちょうどいい。カエルは?」
「崖の下の沼だ。襲ってくることはそんなに多くないんだが……ずっと近くをうろついてる。いつか家まで来るんじゃないかって、毎回怖くてな」
「分かった」
サイキョウは背を向けた。
「もう来ないよ」
変異したカエルは、魔力環を満たす相手としては、そこまで魅力的には見えない。
だが、この種は第三大陸近海で何度も戦いを生き延びてきた。
そのため、昇格用の魔力として使われることは珍しくない。
最初は何体か取り込むことも考えた。
だが、すぐにやめた。
もっと面白い能力を持った魔物の依頼を、すでに十分な数だけ受けている。
確かに、同種の魔力は安定させやすい。
だが十二の枠は、どうやっても十二しかない。
◆
「面白い雰囲気だな」
沼は死んでいるように見えた。
黒ずんだ水。
葉一枚残っていない、ひび割れた木々。
折れた切り株。
その一つに、四匹のカエルが座っていた。
四匹とも、一匹のハエを食おうとしている。
問題は、長い舌が互いに絡まり合っていることだった。
サイキョウは止まった。
見た。
もう少し見た。
「魔物のキスって、こういう感じなんだな」
いや。
考えるのはやめよう。
サイキョウが近づくと、ようやくカエルたちも気づいた。
一匹が逃げようとする。
残り三匹も引っ張られた。
一秒後、二匹目も走り出す。
次は三匹目。
結果、四匹は自分たちの舌で繋がったまま沼を駆け回り、誰が進行方向を決めているのかすら分からない状態になった。
一匹が止まる。
残り三匹は止まらない。
勢いよく引っ張られ、そのカエルはそのままサイキョウの方へ飛んできた。
「面白い状況だな」
空間パネルから、白い殺し屋の巨大な斧槌を取り出した。
片手で持ち上げる。
そして――
振り下ろした。
ドゴン!
二匹が斧槌の下に消えた。
同時に、絡まった残り二匹の舌を地面へ押さえつける。
サイキョウは剣を抜いた。
一閃。
終わり。
四つの死体を見る。
もう急ぐ必要はない。
生物が死んでも、魔力はすぐには消えない。
死体の周囲に五時間ほど残り、その後になって完全に散っていく。
五時間。
十分すぎる。
サイキョウは一匹を選び、魔力の吸収を始めた。
十分ほどして、異質な魔力が第一の魔力環へ流れ込む。
測定器の数字が変わった。
11
「簡単すぎるな。ここまで歩いてきた時間の方が長いぞ」
だが、吸収はまだ半分にすぎない。
次は、取り込んだ魔力を安定させる必要がある。
完全に魔力環へ馴染むまでは、次の昇格作業へ進む意味がない。
そして、こっちの方が遥かに時間がかかった。
サイキョウは顔をしかめた。
「こっちはつまんねえな」
◆
第一の魔力環を安定させ、依頼を完了した後、サイキョウは二体目の標的へ向かった。
雷獣。
獣の能力と、魔力を利用した雷の技を併せ持つ半人型の魔物。
生息地――
タイガ。
「タイガ……」
サイキョウは地図を見る。
そして向かった。
戦闘そのものは、それほど難しくなかった。
ただし――
速い。
とにかく速い。
何度か重い攻撃を受けると、魔物の身体が変化した。
四肢を地面につけ、巨大な虎の姿へと完全に変わる。
足元で雷が弾けた。
次の瞬間、雷獣が消えるように駆け出した。
「おっ!」
サイキョウの表情が一瞬で明るくなる。
「こっちの方が面白い!」
《変異狂戦士 II》の赤い線が身体に浮かび上がった。
雷が脚を走る。
足裏には、いつもの魔力の流れ。
サイキョウ自身の――
「魔力スケート!」
雷獣が木々の間を駆け抜ける。
サイキョウも追った。
片方は雷と獣の本能で身体を加速させる。
もう片方は、自分の魔力の流れの上を文字通り滑りながら、木に激突しないよう走っていた。
突然、雷獣が方向を変えた。
サイキョウも真似る。
遅い。
肩が若木を吹き飛ばした。
「ハハッ!」
止まりもしない。
もう一度。
次の曲がり角では、少しマシだった。
もう一度。
さらにもう一度。
そしてついに、距離が縮まり始める。
剣に雷が走った。
一気に踏み込む。
一撃。
雷獣が倒れた。
サイキョウはその横で止まり、荒く息を吐いた。
「悪くない」
この魔力は絶対に欲しい。
敏捷性。
雷の能力。
移動。
こいつが積み重ねてきた経験を少しでも取り込めるなら、第二の魔力環を使う価値は十分にある。
◆
次の標的は、三体の人型魔物だった。
こいつらは、見つけた瞬間にほぼ決めていた。
どれも腕は二本。
そして、その両手に一本ずつ剣を持っている。
サイキョウの剣と斧に対して――六本の剣。
「へへ」
サイキョウも二つの武器を抜いた。
「最高」
一体目が飛び込んできた。
右の剣がサイキョウの剣とぶつかる。
ガキン!
