Scene09: いきさつ
ベッドで喚いていたナオヤを正座させなおした私は、シェルフに置かれていたノートパソコンをコタツテーブルの上に移し、問題のポルノ小説『僕と姉』が掲載されているネット投稿サイトのページを開き見せていた。
卓上に尻をどっかと乗せ、手のひらでモニターをバシバシ叩く。
「なんなのこれは?」
「…………」
ナオヤは両肘を伸ばしきった手を膝で握りしめ、顔を真下に向けたまま沈黙しきり。そのボサボサに乱れた髪の後頭部を睨みつけ、私は舌鋒を鋭くする。
「あんたがネットサイトに小説投稿するのはそりゃ勝手だよ? 好きにすればいいよ。それがポルノまがいのものでも何だっていいさ。けどね、姉と弟の近親相姦もの? そのうえ、〝ハツキ〟っていう姉のモデルが、どうやら私のようだよね? なに考えてんの?」
昨日の土曜夕方、仙台の地下鉄でミツヒサくんのみぞおちに正拳突きを放ったあと、彼への尋問によって、私は愚弟の蛮行を知るに至っていた。
話によれば、ナオヤは商業作家活動に行き詰まり、昨年から気晴らし目的でネットサイトへの投稿をはじめたのだという。
仕事関係者への事前通達は一切無し。極々少数の親しい友だちにだけ知らせた、あくまで趣味としてのゲリラ作家活動。そのため、身バレを防ぐ目的で女性っぽい名前〝猫渕珠子〟というペンネームを新たに用意した。執筆用にと考えていたキャラの名前を適当に流用したらしい。サイトで使用される作家アイコンに使われているのは、ミツヒサくんの実家で飼われているサバトラ猫の写真だそうだ。そんな情報はどうだっていい。
――「僕はもっと僕を解放するべきなんだ! 裸で何が悪いくらいのレベルに!」
ナオヤはそうグループLINEで豪語していたらしい。
商業で完全封殺されてしまっている下ネタをふんだんに取り入れ、文体を情景や動きにネチネチとこだわった本来のものへ変え、ダブルミーニングやトリプルミーニングになっている仕掛け、およそわからないであろう裏設定、やるなと言われているQ&Aゼリフや少人数制ソリッドシチュエーションでの物語展開、ナオヤが好きな映画や音楽ネタをはじめ、そのほか細かすぎて伝わらないであろうネタも入れまくり、固有名詞も気にせずバンバン出す……。
そうやって密やかなる投稿が続けられていた昨年末、友人同士で行われた忘年会でのこと。酒に酔った友達の一人がナオヤに言った。
――「すんごいエロいやつ書いてよ。〝本番〟ありきのやつってか、そこメインの」
ナオヤは当初ノリ気ではなかった。
――「ガチの官能は書いたことないしなあ。露骨な〝本番〟描写も抵抗あるし」
――「執筆料出すよ」
――「よし、やる」
酒の席での勢いを経て誕生したのがポルノ小説『僕と姉』。
ナオヤのゲリラ作家活動を知っていて忘年会参加者でもあったミツヒサくんは、公開された『僕と姉』をもちろん読んだ。そして、あれ?、と思い至る。〝ハツキ〟というキャラがナツキさん(私)に似ている、と。
この作品内においても、情景や動き、シチュエーションの設定に力が入った描写が多くなされている。風呂場というワンシチュエーションで展開されるため、文字数稼ぎの意味合いもあるのか、〝ハツキ〟の容姿などにも、ちょくちょく触れられていた。身長は165㎝、なで肩、黄土色がかった茶髪、ロングストレート、二重瞼、少しクマの浮いた目元、虫歯の位置まで触れられており、極めつけは、夏の星空のように顔に三つ存在する特徴的なホクロ……。
書き出せば、まあ、見事に私と一致している。口調や性格だってそうだ。私を知っているなら、モデルになっていると思うのも当然。
ミツヒサくんは、さらに思った。
――これって、じつは実話なんじゃ?
彼がそう勘違いしたのは、とびぬけた大馬鹿だということが一番の原因だけれど、舞台設定や時代設定に力が不必要に入れられている影響もあるのだろう。舞台は、この岩手県一ノ関市。時代は今から十年前で、それはちょうど私が高校2年でナオヤが中学2年だった年で、作品の姉弟関係と同じ。さらに、夏休みの皆既日食の日だったという描写もあり、実際その年のその日に、皆既日食が起こっている。
設定がくどいくらい細かく、周りにある物は実在する固有名詞を使っているので、リアリティが生じてくる。なるべくフィクション的な脚色を排して、見たまんまに近づけようとしている感じ。
行為に及んでいるときのやりとりには、生々しい部分もある。ニオイだとか、舐めたときの味の変化がどうだとか。指を挿れられるときに私が……じゃなくて〝ハツキ〟が「爪伸びてない?」と確認したり、〝サトル〟が白濁した〝おりもの〟に着眼したり(そんなシーン要るの?)。ゴムが破けたときの描写では、たしかにそんな音と感じがするな、と脳裏にヒヤリハットの光景が浮かぶくらい、とにかく現実的な感覚へ寄せてしまっている。
そんなこんなで、地下鉄の車内で私と遭遇したミツヒサくんは、本人を見つけたら確認してみるか、という恐ろしく軽いノリで、恐ろしく馬鹿げた質問を私にぶつけてきたというわけなのだった。
「これはある意味成功だよ。フィクションをノンフィクションだと感じさせるほどの精密描写能力を僕が誇っている証明ってことだ」
完黙から喋りだしたかと思えば、性懲りもない戯言である。
「私とあんたが性交したと思われるのの、何が成功だ」
と、拳を脳天へ叩き込んでやる。
ナオヤは「いってぇ~な!」と頭をなでながらズレた眼鏡を掛けなおす。「ミツヒサの思考が斜め上ってだけだよ。他のみんなは誰もそんな勘違いしてないからな。『姉ちゃんモデルにして近親相姦ものとか、お前すげぇな。物書きっつってもここまでやるかぁ?』って褒めてくれたくらいだって」と迷子の犬じみた上目遣いで不平を述べてくる。
「褒められてんじゃないのそれは……ドン引きされてんの!」
もう一発叩き込んでやった。