第9話 あつまれ きんにくの森
更新まで間が空いてしまいました。ストックなしで突き進んでいますので、出来るだけ毎日更新を目指しますが、温かい目で見守っていただけると幸いです。
上野国。現在の群馬県とほぼ一致すると考えていただいて良いだろう。脳筋達の「確か…北関東のどこだった気がする」という認識は群馬県や歴史にあまり馴染みのない一般人としては悪くない線をいっていると言える。そして、悪くはないが良くもないのである。戦国時代の北関東の歴史について一体どれだけの人が詳しく知っているというのか!大体、学校の日本史の授業らだって家康の領地替えまで関東については北条氏以外殆どスルーしているような始末なのである。さらに「応仁の乱」である。これまた複雑怪奇でその詳細については生半可な歴史に自信ニキですら跨いで通る厄介イベントである。当然、脳筋達には戦国時代のキッカケになった乱程度の認識しかない。つまり、実質的には現状について何もわかっていないのである。しかし、とりあえず村人達の精一杯のもてなしにより質素ながらもタンパク質中心の食事にありつくことが出来た6人はひと息ついていた。
「お話を聞くところ、行き場もないご様子、いかがでしょう。鬼瓦様、しばらくこの村に滞在なっては?」
「大変ありがたいお話ですが、ご迷惑ではありませんか?」
「いえ、最近はこの村も人が減り空き家もいくつかございます。それに、あんなことのあった後ですじゃに、鬼瓦様たちの様な方々が村にいてくだされば村の者たちも少しは安心できようというものです。」
久しぶりのタンパク質を筋肉たちが貪るように一瞬で食べたくした後、又兵衛とそんな会話を交わし彼らは村の空き家を一軒あてがわれ半ば用心棒を兼ねて暫くの間この村に逗留を許されることとなった。
さて、激動の1日が終わりなんとか食事も摂った6人は、流石に睡魔が首をもたげ始めていたがレッドデビルズの1日はMTGで終えるのが慣わしである。みなで囲炉裏を囲むように車座になりMTGを始める。
「ハドルッ!!!」
「「「「「「トゥッスゥッ!!」」」」」」
「とんでもない1日となったが、何はともあれこうして皆が無事でここにいる。それは、何よりなことだ。」
鬼さんの言葉には皆を気遣う優しさがあった。皆がそんな普段通りの鬼さんの姿に安心感を感じていた。
「なんとか、当面の間の寝起きするところは確保できたわけだが、これからどうするのか大まかにでも方針を決めておかないといけないと思う。」
皆が頷く。
「とりあえず、筋肥大系のメニューは当面は無理でしょうね。今日のことを考えても、常にハイレベルのパフォーマンスを発揮できる状態を維持しておかないと命に関わる。それに、この状況では十分なトレーニングも、そして何より必要な栄養素の摂取が難しい。」
チーム1の理論派筋肉である榎やんの言うことは的確であった。
「まぁ、シーズン中の様な筋肉量維持とパフォーマンスを落とさないという方向性で行くしかないよねぇ…」
権ちゃんが続くと皆が頷き、大方の方向性は決まった。
「逗留させてもらっておいてなんだが、この村はお世辞にも豊かには見えない。又兵衛さんの言ってた様に用心棒的な側面もあるからある程度は融通して貰えるだろうが、我々が求めるレベルの栄養素の摂取は期待できそうにない。食料については自分達である程度調達する必要があるだろうな。」
鬼さんが言うとカバオが続けた。
「今日出してもらった食事がこの村の最大限のもてなしと見て間違いないでしょう。雑穀米。これは悪くない。美味くはないですがビタミンバランスの維持の観点からは悪くないです。問題は、タンパク質ですね。鶏は多分、村の祝い事なんかで潰して食べるレベルの貴重なものの筈、そうおいそれとは食べられないでしょう。鶏卵はどうでしょうかね?昔の日本人が鶏卵を食べていたのか…?まぁ、明日にでも確認してみましょう。となると、魚ですね。漁なら我々でも出来ないことはないはずです。」
「漁といえば、狩なんてのはどうでしょう?猪や鹿なんて獲れたらかなりのタンパク源になると思いますよ!ついに俺もハンターかぁ!」
ドカベンが前のめりになって提案する。逆行転移というこの非常事態において、ある意味1番ポジティブな男かもしれない。
