031-【閑話】黒幕
ちょっとだけ余談。まぁ背景ですね。
惑星シャク=コターンの大神殿。その最奥にある、風渡る巫女専用の祈祷室。
「教えてくれればよかったのにー」
「お教えしましたが?」
「……記録みたよ、あんなの気づくわけないじゃん」
メルの不満は当然だった。
巫女の祈り中は周囲が何もわからないので、メルにミリアの来訪を教えられるのはリンかハツネだけ。
なのに教えられてないのだから。
不満そうなメルに、リンは涼しい顔で返答する。
とはいえ、それは相手を軽視するものではなく、むしろ優しげな思いやりに満ちたものだった。
「あの状況でお姉様が動くと、収拾つかなくなりますよ。ダメです」
「ぶー……せっかくミリアちゃんに直接あえるチャンスだったのに」
「伝言をいただいてますよ。いずれ落ち着いて、ゆっくり遊びにきたいそうです」
それを聞いたメルは嬉しそうな顔になったが、同時に寂しげな顔になった。
そして不満げに続ける。
ころころ変わる表情は、まるで彼女が今も見かけ通りの歳であるかのようだ。
「無理だよぉ、それ」
「無理?」
「ミリアちゃん、これから大忙しになるんだよ。次回なんて、何年先になるかわかんないよ?」
「そうなのですか?」
「才能ある子だからね、ミリアちゃん。わたしと違って」
「お姉様は銀河最高峰の巫女じゃないですか。才能がないわけじゃ」
「わたし、巫女しかできない子だもん。おかげさまでずっと巫女やらせてもらってるけど」
「適職ってことじゃないですか。誇っていいのでは?」
「んー……」
この自己評価の低さ。
今や巫女としては銀河最高峰だというのに、いつまでも困ったものだ。
でも、だからこそ自分たちが必要なのだとリンは表情を引き締める。
「とりあえず、貴女は貴女を必要としている人を忘れないことです。
私やハツネもそうですが、貴女がいなくなったら困る人がたくさんいるのですよ?」
「うん、ありがと」
「はいはい、お礼を言うのはこっちですとも」
不安げにしているのはこの部屋の主であるメル・エドゼマール。
そんなメルに微笑むのは、メイド姿の世話役兼秘書、リン。
さらに部屋の向こうには、下半身が蜘蛛の女性がせっせと掃除をしている……聞き耳をたてながら。
まったりとした時間なのだけど、リンはさらに一言あるようだった。
「そういえば、部屋の入口に矢文が届いてましたよ」
「え、やぶみ?」
「しかも、他の巫女たちには見えないよう、わたしにだけ感知できるよう偽装もされていました。
ハツネすら認識できなかったんです。
完全にわたしをターゲットにしたものでした」
「ふえー……リン、いつのまにそんな愉快な知り合いできたの?やっぱり、どこかの隠密さん?」
「バカなこといわないでください。要は苦情連絡ですよ。
宮内庁からの注意喚起も、女王陛下からのお小言も私経由でしょう?要はお姉様あてなんです」
ふうっとリンはためいきをついた。
「わたしはよく知りませんが、例の異世界、精霊界でしたか?あちらからの苦情でした。お姉様に伝えてと。
メルさん、妖精が欲しいなら、コータかミリアを通じてちゃんと申し込みなさい。
次はありませんよ、だそうです。
お姉様、これはどういうことですか?」
「あー……バレバレかぁ。しかも完全にこっちの負けって。マジかぁ」
「え?まけ?」
「うん、完全にこっちの負け。たははー、すっごいね。さすがは精霊の女王様」
「ちょっと待ってください」
「ん?なに?」
「説明を。いったい何をした結果なんですかこれは?
