第10話 心のかたち、人のかたち
お待たせしました。暖かい感想ありがとうございます。
本編を、書くので四苦八苦しておりましてお返事できておりませんが、大半励みになり感謝しています。
突如始まった宮野村での生活も気づけば1ヶ月が経とうとしていた。又兵衛に農作業を手伝わさせて欲しいと申し出た時は、驚きと困惑と遠慮と打算の百面相を見せた後に了承してくれた。やはり、男手が不足するこの村にとっては有り難い申し出だったのだろう。また、食料確保のために漁をしたいと言うと、村で一番の魚獲り名人という久作爺が近くの川で魚の採れるポイントや罠の仕掛け方なんかを教えてくれた。ドカベン達は毎日漁に出てそれなりの量の魚を採ってきていた。また、時折村を訪れる山の民と呼ばれる者達が物々交換で川魚の代わりに猪やウサギ、鹿の肉を提供してくれた。食料事情は大きく改善していた。
一方の農作業の方であるが、こちらは一朝一夕でどうこうなるものではない。近年の男手不足で荒れ果てた田畑を筋肉達は村人達と一緒に精力的に耕し、春の植え付け、そして田植えに向けての準備を進めていた。
野盗の襲撃の際に山野に逃がしていた子供達はともかく、あの場にいた村人達は当初、筋肉達に明らかに怯えていた。人外としか思えない巨体と膂力を持ち、丸太を振り回して野盗どもを肉塊へと変えてしまった化け物達である。そんな、凄惨な現場を見てしまった彼らに怖れるなと言ったほうが無理であろう。しかも、この者達、隙あらば肉を食らおうとする。魚は勿論のこと山の民から手に入れた獣肉を美味しそうに食べるし、村で刻を告げる神聖な生き物とされている鶏をも食べたがるのである。村人達とて鶏は年に1度の祭りの際には潰して食べていたので、それが美味いことは知っていた。しかし、それを常食にしたいと言い出した時には、やはり鬼じゃと少なからぬ村人が嫌悪感を示したのである。しかも、彼らはその鶏の卵まで食べたいという。結果的に長老達が番を数組彼らにあてがい、それについては彼らの自由とすることでひとまず決着を見た。
そんな感じで、15世紀の日本の農村で突如として始まった異文化コミュニケーションは悲喜こもごも交えながらも、全体としては緩やかな融和という方向で進んでいた。村としては喉から手が出る程欲しかった男手であったし、そんな村人達に対して流れ者達は惜しむ様子も見せずに労働力を提供していた。その恐るべき膂力を農作業はもとより村の各種の雑事に如何なく発揮し次第に村にとっては無くてはならない労働力となりつつあったのだ。
当初はタンパク源組に入っていた榎やんだが、村の鍛治や大工仕事を一手に引き受けているという与作爺の仕事に感銘を受けたのか、次第に押しかけ弟子よろしく与作爺の工房に入り浸るようになっていた。ある程度の試行錯誤を経て川での漁に必要な人手が減ってきたこともあり、ゆくゆくはトレーニング器具を作りたいという榎やんの熱心な提案を皆が受け入れた形だ。今は鉄製の農具を与作爺に習いながら作っている。村にとっても鉄は貴重であったが、筋肉達の規格外の膂力の前にいとも容易く欠け割れ、折れてしまった木製の鍬や鋤の山を前にして、長老達が筋肉達用の鉄製農具を製作する許可を出したのだ。完成すれば有り余る彼らのパワーがより有効活用されるであろうことは確実であった。
村の子供たちは大人たち以上のスピードで6人に馴染んでいた。歳が近いというのもあるだろうが、子供特有の好奇心で今まで見たこともないような大男たちの一挙手一投足にキャッキャッと笑い声をあげながら懐いていた。
尤も、
「おにぃ。おにぃ。」
と言って懐いてくる子供たちのその呼び方は「お兄ぃ」であってるんだよな…と密かに気にしていたりはするが。