「狩猟はともかく、タンパク源は自分たちで確保するしかなさそうだな。明日からでも出来ることを見つけてやってみよう!」
鬼さんが皆の意見をまとめる。
「てか、ドカベン。お前の実家漁師だろ!水産学部だしっ!魚取るのはお手の物じゃないのかよ?」
同級生のなっしーのツッコミにドカベンは悪びれもなく答える。
「うちは、漁師といっても養殖の方なんで。それに川となると専門外ですねぇ。まぁ、多少は力になれると思います!」
「お、そうだったな。じゃ、とりあえず、タンパク源の確保についてはドカベン中心に動いて貰うとするか!そう言えば、権ちゃんは農学部だったな。なんか出来そうなことはあるか?」
「まぁ、田舎では田んぼと畑の手伝いをしていたし、大学でもそれなりに学んできたつもりだよぉ。まずは、今の村の農業事情を知らんことにはなんとも言えんが、幾らかは役に立てることはあると思う。」
「うん、村は男手が足りないと言っていたしな。ただの居候というのも居心地が悪いし、村の農作業を手伝うことにしようと思うがどうだ?」
皆が頷く。
「よし、決まりだな。タンパク源を確保する組と農作業を手伝う組にわける。…そうだな、ドカベン、榎やん、なっしーがタンパク源を、残りで農作業ということでいいかな?」
「「「「「ウッスゥッ!!!」」」
当面の行動方針が決まった筋肉達は満足のうちに就寝することにした。筋肉の維持のためには十分な睡眠が不可欠なのだ。なにか、もっと話し合うべき大事なこともある気がするが、筋肉達にとってはトレーニングと筋肉のことが第1であるので仕方ない。尤も、彼らも子供ではないので、それが一種の現実逃避であることは薄々理解してはいた。しかし、尋常ならざる不思議体験を前にして正気を保っている為に頼もしい仲間達と共にいつもの筋肉道を突き進むことが、彼らの深層心理において自己防衛の為に選択された唯一の正解なのかもしれない。
ちょうど、その頃、名主の又兵衛の家では村の長老達が深刻そうな表情で話し合いをしていた。
「あのもの達をどう見る。」
「全員名字を名乗り尋常ならざる武威を見せた。どこぞから流れてきた落武者と見るのが妥当じゃろうて。」
「落武者か…。賊ではないかの?」
「賊であれば既に我らの首は落ちているじゃろうて。」
「うむ、やはり、落武者かのぉ。厄介じゃな。」
「まぁ、そう恐れることもない。この辺りで触れが出たという話は聞いておらん。」
「ということは、この村に置いておいても我々に累が及ぶことはなさそうかの?」
筋肉達は令和の大学生だけにタイムスリップの概念をごく自然に受け入れようとしていた。しかし、又兵衛を始めとする15世紀の農民達にとって武力を持ち、帰るところもない流れ者など落武者か賊のどちらかでしかなかった。賊であればもうどうしようもない。これだけ内に入れてしまった以上は、狩られる時は狩られるそう諦めるしかないだろう。あれだけの武辺者達だ。とても敵う相手ではない。しかし、落武者となると厄介だ。彼らを追うどこぞの領主などの手が伸びれば、匿った自分達にまでその累が及ぶ。知らなかったで済まされる世界ではないのだ。しかし、近年は戦続きだったとは言え近隣の領主からその手の触れが出たという話は聞かない。おそらくはもっと遠くから落ちてきたものと見るのが道理である。
「となれば、彼らが満足するまでここにいて貰った方がよさそうかの?」
「そうじゃの…。それに、儂はあの若者達のことが嫌いではない。あれだけの武威を見せ、大恩を着せても、奢る様子もなくこちらを侮ることもせん。人間ができておる。」
「いっそ、この村の者としてしまっても良いかもしれんなぁ…。」
「それは、いくらなんでも気が早いという者じゃて…。」
村の大恩人達の寝首を掻くという決断をするかもしれないという緊張感から始まった長老達の集まりは、最終的には、突如として現れたこの気持ちの良い若者達に明るい未来すら感じさせる和やかな雰囲気となって幕を下ろした。
神様ですら厄介なので丁重におもてなししてご機嫌で帰ってもらおうという日本のムラ社会クオリティですから怪しい筋肉達が何の警戒もなく受け入れられるはずはないよねってお話です。
まぁ、当の筋肉達が能転気に筋肉のことしか考えていないのでそんなに深刻なことにはなりませんがw