すでに左の斧は相手の脇腹へ向かっていた。
二本目の剣がそれを止める。
だが同時に、反対側から三本目が迫った。
サイキョウは下がる。
四本目が顔の前を通過した。
五本目が下から跳ね上がる。
六本目はすでに首を狙っていた。
「やべえ」
一気に距離を取るしかなかった。
頬に細い血の線が浮かぶ。
サイキョウは指で触れた。
そして笑った。
「もう一回」
三体が再び襲いかかる。
そしてサイキョウはすぐに気づいた。
問題は、単純に武器の数が多いことではない。
サイキョウ自身は、まだ剣と斧を別々の武器として扱いすぎていた。
剣で攻撃する。
斧で防ぐ。
斧で攻撃する。
剣で軌道を変える。
だが、こいつらにはその境目がほとんどない。
一つの攻撃が、そのまま次の攻撃を作っている。
弾かれた剣を元の位置へ戻さない。
その動きを、そのまま次の斬撃へ繋げる。
それだけではない。
三体は、互いに対しても同じことをしていた。
一体がサイキョウの脇を開かせる。
二体目がそこを狙う。
三体目が逃げ道を塞ぐ。
「ハハハッ!」
これは使える。
サイキョウは加速した。
剣で二本を受ける。
斧で三本目を弾く。
脚を雷が走った。
踏み込む。
防いだ剣をわざわざ戻すのではなく、その勢いを殺さない。
身体を回す。
剣で一本を外へ流す。
そして、その回転が反対の手にある斧を加速させる。
グシャッ!
一体目が倒れた。
残る二体は即座に動きを組み替える。
「いいね」
サイキョウは歯を見せた。
「これで二体だ」
戦いは続いた。
最後の一体が倒れた時、サイキョウの身体には新しい切り傷がいくつも増えていた。
目の前には三つの死体。
六本の剣。
そして三体分の魔力。
サイキョウはそれらを見る。
散るまで五時間。
十分すぎる。
「便利だな」
吸収を始めた。
第三の魔力環。
次に第四。
そして第五。
三体分の異質な魔力が、今はすべて身体の中にある。
そしてここからが面倒だった。
安定化。
サイキョウは死体の横に座った。
空間パネルから、見慣れた濁った液体の瓶を取り出す。
最近では、もうほとんど習慣になっていた。
激しい訓練の後。
怪我をした後。
大きな戦いの後。
これが身体に何をしているのか、まだ証明できてはいない。
だが、検証を続けるには十分すぎるほど怪しい一致が重なっている。
栓を開けた。
一口飲む。
すぐに顔が歪んだ。
「相変わらずクソまずい」
一か月経っても味はマシにならなかった。
残りも飲み干す。
瓶をしまう。
そして目を閉じた。
あとは魔力を安定させるだけ。
三つの魔力環をまとめて。
「待つの嫌いなんだよな……」
◆
時間は過ぎていった。
一つの環。
また一つ。
一体の魔物。
また一体。
そしてようやく、サイキョウが特に楽しみにしていた相手まで辿り着いた。
依頼書を見る。
笑う。
「やっとだ」
ゴルド。
戦士型の魔物。
サイキョウはこいつらの経験を欲しがるあまり、同種の依頼を四件も受けていた。
最初の一体は、それほど遠くない場所にいる。
ゴルドは、大柄な人型の魔物だった。
鎧はほとんど使わない。
代わりに、自分自身の肉体と圧倒的な腕力、そして巨大な両手剣に頼って戦う。
サイキョウが特に欲しいのは、最後の一つだった。
こいつらの戦い方は、自分が求めているものに近い。
力。
武器。
近接戦闘。
数え切れない戦いの経験。
その一部でも魔力と一緒に手に入るなら――
「うん。お前らは絶対欲しい」
最初のゴルドがいる場所までは、それほど時間がかからなかった。
サイキョウは小さな開けた場所へ出る。
右手に剣。
左手に斧。
「来たぞ」
静寂。
「かかってこい」
木の陰で何かが動いた。
そこには、異常なまでに筋肉の発達した人型の男が座っていた。
脚を組み。
背筋を伸ばし。
目を閉じている。
その正面の地面には、巨大な両手剣。
そいつは――
瞑想していた。
サイキョウは瞬きをした。
「……」
魔物が目を開ける。
サイキョウを見る。
次に剣を見る。
そして、もう一度サイキョウを見た。
「№?:№%:.」
まったく聞き覚えのない言葉だった。
その手が、巨大な剣の柄へ伸びる。
サイキョウは笑った。
「何言ってるか全然分かんねえ」
ゴルドが立ち上がった。
「でも、言いたいことは分かった気がする」
魔物の足元で地面がひび割れる。
次の瞬間――
ゴルドが飛び出した。