そんな多少の異端要素は孕みつつもごくごく普通ののどかな農村に間も無く春が訪れようとしていた。そして、残念ながら世は戦国。春の訪れは村人達にとっては頭痛の種をも同時にもたらすのであった。
「やはり、陣触れがきたか…。」
「うむ。春の植え付け前に一線交えようというのじゃろうて。ほんに、武士というのは戦のことしか考えておらなんだ。」
「じゃが、もうこの村には夫役に出せる男手はおらんぞ」
長老達は頭を抱えるのであった。と言っても実のところ、長老達を悩ませていたのは男手がいないことではない。むしろ、うってつけの男手がいてしまう今の宮野村の状態にである。ひと月ほど前からこの村に逗留する鬼瓦一派。半ば用心棒であり、半ば労働力として徐々にではあるが村の一部として溶け込み始めてはいる。しかし、突き詰めてしまえば彼らは余所者なのだ。戦のために人を送らねばならない村にとって、彼ら程の適任は見当たらないのだが、果たして村に対して領主から課せられたその夫役を負わせることが出来るのだろうか。これまでの付き合いを通して彼らの人となりはよく分かっているつもりだ。頼めばきっと受けてくれるだろう。しかし、これ以上負い目ばかりが増えていくことに悶々とした思いは募るばかりであった。
と、そんな長老達が集まる又兵衛の家を訪ねる者があった。
「ご長老方。失礼しても?」
そう言って入ってきたのは、今まさに彼らの思い浮かべていた男。鬼瓦狂四郎その人だった。
「村から人を戦に出さなければならないと噂で聞きました。本当ですか?」
いきなり核心を突かれたが、そこは年の功、又兵衛はいつもの調子を崩さずに答えた。
「ほんに、武士というものは戦が好きでのぉ…。流石に田植えや稲刈りの時期にまで人を出せとまでは言わなんだが、こうして、少し暖かくなるとすぐに戦をしたがるのじゃ。困ったもんじゃ。」
「その役目、俺達に任せてはいただけませんか?」
又兵衛の迂遠な物言いとは対照的に鬼瓦は単刀直入に申し出た。
「それは、たいそう有難い話ですじゃが、村のものでもない皆様にお願いするというのも…」
「そこです。そこなんです。又兵衛さん。我々は本当に行き場もなく困っていたところをこの村にこうしておいていただいているご恩があります。そのご恩に報いるにはこの方法が最も分かりやすいと思うのがひとつです。」
「なんの。助けられたのはこちらとて同じ。恩義に感じて下さる皆様の心根は有難いのですが、それではまたこちらがさらに恩を受けることになってしまう。じゃが、ひとつ、ということは別にも理由あるのじゃろ?」
「はい。このひと月ほどの間、この村で過ごさせていただいて、私達なりに行き場というか、帰る場所、方法を模索してきました。しかし、残念ながらその糸口すら掴めていない状況です。となれば、我々がこの先生きて行くために、この村の一員として受け入れていただけないかと考えております。」
「なんと。この村に骨を埋めると申されますか!?」
「他に行くあてはありません。我々の元いたところに帰れることになれば別ですが、その可能性は低いと考えています。さすれば、何卒、この度の村に課せられた夫役を我々が負担することで村の一員として認めてはいけないかというお願いでございます。」
「そこまでお考えでしたか。そうなれば、私どもの一存というわけにも参りますまい。村のもの達の存念も確かめねばなりませぬ。返答まで今しばらくの猶予をいただいても?」
「ご検討いただけるということ感謝します。もちろん、こちらがお願いする側ですので待つことに異存はありません。」
鬼瓦は礼儀正しく礼を述べると又兵衛の家を後にした。
「ふぅ〜む。若いと思っておったが中々よく考えておるなぁ。村に課せられた夫役を負うことで村の一員として認めよと…か。」
「悪くはない話じゃ。」
「村の女衆も初めは怖れておったが、今ではだいぶ馴染んでおる。」
「となると、嫁をとらせるか?」