しかもこれ、明らかに科学世界からのものではありませんよね?」
「うん、そうだね」
「そうだね、じゃないです。何をやったんですか?」
「説明しないとダメ?」
「はい」
「んー……」
ぽりぽりと頬をかくと、メルは苦笑した。
「地球の子たちに贈り物をしたくてね、ちょっと妖精ちゃんに声をかけたの」
「え?子どもたちに関係あるんですか?」
「うん、もちろん」
メルは大きくうなずいた。
「ここしばらく、ミリアちゃんのまわりに力あるものの気配があったの。邪悪な感じはなかったけど、こっちの世界に興味ありありの、むこうの存在だね。ミリアちゃんに住み着こうとしてたんだよ。
けど、あのままだと向こうの女王様か精霊の誰かが排除しちゃう。
だからその前に、ミリアちゃんに夢経由でメッセージを貼り付けたんだよね」
「メッセージ?」
「うん。こっちにきたら、未覚醒のコアもちのいい子たちがいるよって。
あれくらい強かったら、たぶん近くをうろうろするだけで子どもたちのコアを刺激するし、
もし気に入って誰かに住み着いたら、きっとその子は大魔道士にもなれるって思ってね」
「住み着く?」
「住み着くの説明がほしいですが……なんの仕込みですか?」
「だから、この子についてきたら、住みやすそうな子たちに会えるよって貼り付けといたの。
ものの見事に好奇心に負けたみたいだね。
地球の子たち、何人も覚醒したでしょ?
目覚めてない子も、おそらくその子か、おそくても孫あたりで覚醒するよ」
「ちょっとまってください。
もしかして、コータさんたちを出し抜いて異世界の存在が来て子どもたちに接触したのは」
「うん、わたしわたし……あいたっ!」
リンはメルをポカリと叩いた。
「なにするのリン」
「何するの、じゃないでしょう!エムネアさんの教え子さんたちに何してんですか貴女は!」
「だから贈り物だって、あいたっ!」
「問答無用ですっ!」
即座にリンはインターホンを呼び出し、エムネアに連絡をつけた。
そして、エムネアがすっとんできた。
「ああなるほど、あの子たちのために妖精を呼んだと」
「本当にごめんなさいエムネアさん、常識のないバカのせいで」
「たしかに、これっきりにしてほしいですね」
そういうと、エムネアはメルの前にたった。
「メルさん、そういう事をするなら事前に言ってください。いいですね?」
「あ、うん。わかった」
「あれ、するな、ではないんですか?」
リンが首をかしげた。
「たしかに大問題です。二度と繰り返さないでください。
ですが発想そのものはいい考えでしたし、実際、よい結果になりましたので」
そこまで言うと、エムネアは微笑んだ。
「わたしは、あの子たちの悩みを読み違えていたんです。
思えば、ここ地球と全く異なる場所です。
ですのであの子たちは、今後どうするかのイメージが全然わかなかったみたいなんですよ。
それで未来に迷って、そして暴走していたようで」
「……今回の件が、その状態に一石を投じたと?」
「上の子はいずれ高校をどうするか考える歳でした。村にはなかったですし、進学なら故郷を離れる必要があります。否応がなしに、そういう年頃だったんですよ。
アヤネさん以降、合計で3人も動き出したことは、よい刺激になりました。
あの子たちはやっと子供の柔軟さで周囲をみて、動くことを始められたんです。
子どもたちの間から、社会見学したいとか、世の中をみたいって要望が出始めたんですよ」
うれしそうなエムネアだった。
「そういえば結局、コアもちが合計四人でしたか?
アヤカちゃんもコアもちですよね。
たった12名で、しかも魔法文明のない星のひとなのに」
「ええ、それはメルさんの仕込みだったっていうことですよね。
メルさん、お礼を申し上げておきますけど、本当に次からは事前にお願いしますね」
そういうと、エムネアとリンはメルを見たのだけど。
だけど、それに対するメルの応答は少し違っていた。
「あ、ちょっとだけ訂正」
「え?」
「わたしは単に素養を目覚めさせただけで、コアを仕込んだのは私じゃないからね。それは忘れないでね」
「え?」
「それはどういうことですか?あの子たちはもともとコアもちだったと?」
「そうだよ、全員がね」
「……まさか、そんなことありうるんですか?
お姉様も生来のコアもちではないし、今までのオン・ゲストロの調査でもコアもちなんて地球にいませんでしたよね?」
「ううん、それも訂正。いたよ、数は多くないけど」
「お姉様」
「なに?」
「悪いんですけど、何か客観的な証拠はありますか?お姉様がそう検知しただけですか?」
リンの質問に、違うよとメルは首をふった。
「リン、ミリアちゃんのお父さん、ユービさんがどうして地球にいったと思う?調査だよ」
「調査?」
「ユービ神官長には特技があってね、いくつかの星から名指しで依頼があって調査にいってるの。
ミリアちゃんのお母さんと出会ったのも、彼女が調査の対象だったからなんだよ」
「……ちょっと待ってください、それはなんの調査ですか?まさか?」
「うん、地球にいないはずのコア反応が出たからだよ。
たしかにレアスキルだけど、地球にもちゃんといたんだよ」
「なんですって!?」
リンとエムネア、2名の声が重なった。
「あとは、もうわかるでしょ?
子どもたちにコアを仕込んだのは地球そのものだよ」
「あ」
「……はぁ?」
リンが何かに驚いた顔をして、そしてエムネアは首をかしげた。
「ちょっとまってくださいメルさん、それじゃあ地球が意思をもち子供たちを助けたってことになりますが?」
「うん、そうだよ正解」
にこにこと笑うメルに、エムネアが絶句していた。
「地球はね、地上が焼き尽くされて、たくさんの命が死んでしまうのを感じていたの。それが避けられない未来であることもね。
だから、星辰を少しだけ動かしたの。
子供たちにコアを仕込んだのはね、迫る危険を検知させるため。
ねえ、エムネアちゃん。
地球を出た日、どうしてエムネアちゃんはお船にいったの?普段は放置だったんでしょ?」
「それは、みんなが船を見たい、中で遊びたいって言うから──まさか、チョッとまってください、まさか」
「うん、そう。地球がひとりでも多く逃がすためにやったことだよ。
あの子たちが全員コアもちなのも……そしてミリアちゃんのお母さんがコアもちだったのもそう。
いえ、それを言うなら近年、地球にレアとはいえコアもちがいるのにオン・ゲストロが気づいてミリアちゃんのお父さんを呼んだことも、それらはすべて地球の意思なんだよ。
星辰は、星は知ってるの。過去も未来も関係ないの。
そりゃ地球には、森羅万象のすべてを動かすような真似はできないよ。でも、できることはあった。
誰かお願い、この子たちを助けて。
そして、できるならひとりでも、ひとつぶでも多く逃げて。
それが星辰。
星の運命であり、同時に星の意思なんだよ」
「……」
「……」
リンとエムネアは、すべてが理解できたわけではない。
そもそもメルはその『星辰』の巫女なのであり、対するふたりは限りなく一般人だ。
生命を育む惑星とはいえ、ただの鉱物の塊である惑星が、子供たちを逃がした?
意味がわからなくて当然だった。
「ちっちっ、ふたりともまだまだだなぁ。それじゃ星辰の巫女にはなれないよ?」
「そっちはお姉様におまかせしますが……そうですか、そういう背景がありましたか。
でも、それを精霊女王様でしたか、あちらには説明しないのですか?」
「そういうのも含めてバレバレなんだよ。だから負けなの。
というか、そういう事情があるからこそ、お叱りで終わったんだよ。
──本当なら」
「本当なら?」
「たぶん、この部屋にいきなり異界への扉が開いてたと思う。
最悪は、巨大な手が出てきて、わたしを捕まえて、あちらにひきずりこまれたかな?
うん。
その場合はごめん、たぶん二度と戻れなかったかも」
「──お姉様」
「メルさん」
「ん、なに?」
リンとエムネアは顔を見合わせて、そして告げた。
「「何やってるんですかっ!」」
「ひ、ひゃい!?」
このあと、ふたりのダブルお説教にメルは涙目になるのだった……。
実のところ、エムネアと子供たちを船に誘導したのもメルだったりします。
星辰の巫女、つまり星の運命とともに生きるメルは地球からの助けの声を聞き、自分のできる範囲で何人もの脱出を助けています。エムネアたちも、なんならミリアたちにも影響を与えています。
でも、助けたなんて彼女は微塵も思っていません。
できることをやったけど、頼まれたわけでもないし。
星辰の巫女というのはそういうもので、自分はただ星の意思に従っただけ。
彼女はそう考えています。