「ふっ。まったく気の早いことで。戦に行って無事に帰ってこれるとも限らぬぞ。」
「じゃが、あの者達なればなぁ…。」
老人達は頼もしい6人の鬼達の威容を脳裏に浮かべながら笑いあった。
レッドデビルズはこのひと月の間、主に1日1日を生き抜くことを主眼に活動していたが、元の世界に帰るという発想も捨ててはなかった。主にタンパク源組が漁のための罠を仕掛けた後の時間を活用して周囲の山野、とくに彼らが転移してきた場所を中心に足しげく通い調査を行なっていた。長老達始め村人達には転移者や神隠しといった類の伝承がないかを聞いて回っていたし、便宜上「ポイント0」と呼ぶことにした転移地点に全員で足を運び同じ状況を再現するために敢えて全力の筋肥大トレーニングを行うこともした。しかし、元の世界に帰る糸口すら掴めないでいたのだ。そんな日々を重ねる中で現実主義者である彼らの意識は次第に、この状況でいかに生きて行くかということへと移っていった。元々、資金力、人的資源、設備、コーチ等々全ての面で劣る強豪校達を相手に以下に対等以上の闘いをするかを突き詰めてきた集団である。無い物ねだりをするよりも、与えられた条件でどうベストを尽くすかを考える方が彼らの性に合っていた。
現実的に考えればこの村に居場所を作るしかない。それには、このコミュニティの一員として皆に認められる必要があった。そんな時に皆の方向性に大きな影響を与えたのが、平成の世とはいえ日本の農村でムラ社会で育った権ちゃんの言葉だった。
「余所者はどこまでいってもよそものだからなぁ。自治会費を納めて、自治会の草刈り、用水路の清掃なんかは欠かさず参加して、消防団に入って、自治会の役員もやる。それくらいしてようやく認められる。村ってのはそういうせかいよぉ。」
地域の共同体に認められるには何がしかの責務を果たすことが必須なのだった。そんな時に、彼らは複数の村人から噂を耳にした。曰く、この辺りを収める領主が近々戦を始めるので各村から男手を出すように触れが出たというのである。これは、良い機会だ。と、皆がそう思うと同時にそれが人を殺しに行くということだということに気づいた。
「俺たちは、もう修羅の道に足を踏み入れてしまったのだなぁ…」
鬼さんの独語に答えるものはいなかった。
一方、村の長老はといえば、筋肉達が心配するほど内向きではなかった。むしろ、逆に男手の足りないこの村に新しい血を入れる好機と捉えていた。これは、平成の農村との大きな違いであるが、この時代の農村は労働力の減少に悩まされ続けていたのだ。度重なる戦に疫病、衛生管理の概念もない状況では必然的に働き手は不足していた。一方で農業生産性の低さから一度飢饉に見舞われると一気に食糧不足に襲われ口減らしをする必要に迫られることもしばしばあったが。そんな疲弊した農村においては外から流れてくるものはタイミング次第では諸手を挙げて歓迎すべきものであったのだ。そして、いま、この時がまさにそうだったのである。村には男手が圧倒的に不足する一方でまだ若い未亡人や年頃の女子はそれなりにいた。近隣の村から婿でも迎えられれば良いが、周りの村とて状況は似たり寄ったりなのだ。そんな時に、まさに天から降ってきた6人の若くて精強な男手である。しかも、村の一員として共同体に参画する意思を示している。まさに鴨がネギを背負って来たようなものである。
長老達は大急ぎで村の内部での根回しを進め、戦から戻ったらすぐにでも祝言を挙げる勢いで、彼らにあてがう嫁の選定作業に入っていた。
そんなことはつゆ知らず、6人の修羅達は心を鬼にして自らの意思で戦場に赴く心の準備を整えていた。
一旦、落ち着いて生活基盤を整えようかというお話です。
しかし、平穏な時は長くは続いてくれません。少しずつ戦国時代を生きる修羅としての覚悟を固めつつあります。




